蛮族嫁婚姻譚その2:神官先生と押しかけ見習い

ぎんげつ

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ずっと一緒に

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 朝の礼拝を終えて、ノエはまた領主の館を訪れていた。
 イェルハルドは昨日訪ねたばかりなのにと驚いたが、何かを感じたのかすぐにノエを部屋へと通す。
「で?」
「で、というのは」
 小さく溜息を吐いて、イェルハルドは頬杖を突く。何かあったからまた来たのだろう、と少し呆れた顔で。しかもその“何か”は、イェルハルドの予想が正しければ、やらかしてしまったほうの何かだ。
「何があったんだ、という意味だ」
「何、と言われても……」
「あったんだろう? だからここへ来たくせに」
 軽く目を眇めてじっとりと見つめられて、ノエはつい目を逸らしてしまう。
「もしかして、夜這いでもされたのか?」
「な、どうしてわ……あ、う」
「やっぱりか。やるんじゃないかと思ってた。だから言ったのに」
 つい口が滑ったノエに、イェルハルドは再度大きな溜息を吐いた。おろおろと視線を泳がせるようすを、やっぱりじっとりと見つめながら。
「それで、どうするんだ」
「それでも何も……」
「あの子はまだ十五になるところだ。成人まで、あと一年と少しある」
「知っている」
「無かったことにして都に帰るか? 他の神官を寄越してくれるなら、君が帰っても文句はない。別な神官より君のほうが、私に都合はいいけれどね」
「いや、帰る気はないよ」
 ノエは少し困ったように眉尻を下げる。
「それに、僕が都に逃げ出したところで、ヘルッタは諦めないだろう?」
「じゃ、諦めて結婚するのか」
「“諦めて”というのはあまり良くない言い方だな」
「じゃ、君は望んでヘルッタと結婚する……と、そう考えていいんだな?」
 念を押され、ノエも大きく深呼吸をして頷いた。
「ああ。あの子は一生懸命だし……それに、いいんじゃないかと思ったから」
「――何度も言ってるけど、私はあの子の後見なんだ。もし君が遊び半分でというなら、“制約ギアス”のひとつでも掛けなきゃいけないところだった」
 ほ、と、今度は安堵の吐息を漏らしてイェルハルドは椅子にもたれかかる。

 しかし、あれこれ言ってはいても、イェルハルドはノエを信頼している。きっと悪いことにはならないだろうとは考えていた。

「なら、婚姻の準備をしないと。いつがいい?」
「ヘルッタが成人してからに決まってる。あの子にもそう言い含めたからね」
「では、それまでにヘルッタの嫁入り道具を揃えよう。家はどうする?」
「そのくらいは、僕がなんとかするさ」
「けれど、伝手はないだろう? 私のほうでも見繕ってみるよ」
 ああ、頼むと返して、ノエは立ち上がる。そろそろ施療院に戻って開院の準備をしなければならない。
「詳細は後で詰めることにしよう」
 イェルハルドも立ち上がる。
「そうだ」
「なんだ?」
 ノエが忘れるところだったと呟いて振り返る。
「ヨニのことで相談があるんだ。イェルハルドなら、どこかいい心当たりがあるんじゃないかと思って」
「ヨニ……ヘルッタの弟か。どんなことだ?」
「とりあえず、咳はどうにかなりそうなんだけれど、あの子は根本的に肺が弱い。だから、少し考えてることがあるんだ」


 * * *


「ヘルッタ! ヘルッタ!」
「パルヴィ」

 昼の休憩に、パルヴィがやってきた。
 ずいぶんと興奮して、駆け込むなりヘルッタに抱き付いて手を取ると、まるでダンスでも踊っているかのようにくるくる回り出す。

「旦那様に聞いたの! ヘルッタ、結婚するんでしょう?」
 勢い込むパルヴィの言葉に大きく目を見開いて、ヘルッタはたちまちにへらと表情を崩す。それを見たパルヴィもにんまりと満面の笑みを浮かべた。
「そうなの。今夜にでもパルヴィに報告に行こうって思ってたのに、領主様に先越されちゃった」
「ヨニは知ってるの?」
「うん。今朝、朝ご飯の時に言った」
「みんなは?」
「まだ、これから」
 ふたりで額をくっつけるようにして、にまにま笑いながら話し続ける。
「じゃ、ふたりで行こう。夕方、施療院が終わったら」
「うん」
「私、迎えに来るから待っててね」
「うん」
「じゃ、また夕刻にね!」
 それだけが目的だったのか、パルヴィは手を振って瞬く間に行ってしまった。「まるで夏の嵐みたい」と呆れた顔でレンが呟く。



「おねえちゃん」
「ヨニ」

 午後は、ヨニの運動の時間だ。
 手を繋いでゆっくりと庭を歩きながら自分を見上げるヨニに、ヘルッタはにんまりと笑う。
 冬からずっと寝たり起きたりを繰り返していたヨニは、すっかり身体が衰えてしまっていた。ほとんど咳も出なくなった次は体力だと、まずは長く速く歩けるようになることから始めたのだ。

「おねえちゃん、神官先生との婚姻の儀式はいつになるの?」

 ヨニと一緒に町へ来た男たちも適切な治療のおかげで、病からは回復した。
 今は、以前とほぼ変わらない程度に動けるようにと、ハイラムの指導で身体を鍛えなおしに掛かっているところだ。
 ただ、骨折で歩けなくなった男の本格的な治療はまだこれからだ。もっとも、ノエから曲がってしまった骨を再度割り、もう一度整えて継ぎ直すという荒療治で真っ直ぐに治す予定だと聞いて、顔色が真っ青になっていたが。
 片脚を無くした男の義足は発注済みだ。今は仮の義足を使って歩く練習をしている。出来上がる頃には、ゆっくり歩ける程度には義足に慣れているだろう。

 子を産めないからと追い出されたヤーナは、このまま施療院を手伝うことになった。今はヘルッタと一緒にレンから看護の仕方や怪我の応急処置の仕方など、基本的なことを習っている。
 ノエの話では、子ができない原因の全部がヤーナにあるとは言い切れないらしい。何しろ、“女王”の神子はもう四十を超えているのだ。さすがにその年になれば、男の子種に宿る子作りの力も弱まるものだという話に、ヘルッタもヤーナも絶句するほど驚いた。だって、その前の年には別な女が神子の子を産んでいるのだから。
 それだけは未だに半信半疑で、単に、子供を諦めたというヤーナを慰めただけではないかと、少し疑っている。

「ノエが領主様と話して、来年、私が十六になったらってことになったの。だから、息子を産むのはそれからなんだって」
「ふうん。そっか」

 町に来てから食欲も増えたおかげか、幾分かふっくらしたヨニの顔を見て、ヘルッタは目を細める。
 この調子で肉と体力を付けながら育っていけば、きっとヨニも“谷”の男たちのように戦えるようになるんじゃないだろうか。
 それもこれも、皆、ノエのおかげだ。
 そのノエの妻は、自分なのだ。

「あのね、おねえちゃん」
「ん?」
 ヨニの声が幾分か低くなった気がして、ヘルッタは首を傾げる。繋いだヨニの手にキュッと力が入る。
「お昼に、神官先生とお話ししたんだ」
「何を?」
「ぼく、咳は治ったけれど、まだ、喉と肺が十分に強くないんだって」
「え?」
「だから、このままここで冬を迎えたら、また咳をぶり返しちゃって、いつまでも強くなれないって」
「でも、ノエが、ちゃんと……」
「うん。だけど氷原は寒すぎるから、だから、何年か南に住んで、そこで身体を守りながら丈夫にしたほうがいいって神官先生が言うんだ」
 ぎゅうっと手を握り、少し俯いたままヨニは続ける。
「でも、そんなの、どこに? 南って、どこ?」
「わかんない。領主様にいいところを探してもらってるって」
「そんなの……そんなの……」
 ヨニの手を握り返して、ヘルッタはぐぐぐと眉を寄せる。
「ヨニ、ノエに聞きに行こう」
「でも、神官先生、今忙しいんじゃないの?」
「だって、ヨニがよそへ行かされるってことでしょ? どうして? ノエがいれば、寒くてもきっと大丈夫なのに」
「でも、おねえちゃん」
「私も一緒に行くから、もう一度ノエに訊いてみよう」
 ヨニをほとんど引きずるようにして、ヘルッタはノエのところへと向かう。



 結局、ノエと改めて話ができたのは、もう夕刻が近い頃だった。ちゃんと詳しいことが聞けたのはそれよりさらに後、夕食後だ。

「ここの冬はとても寒いだろう? それに、冬になると感冒がよく流行る」
「だから南がいいの?」
「そうなんだ」
 どことなく納得がいかない様子のヨニと強張ったままのヘルッタに、ノエは苦笑を浮かべた。
「ヨニの風邪は完治したけど、まだやっぱり肺と喉が弱いんだ。だから、ここの寒さや感冒にやられないよう気をつけて、せっかく強くなった分を失くさないようにしたい。そう考えると、もう少し暖かいところで療養と体力づくりをしたほうがいいんだよ」
 ヘルッタは口を固く噤んだまま、じっと睨むようにノエを見つめる。
「もちろんずっとじゃない。身体が育つまでの話だ。ヨニの歳なら最低でも五年……できれば成人するまでは、ここより暖かいところで身体を守りながら鍛えたほうが、今よりずっと丈夫に強くなれる」
「でも、ノエ、それじゃヨニはどこに行かなきゃいけないの?」
「それなんだ」
 不安げに見つめるふたりを安心させるように、ノエは笑う。
「僕の伝手だけなら、ずっと南の“深淵の都”か、もっと南方まで行かなきゃない。船で何日もかかるような町になってしまう。
 だからイェルハルドに相談したんだ。彼の家は“凍らずの町”の領主家だし、“凍らずの町”ならここよりずっと暖かい。海も凍らないし、ここより過ごしやすいんだ。だから、ユースダール家で預かってもらえないだろうかって」
「でも、ヨニはひとりで行かなきゃいけないんでしょ?」
 それでもヘルッタは強張ったままだ。ヨニも落ち着かなげに、ヘルッタとノエを交互に見比べている。
「ヘルッタもヨニも、不安になるのはわかる。でも、ここから歩いてもたった二日の距離だ。毎月だって会いに行けるよ」
 ヘルッタの頭に、ぽん、とノエの手が乗った。いつもならその大きな手を感じると不安なんてすぐ消えるのに、今日は不安がなくなる気がしない。
「それに、ちゃんと顔合わせもする。ヨニとヘルッタが安心できるようにね」
「でも……でも、ノエ」
 ヘルッタの顔がくしゃりと歪んだ。
「でも、ヨニがひとりになっちゃうよ。せっかく町でいっしょなのに、私もひとりになっちゃうよ」
「ヘルッタ」
「おねえちゃん」
 くしゃくしゃと顔を顰めたヘルッタの目から、大粒の涙がこぼれだす。
「ヨニが大きくなって谷に戻るまでいっしょだと思ってたのに、なんでひとりになっちゃうの? ノエ、なんで」
「ヘルッタ、落ち着いて」
「おねえちゃん、ぼく、大丈夫だから」
 ボロボロと、次から次へと涙をこぼして、ヘルッタはとうとう声を上げて泣き出してしまった。



「神官先生、ほんとにいいの?」
「たまにはいいだろう? ちょっと狭いのは、我慢してくれよ」
「うん」
 泣き疲れて寝てしまったヘルッタを抱いて、ヨニの手を引いて、ノエは施療院で一番大きなベッドが置いてある部屋に来た。本来なら入院した患者のための部屋だが、今日はここに三人で寝るのだ。
「おねえちゃん、子供みたい」
「ヘルッタは、寂しくなっちゃったんだよ」
 小さく溜息混じりに呟くヨニに、ノエは苦笑を浮かべる。
「寂しく?」
「そう。ヨニが町に来てすごく嬉しかった分、寂しくなっちゃったんだ」
「そっか……」
「ヨニも寂しい?」
 ヨニはじっと考える。ノエの手をきゅっと握り締めて、眉を寄せて。
「――ちょっとだけ。でも、南でがんばれば丈夫で強くなれるんだよね?」
「なれるよ」
「じゃあ、ぼくがんばる」
 ノエはにっこり笑って、ポンとヨニの頭に手を置いた。
「君を頼むのは、イェルハルドの家か戦神教会になると思うんだ。どっちに決まってもヘルッタと一緒に月に一度は会いに行くから、心配はいらない」
「うん」
「だから、君は無理をせず、身体を強くすることに専念するんだよ」
「うん」
 ヘルッタをベッドに下ろして毛布をかけると、ノエはヨニに手を伸ばした。
「さ、おいで」
 呼ばれて、ヨニは毛布をめくり、ヘルッタの横に潜り込む。もぞもぞ身体を動かして落ち着いたところへノエも横になり、ふたりをまとめて抱え込んだ。
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