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十日目 -2
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私を連れた魔人の降りた場所は“魔女の舞踏場”と呼ばれる場所の中心だった。平らに均され、周囲をぐるりと取り囲むように描かれた複雑な円模様の真ん中だ。
ここは、昔から何度も何度も繰り返し、悪魔王カルトの儀式の場として使われてきた場所なのだという。
すぐに後を追ってきたのだろう、カイルは私と魔人を認めると、空中に留まったまま、魔人に支えられるように立っている私に視線を向けた。
「ルカに何をした」
「私たちの教えについて、とくと説明申し上げましたが――この方はもう私たち……いえ、“悪魔王の巫女”なのですよ」
魔人は愉しそうに笑うと、私の肩を押しやって自分の前に立たせた。
カイルが瞠目し、私を凝視する。否定したいのに、違うと言いたいのに言葉が出なくて、けれど代わりに出たのは――
「そう。私は、“悪魔王の巫女”ルカ」
私の内にいるものが、私の口を使って告げる。
違う。
私はそんなものになってない。
違うのに、違うと言えない。
目を眇め、カイルは私をじっと見つめる。
カイルは私から目を外さず、もう一度ゆっくりと口を開いた。
「もう一度聞く。お前は、ルカに何をした。“悪魔の落とし子”!」
怒りを含んだカイルの声が響く。
「わかりませんか? “神託の乙女”は地に堕ちて“悪魔王の巫女”となったのです」
「嘘を吐くな!」
怒声とともに、カイルが剣を振り上げて魔人へと斬りかかる。
一歩下がる魔人の前に私の身体が勝手に踏み出して、カイルの前に立ち塞がった。
私の目の前で、カイルの剣がぴたりと止まる。
「嘘ではない。私は“悪魔王の巫女”となった。この者に手を出すことは、私が許さない」
淡々と平板な声で述べる私に、けれど、なぜかカイルが微笑んだ。
「ルカ」
カイルが私の名を呼んで、優しく、優しく微笑む。
「君は堕ちていない。君は絶対に堕ちないよ。大丈夫だ、僕は君を信じている」
自由を奪われたはずの私の身体が、ぴくりと震えた。背後で魔人が剣を抜く音が聞こえる。
「何を戯言を。口ではどうとでも言えるのでしょうが」
片手で庇いながら、カイルは私の背後から斬り掛かる魔人の剣を受け止めた。そのまま祈りの言葉を呟きつつ、合わせた剣を押しやり、力ずくで魔人を弾き飛ばす。
「“聖なる騎士の外套”よ」
祈りが完成し、柔らかな光の幕が私とカイルを包んだ。
「ルカ――ルカ、僕を見て」
カイルは優しく私の頬に手を添えて、目を覗き込む。
けれど、私の虚ろな目に、カイルは映っていない。
宙を彷徨う私の目には、カイルだけでなく何も映っていない。
ぼんやりしたままの私の視界には、ただかすかな光が感じられるだけだ。
「──君が好きなんだ、ルカ。君を愛してる」
カイル?
声にならない疑問がぐるぐると頭の中を回る。
今の言葉は、幻聴ではないのか?
私に都合のいい、幻なんじゃないのか?
飛ばされた魔人が再びカイルへと斬りかかった。
「今更そのようなことを告げて、“巫女”を惑わそうとでもいうのですか。“乙女”は既に堕ちたのです!」
「堕ちていない!」
カイルは翼と腕で私を抱え込むように庇う。
光の幕がカイルと剣を合わせる魔人を焦がし、カイルの剣がそこに追い打ちをかける。
けれど、魔人の剣もカイルを掠め……血の臭いが鼻を突く。私を庇う分、カイルが不利なのに。私なんて放っておけばいいのに。
それなのに、カイルはまた私に優しく囁く。
「ルカ、聞いて。
本当は、神が命じたとかなんて関係ないんだよ。僕が君と共にいて、君を守りたいだけなんだ」
初めて、ようやく、私の目が焦点を結んだ。
片手で私をしっかりと抱え込み、魔人と剣を受け止めるカイルが……ちらりと私を見やるカイルの視線と、私の視線が交わった。
「う、そ……」
「嘘じゃない、ルカ」
もう一度魔人を蹴り飛ばすと、うそ、うそ、と譫言のように繰り返す私を振り返り、カイルは素早く、だけど優しくそっと私と唇を重ねた。
「本当に、最初から、君を見つけたときから、君に惹かれていた。嘘じゃない」
口早に告げて、また祈りの言葉をカイルは呟く。
「“生命の護り”よ」
カイルから暖かい気配が湧き上がり、私を抱く腕に力がこもる。
「君と過ごす毎日が楽しくて、嬉しくて……使命なんて、関係なかったんだ。僕が、君から離れたくないだけだったんだ。だから頼む、僕と共にいて欲しい。ずっと、一緒にいて欲しいんだ」
ぽろりと、私の目から雫が落ちた。みるみる涙が盛り上がり、次から次へと溢れ出す。
「カイル、わた、し……いやあ!」
わたしも、と告げようとして、突然、私の内にいるものの気配が膨れ上がった。その気持ちの悪さと得体の知れなさに、ガタガタと身体が震えだす。
身体が勝手に動き出そうとする気配に、震えが止まらなくなる。
「蝕が始まった」
厳かに、そして喜びを湛えて魔人が告げた。
いつの間にか、“魔女の舞踏場”の外縁にあった円模様から立ち昇る赤い炎のようにゆらゆら揺らめくカーテンの壁が現れて、私たちを囲んでいた。
ここは、昔から何度も何度も繰り返し、悪魔王カルトの儀式の場として使われてきた場所なのだという。
すぐに後を追ってきたのだろう、カイルは私と魔人を認めると、空中に留まったまま、魔人に支えられるように立っている私に視線を向けた。
「ルカに何をした」
「私たちの教えについて、とくと説明申し上げましたが――この方はもう私たち……いえ、“悪魔王の巫女”なのですよ」
魔人は愉しそうに笑うと、私の肩を押しやって自分の前に立たせた。
カイルが瞠目し、私を凝視する。否定したいのに、違うと言いたいのに言葉が出なくて、けれど代わりに出たのは――
「そう。私は、“悪魔王の巫女”ルカ」
私の内にいるものが、私の口を使って告げる。
違う。
私はそんなものになってない。
違うのに、違うと言えない。
目を眇め、カイルは私をじっと見つめる。
カイルは私から目を外さず、もう一度ゆっくりと口を開いた。
「もう一度聞く。お前は、ルカに何をした。“悪魔の落とし子”!」
怒りを含んだカイルの声が響く。
「わかりませんか? “神託の乙女”は地に堕ちて“悪魔王の巫女”となったのです」
「嘘を吐くな!」
怒声とともに、カイルが剣を振り上げて魔人へと斬りかかる。
一歩下がる魔人の前に私の身体が勝手に踏み出して、カイルの前に立ち塞がった。
私の目の前で、カイルの剣がぴたりと止まる。
「嘘ではない。私は“悪魔王の巫女”となった。この者に手を出すことは、私が許さない」
淡々と平板な声で述べる私に、けれど、なぜかカイルが微笑んだ。
「ルカ」
カイルが私の名を呼んで、優しく、優しく微笑む。
「君は堕ちていない。君は絶対に堕ちないよ。大丈夫だ、僕は君を信じている」
自由を奪われたはずの私の身体が、ぴくりと震えた。背後で魔人が剣を抜く音が聞こえる。
「何を戯言を。口ではどうとでも言えるのでしょうが」
片手で庇いながら、カイルは私の背後から斬り掛かる魔人の剣を受け止めた。そのまま祈りの言葉を呟きつつ、合わせた剣を押しやり、力ずくで魔人を弾き飛ばす。
「“聖なる騎士の外套”よ」
祈りが完成し、柔らかな光の幕が私とカイルを包んだ。
「ルカ――ルカ、僕を見て」
カイルは優しく私の頬に手を添えて、目を覗き込む。
けれど、私の虚ろな目に、カイルは映っていない。
宙を彷徨う私の目には、カイルだけでなく何も映っていない。
ぼんやりしたままの私の視界には、ただかすかな光が感じられるだけだ。
「──君が好きなんだ、ルカ。君を愛してる」
カイル?
声にならない疑問がぐるぐると頭の中を回る。
今の言葉は、幻聴ではないのか?
私に都合のいい、幻なんじゃないのか?
飛ばされた魔人が再びカイルへと斬りかかった。
「今更そのようなことを告げて、“巫女”を惑わそうとでもいうのですか。“乙女”は既に堕ちたのです!」
「堕ちていない!」
カイルは翼と腕で私を抱え込むように庇う。
光の幕がカイルと剣を合わせる魔人を焦がし、カイルの剣がそこに追い打ちをかける。
けれど、魔人の剣もカイルを掠め……血の臭いが鼻を突く。私を庇う分、カイルが不利なのに。私なんて放っておけばいいのに。
それなのに、カイルはまた私に優しく囁く。
「ルカ、聞いて。
本当は、神が命じたとかなんて関係ないんだよ。僕が君と共にいて、君を守りたいだけなんだ」
初めて、ようやく、私の目が焦点を結んだ。
片手で私をしっかりと抱え込み、魔人と剣を受け止めるカイルが……ちらりと私を見やるカイルの視線と、私の視線が交わった。
「う、そ……」
「嘘じゃない、ルカ」
もう一度魔人を蹴り飛ばすと、うそ、うそ、と譫言のように繰り返す私を振り返り、カイルは素早く、だけど優しくそっと私と唇を重ねた。
「本当に、最初から、君を見つけたときから、君に惹かれていた。嘘じゃない」
口早に告げて、また祈りの言葉をカイルは呟く。
「“生命の護り”よ」
カイルから暖かい気配が湧き上がり、私を抱く腕に力がこもる。
「君と過ごす毎日が楽しくて、嬉しくて……使命なんて、関係なかったんだ。僕が、君から離れたくないだけだったんだ。だから頼む、僕と共にいて欲しい。ずっと、一緒にいて欲しいんだ」
ぽろりと、私の目から雫が落ちた。みるみる涙が盛り上がり、次から次へと溢れ出す。
「カイル、わた、し……いやあ!」
わたしも、と告げようとして、突然、私の内にいるものの気配が膨れ上がった。その気持ちの悪さと得体の知れなさに、ガタガタと身体が震えだす。
身体が勝手に動き出そうとする気配に、震えが止まらなくなる。
「蝕が始まった」
厳かに、そして喜びを湛えて魔人が告げた。
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