狂える女神と死神憑きの王子

ぎんげつ

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10.お前は僕のものだ

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 創造主オルが世界オルを去った後、三柱の神が残された。

 善き者の守護者“ルト”、悪しき者の守護者“シン”、そして偏らぬ者“バーラ”……この三柱の神の導きにより、この世界に生きるものは穏やかに暮らしていた。
 だが、今より時を遡ること数千年もの昔、果ての壁に亀裂ができてしまう。
 事故なのか何者かの故意によるのかはわからない。けれど、世界オルの穏やかな時代はここで終わりを告げた。



 果ての亀裂を通り、世界オルの外から訪れたのは新たな神々だった。

 魔術を統べるもの“メイナス”と、機械からくりの女神“マルキア”だ。
 この二柱の神と共に、魔法に長けた妖精エルフと、機械に通じた小人ドワーフという種族もやってきた。
 彼らの手により、世界オルに広く魔術と機械が伝えられ、さらにはこのふたつを組み合わせた“魔導機械”という技術が生み出されたのだ。

 世界オルの変化は続く。

 さらに数百年前には、また、果ての亀裂を通ってこの世界に来た者がいた。
 死の王“モーン”とそれに対峙する“黒炎騎士団エイボンフレイム”、“角持つものサティア”という半人半獣の種族、それから、“忌むべきもの”と呼ばれる正体不明の女神だ。

 死の王は“緩衝地帯クィダム”の北方に城を構え、貪欲に世界オルを狙っている。
 だが、今のところは黒炎騎士団エイボンフレイムに加え、“竜の支配地ドラコニス”の竜たちとの争いに手いっぱいで、ひとびとの世界こちらがわに手を伸ばす余裕はない。

 獣とも人とも違う奇妙な姿の“角持つものサティア”は、東方の険しい山中に居を定め、東方森林国タルトゥと穏やかに交流を深めている。
 彼らは平和を愛し争いを好まない種族らしく、いたずらに人間を脅かすようなことはしなかった。

 “忌むべきもの”は、人間を捕らえて下僕にするという女神だった。いや、本当は女神などではないのかもしれない。
 ひとたびこの女神に捕らえられれば、人間は、人間でない……見た目だけはそのままに、けれど人間とは言えない完全な女神の下僕に変えられてしまう。
 なぜ女神がそんなことをするのか、目的はわからない。
 ただ、女神は世界オルを欲し、そのための忠実な手駒を増やしたいのだろうと考えられていて……。


 * * *


「――“声”が聞けないとか言ってたな」

 カロルが出てすぐ、ナディアルはベッドから起き上がった。国境に一番近い場所まで移動は必要だが、まだしばらくはここでゆっくりできる。

「つまり、今のお前には、主人の命令も何も聞こえないということか。レギナがお前に取り憑けなくなったのは、そのせいなのか?」
「そのとおりだ。現在、距離が障害となるため、受信機レシーバーである仮面無しに主人との通信を継続することはできない。国境から“緩衝地帯クィダム”を西に約百キロほど進めば距離に問題は無くなり、通信は復活する。
 だが、それでも通信が可能となるだけだ」
アレレギナは、新しい身体ボディを作ったと言っていた。それで出てくるつもりか」
「それは不明だ」
「――エルスト」
「何か」

 ナディアルは、なら、どう命じれば、あのレギナに気付かれず、エルストを完全に自分の支配下に置けるだろうかと考える。
 レギナはエルストをナディアルに渡したが、それは絶対に完全なものではないはずだ。もし、ナディアルがレギナの立場なら、そんなことはしない。
 呼ばれてベッドの横に佇むエルストに、ナディアルは目をやった。

「お前とレギナについて訊く。レギナがお前に及ぼしている支配や権限は、お前のいう“機密”に属しているのか?」
「属していない。機密と指定されているのは、私及び主人の内部構造、加えて、作成者とオリジンの詳細情報のみだ」

 じっくりと、ナディアルはその言葉を反芻する。
 つまり、身体の中身と作成者の情報以外ということか、と。

「エルスト、答えろ。レギナは僕をお前の最上位としたが、レギナが僕の上に来ることはあるのか」
「ある」

 やはり、と思った。
 普通に考えて、虜囚に無条件の力を与えるなんてありえないからだ。

「レギナからお前への命令権を剥奪すること……それがだめなら、僕の上位にレギナを来させないことはできるか?」
「可能だ」

 どうせそんなことはできないに決まっている、けれどと訊いてみただけなのに、返ってきた答えにナディアルは大きく目を見開いた。

「なら……なら、今すぐそうしろ!」
「私に権限の制御は不可能だ」
「ではどうしてレギナは僕を上位に指定できた! あいつにだけにはそんな権限があるってことなのか?」
「レギナ本人が本人の権限をナディアルへ移譲することは可能だ」
「つまりどういうことだ! 僕にわかるように説明しろ!」

 声を荒げるナディアルを、エルストはじっと黙ったまましばし見下ろす。

「レギナはナディアルに権限を移譲した。これは本人による本人の権限の移譲であるため、問題はない。
 よって、現在はナディアルが私に対する最上位の権限を有している。
 だが、これは固定されたものではなく、秘密鍵パスコードを用いた手続きにより変更可能なものだ。そのため、レギナが再度最上位となる可能性も、ナディアルに権限が固定される可能性もある」
秘密鍵パスコードってのはなんだ。レギナは知っているのか」
秘密鍵パスコードは作成者のみが知っている」
「では、その作成者は、今、どこにいる」

 キリキリと歯を軋ませるナディアルを見下ろしたまま、エルストはゆっくりと考えながら口を開いた。

「不明」
「不明だと!?」

 噛み付くように掴みかかったナディアルに、エルストはゆっくりと頷く。

「不明だが、生存の可能性はゼロに近い」
「ゼロ……もう、死んでるのか。それじゃ、権限をどうにかできる者は、今、どこにもいないってことか」
「現在、このオルと呼ばれる世界にはいないと考えられる」

 エルストの首元を掴む手が緩んだ。
 微かに息を吐いて、ナディアルはエルストの肩に額を押し付ける。

「……だったら」

 ナディアルの手が、エルストを抱き締めるように背に回る。

「エルスト、お前は今後、僕だけに従うんだ。僕以外の命令なんか、聞くな」
「――了解した」

 エルストの身体に回した腕に、力がこもる。

「絶対だ。お前は絶対、僕にだけ従え。レギナには絶対に寝返るな」
「了解した」



 身体を清められ、服を着せられて準備が整ったところで、ナディアルとエルストは町を出た。

 エルストに手を引かれて駅馬車に乗り込むと客はまばらで、ふたりの他に数人程度だった。その数人も、目的の町よりもずっと前で皆降りてしまい、そのうち乗客はふたりきりになってしまう。

 ガタガタと揺れる、あまり座り心地のいいとは言えない座席から外を眺めながら、ふと、ナディアルは小さく呟くように口を開いた。

「お前の、腹」
「私の腹が何か」
「抉れたところはどうなってるんだ」
「腹膜が破れ、腸と肝臓の一部が削れてしまっている。今は布を巻いているが、それを外せば他の臓器が落ちてしまうだろう」
「それでも生きてる……いや、活動できるのか。つくづく化け物だな。
 ――だけど、化け物のお前は僕のものだ」
「ナディアルが私の最上位者だ」

 少しの間だけ、ナディアルは目を閉じる。

「なぜ、そこまで精巧に人間に似せて作ったんだ。飾りでしかない内臓もどきなんか腹につめて……人間のフリに関係ないものまで作ることに、どんな意味があるんだ? 似せようがどうしようが、化け物は化け物だろう。
 ――何のために、男に抱かれてもいいようになんて作ったんだ」
「オリジンのため」
「なに?」
「私の身体ボディ予備スペアである。彼女に何か不測の事態が発生した場合、私の身体ボディがオリジンの本体となる」
「そいつがお前の作成者か」
「違う」
「なら、そいつは何だ。どこにいる」
「オリジンは本体オリジンだ。だが所在は不明。事故により行方を見失ったため、現在は“二番目ツヴィット”が捜索中となっている」
「レギナとも違う? レギナじゃない?」
「違う」

 エルストの話すことは、断片的過ぎてよくわからない。
 例えるなら、何か、魔導技師から新しい技術についての説明でも受けている時のようだとナディアルには感じられる。エルストの言葉の裏に隠れている、前提となる何かがさっぱりわからないのだ。
 もう少し説明をと思っても、何を質問すればいいのかもわからない。

「……いないならいい」
 小さく息を吐いて、ナディアルは背もたれに寄りかかった。いないものをあれこれ探ったところで、きっと徒労に終わるだけだ。
「なら、レギナというのは何だ。たしか、最初は“デーヴァ・レギナ”とか名乗ってたな。あれは、何者なんだ」
 エルストはじっと正面を向いたまま、押し黙る。
「機密とやらで、答えられないのか」
「いや……」
 珍しく戸惑うような表情らしきものを浮かべて、エルストは小さく続ける。
「“デーヴァ”は主人あるじ本体に付けられた個体名であり、“レギナ”は主人に与えられた擬似人格、だと思われるが……」
「擬似人格? なんだそれは。レギナは魔導ゴーレムだっていうのか?」

 魔導ゴーレムには、ある程度、命令に基づいて自律的に行動できるようにと、魔術による擬似的な知性のようなものが付与される。
 もっとも、人間には程遠い、よく訓練された犬程度の知性ではあるが……レギナも、そういう魔術によって作られた知性だというのだろうか。

「だが、主人に擬似人格のような機能はない。主人はオリジンのために作られたものであり、オリジンのサポートが役目である。そこに擬似人格は不要だ。その根拠として、“デーヴァ”の性能レポートに擬似人格に関する記述はない」
「エルスト、意味がわからない」

 急に、流れるように語られて、ナディアルは困惑する。レギナは、まさか、本来存在するはずのないものだと言うのだろうか
 
「レギナは、 やはり幽霊ゴーストだとでも言い出すつもりなのか?」
「非実体の不死生命体アンデッドかという意味ならば否だが、比喩的な意味であるならそれに近いと考えられる」
「比喩的?」
「何らかの原因により、まるで幽霊ゴーストのように発生したという意味だ」
「……急に、どうしてそんなことを言い出した」
余裕リソースができ、さまざまな事象について検討が可能となったため」
「僕にわかるように説明しろと、言っている」
「仮面が壊れたためだ」

 ナディアルはじろりとエルストを見つめる。
 あの仮面が壊れたことで、何が変わったと言うのか。

「仮面は、オルに到着して以来、“デーヴァ・レギナ”によって装着されたものであり、周辺情報の集積と主人との通信のためのインターフェイスだ。
 ゆえに、私は、常時、仮面を通して与えられる大量の情報の分析と整理に多くの容量を割いていた。だが、仮面が壊れた現在、情報量が三割ほどに減少したため、これまでに蓄積した不明点について検討する余裕リソースが生まれた」
「つまり、お前に本来の働きができないよう、考える余裕を無くさせておいて、その間に主人でないレギナが大手を振って主人として振舞ってたのか。
 化け物同士の権力争いというわけか」

 どこにでもある話だ。だが、化け物の世界にもある話だったのかと、ナディアルは小さく笑った。

「主人のフリをしたレギナを引き摺り下ろしたいか?」
「フリ?」
「本来そうでないものが、その地位を簒奪したということだろう? お前の主人(あるじ)が、それでいいのか?
 ――いや、お前がどうしたいかなんて、どうでもいい」
 ナディアルはエルストの耳元に口を寄せる。
「お前は僕のものなんだろう? なら、お前は僕に従っていればいい」


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