狂える女神と死神憑きの王子

ぎんげつ

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08.“お姫様”の欠けたもの

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 カロルが加わってから、ナディアルたちの西への行程は順調に進んでいった。

 人間に紛れて人間のことを調べていた、という言葉どおり、カロルは軍国内の情勢や軍の動きをよく把握しているようだ。
 軍の魔術調査まではごまかせないはずだが、あれから軍に追い詰められることもなかったのは、軍務省と魔法省の間にまた何かあったからなのか。
 カロルの手配で駅馬車や汽車を乗り継ぎながら、軍国の最西端である“緩衝地帯クィダム”との境界を目指す。

 レギナは飽きもせずに毎晩現れては、カロルの身体でナディアルを求めた。
 盛りのついた獣のようにナディアルに跨り、愛を囁き、早く会いたいとキスをして、用が済んだらさっさといなくなる。

 レギナがいったい何者なのか、相変わらず不明だったけれど、もうそれはナディアルにとってどうでもよいことだった。何者かを知ったところで、どうせナディアルの行く末に変化はないのだ。
 このままレギナのところに到着してしまえば、自分の残りの一生は化け物のペットとして終わることになるのだ。



 夜、コト・・を終えた後、いつものようにカロルを蹴り出して、ナディアルはしっかりとシーツに包まる。その後ろにはエルストが来て横たわり、背後からそっと抱え込む。
 人を素手で引きちぎり、ゴーレムを叩き壊せる化け物のくせに、腕に込められた力は軽く、身体は温かい。

「お前の主人は何なんだ。幽霊ゴーストか。実体を持たないから、夜中に現れてお前たちに取り憑くのか」
 どうせ答えなど返ってこないだろうが、と吐き出したナディアルの言葉に、エルストはしばし沈黙する。
「――そうかもしれない」
 だが、予想外に返ってきた答えに、ナディアルはハッと顔を上げた。
「まさか、僕の疑問に答える気になったのか?」
「ナディアルの状態と現状を突き合わせて検討した結果、ある程度の情報は提供すべしと結論した」
 あれほど尋ねても、何も返らなかったのに。
 ぽかんと振り返るナディアルのすぐ目の前で、エルストがいつものような無表情のまま見返していた。

「――エルスト。詳しい話は主人の元で、主人自らがなさると仰ったはずよ」

 慌てたように、けれど鋭くカロルが言い放つ。だが、そのカロルをエルストは一顧だにしない。
「私にとって、主人の命は絶対ではない」
 キリ、と唇を噛み締めてカロルが黙り込む。そこには目に見えない力関係があるように、ナディアルに感じられた。
「主人についての詳細は機密であり、これ以上は明かせない。だが、ナディアルの言う“幽霊ゴースト”のようなものと考えて構わない」
 ナディアルの眉が寄る。
 睨むように顔をしかめて、くっと唇を噛む。

「なぜ、話す気になったんだ。主人の命が絶対でないとはどういうことだ」

 身体を起こして見下ろすナディアルを、エルストはじっと見返した。
 観察でもしているかのようなエルストの目に、ナディアルはどことなく落ち着かず、視線を逸らしてしまう。
 不意に、エルストが口を開いた。

「私は主人の命に従い活動をしている。だが、私自身の判断に基づき行動決定を行うことも許されている」

 ぴくりとナディアルの眉が上がる。
 これまでの口ぶりでは、“主人”であるレギナの命令は絶対だという印象があった。だが、今の言葉では、ある程度の裁量が許されているということか。

「私がこれまでに得た情報を分析した結果、ナディアルの疑問にはある程度答えるべきと判断したのだ」
「今さらか」
 ナディアルは視線を上げ、エルストを見返した。
 今さら疑問を解消されたところで、何かが変わるとでも思うのか。
「なんで今さらなんだ」
余裕リソースができたことで検討が可能となったのが、今だからだ」
「余裕?」
 それ以上は答えず、ただ、エルストは「なるべく、ナディアルの疑問には答えるつもりだ」と繰り返した。
 ナディアルは小さく溜息を吐く。
「――なんで、僕なんだ」
 ずっと、そして一番気になっていた疑問を呟く。

 そう、どうしてよりによって自分なのだ。なぜ、主人とやらは自分に執着するのか。あのままであれば、籠の鳥として緩やかに飼い殺されるにしろ、それなりに穏やかに生きていられたはずだ。

 なのに、この化け物たちが現れたせいで……。
「“王子様”だ」
 ナディアルは思い切り顔を顰め、エルストへと胡乱な目を向けた。
「以前もそんなことを言ってたな……その“王子様”ってのはなんだ。僕の身分や出自のことじゃないんだろう? どういう意味だ」
「文字どおり、御伽噺の、白馬に乗った王子様だ」

 意味がわからない。
 御伽噺の、白馬に乗った王子様?

「主人には何かが欠けているという。それを埋めて満たすものが“王子様”だ。ナディアルがその“王子様”であると、主人は認識している」
「だから……だから、なぜ僕がその“王子様”なんだ! 僕はお前たちみたいな化け物に会ったことなんてないぞ!」
 エルストは軽く首を傾げる。しばし考えて「不明だ」と告げた。
「なぜかは、主人のみが知っている」
「……くそ」

 結局、肝心なところはわからずじまいじゃないか。
 ほとんど生殺しにされているような気分だ。

「なら……お前とカロルは何が違う。なぜ、お前は主人に逆らう気になった」
「私と三番目ドリットは同じ姉妹シリーズとしてカウントされているが、作成者と使用目的に違いがある」
「作成者と、使用目的?」
「私を作ったものは主人ではなく三番目ドリットを作ったものは主人である。私は予備スペアを目的とし、三番目ドリットは情報収集を目的としている」
「――お前の言ってることが半分もわからない。予備って、何の予備なんだ」
「それは機密事項となっている」
「じゃあ、お前を作ったのは誰なんだ」
「それも機密事項だ」

 とたんに顔を顰めて、ナディアルはまたシーツに潜り込んだ。エルストに背を向けて身体を丸め、脚を抱えて目を閉じる。
 中途半端に与えられるくらいなら、何も与えられない方がよかった。



 翌日も、カロルの先導で西へと進んだ。
 おそらく、軍国はカロルの存在に気付いてないのだろう。ふたりではないからこそ、目をつけられにくくなっているようだった。
 それに、目立っていたエルストの容姿も変えている。髪は染めて纏めて、顔には軽く化粧をして、動きやすい服装で腰に短銃を下げて、まるでカロルの護衛役のように振舞っている。同様に、髪を染めて良家のお仕着せのような服を着せられたナディアルは、さしずめ侍従といったところか。

 あの列車での一件が嘘のように、順調に西へと進んでいった。この分なら数日のうちに“緩衝地帯クィダム”へ抜けられるだろう。



「王子様は、お姫様を得て王になるのよ」
「王……?」

 夜、いつものように現れ、自分の身体に跨ったレギナに、“王子様”とはどういう意味かと聞いた。返ってきた答えは、やはり意味のわからないものだった。
 だが。

「そう。御伽噺では定番でしょう? 王子様とお姫様は結婚して、王子様は王となり、姫と一緒に平和に国を治め、末長く幸せに暮らすの」

 ナディアルは瞠目し、まじまじとレギナを見つめる。“王”という言葉がナディアルの中でぐるぐると回る。

「つまり、お前は姫で、首尾よくお前の元に辿り着いた僕と結婚すると言うのか。そうすれば、僕が王になると? それから、末長く幸せに?」
「そうよ。だって、あなたはわたしの王子様だもの」

 くすくすと楽しそうにレギナが笑う。
 そのレギナを、ナディアルはひたすらに見つめる。
「とても信じられないな」
 笑うナディアルに、レギナはキスをして、「どうして?」と首を傾げた。

「どう見ても力はお前にあるし、主導権もお前だ。僕はただのお飾りで、女王であるお前の慰み者でしかないだろう? どこが王子で王なんだ」
 ふふ、と、けれど、レギナはうれしそうに笑った。
「あなたが来てくれたら、あなたがわたしを導くのよ。だって、国を治めてお姫様を幸せにするのは、王子様の役目だもの」
「やっぱり信じられない。僕を引き寄せるために都合のいい約束をしてるだけにしか聞こえない。お前の言葉なんて信用できない」
「ナディアル……悲しいわ。どうしたらわたしを信じてくれるの? 何かナディアルのお願いを聞いたら信じてくれる?」
 しょんぼりと眉尻を下げるレギナに、ナディアルはわずかに目を眇める。少し考えて……ふと、部屋の隅に蹲っているエルストに目が止まった。
「そうだな……なら、エルストを僕にくれ」
「まあ。まさか、ナディアルはあの壊れかけを気に入ったの?」
「単に目に入っただけだ。でも、あれは僕の知るどんなゴーレムより頑丈で、あれなら僕の守りになる。
 それに、僕のものにしたところで、修理するにはお前の元に行かなきゃならないんだろう? なら、僕がお前から離れることはないし、問題もないはずだ」
 伸ばしたナディアルの手に頬を擽られて、レギナは目を細める。少し考える素振りを見せて、ちらりとエルストを見やる。
 そっと触れるナディアルの手に自分の手を添えて……。

「いいわ。ナディアルがはじめてわたしにおねだりしてくれたんだもの、叶えてあげなくちゃ。
 エルスト、今から先、ナディアルをお前の最優先順位者とするのよ」
「了解。ナディアルを最優先順位者として設定した」

 レギナは満足げに頷き、ナディアルを見下ろす。とろりと微笑んで、「これで、エルストはあなたのものよ」と頬擦りをした。
 ナディアルの唇が弧を描き、いきなり身体を起こす。

「ナディアル?」

 向かい合わせに座るように抱きかかえられてキスをされて、レギナは戸惑った表情を浮かべた。
 急に、らしくないことをされた気がして。

「ナディアル、急にどうしたの?」
 不審げに顔を曇らせるレギナに、ナディアルはにっこりと微笑む。甘く、甘く、まるで愛を囁くように耳元に口を寄せる。
「姫のエスコートは王子の役目なんだろう? お前が言ったんじゃないか」
 レギナは大きく目を瞠り……すぐにどろどろに蕩けたように笑み崩れた。

「ナディアル」

 押し倒されるまま、ナディアルに導かれるままに身体を入れ替えて、ナディアルの腰の動きに翻弄されるがままにレギナは嬌声を上げ始める。
 いつもとは違う……自分が求めて動くのとは大きく違う、ナディアルが求めて与えてくれる快楽が、レギナを高めて行く。

「――レギナ」

 名前を呼ばれて、レギナは喜びに笑んだ。
 ナディアルが、ようやく自分を認めてくれた。

「レギナ、お願いだよ」
「あ、んっ……ナディアル? なに?」
「僕はレギナをエスコートしなきゃいけないんだろう? だったら、レギナのことを、いろいろ教えて欲しい。
 僕は、レギナのことを、何も知らないんだ。だから……」

 蕩けるように甘くキスをされて、レギナは熱い吐息を漏らす。ナディアルが自分を求めてくれている。

「ああ、ナディアル、うれしい。やっと、わたしの気持ちが通じたのね。わたしのことが知りたいのね」
「ああ」

 優しく愛撫するようなキスに、レギナはうっとりと目を閉じた。
 ようやくナディアルと通じて湧き上がったこれこそが、きっと人間の言う“愛を得た充足感”なのだろう。
 この充足感があれば、きっと自分の欠けた部分は埋められる。

「ナディアル……やっと、ナディアルがわたしの、本当の王子様になったのね」

 ナディアルは、まるで砂糖菓子のように甘く優しく微笑んで、レギナに深く深くキスを贈る。


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