狂える女神と死神憑きの王子

ぎんげつ

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11.化け物らしくしていろ

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 エルストは、本当にナディアルのみに従うのか。そんなこと、その時が来るまでわからないだろう。

 ナディアルとエルストは、国境にほど近い森の中でカロルの合図を待っていた。ふたりの潜む場所の上……おそらくは木の枝の影がどこかに、“中継”とエルストが呼ぶものが隠れているらしい。
 まるで、軍国が各地に配備しているという、念話専門の魔術師のようだ。
 もっとも、念話が使える魔術師の数は限られているから、こんな辺境の森の中にまで配備されることはないだろうが。

「ナディアル、合図が来た」

 不意にエルストが声を発した。ナディアルはハッと顔を上げて、「やっとか」と森の外へと目をやる。
 街道から外れたこの辺りに常駐している兵は見えないが、魔術師か何かが見張っているのは間違いないだろう。本当に、ここを越えて“緩衝地帯クィダム”へと逃れることはできるのだろうか。

 ざ、と茂みを揺らしてエルストが立ち上がった。見上げるナディアルを抱え上げ、横抱きにすると、猛然と走り出す。
 思わず抗議しようとしたナディアルの口には布の塊が突っ込まれ、「舌を噛まないように」とエルストが囁いた。
「布を噛んで、私にしっかりと捕まって」
 ナディアルはちらりと前方へ視線を向けると、エルストにしがみつく。



 ひどく揺さぶられて、ナディアルは目を開けているのもやっとだった。
 しっかりと布を噛み締めているにもかかわらず、ガチガチと歯がぶつかる衝撃は強烈で、顎の骨が割れてしまいそうなほどだった。布を噛んでなかったら、きっと、歯はボロボロになっていただろう。
 エルストの肩越しに流れていく風景は相当な速さで、馬を早駆けさせてもそうそうこんな速度にはならないのではないか。

 エルストが柵を軽々と飛び越え、走り過ぎるのに遅れて、小型の魔導ゴーレムが現れた。だが、鈍重なそれはとてもエルストの速さには追いつけない。ただ、あてずっぽうに主砲を数発撃つだけのゴーレムの姿は、見る見るうちに遠ざかっていった。

 エルストは何者か……エルストの言う“作成者”と呼ばれる何者かに作られたというが、その何者かは人間なのだろうか。
 人間が、どうしたらこんな化け物を作れるのか。
 かの機械からくり機械の女神マルキアの作り出した機械人形クロックワークたちでさえ、こんな速度では走れない。人間を抱えたまま、身長よりも高い柵をひと息に飛び越えることだって、きっと無理だ。

 振り落とされないよう、ナディアルは必死にエルストにしがみつく。
 腕が痺れて感覚が無くなるほど、あるいは、揺さぶられすぎて意識が朦朧としてくるほどひたすら走り続けて、エルストはようやく足を止めた。



「こんなのは、二度とごめんだ」
 ぐったりと身体を投げ出して、ナディアルは掠れた声で吐き捨てた。
 野営にとエルストが用意した天幕の中で寝転がったまま、ナディアルはブツブツと悪態を吐き続ける。
「内臓が口から全部出ると思った。おまけに身体どころか口の中まで土埃で気持ち悪い。なんとかしろ」
「少し待って欲しい」
「早くしろ」
 機嫌悪くぐったりと横たわるナディアルを宥めながら、エルストは水を汲み、手早く薪を集めて火を起こす。
 湯を沸かし、簡単な食事の用意を終えて、ようやくいつものようにナディアルの世話を始めた。

 湧いた湯で身体を拭き清められ、口をすすいで水を飲んで、それから少しだけ食事を取って……ようやく落ち着いたのか、ナディアルは黙って横たわるだけになった。揺さぶられている感覚は、小さくなってもまだ残っている。
 ちらりとエルストを見て、埃でまだらになった髪に顔を顰め、「お前も身綺麗にしろ」と命じる。
「終わったらこっちに来るんだ」
「了解した」

 焚火を燠火になるように処理をして、エルストはナディアルの横に寝転がった。いつものように背中から被さるように腕を回し、ゆるく抱き締める。
「エルスト。“声”が聞こえるようになるのはいつだ」
「推定では、西に五十キロ程度移動したあたりだ」
「そうか」
 ナディアルは小さく息を吐く。
 なら、今だけ、あの気持ち悪い幽霊もどきの相手をせずにいられるのか。
「どうしてあんなに簡単に国境を越えられたんだ。カロルは何をした?」
「偽のナディアルを連れて南へと移動する姿を軍国に見せて、囮になった。数日かけて情報を与えたことにより、軍国の意識は南方へ向いている」
「偽の? どうやって?」
「精巧な立体映像による幻影だ」
「幻影? 幻術は感知されるはず……まさかそれも、科学の力なのか?」
「そうだ」
 エルストの話を聞いていると、わからなくなる。科学なんてたいしたことのないものに、魔導機械と変わらないことができるのか。
 エルストもレギナもカロルも、その、科学で作られたもので……。

 急に身体を捩り、ナディアルはエルストへと顔を向ける。
「ナディアル、どうし……」
「お前は人間のフリなんてしなくていい」
「ナディアル? 意味が……」
「どう取り繕ったってお前は化け物なんだ。化け物は化け物らしくしろ」
「だが、それでは」
「黙れ」
 ナディアルは唇で言葉を止めた。舌を差し入れ、エルストの舌を絡め取り、じっくりと味わうように舐る。

 次第にエルストの息が荒くなっていく。
 作られた化け物のはずなのに、いったいどういう仕組みで、こんな人間臭い反応を返すのか、とナディアルは薄く笑った。

「お前は、こうして人間に欲情する化け物なんだ」
「欲情……?」
「腹がこんなに欠けてるのに痛がりもせず、男に抱かれて喜ぶ化け物だ。化け物のくせに、僕がこうして触れればすぐに濡れる。真っ赤になって息を荒くして、腰を揺らして男を誘い込もうとする化け物だ」
 乱暴に服を剥ぎ取って、ナディアルはエルストの身体に舌を這わせる。
「僕みたいな、成人もしていない子供を嬲って喜ぶ化け物」
 服を脱ぎ捨ててエルストに伸し掛かると、ナディアルは猛った自身を濡れそぼった蜜口にあてがい、いっきに突き立てた。
「う……っ、ん」
「ろくに解しもせずに入れられたくせに、ここはもうこんなに蕩けてる」
 目を見開き、小さく声を漏らすエルストの首をぐいぐいと締め上げる。
「人間の女より淫乱に、人間の女そっくりによがる化け物がお前なんだ……だから、声を、我慢するな」
 手を離すと、びくんとエルストの身体が跳ねた。ひゅうっと喉を鳴らして息を吸い込み、喘ぐように口を開く。
「は、あ、あっ」
 胸の先を捻り上げて強く引きながら奥を抉ると、またエルストの身体が大きく跳ねて中が強く締まった。
「っ、ふ……何をされても、“気持ちいい”のか」
「あ……あ、ああっ、これ……あっ、あああっ」
 声を上げて悶えるエルストを押さえ込んで、がつがつと叩きつけるように抽送を繰り返す。すぐにひくひくと震え始め、エルストの中のうねりが大きくなり……痙攣するように、何度も何度も、ナディアル自身を強く締め付ける。
「く、は……」
 ぽたりと汗が滴り、ナディアルの背を快楽が駆け上がる。
 出る、という切羽詰まった焦燥感が大きくなる。
 その焦燥感に焚き付けられるままに大きく数度叩きつけるように抉ると、ナディアルは思い切り奥へ押し付けて、迫り上がる熱を迸らせた。

 はあはあと荒く息を吐いてエルストの上に倒れ込んで、ナディアルはぐっとエルストの身体を抱き締める。
 ここまで、考える時間だけはたくさんあった。これまでに起きたこと、自分の未来のこと、それから、自分に使えるもの……。
 自分に使えるかもしれないものは、エルストと、自分くらいだった。

 エルストの、抉れた腹に触れる。
「レギナを、新しい身体とやらに閉じ込めることは可能なのか?」
 布に覆われたそこを何度も何度も撫でるように触れながら、ナディアルはぽそりと尋ねた。エルストはじっとされるがまま、「可能だろう」と返す。
「どうすればそんなことができる?」
「レギナの言葉から推測するに、主人(あるじ)本体とレギナの身体を繋ぐ経路を無くせば、レギナは戻れなくなると思われる」
「その経路はどうすれば無くせるんだ。お前か僕にできるのか? 見えるもので繋がってるわけではないんだろう?」
「詳細は、到着後、調査しなければならない」
「――そうか」
 小さく溜息を吐いて、ナディアルは背を向けると毛布に包まった。その上から、エルストの腕が回される。柔らかく包み込むように抱き締める。

 ナディアルを縛る何かからナディアル自身を買い戻すには、レギナをどうにかすることが、たぶん、一番の近道なのだ。
 失敗すれば、きっと後はない。

「エルスト」
「何か」
「お前は僕に絶対従うと言ったな。なら、お前がレギナを新しい身体とやらに閉じ込めるんだ。レギナの気は僕が引く。だからお前は、レギナが主人の本体に戻れなくなるよう、力を尽くせ」
「……了解した」
 ナディアルは、毛布越しに自分を抱き締める腕に、顔を押し付ける。
「お前は、僕を絶対に裏切るな」
「了解した」


 * * *


 “緩衝地帯クィダム”は遠く西にある“竜の支配地ドラコニス”と人の世界を隔てる土地だ。
 町どころか道もなく、人の手の入らない原生林や草原が延々と続いているだけの、殺風景な荒地でしかない。
 もちろん、住む人間がゼロというわけではない。偉大なる竜たちこそが神だと信じてわざわざ“竜の支配地ドラコニス”の側で暮らす者もいるし、追われる身になってここでしか暮らせなくなった者もいる。

 だからといって、途中に人里などが期待できるはずもなく、ナディアルは、何もない草原をひたすら歩き続けるだけだ。
 エルストは、主人の声が再び聞こえる場所まで、五十キロ程度だと言った。なんてことはないという口調で。
 たしかに、鉄道を使えば、あるいは、エルストがひとりで走れば、五十キロなんてほんの一時間程度だろう。
 だが、徒歩では最低でも二日がかりの距離で……しかも、整地すらされていないでこぼこの荒地を歩くのはかなり骨が折れる。これでは二日どころか、ゆうに三日はかかるだろう。歩き出して二時間もたたないうちに足は痛みはじめて、ナディアルは不機嫌に黙り込んだ。
「ナディアル、背負うか抱えるかするが」
「不要だ」
「だが、ナディアル」
「いらないと言ったらいらない」
「このままでは予定が一日遅れる」
「構わないだろう。一日遅れて何か変わるのか?」
 口を噤むエルストにじろりと視線を投げる。
 それから、ぐるりと自分を取り囲む、どこまでも続く平らな土地と遠くに見える山々の影を眺めて、小さく呟いた。
「……このまま僕がどこかに消えたら、レギナはどうする?」
「ナディアルは追跡されている。レギナがナディアルを見失うことは、ほぼあり得ないと言っていい」
 やはりレギナをどうにかしなければと、ナディアルは嘆息する。
「エルスト。着いたら、お前はすぐにレギナを閉じ込める方法を調べて実行するんだ。できるだけ早く、けれど確実に」
「了解した」

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