蛮族嫁婚姻譚その2:神官先生と押しかけ見習い

ぎんげつ

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取り換えたりはしないよ

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 朝晩になると、ひゅうっと冷たい風が吹き抜けるようになった。短い夏が終わりを迎え、さらに短い秋が来る。厳しい冬はすぐそこで、町でも“谷”でも、長い冬に向けての入念な準備は佳境を迎えている。

 診療所も、だいぶ落ち着いた。手伝いも何人か増えたから、ヘルッタもレンも、毎日仕事に追われて首が回らないなんてことはなくなった。
 “谷”の男たちも、今は病室ではなく、施療院の居室を借りて暮らしている。次の春に“女王”の試練を受けて“谷”に戻るか、それとも、このまま町に残るかは彼ら次第だ。だが、残るならこのまま教会付きの護衛として雇うこともできるだろうと、ノエが話していた。
 ノエは、領主が親しい友人だったおかげだと言う。けれど、ヘルッタは、ノエが来たからこそいろんなことがいい方に向かったように思えるのだ。

「あ、ノエ!」

 領主の館から戻ったノエが、ヘルッタの声に気づいて手を振った。ヘルッタとヨニが揃ってまっすぐ、ノエへと小走りに駆けて来る。

「おかえりなさい、ノエ」
「ただいま。ヨニ、咳は?」
「今日はまだ出てないよ」

 ポン、と順番にふたりの頭を軽く叩いて、ノエはヨニを抱き上げる。「だいぶ重くなったね」と呟いて肉付きを確認して下ろすと、「ちょっとおいで」とふたりの背を押しながら、建物の中へと向かった。

「ノエ、どうしたの?」
「うん、三日後に、ヨニを引き受けるというひとたちが来ることになったんだ」

 食堂に座ったところにノエが少し改まって話し出すと、ヘルッタとヨニは顔を見合わせた。いったい何事かと思えば、そのことだったかとホッとする。

「会ってしっかり話をして、もしヨニがだめだと思ったら、無理に決める必要はない。その時は、なんとかいい方法を考えるつもりだ」
「誰が来るの?」
「山の向こうにある“麗しの森”の、森妖精だよ」
「え……妖精?」
 ノエの言葉に、ヘルッタの顔からたちまち血の気が下がっていった。その顔色と表情に、ノエは首を傾げる。
「ヘルッタ?」
「ヨニ……ヨニが、食べられちゃう」
 妖精といったら、人の子供を取り替えて食べてしまう恐ろしい種族じゃないか――ヘルッタは、幼い頃に何度も聞かされた昔話を思い出して震え出す。
「どうしたの、ヘルッタ」
「ヨニは悪い子じゃないよノエ……よ、妖精なんかに、渡さないで」
「ちょっと待ってヘルッタ、どうしたの……ヨニ? ヨニも、どうした」
「ぼく、妖精に取り替えられちゃうの?」
「いや、ふたりとも?」
 おろおろとパニックを起こすヘルッタと、固まったままカタカタ震えだすヨニに、ノエは訳がわからない。
「ヨニ、どうしよう、ヨニ」
「おねえちゃん……」
 真っ青な顔で抱き合って震えるふたりをどうにか宥められたのは、診察が始まるギリギリの頃合いだった。



「あのねヘルッタ。ヨニも。妖精は、君たちが言うみたいに、人間の子供を攫ったり取り替えたり食べたりなんてしないんだよ」
「でも、おばあちゃんが言ってたよ。だから、町でも見つからないように、ちゃんと隠れたりしてたのに」
 震えながらうんうんと頷くヨニと震えるヘルッタは、“谷”で聞いた御伽噺を信じ込んでいるようだった。

 昨日、イェルハルドから、ヨニは“麗しの森”の森妖精が引き受けてくれると連絡があったのだ。
 “麗しの森”は、イェルハルドの実家がある“凍らずの町”から馬で一刻二時間ほどの距離にある、この辺りでは最も気候のいい森だ。地熱が高いせいか冬でも暖かいし空気もいい。ヨニの療養にうってつけの土地だ。
 が、氷原の民は、この“霧氷の町”ができる前はたびたび“凍らずの町”を襲撃していたし、森妖精と戦うことも多かった。
 森妖精は小柄で華奢な種族だが、見た目に反して、侮れないほどの弓や剣の使い手でもある。自然や動物を意のままに操る“森の祭司ドルイド”も、敵に回せば恐ろしいほどの戦いぶりを見せるのだ。
 だから、そんな話が生まれたのだろうか。

「とにかく、絶対に大丈夫だ。三日後に来るから、ちゃんと顔を合わせて話した上で判断すればいい。
 会うときは僕も一緒なんだし、それならいいだろう?」
「ほんと? ノエが一緒にいてくれる? ヨニを守ってくれる?」
「もちろんだ。それに、何度も言ってるけど、森妖精はヨニに酷いことなんて絶対しない。だから心配はないよ」

 事あるごとに何度も大丈夫なのかと繰り返すふたりに辛抱強く言い聞かせ、夜も三人でくっついて眠って、どうにか三日をやり過ごした。
 幼い頃から繰り返し聞かされた話が、頭に染み付いているんだろう。



 三日後、約束どおりに森妖精がやってきた。
 イェルハルドの館に部屋を用意してもらっての面会だが、ヨニとヘルッタはやっぱり怯えてノエに張り付いたままだった。

 森から訪れた妖精は三人。
 屋敷の応接室には、すでにイェルハルドと森妖精たちが待ち構えていた。
 一角獣の角と弓を象る“森と狩りの女神”の聖印を身につけている者は、すぐに司祭だと伺えた。大きな樫の杖を持っているのは“森の祭司”で、剣を下げているのはその護衛か。
 つらつらと考えるノエと、その後ろに隠れて覗き見るヨニとヘルッタに、司祭の妖精が立ち上がり、にっこりと笑いかける。

「こんにちは。私は“森と狩りの女神”に仕える司祭のエルナンだ。こちらは剣士ギルディアと“森の祭司”フェイレーン」
「はじめまして。私は輝けるお方たる太陽神に仕えるノエです。こちらがあなた方にお願いする予定のヨニと、その姉のヘルッタです」
 握手を交わすノエの後ろで、ヨニとヘルッタは慌ててぺこりと頭を下げる。そのようすにエルナンは笑って腰を落とすと、ヨニに目の高さを合わせた。
「こんにちは、ヨニ。君が森に来たら、私が引き受けるんだ。よろしく」
 おずおずと頷くヨニの頭にポンと手を乗せて、エルナンはギルディアとフェイレーンを身振りで示す。
「ギルディアは森で一番の剣士だ。君は剣を覚えたいのだとグスタフ・ユースダール殿……領主のお父上から聞いたので、今日は一緒に来てもらったんだよ。それから、フェイレーンは我が森の“森の祭司”で、彼にはこの町まで最短の道を作るために同行してもらった。こちらの木と森を、祭司の“森渡り”で繋いでもらえば行き来が楽になるからね」
「――取り替えたりしない?」
「え?」
 ヨニの質問に、エルナンは目をぱちくりとまたたいて首を傾げた。
「ぼくのこと、取り替えて、食べたりしない?」
「ヨ、ヨニ!」
 ノエが慌ててヨニを抱え込む。エルナンは大きく目を見開いて、それから思い切り噴き出した。
「いや、いやいやいや、氷原の民が私たちのことをどう言ってるかは知ってるつもりだったけど、取り替えて食べるっていうのは知らなかったな」
 くっくっとひとしきり肩を震わせて、それからエルナンは「大丈夫、そんなことはしないから」とヨニの頭をポンポン叩いた。
「子供を取り替えたりはしないし、ましてや食べたりなんて絶対しない。だから心配しなくていいよ」
「ほんとに?」
「本当の本当に。それに、夏はこの町のほうが涼しいんだ。夏の間はここに帰ってくるようにすれば、お姉さんも安心だろう?」
 ノエの後ろから顔を出したヘルッタにも、エルナンはにっこりと笑った。
「イェルハルド殿から少し聞いたよ。ヨニは強くなって氏族の元に帰るんだろう? なら、氷原以外のことを知るのは、きっと君にとっての幸いとなる」
「でも、神子様は、外のことなんか知らなくてもいいって……」
「ヨニ」

 不意に声がかかり、ヨニは顔を上げる。ギルディアだった。

「“強さ”というのは、身体によるものだけではない。力の強さ、身体の頑健さのみが強さなら、なぜ、“谷”は町に負けたと思う?」
「領主様が、すごい魔法を使えるから?」
「いや、そうではないな」

 ギルディアが、ヨニに見せるように自分の腕を目の前に掲げた。
 不思議そうに腕を眺めるヨニににやりと笑って、ギルディアは続ける。

「私の腕は氷原の男の半分ほどの太さしかないが、私は氷原一の戦士と戦っても引けを取らないと自負している」
 自信たっぷりなギルディアの声音にヨニは目を丸くする。まじまじとギルディアの腕を見つめて、「ほんとに?」と呟いた。
「ほんとに、そんなに強いの?」
「ああ。エルナンが言っただろう? 私は森一番の剣士だと」
「なら、なら、ぼくも強くなれる?」
「ああ、戦い方を知ればいい。“知っている”というのは力だ。何も、腕を太く鍛え上げることのみが力となるわけではない。腕力だけでは限界だってすぐに来る。
 そうだな、どうにも信じられないなら、後ほどこちらの聖騎士殿と手合わせをしてみようか」
 ヨニはひたすらにギルディアを見つめている。
「それに、町を率いていたのは領主イェルハルド・ユースダールだろう? 彼はたしかに高位に届くほどに腕の良い魔術師だ。だが、それだけではない。剣とは縁遠く見えるかもしれないが、元は優秀な戦士や騎士を輩出する武門ユースダール家の出でもある。ああ見えて、彼も戦い方というものをよく知っているんだよ。戦い方を十分に知るイェルハルドが率いたからこそ、町は勝った。
 ――だから、ヨニも戦い方を知って強くなろう」

 ようやくこくんと頷き返したヨニにギルディアの表情が緩み、ノエがホッと小さく吐息をこぼす。

「なら、ヨニは森妖精のもとで療養しつつ、身体を丈夫にしていくということでいいかな?」
「私たちに異存はないよ。それに、さっきも言ったとおり、毎年夏にはこちらへ帰るようにすればいい。それなら、ヘルッタも安心だろう?」
「ほんとに、ヨニを返してくれるの?」
「もちろんだ。森妖精は約束を違えないよ。そこは信用してくれないかな」
 しぶしぶと頷くヘルッタにエルナンはもう一度笑う。
「ヨニの療養に必要なことは、私が責任持ってノエ高神官からすべてを教えてもらうから安心して。それに、森の中は暖かくて空気もいい。ヨニもすぐに丈夫になる。きっと、ヘルッタも驚くくらいにね」
「うん……」
 どうにも思い切れないヘルッタを、ノエはヨニといっしょに自分の前に抱え込むように抱いて、耳元に顔を寄せた。
「ヘルッタ、僕といっしょに森までヨニを送ろうか。ヨニがどんなところに預けられるのかわかれば、君も安心できるだろう?」
 パッと顔を上げるヘルッタに、ノエは笑ってみせる。ヨニも驚いたように顔を上げて、ぎゅっとヘルッタの手を握り締める。
「あの、私が森に行っても大丈夫なの? ノエもいっしょって、ほんとに?」
「ああ、本当に」
「森はあなたたちふたりを歓迎するよ」
 ヘルッタとヨニは顔を見合わせる。
 少し考えてから、ヨニはしっかり握り締めていた手を離した。ヘルッタはぎゅっと口を噤んだまま、ヨニを見つめている。
「おねえちゃん」
 ヘルッタよりも、ヨニのほうが少しだけ思い切りがよかったのだろう。ヨニは、解いた手を、おずおずとエルナンへ差し出した。
「あの……よろしくおねがいします」
「うん、こちらこそ」
 差し出された手を握り返して、エルナンはにっこりと頷いた。
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