32 / 33
十日目 -4
しおりを挟む
ルカはやはり強い。
魔人を追って舞い上がりながら、そう思う。
「こちらへ来てしまって、いいのですか? 愛しい“乙女”を放置して大丈夫なのですか?」
相変わらずにやにやと笑いながら、魔人は言った。
「ルカを見縊るな」
僕がそれだけを答えると、魔人は一瞬だけ苦々しげな表情を浮かべる。
「ルカは強い。お前が考えているより、遥かに強いんだ」
そう告げて、僕は笑う。
「だから、彼女こそが“神託の乙女”なんだ。
ルカは屈しない。諦めない。いつでも前を向くことを忘れない。いつでも自分よりひとを思い遣る。
だから、彼女が“神託の乙女”として選ばれた。
残念だが、お前はルカを見縊りすぎていたんだ、“悪魔の落とし子”」
ぎりぎりと歯を軋らせて、“落とし子”は僕を睨めつける。
「これまでもこれからも、ルカが堕ちることは絶対にない……“神よ、悪討つ力を”」
短い祈りの言葉とともに、僕は斬り掛かる。
致命傷には程遠いが、僕の剣は魔人の身体を浅く薙いだ。
「“我が剣よ、炎を纏え”。
お仲間が辿り着いて、ずいぶんと浮き足立っておられるようだ。よく喋る」
噴き出した炎を纏う赤い剣を素早く振りかぶりながら、魔人は嘲笑を浮かべる。かろうじて盾で弾くが、左腕がじんじんと痺れそうなほどの打撃だ。
ちらりと穴に目をやると、ヘスカンの呪文が完成したのか、じわじわと閉じ始めるところだった……が。
「何?」
中から腕が突き出し、穴が閉じようとするのを止めるかのように、抑え始めた。
「余所見をしている余裕があるとは、素晴らしいですね」
とたんに手痛い一撃を喰らい、剣を受けた鎧の隙間から血が滲み出る。
「どうやら“大悪魔”のどなたかがいらっしゃったのでしょうか。
この地は地獄の一部となり、悪魔王の力はさらに増し――そうしていつか、創成の神よりも大きく偉大な神となるのです」
穴を見下ろして魔人は告げる。
「あなたが堕ちないというのなら、最初に出てきたお方にあなたを捧げることにしましょう」
「お前の思うとおりに行くと思うな、“落とし子”」
再び打ち合いは続いた。
“落とし子”は、手強い相手だった。
お互いの力は、おそらく拮抗しているのだろう。僕はなかなか致命傷を与えることができず、お互いの身体には擦り傷だけが重なっていく。
このままこいつにばかりかまけている時間はないのにと、じわじわと焦りが募る。
――が。
いきなり流れ込んだ光の奔流に襲われて、突き出た腕がぶすぶすと黒い煙を上げた。
腕は苦悶するようにぶんぶんと暴れる。
けれど、それで押さえが緩んだのか、穴は再び狭まり始めた。
見れば、おそらく“飛空”の魔法で飛んできたのだろう、イリヴァーラがいた。
「“招かれざるものよ、去れ”」
ヘスカンが呪文を完成させる。
イリヴァーラが次から次へと高位の呪文を紡ぎ、さらなる追い討ちをかけていった。
さすがの“大悪魔”であっても耐えかねたのか、腕はのたうちながら穴の奥へと消え去り――地獄へと通じる門は、ようやく完全に閉じられた。
「ここまででしたか。しかしまあ、よしとしましょう」
「なに?」
横薙ぎに薙ぎ払った剣を躱し、魔人はつまらなそうに“魔女の舞踏場”を見下ろした。
しかし、その声はあまり残念そうには聞こえず、まだ何か手を残しているのかと、僕は身構える。
――が。
「待て!」
魔人は二言三言、呪文に似た言葉を呟いて、消えてしまった。
――結局、あの魔人が本当は何を目的にしていたのかがわからないままか。
はあ、と大きく溜息を吐いて、地上へ、ルカのところへと戻ると、一足先に降りていたイリヴァーラと、ようやく追いついたナイアラが、ルカにしっかりと取り縋っていた。
僕はヘスカンと顔を見合わせて、思わず苦笑を漏らしてしまう。
「もう、心配かけるのやめて! ほんとにもうやめて!」
「そうだよお、もう、皆必死だったんだからあ!
カイルも、無闇に特攻しようとばっかりするしい。カイルがおバカ脳筋になっちゃったらルカちゃんのせいなんだからねえ!」
ごめんね、ごめんねと繰り返しながら、ルカはふたりの背を優しく撫でさする。
空に浮かぶふたつの月は、再び丸く、完全な輝きを放っていた。
ルカがこの世界に来て10日目の長い夜が、ようやく明ける。
魔人を追って舞い上がりながら、そう思う。
「こちらへ来てしまって、いいのですか? 愛しい“乙女”を放置して大丈夫なのですか?」
相変わらずにやにやと笑いながら、魔人は言った。
「ルカを見縊るな」
僕がそれだけを答えると、魔人は一瞬だけ苦々しげな表情を浮かべる。
「ルカは強い。お前が考えているより、遥かに強いんだ」
そう告げて、僕は笑う。
「だから、彼女こそが“神託の乙女”なんだ。
ルカは屈しない。諦めない。いつでも前を向くことを忘れない。いつでも自分よりひとを思い遣る。
だから、彼女が“神託の乙女”として選ばれた。
残念だが、お前はルカを見縊りすぎていたんだ、“悪魔の落とし子”」
ぎりぎりと歯を軋らせて、“落とし子”は僕を睨めつける。
「これまでもこれからも、ルカが堕ちることは絶対にない……“神よ、悪討つ力を”」
短い祈りの言葉とともに、僕は斬り掛かる。
致命傷には程遠いが、僕の剣は魔人の身体を浅く薙いだ。
「“我が剣よ、炎を纏え”。
お仲間が辿り着いて、ずいぶんと浮き足立っておられるようだ。よく喋る」
噴き出した炎を纏う赤い剣を素早く振りかぶりながら、魔人は嘲笑を浮かべる。かろうじて盾で弾くが、左腕がじんじんと痺れそうなほどの打撃だ。
ちらりと穴に目をやると、ヘスカンの呪文が完成したのか、じわじわと閉じ始めるところだった……が。
「何?」
中から腕が突き出し、穴が閉じようとするのを止めるかのように、抑え始めた。
「余所見をしている余裕があるとは、素晴らしいですね」
とたんに手痛い一撃を喰らい、剣を受けた鎧の隙間から血が滲み出る。
「どうやら“大悪魔”のどなたかがいらっしゃったのでしょうか。
この地は地獄の一部となり、悪魔王の力はさらに増し――そうしていつか、創成の神よりも大きく偉大な神となるのです」
穴を見下ろして魔人は告げる。
「あなたが堕ちないというのなら、最初に出てきたお方にあなたを捧げることにしましょう」
「お前の思うとおりに行くと思うな、“落とし子”」
再び打ち合いは続いた。
“落とし子”は、手強い相手だった。
お互いの力は、おそらく拮抗しているのだろう。僕はなかなか致命傷を与えることができず、お互いの身体には擦り傷だけが重なっていく。
このままこいつにばかりかまけている時間はないのにと、じわじわと焦りが募る。
――が。
いきなり流れ込んだ光の奔流に襲われて、突き出た腕がぶすぶすと黒い煙を上げた。
腕は苦悶するようにぶんぶんと暴れる。
けれど、それで押さえが緩んだのか、穴は再び狭まり始めた。
見れば、おそらく“飛空”の魔法で飛んできたのだろう、イリヴァーラがいた。
「“招かれざるものよ、去れ”」
ヘスカンが呪文を完成させる。
イリヴァーラが次から次へと高位の呪文を紡ぎ、さらなる追い討ちをかけていった。
さすがの“大悪魔”であっても耐えかねたのか、腕はのたうちながら穴の奥へと消え去り――地獄へと通じる門は、ようやく完全に閉じられた。
「ここまででしたか。しかしまあ、よしとしましょう」
「なに?」
横薙ぎに薙ぎ払った剣を躱し、魔人はつまらなそうに“魔女の舞踏場”を見下ろした。
しかし、その声はあまり残念そうには聞こえず、まだ何か手を残しているのかと、僕は身構える。
――が。
「待て!」
魔人は二言三言、呪文に似た言葉を呟いて、消えてしまった。
――結局、あの魔人が本当は何を目的にしていたのかがわからないままか。
はあ、と大きく溜息を吐いて、地上へ、ルカのところへと戻ると、一足先に降りていたイリヴァーラと、ようやく追いついたナイアラが、ルカにしっかりと取り縋っていた。
僕はヘスカンと顔を見合わせて、思わず苦笑を漏らしてしまう。
「もう、心配かけるのやめて! ほんとにもうやめて!」
「そうだよお、もう、皆必死だったんだからあ!
カイルも、無闇に特攻しようとばっかりするしい。カイルがおバカ脳筋になっちゃったらルカちゃんのせいなんだからねえ!」
ごめんね、ごめんねと繰り返しながら、ルカはふたりの背を優しく撫でさする。
空に浮かぶふたつの月は、再び丸く、完全な輝きを放っていた。
ルカがこの世界に来て10日目の長い夜が、ようやく明ける。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
【完結】異世界で勇者になりましたが引きこもります
樹結理(きゆり)
恋愛
突然異世界に召還された平々凡々な女子大生。
勇者になれと言われましたが、嫌なので引きこもらせていただきます。
平凡な女子大生で毎日無気力に過ごしていたけど、バイトの帰り道に突然異世界に召還されちゃった!召還された世界は魔法にドラゴンに、漫画やアニメの世界じゃあるまいし!
影のあるイケメンに助けられ、もふもふ銀狼は超絶イケメンで甘々だし、イケメン王子たちにはからかわれるし。
色んなイケメンに囲まれながら頑張って魔法覚えて戦う、無気力女子大生の成長記録。守りたい大事な人たちが出来るまでのお話。
前半恋愛面少なめです。後半糖度高めになっていきます。
※この作品は小説家になろうで完結済みです
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです
籠の中のうさぎ
恋愛
日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。
「はー、何もかも投げだしたぁい……」
直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。
十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。
王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。
聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。
そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。
「では、私の愛人はいかがでしょう」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる