神託の乙女になりました

ぎんげつ

文字の大きさ
30 / 33

十日目 -2

しおりを挟む
 私を連れた魔人の降りた場所は“魔女の舞踏場”と呼ばれる場所の中心だった。平らに均され、周囲をぐるりと取り囲むように描かれた複雑な円模様の真ん中だ。
 ここは、昔から何度も何度も繰り返し、悪魔王カルトの儀式サバトの場として使われてきた場所なのだという。

 すぐに後を追ってきたのだろう、カイルは私と魔人を認めると、空中に留まったまま、魔人に支えられるように立っている私に視線を向けた。

「ルカに何をした」
「私たちの教えについて、とくと説明申し上げましたが――この方はもう私たち……いえ、“悪魔王の巫女”なのですよ」

 魔人は愉しそうに笑うと、私の肩を押しやって自分の前に立たせた。
 カイルが瞠目し、私を凝視する。否定したいのに、違うと言いたいのに言葉が出なくて、けれど代わりに出たのは――

「そう。私は、“悪魔王の巫女”ルカ」

 私の内にいるものが、私の口を使って告げる。
 違う。
 私はそんなものになってない。
 違うのに、違うと言えない。

 目を眇め、カイルは私をじっと見つめる。
 カイルは私から目を外さず、もう一度ゆっくりと口を開いた。

「もう一度聞く。お前は、ルカに何をした。“悪魔デヴィルの落とし子”!」

 怒りを含んだカイルの声が響く。

「わかりませんか? “神託の乙女”は地に堕ちて“悪魔王の巫女”となったのです」
「嘘を吐くな!」

 怒声とともに、カイルが剣を振り上げて魔人へと斬りかかる。
 一歩下がる魔人の前に私の身体が勝手に踏み出して、カイルの前に立ち塞がった。
 私の目の前で、カイルの剣がぴたりと止まる。

「嘘ではない。私は“悪魔王の巫女”となった。この者に手を出すことは、私が許さない」

 淡々と平板な声で述べる私に、けれど、なぜかカイルが微笑んだ。

「ルカ」

 カイルが私の名を呼んで、優しく、優しく微笑む。

「君は堕ちていない。君は絶対に堕ちないよ。大丈夫だ、僕は君を信じている」

 自由を奪われたはずの私の身体が、ぴくりと震えた。背後で魔人が剣を抜く音が聞こえる。

「何を戯言を。口ではどうとでも言えるのでしょうが」

 片手で庇いながら、カイルは私の背後から斬り掛かる魔人の剣を受け止めた。そのまま祈りの言葉を呟きつつ、合わせた剣を押しやり、力ずくで魔人を弾き飛ばす。

「“聖なる騎士の外套”よ」

 祈りが完成し、柔らかな光の幕が私とカイルを包んだ。

「ルカ――ルカ、僕を見て」

 カイルは優しく私の頬に手を添えて、目を覗き込む。
 けれど、私の虚ろな目に、カイルは映っていない。
 宙を彷徨う私の目には、カイルだけでなく何も映っていない。
 ぼんやりしたままの私の視界には、ただかすかな光が感じられるだけだ。

「──君が好きなんだ、ルカ。君を愛してる」

 カイル?
 声にならない疑問がぐるぐると頭の中を回る。
 今の言葉は、幻聴ではないのか?
 私に都合のいい、幻なんじゃないのか?

 飛ばされた魔人が再びカイルへと斬りかかった。

「今更そのようなことを告げて、“巫女”を惑わそうとでもいうのですか。“乙女”は既に堕ちたのです!」
「堕ちていない!」

 カイルは翼と腕で私を抱え込むように庇う。
 光の幕がカイルと剣を合わせる魔人を焦がし、カイルの剣がそこに追い打ちをかける。
 けれど、魔人の剣もカイルを掠め……血の臭いが鼻を突く。私を庇う分、カイルが不利なのに。私なんて放っておけばいいのに。
 それなのに、カイルはまた私に優しく囁く。

「ルカ、聞いて。
 本当は、神が命じたとかなんて関係ないんだよ。僕が君と共にいて、君を守りたいだけなんだ」

 初めて、ようやく、私の目が焦点を結んだ。
 片手で私をしっかりと抱え込み、魔人と剣を受け止めるカイルが……ちらりと私を見やるカイルの視線と、私の視線が交わった。

「う、そ……」
「嘘じゃない、ルカ」

 もう一度魔人を蹴り飛ばすと、うそ、うそ、と譫言うわごとのように繰り返す私を振り返り、カイルは素早く、だけど優しくそっと私と唇を重ねた。

「本当に、最初から、君を見つけたときから、君に惹かれていた。嘘じゃない」

 口早に告げて、また祈りの言葉をカイルは呟く。

「“生命の護り”よ」

 カイルから暖かい気配が湧き上がり、私を抱く腕に力がこもる。

「君と過ごす毎日が楽しくて、嬉しくて……使命なんて、関係なかったんだ。僕が、君から離れたくないだけだったんだ。だから頼む、僕と共にいて欲しい。ずっと、一緒にいて欲しいんだ」

 ぽろりと、私の目から雫が落ちた。みるみる涙が盛り上がり、次から次へと溢れ出す。

「カイル、わた、し……いやあ!」

 わたしも、と告げようとして、突然、私の内にいるものの気配が膨れ上がった。その気持ちの悪さと得体の知れなさに、ガタガタと身体が震えだす。
 身体が勝手に動き出そうとする気配に、震えが止まらなくなる。

「蝕が始まった」

 厳かに、そして喜びを湛えて魔人が告げた。
 いつの間にか、“魔女の舞踏場”の外縁にあった円模様から立ち昇る赤い炎のようにゆらゆら揺らめくカーテンの壁が現れて、私たちを囲んでいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】異世界で勇者になりましたが引きこもります

樹結理(きゆり)
恋愛
突然異世界に召還された平々凡々な女子大生。 勇者になれと言われましたが、嫌なので引きこもらせていただきます。 平凡な女子大生で毎日無気力に過ごしていたけど、バイトの帰り道に突然異世界に召還されちゃった!召還された世界は魔法にドラゴンに、漫画やアニメの世界じゃあるまいし! 影のあるイケメンに助けられ、もふもふ銀狼は超絶イケメンで甘々だし、イケメン王子たちにはからかわれるし。 色んなイケメンに囲まれながら頑張って魔法覚えて戦う、無気力女子大生の成長記録。守りたい大事な人たちが出来るまでのお話。 前半恋愛面少なめです。後半糖度高めになっていきます。 ※この作品は小説家になろうで完結済みです

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...