行け、悪役令嬢ちゃん!

ぎんげつ

文字の大きさ
26 / 50

7-2.走れ、王太子殿下

しおりを挟む
「殿下、レイモン殿をお連れしました」
「ああ」

 学内のサロンで、王太子はミシェルとともにレイモンを待っていたようだった。
 レイモンがきっちりと騎士の礼を取ると、王太子は鷹揚に手を振った。

「レイモン、あいさつの口上はどうでもいい。ロズリーヌの姿が見えないが、いったいどうしたのだ。まさか病にでも伏せっているのではあるまいな?」
「いえ、殿下。お嬢様は少々……その、此度のあれやこれやの改善をはかるため、しばし別邸で休養を取ることになっております」
「別邸……というと、あの湖畔の別荘か」
「はい。今朝早く発ちました」

 そうか、湖畔か……と呟いたところで、王太子がハッと顔を上げた。何故かその表情は険しく、レイモンは不躾にも、ついつい怪訝に見つめてしまう。
 遅れてディオンが「あ」と声を上げた。

「モリス! 今朝、お前が言っていたのは、湖水地方に向かう街道ではなかったか?」
「はい、殿下。その通りです」

 護衛でもある近衛騎士モリスの返答に、王太子がディオンを振り向いた。
 ディオンは心得たとばかりに頷いて、「すぐに騎士団に知らせを送ります」と返す。

「モリス、馬と武具を用意しろ。ここにあるもので構わん。ディオンはそのまま学園の警備兵を集め、直ちに私に続け。
 ミシェルとレイモンはこのまま私とともに来い」
「殿下? いったい何が……」

 王太子が真剣な顔で次々命令を出す。ディオンもモリスも即座に従い、その場を離れる。

「時間がない、歩きながら説明する。レイモン、武器は持っているな?」
「はい、常と同様に……」
「ならいい。今朝、モリスが騎士団からの報告を持って来たのだ。街道に大規模な盗賊団が出没したと」
「――まさか」
「そのまさかで、ロズリーヌの向かった湖水地方へ続く街道だ。いかにごろつきどもの集団とはいえ、数も多いという。
 レイモン、ロズリーヌの護衛は何人付けた?」
「学園に常駐している、四人です」
「それでは足りん。報告では、少なく見積もっても十人を超えるとあった」

 レイモンの顔から血の気が下がる。
 せめて自分が同行していれば、万が一の事態になってもロズリーヌを逃す時間くらいは稼げたのではないか。

「何故、そんな……」
「騎士団の派遣は決まっているが、早くても数日後だ。間に合わない。とはいえ、安心しろ。私が行く」
「殿下、これを!」

 モリスが鞍を置いた馬を引いて戻った。武具を携えた使用人も連れている。
 レイモンとミシェルが最終的な馬のチェックを済ませる間に、武具を付けながら王太子は次の指示を飛ばす。
 そこに馬と兵を連れたディオンも戻って来た。

「殿下、まずはすぐに出られる兵のみを連れてまいりました」
「よし、では先に我々が出る。残りの者は準備でき次第参るように!」

 王太子は馬に飛び乗り合図をすると、すぐに拍車をかけて走り出した。


 * * *


 ロズリーヌはぼんやりと窓から外を眺める。
 ずいぶん前に王都を出て、今、外に広がるのはのどかな田園風景だ。
 ぽつぽつと点在する、森と呼べるほど大きくもない木々の纏まりと、緑に染まる畑がずっと遠くまで広がっている。
 王都のあるこの辺りから湖水地方と呼ばれる湖の点在する地域まで、ずっと平地が続いている。山は、遥か地平の彼方に薄青くぼんやりとした影として、かろうじて見える程度だ。

「殿下は、大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ、お嬢様。レイモンを信じてください」
「そうね……レイモンはやると言ったらやるものね」
「そうですとも」

 ほう、と吐息をこぼして、ロズリーヌはまた外へと目をやる。
 と、急に馬がいなないて、馬車が止まった。

「何事?」
「お嬢様、身体を低くしてください」

 訝しむロズリーヌを座席に伏せさせて、ジレットは慎重に外を伺った。さらに護衛が馬車の扉を軽く三回、少し間を置いて二回叩き、ジレットが顔色を変えた。

「お嬢様、どうやら襲撃です」
「なんですって?」
「靴を変えましょう。万が一の時には、お嬢様の自慢の足で逃げていただかねばなりません」

 ジレットは、座席の下から踵の低い、柔らかいブーツを出してロズリーヌに履き替えさせた。
 紐で足にぴったりと合わせられて、走る時に脱げたりしにくい靴だ。

「ジレット、お前は?」
「いつも申し上げているでしょう? 私は多少なりとも鍛えておりますから、お嬢様の逃げる時間くらいは稼げます。
 それにお嬢様の護衛は優秀なんです。そうそうそんな事態にはなりません」
「ジレット……」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...