狂える女神と死神憑きの王子

ぎんげつ

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06.待ち伏せ

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「こちら、よろしいですか?」
「はい、どうぞ」

 急に声を掛けられた。ナディアルがちらりと顔を上げると、紳士然とした男が相席を申し出ていたのだ。断る理由もなくエルストが了承すると、コートを片手に掛けたまま、ふたりの目の前の席に腰を下ろした。
 三人掛の座席がふたつ向かい合った、扉のないコンパートメントのような作りだが、これでここに座っているのは三人だ。
 続けて、微笑みを浮かべてまるで“人間らしく”受け答えをするエルストを見やり、ナディアルは、また窓の外に視線を戻す。

「姉妹で旅行ですか?」
「ええ、そうなんです」
 男の相手はエルストがしている。ナディアルが何かをすることもない。
 それに、エルストもやろうと思えばそれなりに人間のふりができるのか。

 男の雑談に相槌を打つエルストの声を聞きながら、ナディアルはぼんやりと考えた。ひとりなら何でもできるから、お荷物のナディアルを抱えて堂々と軍国を抜けようなんて、馬鹿げたことを考えるのか。



 汽車は町を離れ、畑地と森が転々と広がる平原を走っていく。

「急に仕事で西に行かなくてはならなくなって……いやはや、勤め人とはたいへんなものですよ」
「そうでしたか」
「おふたりは、どちらへ行かれるんですか?」
「西の親類を訪ねる予定なんです」

 お喋りな男だな、と思う。
 さっきからずっと、くだらない話を延々と喋り続けている。エルストが相手じゃなかったら、とうの昔に呆れて無視し始めただろうに。

 途中、小さな駅での停車を挟んで、さらに汽車は進んでいく。

「それにしても、汽車の発明のおかげで、国土も狭くなりましたよ。非常に便利ですが、少々厄介でもありますね」
「厄介ですか?」

 男の声音が少し変わったように思えて、ナディアルは視線だけを動かした。
 けれど、男の態度は変わらず、にこやかな紳士然としたもののままだ。

「ええ。今日のように、いきなり遠方へ行けと言われても断れません」
「まあ」

 苦笑して肩をすくめる男に、エルストはくすくす笑う。
 この笑い声といい、どこまでが“ふり”なのか。いや、すべてが人間をたばかるための“ふり”なのだ。
 ナディアルはちらちらと談笑するふたりを見やる。
 本当にこのままうまく西へ抜けられるのだろうか。



 窓の外、前方に大きな街並みが見えてくると、汽車はゆっくりと速度を緩め始めた。西いちばんの都市オーベルリートが近づいたのだ。

 だが、車体を大きく揺らし、ギギギと金属が擦れ合う大きな音を立てて止まった場所は、町よりもずっと手前だった。訝しむように目を眇めたナディアルが窓から少し乗り出して前を見ると、そこには軍が部隊を展開していた。
 まるで、この汽車にナディアルとエルストがいるとわかっていたかのような状況に、さすがに呆然とする。

 急に、エルストがナディアルに背を押し付けた。
 振り返ると、ナディアルを背に隠しながら短銃を構えた男に相対するように、エルストが体の向きを変えていた。
「殿下、変な真似はなさらぬよう、お願いします」
「――知ってたのか」
「魔術師による魔術調査をごまかす手は、お持ちでないでしょう?」

 軍国の軍務省と魔法省が犬猿の仲だというのは有名な話だ。だが、そのふたつが手を結んだというなら相当に本気なんだろう。

 ナディアルは押し黙ったまま、じっと身を縮こまらせる。
「あの魔導ゴーレム……いったいどのような手で破壊したのかは不明でしたが、さすがに今回は逃げられませんよ」
 くつくつ笑いながら、男はゆっくりと銃口をエルストに向けた。
「私の銃の腕は中の上といったところですが、こんな至近距離で外すことはしません。おとなしく投降してください」
「魔術調査か。なるほどな」
 は、と息を吐いてナディアルは姿勢を崩す。
「抵抗なんてする気はない。するだけ無駄だ」
「お嬢さん、あなたも無駄に生命を散らす必要はありません。そのまま動かず、おとなしくしてください」
 エルストも男の言葉を呑むつもりなのか、ナディアルを背に隠したまま動かない。ただ、正確に眉間を狙う銃口をじっと見つめて、ゆっくり口を開く。
「魔術による調査とは、いったいどういうものだ」
「おや、ご存じない? 遠隔透視に先見さきまと呼ばれる占術……やりようはいろいろあります。神殿へ依頼すれば、神託や託宣も得られるでしょう。もっとも、何をどう運用しているかは教えられませんが」
「なるほど」
 頷いて、エルストはにいっと笑った。
 男は一瞬だけ訝しむように顔を顰め、それから何かを感じてか、いきなり発砲した。エルストの眉間に正確に着弾した衝撃で頭が一瞬仰け反り……だが、ガツンと硬い音に弾かれて、弾丸はあらぬ方向へと跳ねた。

 突然響いた銃声に、周囲が騒然とする。
 窓の外で、兵たちが走り出す。

「仮面か!」
 チッ、と舌打ちした男が素早く撃鉄を起こし、続けて引き金を引く。

 弾丸を弾いたのは、エルストの顔ではなくて仮面だったのか、とナディアルは慎重に身を隠しながらエルストを見やった。こうも至近距離では、さすがに無傷とはいかなかったのだろう。“変装”は消え、現れた仮面には小さなヒビが入っていた。

 それにしても、どう凌ぐのだろう。
 エルスト単体がどれほど強くても、腕は二本で身体はひとつだ。
 外にちらりと見えた限り、少なく見積もっても一個中隊はいる。魔導ゴーレムだって何体もあった。
 この分なら、オーベルリートには大隊だって駐留しているかもしれない。

「ば、馬鹿な! 至近距離だぞ! 内蔵だってぐちゃぐちゃなはずだ!」

 男の怯えた叫びに、ナディアルは注意を戻した。
 胴に何発も撃ち込まれたのに、エルストは平然と立ち上がったのだ。銃口を向けたまま、空の薬莢をカチカチ叩く撃鉄の音が、数度鳴る。
「ひっ」
 エルストの手が男の首を捕まえた。白く華奢に見える手でぐちゃりと喉を握り潰されて、男はすぐに動かなくなった。

「ナディアル」
「どうするつもりだ。囲まれてるぞ」
 エルストはしばし考えるそぶりを見せた。
「私は外へ出よう。ナディアルは、混乱に乗じてここを離れればいい」
「混乱に乗じて? そんな杜撰な策でどうにかなるものか」
「私が出れば、軍国は私に集中する。私はナディアルから離れないと彼らは考えているから、私を追うだろう。ナディアルはそれに紛れて離れればいい」
 外の怒号が大きくなる。時間はあまりない。
 通路を確認すると、怯えた乗客がちらちらと伺う顔が見えた。
 前方の客車からは、けたたましい足音も近づいてくる。

 エルストはナディアルを引き寄せて、手早くワンピースを脱がせた。代わりに、男の持っていたコートで包む。
「大丈夫だ。ナディアルには必ず追いつくので問題はない」
 なぜかエルストが笑ったように見えた。
 ナディアルは眉を寄せ、目を細める。考えたところで何も浮かばない。
「お前のいうとおり、僕は適当にここを離れてやる」

 エルストは力任せに座席をふたつとも引き剥がした。ナディアルを隅に蹲らせて、ひとつをその上に隠すように乗せ、もうひとつを窓目掛けて叩きつける。続けて、ワンピースと死んだ男を抱えて窓から飛び出した。
 たちまち外で銃撃が起こり、怒号が響く。
 続けて、どかどかと足音を響かせて兵が数人やってきた。傾いた座席の下のナディアルに気づいた様子はなく、破れた窓を覗いて「外だ!」と叫ぶ。
 足音はすぐに引き返していき、後にはまた静けさが残る。

 乗客たちは首をすくめて外の騒ぎをやり過ごそうとしているようだ。
 ナディアルはじっと様子を伺って、乗客たちが出てこないうちに連結部から外へ出た。すぐに車両の下に潜り込み、しばらく身を隠すことにする。


 * * *


 全力で走り抜けて、持っていた男の亡骸を前方の兵目掛けて投げつけた。
 うわあ、と悲鳴が上がったところへ飛び込んで、ひと息になぎ倒す。

 あの弾丸のせいで、受信機レシーバーに不具合ができてしまった。いつもなら、周辺に散っている主人の“眷属”から大量の情報が流れ込んでくるはずなのに、今はその半分以下で、ごく近隣のもののみしかない。
 補助感覚器センサーもおかしい。
 温度感知と振動感知はかろうじて使えるが、やはり範囲は狭くなっている。生体感知はたまに止まってしまう。
 エルストはわずかに目を眇め、この一帯に展開していく部隊を視認した。
 固まるな、広がれ、という声が聞こえる。
 数の差は歴然としている。だから囲んでしまえというのだろう。

 相変わらず主人からの命令は聞こえない。
 なら、自分で判断してここを潜り抜けなければならない。“姉妹シリーズ”で一番荒事向きに造られているのは自分なのだ。他の個体では、ナディアルを連れて無事に軍国を抜けるのは難しいだろう。
 どうにかやり過ごし、軍国を欺いてここを離れなければならない。

 できる限り身体を低く、足を止めずに兵を一撃で沈めながら、エルストは移動した。奪った長銃をハンマーがわりに振り回し、通りすがりに頭を叩き飛ばす。倒れた兵を盾がわりに銃弾を避け、さらにまた倒す。
 ここにいるのはおおよそ一個中隊、百五十人強といったところか。エルストにとって、時間さえあればさほど問題はない数だ。だが、今は、その時間が不足していることが一番の問題だった。
 それに、魔導ゴーレムだ。特に軍用の魔導ゴーレムは装甲も固く、壊すのに時間がかかる。いちいち相手にしていられない。だから、なるべく車両から離れるように引き回し、ナディアルが逃げるための時間を稼ぐ。
 負荷のかかる活動だが、エネルギーはまだ十分にある。

 戦場は混乱を極めていた。
 おそらく、ナディアルが強力な何かを連れていることはわかっても、それがエルストのようなものだったことまでは掴んでいなかったせいだろう。
 おそらくは、ゴーレムかそれに準ずる新型兵器と予測を立てていたのか。
 人間と変わらない姿で、けれど人間を遥かに凌駕する速さと力に任せて縦横無尽に駆け回り、いいように戦いを掻き回す。おまけに同士討ちの危険もあっては兵たちは思うように戦えないし、ゴーレムの運用もうまくいかない。
 大出力の火器も、ただの飾りになっている。
 さすがの軍国も、こんな戦闘になるとは予想していなかったようだ。

「魔術師はまだか!」

 では、魔術師も来るのか、とエルストは考えた。
 入り込む情報量が激減したから、考えるための余裕リソースは増えている。
 だから、エルストは考える。

 魔術は主人にとってもエルストにとっても未知のものだ。“魔力”と呼ばれるエネルギーの解析も十分と言えない。何より、主人の知る物理法則を、魔術はどうやってか曲げてしまうのだ。“ありえないが、存在するのだからありえる”というのが、主人の一応の結論だった。

 ブン、と何かが震えて、周囲の空間の“歪み”を察知した。
 とっさに跳躍すると、さっきまでエルストのいた場所に、虹色に輝く檻が形成されていた。では、魔術師が来たのだろう。
 未知の技術であり、効果は神出鬼没のように思えるが、避けられない魔術はない。それに、魔術そのもののバリエーションはさほど多くはないのだ。知っていて察知できれば、ほぼ確実に避けられる。
 おまけに、魔術は有限だ。銃の弾丸なんかよりもずっと早く尽きる。だから、その間捕まらなければいい。

 主人からの支援が期待できない以上、ナディアルの安全も含め、エルスト自身でどうにかしなければならない。
 走りながら、魔術師の姿を探しながら、兵を殴り倒しながら考える。
 魔導ゴーレムの放った弾丸が身体を掠め、衝撃で軽く吹き飛ばされた。脇腹を少し持っていかれたが、行動に支障はない。

 車両を出て移動を始めたナディアルを感知して、エルストは笑む。
 あと少し。ほんの一、二時間程度掻き回せれば、どうにかなるだろう。

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