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9-1.一方そのころ
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一方そのころ、ミシェル・クレスト・ド・イエールは紳士になっていた。
いや、王太子に便乗の上、なし崩しにコトを焦って嫌われては本末転倒だと、必死に数を数えて紳士を装っていた。
王太子は気を利かせて同室に突っ込んでくれたのかもしれないが、さすがにここは自制を働かせなくてはならないところであった。
「クレスト様は」
「ジレット嬢。俺のことは、ミシェルと」
「けれど……」
口ごもるジレットの手を握り、ミシェルは懇願する。
自制は必要でも、こんなチャンスは今しかない。
「先ほどもお話ししたとおり、俺は最初からずっと、モンティリエ嬢や殿下よりもあなたと親しくなりたかったのです」
ジレットの顔に血がのぼる。
頬がかっと熱を持って、ミシェルの顔を直視できない。
何しろ、ここまでストレートに求められるなんてはじめての経験だ。
「あなたのお父上を通してとも考えましたが、あなたは忠義に厚い方です。モンティリエ嬢の許しがなくては、俺の求婚に応じてはくれないでしょう?」
「それは、そうですが」
「時間はかかっても、必ずモンティリエ嬢の許しを得ますから……どうか、俺とのことを考えてはいただけないでしょうか」
ジレットはしばし考えて――かすかに頷いた。
「わかりました、クレスト様。
けれど、それなら何故、お嬢様はクレスト様をああも目の敵のように思われるのでしょう」
「俺にもわかりません。殿下にきらわれるのならわかるんですけど……」
そこを問われると弱い。自分にも、何故ロズリーヌにあんな態度を取られるのか、さっぱりわからないのだから。
「けれど、クレスト様は殿下と親しくしていらっしゃるではありませんか」
「そうであればよいのですが……実は、モンティリエ嬢のことがあって、仮初めで協力しているだけなんです。
俺は、どうも子供の頃から殿下には嫌われてしまっているので」
ジレットは不思議そうに目を瞬かせた。ジレットやロズリーヌが考えていたこととはずいぶん違う。
そんなジレットに気づいて、ミシェルは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「その……まだ幼い頃に一度、父に連れられて国王陛下にごあいさつ申し上げたことがあるんです。その時に、同じ歳だからと殿下に引き合わされたのですが……当時の俺は、どこから見ても女の子みたいでして」
それはそうだろう。十六の今だって、顔だけなら美少女なのだ。身体つきにほとんど性差のない歳なら、きっと可愛い女の子にしか見えなかったはずだ。
「最初こそ、殿下は俺にとても親切にしてくださいました。
ところが、再度お会いした際、殿下が俺のせいで仲の良い女の子から嫌いだと言われたとおっしゃられて、盛大にいじめられてしまったんですよ。
どうも、俺が女の子だと思われたとかで」
「え……」
「とはいえ、幼い子供です。せいぜいが、虫を投げられたり、嫌いな食べ物を押し付けられたりくらいのささやかな嫌がらせ程度でしたが」
今の王太子を考えると、とてもそんなことをする子供だったとは思えない。
ジレットは、まさかと半信半疑に聞いている。
「もっとも、そのおかげで俺は剣に励むようになりましたし、悪いことばかりでもなかったのですが」
「そんなことが……」
「ええ。なので、実は今も少し殿下のことは苦手なんです」
ジレットが知る限り、王太子はいつも穏やかで、同じ年代の誰よりも大人びていたのだけれど。
そこまで考えて「あ」と思い出す。
「昔、お嬢様がまだお小さいころに、殿下が自分をお嫁さんにすると言いながら他の女の子と仲良くしていたと、泣いていたことがありました」
「あ……なるほど、それですね」
ミシェルが苦笑を浮かべる。
まさか、その時の“女の子”がミシェルだったと知って、ミシェルが男色だなどと言い出したのだろうか。
「でも、これで俺が男色でないことも、ましてや王太子殿下にあらぬ懸想なんてしていないことも、納得してもらえましたか?」
「ええ、まあ……そうですね」
「ですから」
ミシェルは握ったジレットの手を引き寄せて、その掌にキスを落とす。
「どうか、俺とのことを、真剣に考えてくださいね」
念を押されたジレットは、頬を朱に染めて、今度ははっきりと頷いた。
いや、王太子に便乗の上、なし崩しにコトを焦って嫌われては本末転倒だと、必死に数を数えて紳士を装っていた。
王太子は気を利かせて同室に突っ込んでくれたのかもしれないが、さすがにここは自制を働かせなくてはならないところであった。
「クレスト様は」
「ジレット嬢。俺のことは、ミシェルと」
「けれど……」
口ごもるジレットの手を握り、ミシェルは懇願する。
自制は必要でも、こんなチャンスは今しかない。
「先ほどもお話ししたとおり、俺は最初からずっと、モンティリエ嬢や殿下よりもあなたと親しくなりたかったのです」
ジレットの顔に血がのぼる。
頬がかっと熱を持って、ミシェルの顔を直視できない。
何しろ、ここまでストレートに求められるなんてはじめての経験だ。
「あなたのお父上を通してとも考えましたが、あなたは忠義に厚い方です。モンティリエ嬢の許しがなくては、俺の求婚に応じてはくれないでしょう?」
「それは、そうですが」
「時間はかかっても、必ずモンティリエ嬢の許しを得ますから……どうか、俺とのことを考えてはいただけないでしょうか」
ジレットはしばし考えて――かすかに頷いた。
「わかりました、クレスト様。
けれど、それなら何故、お嬢様はクレスト様をああも目の敵のように思われるのでしょう」
「俺にもわかりません。殿下にきらわれるのならわかるんですけど……」
そこを問われると弱い。自分にも、何故ロズリーヌにあんな態度を取られるのか、さっぱりわからないのだから。
「けれど、クレスト様は殿下と親しくしていらっしゃるではありませんか」
「そうであればよいのですが……実は、モンティリエ嬢のことがあって、仮初めで協力しているだけなんです。
俺は、どうも子供の頃から殿下には嫌われてしまっているので」
ジレットは不思議そうに目を瞬かせた。ジレットやロズリーヌが考えていたこととはずいぶん違う。
そんなジレットに気づいて、ミシェルは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「その……まだ幼い頃に一度、父に連れられて国王陛下にごあいさつ申し上げたことがあるんです。その時に、同じ歳だからと殿下に引き合わされたのですが……当時の俺は、どこから見ても女の子みたいでして」
それはそうだろう。十六の今だって、顔だけなら美少女なのだ。身体つきにほとんど性差のない歳なら、きっと可愛い女の子にしか見えなかったはずだ。
「最初こそ、殿下は俺にとても親切にしてくださいました。
ところが、再度お会いした際、殿下が俺のせいで仲の良い女の子から嫌いだと言われたとおっしゃられて、盛大にいじめられてしまったんですよ。
どうも、俺が女の子だと思われたとかで」
「え……」
「とはいえ、幼い子供です。せいぜいが、虫を投げられたり、嫌いな食べ物を押し付けられたりくらいのささやかな嫌がらせ程度でしたが」
今の王太子を考えると、とてもそんなことをする子供だったとは思えない。
ジレットは、まさかと半信半疑に聞いている。
「もっとも、そのおかげで俺は剣に励むようになりましたし、悪いことばかりでもなかったのですが」
「そんなことが……」
「ええ。なので、実は今も少し殿下のことは苦手なんです」
ジレットが知る限り、王太子はいつも穏やかで、同じ年代の誰よりも大人びていたのだけれど。
そこまで考えて「あ」と思い出す。
「昔、お嬢様がまだお小さいころに、殿下が自分をお嫁さんにすると言いながら他の女の子と仲良くしていたと、泣いていたことがありました」
「あ……なるほど、それですね」
ミシェルが苦笑を浮かべる。
まさか、その時の“女の子”がミシェルだったと知って、ミシェルが男色だなどと言い出したのだろうか。
「でも、これで俺が男色でないことも、ましてや王太子殿下にあらぬ懸想なんてしていないことも、納得してもらえましたか?」
「ええ、まあ……そうですね」
「ですから」
ミシェルは握ったジレットの手を引き寄せて、その掌にキスを落とす。
「どうか、俺とのことを、真剣に考えてくださいね」
念を押されたジレットは、頬を朱に染めて、今度ははっきりと頷いた。
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