神託の乙女になりました

ぎんげつ

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十日目 -4

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 ルカはやはり強い。
 魔人を追って舞い上がりながら、そう思う。

「こちらへ来てしまって、いいのですか? 愛しい“乙女”を放置して大丈夫なのですか?」

 相変わらずにやにやと笑いながら、魔人は言った。

「ルカを見縊るな」

 僕がそれだけを答えると、魔人は一瞬だけ苦々しげな表情を浮かべる。

「ルカは強い。お前が考えているより、遥かに強いんだ」

 そう告げて、僕は笑う。

「だから、彼女こそが“神託の乙女”なんだ。
 ルカは屈しない。諦めない。いつでも前を向くことを忘れない。いつでも自分よりひとを思い遣る。
 だから、彼女が“神託の乙女”として選ばれた。
 残念だが、お前はルカを見縊りすぎていたんだ、“悪魔の落とし子”」

 ぎりぎりと歯を軋らせて、“落とし子”は僕をめつける。

「これまでもこれからも、ルカが堕ちることは絶対にない……“神よ、悪討つ力を”」

 短い祈りの言葉とともに、僕は斬り掛かる。
 致命傷には程遠いが、僕の剣は魔人の身体を浅く薙いだ。

「“我が剣よ、炎を纏え”。
 お仲間が辿り着いて、ずいぶんと浮き足立っておられるようだ。よく喋る」

 噴き出した炎を纏う赤い剣を素早く振りかぶりながら、魔人は嘲笑を浮かべる。かろうじて盾で弾くが、左腕がじんじんと痺れそうなほどの打撃だ。
 ちらりと穴に目をやると、ヘスカンの呪文が完成したのか、じわじわと閉じ始めるところだった……が。

「何?」

 中から腕が突き出し、穴が閉じようとするのを止めるかのように、抑え始めた。

「余所見をしている余裕があるとは、素晴らしいですね」

 とたんに手痛い一撃を喰らい、剣を受けた鎧の隙間から血が滲み出る。

「どうやら“大悪魔アーチデヴィル”のどなたかがいらっしゃったのでしょうか。
 この地は地獄の一部となり、悪魔王の力はさらに増し――そうしていつか、創成の神よりも大きく偉大な神となるのです」

 穴を見下ろして魔人は告げる。

「あなたが堕ちないというのなら、最初に出てきたお方にあなたを捧げることにしましょう」
「お前の思うとおりに行くと思うな、“落とし子”」


 再び打ち合いは続いた。


 “落とし子”は、手強い相手だった。
 お互いの力は、おそらく拮抗しているのだろう。僕はなかなか致命傷を与えることができず、お互いの身体には擦り傷だけが重なっていく。
 このままこいつにばかりかまけている時間はないのにと、じわじわと焦りが募る。

 ――が。

 いきなり流れ込んだ光の奔流に襲われて、突き出た腕がぶすぶすと黒い煙を上げた。
 腕は苦悶するようにぶんぶんと暴れる。
 けれど、それで押さえが緩んだのか、穴は再び狭まり始めた。

 見れば、おそらく“飛空”の魔法で飛んできたのだろう、イリヴァーラがいた。

「“招かれざるものよ、去れ”」

 ヘスカンが呪文を完成させる。
 イリヴァーラが次から次へと高位の呪文を紡ぎ、さらなる追い討ちをかけていった。
 さすがの“大悪魔”であっても耐えかねたのか、腕はのたうちながら穴の奥へと消え去り――地獄へと通じる門は、ようやく完全に閉じられた。

「ここまででしたか。しかしまあ、よしとしましょう」
「なに?」

 横薙ぎに薙ぎ払った剣を躱し、魔人はつまらなそうに“魔女の舞踏場”を見下ろした。
 しかし、その声はあまり残念そうには聞こえず、まだ何か手を残しているのかと、僕は身構える。

 ――が。

「待て!」

 魔人は二言三言、呪文に似た言葉を呟いて、消えてしまった。



 ――結局、あの魔人が本当は何を目的にしていたのかがわからないままか。

 はあ、と大きく溜息を吐いて、地上へ、ルカのところへと戻ると、一足先に降りていたイリヴァーラと、ようやく追いついたナイアラが、ルカにしっかりと取り縋っていた。
 僕はヘスカンと顔を見合わせて、思わず苦笑を漏らしてしまう。

「もう、心配かけるのやめて! ほんとにもうやめて!」
「そうだよお、もう、皆必死だったんだからあ!
 カイルも、無闇に特攻しようとばっかりするしい。カイルがおバカ脳筋になっちゃったらルカちゃんのせいなんだからねえ!」

 ごめんね、ごめんねと繰り返しながら、ルカはふたりの背を優しく撫でさする。

 空に浮かぶふたつの月は、再び丸く、完全な輝きを放っていた。
 ルカがこの世界に来て10日目の長い夜が、ようやく明ける。
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