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04.化け物
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エルストに連れられて移動するようになって、ようやく自分のいる場所がどこなのかを把握できた。
軍国北部、母国との国境近くの山中でエルストの襲撃を受けて連れ去られ、そこから山沿いに西へと向かっている。
このまま軍国を横断し、最終的には、“竜の支配地”と人の住む土地を隔てる、“緩衝地帯”と呼ばれる荒野へと入るつもりなのだ。
そこに、“主人”が待っているから。
いったいどれだけの距離を移動するつもりなのかと、ナディアルは気が遠くなりそうだ。軍国内を汽車で移動できれば話は別だが、そんなことをしたらあっという間に捕まるだけではないのか。
「どうして向こうから来ないんだ」
「主人はあの場所を離れられない」
尋ねても返るのはにべもない言葉で、ナディアルは溜息を吐く。
毎日毎日、夜になるとエルストと入れ替わって雌犬のように盛っているくせに、何が“離れられない”のか。
「その割に、毎晩来ているじゃないか」
エルストはじっとナディアルを見つめる。
付けたままの仮面には目出し穴など空いてないのに、正確にナディアルを見るし周囲も見て取れるのは、おおかた魔導具だからなのだろう。
「訂正する」
「訂正?」
「主人は私の存在する場所であれば、短時間に限り出現することが可能だ」
「本当に魔術ではないのか?」
「魔術ではない」
胡乱げに、睨みつけるように、ナディアルはエルストを凝視する。
しばし見つめあった後、急にエルストは目を逸らした。そのまますばやく周囲に視線を巡らせるようすに、ナディアルはまたかと小さく息を吐く。
「ナディアル、障害が現れた」
「そうか」
気の無い答えを返すナディアルを、エルストは抱え上げて茂みの中に隠すと、すぐにどこかへ消えた。
茂みにじっと座り込んだまま、これで何度目だろうかと考える。
軍国に追いつかれる頻度は上がっていた。
向こうだって馬鹿じゃないのだ、国内にナディアルやエルストのような不穏分子が潜伏していると知っていて、手をこまねくことなんてしない。
そろそろエルストのことだって知れてるはずだ。“軍国”の名前は伊達じゃなく、この国には大陸一の軍備と優秀な軍人が揃っているのだ。
東西に長い軍国を東西に横断なんて、捕まらないはずがない。
じゃり、という靴音が聞こえて、ナディアルは顔を上げた。一瞬、エルストが戻ったのかと考えたが、いや、違うと首を振る。
エルストなら、いつでもナディアルの正確な位置を知っている。いつでも、ナディアルの気付かぬうちにすぐ側に来ることができるのだ。
「ナディアル殿下」
いきなり名を呼ばれて、ナディアルはハッと顔を上げた。
茂みの中から透かし見ると、軍国の兵が自分の潜む場所を前に展開していた。
軍用の魔導ゴーレムが二体に一個小隊、といったところか。魔導ゴーレムには重火器までが装備されている。
自分ひとりを捕らえるなら大袈裟でも、エルスト相手には十分な程度の戦力を、ということか。もっとも、実際にエルストが戦っているところを見たことはないから、あれが魔導ゴーレムに勝てるほどの力があるのかはナディアルにもわからないのだけど。
「殿下、そこにいらっしゃるのはわかっています。それとも、そのまま銃弾を浴びたいですか?」
「――今、出る」
ナディアルは、ガサガサと草木を揺らして立ち上がった。抵抗する意思はないと示すように、両手を上げて。
小隊長らしき人物が、「殿下、こちらへ」と片手を伸ばす。ナディアルはひとつ溜息を吐いて、ゆっくりと歩を進めた。
いかにエルストが人間離れした強さを持つとはいえ、単体では数の暴力に敵わないのだ。いつかこうなると考えていたことが、今起こっただけだ。
「たいへんに協力的で、ありがたいことです」
笑みを浮かべて、小隊長は満足げに頷いた。横の兵士に、ナディアルを拘束するようにと身振りで合図する。
「ところで殿下。あなたの連れていたあれは何者ですか」
「知らない……いや、化け物だということだけ、知っている」
「化け物?」
怪訝な表情になる小隊長を、ナディアルは嘲るように笑った。
「それ以外にどう言えばいい? 少なくとも、僕は素手で人間の首を捻じ切れるような人型の生き物がいるなんて、聞いたことがない」
「生き物と?」
「なんだ、軍国はそんなことも知らずにのこのことここまで僕を追ってきたのか? 意外にたいしたことがないんだな」
機嫌を損ねたのか、小隊長がむっとした顔で眉間に皺を寄せる。
「ケゼルスベール王国ナヴァランクス王家が極秘に開発していた魔導兵器……というわけではなさそうですね」
「そんなものがあったら、僕がこんな状況に甘んじているものか」
小隊長が目を眇めてじっとナディアルを窺い見る。おおかた、ナディアルの言葉が嘘なのかどうかを見極めようとしているのだろう。
それから、急にふっと顔を歪めて笑った。
「つまり、殿下は御歳十四にして、その化け物の情夫をしていると?」
ナディアルも、ふん、と鼻を鳴らして口角を上げる。
「当たらずとも遠からずだ」
情夫か、なるほどなと自嘲の笑みを浮かべるナディアルに、拘束具を持った兵士が近づいた。
また鎖に繋がれるのかと、うんざりしながら腕を差し出そうとして……隊列の端から上がった呻くような悲鳴に、ナディアルは反射的に身を伏せた。
瞬く間に銃声と悲鳴が場を支配する。
銃弾が飛び交い、小隊長は「何が起きた!」と怒号を上げるばかりだ。
おそらくは、エルストの移動に伴って悲鳴の位置も変わっているのだろう。
魔導ゴーレムが動き出したが、混戦具合に手を出し兼ねてかおろおろするばかりだった。この動きの鈍さと火力の大きさでは、エルストの速さには追いつかないし、同士討ちの危険も高いのだろう。
通り過ぎざまに兵士を倒しながら、エルストが現れた。
ひと飛びにゴーレムの背に取り付くなり、エルストは排気部を数度蹴りつける。ガン、ガチャンと派手な音を立てて排熱用のパーツが落ちると、少し遅れて熱が溜まり過ぎた内燃機関が焼き付き、ゴーレムが動かなくなった。
さすがのナディアルも、エルストの力を目の当たりにして呆然としてしまう。完全な人型が素手で魔導ゴーレムを壊したなんて、聞いたことがない。
撃て、とにかく撃てと声が上がり、兵たちが銃を乱射する。
しかし、エルストは銃弾の間を縫うように動いて次のゴーレムへと取り付き、また排熱パーツを蹴り飛ばした。
が。
「止まれ! ナディアル殿下を殺したくなくば止まれ!」
ようやくショックから立ち直った小隊長が、ナディアルに銃を向けていた。
エルストはそれを確認してぴたりと動きを止める。
「さあ……殿下。ゆっくりとお立ちください」
ビシリと、ナディアルのすぐそばの地面を銃弾が穿つ。
やはり、エルストひとりでこの数の兵を相手にするのは無理だったのだ。“ナディアル”というお荷物がいてはなおさらに。
おそらく、ナディアルは殺されないだろう。けれど、エルストは……。
しかし、どうしようもない。立ち上がったナディアルは、両手を上げてエルストを見る。さすがにナディアルを殺されては困ると判断したのか、エルストは黙ってゴーレムの背から降りた。
ゆるゆると前へ進みでるエルストに、小隊長はにやりと笑った。残った兵たちがエルストを囲むのを確認し、片手を上げる。
ガチャリと音を立てて兵たちが銃を構えた。
「撃て!」
号令と共にいくつもの銃声が響く。
思わず目を閉じたナディアルの耳に、続いてどさりという音が聞こえて……そろりと目を開けると、倒れて微動だにしないエルストの姿があった。
無言でじっと見つめるナディアルに、小隊長がくつくつと笑う。
「ゴーレムを素手で壊す化け物でも、こうも蜂の巣にされたのではひとたまりも無かったということか」
堪え切れないように哄笑して、小隊長は兵に死体を回収するようにと命じた。それから、引き揚げだとひと言叫んでナディアルを小突く。
「さて殿下。我が軍国の首都へとお連れいたしましょう」
兵たちが倒れたエルストをおそるおそるひっくり返すのをちらりと見やって、ナディアルはゆっくり歩き始めた。
「殿下、もたもたしないでください。時間を稼いだところで、あれが生き返るわけがないでしょう」
にやにやと笑う小隊長に顔を顰めてみせ……背後でまた叫び声が上がったと同時に転がった。
「いったい何だ……な、なに!?」
赤い色が弾け、エルストを囲んでいた兵が、瞬く間にばたばたと倒れる。
返り血なのか自分の血なのか、全身が真っ赤に染まったエルストが人間離れした速さで走り来た。相変わらずの無表情は、あれだけの人間を殺したくせに何の感慨も抱いてないようだった。
小隊長は、腰を抜かしたのかいきなりすとんと座り込み、それでもめくら滅法に銃を撃ちまくる。
だが、至近距離から銃弾を受けたはずなのに、エルストは倒れないどころか、動きが鈍ったようにも見えなかった。
すぐに弾切れでガチガチ鳴るだけとなった銃を放り投げ、小隊長が振り向く。慌てふためき、ナディアルに向かって喚き散らす。
「でっ、殿下は、祖国の処遇について、どうお考えなのですか! このようなことをしでかして、ケゼルスベール王国がただで済むとでも!?」
「――そんなもの、もうどうでもいいと言ったら?」
地面から身体を起こして、ナディアルがせせら笑う。
「殿下は、王族の一員であらせられるというのに、愛国心のかけらもないと仰るのですか!? 民にどう釈明するのです!?」
「僕が? 捨てられて売られて、あとは殺されるのを待つだけの僕に、まだそんなものを期待するというのか?」
嘲りを隠さないナディアルに、小隊長は絶句したようだった。
「民への釈明など、それこそ僕の知ったことか。王国など、どうせ軍国のものになるんだろう? なら、軍国が適当にやればいい」
視界の端で、すっ、と影が動いた。
目の前で、小隊長の首がぐるりと捻られ、ぐえ、とカエルが潰れるような声を上げて手足がばたばたと暴れる。
人間とは、首を捩じ切られてもすぐに動かなくなるわけではないのだな、などとナディアルはぼんやりと考える。
ゆるゆると立ち上がって息を吸い込むと、鼻腔が生臭さでいっぱいになった。
銃で蜂の巣にされても死なず、人間をはるかに凌ぐスピードで動き、ゴーレムを素手で叩き壊す。そんな生き物がいるだろうか。そこまでの力を持つ人造生物や、ここまで人間に近づけた魔導ゴーレムが作られたという話も聞いたことがない。
やはり、これは化け物なのか。
「ナディアル、無事か」
手を伸ばされて、思わず一歩退いて、ナディアルは顔を歪める。
「――血で、汚れた手で、僕に触るな」
エルストは自分の手に視線を落とした。
ナディアルは小さく息を吐いて、ぐいと顔を上げる。ずいぶんと緊張していたのか、身体はカチカチだった。
「エルスト、全員仕留めたのか?」
「仕留めた。生存者はいない」
「水場は……」
「ここから約百二十メートルほど離れた場所にある」
「なら、そこで洗い流せ。僕も行く」
「わかった」
いくつも転がった赤い塊をもう一度だけ振り向いてから、ナディアルはエルストの後に付いて街道を外れた。
軍国北部、母国との国境近くの山中でエルストの襲撃を受けて連れ去られ、そこから山沿いに西へと向かっている。
このまま軍国を横断し、最終的には、“竜の支配地”と人の住む土地を隔てる、“緩衝地帯”と呼ばれる荒野へと入るつもりなのだ。
そこに、“主人”が待っているから。
いったいどれだけの距離を移動するつもりなのかと、ナディアルは気が遠くなりそうだ。軍国内を汽車で移動できれば話は別だが、そんなことをしたらあっという間に捕まるだけではないのか。
「どうして向こうから来ないんだ」
「主人はあの場所を離れられない」
尋ねても返るのはにべもない言葉で、ナディアルは溜息を吐く。
毎日毎日、夜になるとエルストと入れ替わって雌犬のように盛っているくせに、何が“離れられない”のか。
「その割に、毎晩来ているじゃないか」
エルストはじっとナディアルを見つめる。
付けたままの仮面には目出し穴など空いてないのに、正確にナディアルを見るし周囲も見て取れるのは、おおかた魔導具だからなのだろう。
「訂正する」
「訂正?」
「主人は私の存在する場所であれば、短時間に限り出現することが可能だ」
「本当に魔術ではないのか?」
「魔術ではない」
胡乱げに、睨みつけるように、ナディアルはエルストを凝視する。
しばし見つめあった後、急にエルストは目を逸らした。そのまますばやく周囲に視線を巡らせるようすに、ナディアルはまたかと小さく息を吐く。
「ナディアル、障害が現れた」
「そうか」
気の無い答えを返すナディアルを、エルストは抱え上げて茂みの中に隠すと、すぐにどこかへ消えた。
茂みにじっと座り込んだまま、これで何度目だろうかと考える。
軍国に追いつかれる頻度は上がっていた。
向こうだって馬鹿じゃないのだ、国内にナディアルやエルストのような不穏分子が潜伏していると知っていて、手をこまねくことなんてしない。
そろそろエルストのことだって知れてるはずだ。“軍国”の名前は伊達じゃなく、この国には大陸一の軍備と優秀な軍人が揃っているのだ。
東西に長い軍国を東西に横断なんて、捕まらないはずがない。
じゃり、という靴音が聞こえて、ナディアルは顔を上げた。一瞬、エルストが戻ったのかと考えたが、いや、違うと首を振る。
エルストなら、いつでもナディアルの正確な位置を知っている。いつでも、ナディアルの気付かぬうちにすぐ側に来ることができるのだ。
「ナディアル殿下」
いきなり名を呼ばれて、ナディアルはハッと顔を上げた。
茂みの中から透かし見ると、軍国の兵が自分の潜む場所を前に展開していた。
軍用の魔導ゴーレムが二体に一個小隊、といったところか。魔導ゴーレムには重火器までが装備されている。
自分ひとりを捕らえるなら大袈裟でも、エルスト相手には十分な程度の戦力を、ということか。もっとも、実際にエルストが戦っているところを見たことはないから、あれが魔導ゴーレムに勝てるほどの力があるのかはナディアルにもわからないのだけど。
「殿下、そこにいらっしゃるのはわかっています。それとも、そのまま銃弾を浴びたいですか?」
「――今、出る」
ナディアルは、ガサガサと草木を揺らして立ち上がった。抵抗する意思はないと示すように、両手を上げて。
小隊長らしき人物が、「殿下、こちらへ」と片手を伸ばす。ナディアルはひとつ溜息を吐いて、ゆっくりと歩を進めた。
いかにエルストが人間離れした強さを持つとはいえ、単体では数の暴力に敵わないのだ。いつかこうなると考えていたことが、今起こっただけだ。
「たいへんに協力的で、ありがたいことです」
笑みを浮かべて、小隊長は満足げに頷いた。横の兵士に、ナディアルを拘束するようにと身振りで合図する。
「ところで殿下。あなたの連れていたあれは何者ですか」
「知らない……いや、化け物だということだけ、知っている」
「化け物?」
怪訝な表情になる小隊長を、ナディアルは嘲るように笑った。
「それ以外にどう言えばいい? 少なくとも、僕は素手で人間の首を捻じ切れるような人型の生き物がいるなんて、聞いたことがない」
「生き物と?」
「なんだ、軍国はそんなことも知らずにのこのことここまで僕を追ってきたのか? 意外にたいしたことがないんだな」
機嫌を損ねたのか、小隊長がむっとした顔で眉間に皺を寄せる。
「ケゼルスベール王国ナヴァランクス王家が極秘に開発していた魔導兵器……というわけではなさそうですね」
「そんなものがあったら、僕がこんな状況に甘んじているものか」
小隊長が目を眇めてじっとナディアルを窺い見る。おおかた、ナディアルの言葉が嘘なのかどうかを見極めようとしているのだろう。
それから、急にふっと顔を歪めて笑った。
「つまり、殿下は御歳十四にして、その化け物の情夫をしていると?」
ナディアルも、ふん、と鼻を鳴らして口角を上げる。
「当たらずとも遠からずだ」
情夫か、なるほどなと自嘲の笑みを浮かべるナディアルに、拘束具を持った兵士が近づいた。
また鎖に繋がれるのかと、うんざりしながら腕を差し出そうとして……隊列の端から上がった呻くような悲鳴に、ナディアルは反射的に身を伏せた。
瞬く間に銃声と悲鳴が場を支配する。
銃弾が飛び交い、小隊長は「何が起きた!」と怒号を上げるばかりだ。
おそらくは、エルストの移動に伴って悲鳴の位置も変わっているのだろう。
魔導ゴーレムが動き出したが、混戦具合に手を出し兼ねてかおろおろするばかりだった。この動きの鈍さと火力の大きさでは、エルストの速さには追いつかないし、同士討ちの危険も高いのだろう。
通り過ぎざまに兵士を倒しながら、エルストが現れた。
ひと飛びにゴーレムの背に取り付くなり、エルストは排気部を数度蹴りつける。ガン、ガチャンと派手な音を立てて排熱用のパーツが落ちると、少し遅れて熱が溜まり過ぎた内燃機関が焼き付き、ゴーレムが動かなくなった。
さすがのナディアルも、エルストの力を目の当たりにして呆然としてしまう。完全な人型が素手で魔導ゴーレムを壊したなんて、聞いたことがない。
撃て、とにかく撃てと声が上がり、兵たちが銃を乱射する。
しかし、エルストは銃弾の間を縫うように動いて次のゴーレムへと取り付き、また排熱パーツを蹴り飛ばした。
が。
「止まれ! ナディアル殿下を殺したくなくば止まれ!」
ようやくショックから立ち直った小隊長が、ナディアルに銃を向けていた。
エルストはそれを確認してぴたりと動きを止める。
「さあ……殿下。ゆっくりとお立ちください」
ビシリと、ナディアルのすぐそばの地面を銃弾が穿つ。
やはり、エルストひとりでこの数の兵を相手にするのは無理だったのだ。“ナディアル”というお荷物がいてはなおさらに。
おそらく、ナディアルは殺されないだろう。けれど、エルストは……。
しかし、どうしようもない。立ち上がったナディアルは、両手を上げてエルストを見る。さすがにナディアルを殺されては困ると判断したのか、エルストは黙ってゴーレムの背から降りた。
ゆるゆると前へ進みでるエルストに、小隊長はにやりと笑った。残った兵たちがエルストを囲むのを確認し、片手を上げる。
ガチャリと音を立てて兵たちが銃を構えた。
「撃て!」
号令と共にいくつもの銃声が響く。
思わず目を閉じたナディアルの耳に、続いてどさりという音が聞こえて……そろりと目を開けると、倒れて微動だにしないエルストの姿があった。
無言でじっと見つめるナディアルに、小隊長がくつくつと笑う。
「ゴーレムを素手で壊す化け物でも、こうも蜂の巣にされたのではひとたまりも無かったということか」
堪え切れないように哄笑して、小隊長は兵に死体を回収するようにと命じた。それから、引き揚げだとひと言叫んでナディアルを小突く。
「さて殿下。我が軍国の首都へとお連れいたしましょう」
兵たちが倒れたエルストをおそるおそるひっくり返すのをちらりと見やって、ナディアルはゆっくり歩き始めた。
「殿下、もたもたしないでください。時間を稼いだところで、あれが生き返るわけがないでしょう」
にやにやと笑う小隊長に顔を顰めてみせ……背後でまた叫び声が上がったと同時に転がった。
「いったい何だ……な、なに!?」
赤い色が弾け、エルストを囲んでいた兵が、瞬く間にばたばたと倒れる。
返り血なのか自分の血なのか、全身が真っ赤に染まったエルストが人間離れした速さで走り来た。相変わらずの無表情は、あれだけの人間を殺したくせに何の感慨も抱いてないようだった。
小隊長は、腰を抜かしたのかいきなりすとんと座り込み、それでもめくら滅法に銃を撃ちまくる。
だが、至近距離から銃弾を受けたはずなのに、エルストは倒れないどころか、動きが鈍ったようにも見えなかった。
すぐに弾切れでガチガチ鳴るだけとなった銃を放り投げ、小隊長が振り向く。慌てふためき、ナディアルに向かって喚き散らす。
「でっ、殿下は、祖国の処遇について、どうお考えなのですか! このようなことをしでかして、ケゼルスベール王国がただで済むとでも!?」
「――そんなもの、もうどうでもいいと言ったら?」
地面から身体を起こして、ナディアルがせせら笑う。
「殿下は、王族の一員であらせられるというのに、愛国心のかけらもないと仰るのですか!? 民にどう釈明するのです!?」
「僕が? 捨てられて売られて、あとは殺されるのを待つだけの僕に、まだそんなものを期待するというのか?」
嘲りを隠さないナディアルに、小隊長は絶句したようだった。
「民への釈明など、それこそ僕の知ったことか。王国など、どうせ軍国のものになるんだろう? なら、軍国が適当にやればいい」
視界の端で、すっ、と影が動いた。
目の前で、小隊長の首がぐるりと捻られ、ぐえ、とカエルが潰れるような声を上げて手足がばたばたと暴れる。
人間とは、首を捩じ切られてもすぐに動かなくなるわけではないのだな、などとナディアルはぼんやりと考える。
ゆるゆると立ち上がって息を吸い込むと、鼻腔が生臭さでいっぱいになった。
銃で蜂の巣にされても死なず、人間をはるかに凌ぐスピードで動き、ゴーレムを素手で叩き壊す。そんな生き物がいるだろうか。そこまでの力を持つ人造生物や、ここまで人間に近づけた魔導ゴーレムが作られたという話も聞いたことがない。
やはり、これは化け物なのか。
「ナディアル、無事か」
手を伸ばされて、思わず一歩退いて、ナディアルは顔を歪める。
「――血で、汚れた手で、僕に触るな」
エルストは自分の手に視線を落とした。
ナディアルは小さく息を吐いて、ぐいと顔を上げる。ずいぶんと緊張していたのか、身体はカチカチだった。
「エルスト、全員仕留めたのか?」
「仕留めた。生存者はいない」
「水場は……」
「ここから約百二十メートルほど離れた場所にある」
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