狂える女神と死神憑きの王子

ぎんげつ

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13.ふたりきりになれる場所

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「どうしたの、ナディアル」
 また動きが止まってしまったナディアルを振り向いて、レギナがきょとんと不思議そうに見つめた。
 あ、いや、と曖昧に返事をして、ナディアルは再び動き出した。萎えかけたものをどうにか昂らそうと、締め付けて蠢く内側に無理やり意識を集中する。
「永遠なんて想像もしてなかったから、驚いたんだ」
「まあ」
 ふふ、とレギナが笑って身体を起こすと、くぷりとナディアルが抜け落ちた。レギナが向きを変え、正面からナディアルをぎゅうと抱き竦める。
「ナディアルも、わたしと同じになるのよ」
 爪先立ってキスをするレギナを、ナディアルは呆然と見下ろす。
「同じ、に」
「そう。それに、もう準備は始まってるの。今すぐとはいかないけれど、大丈夫よ。完了すれば、ナディアルが病に損なわれたりすることもなくなるわ」
「え?」
 ぎょっとして、ナディアルは大きく目を瞠る。
「始まってる、だって?」
「ええ」
「もう、始まってるって、どういう……」
「エルストに命じていたの。あなたに会ったら、最初に体内環境を整える微小機械ナノマシンを呑ませなさいって」
機械マシン? 呑ませ……まさか」
 いつの間に、と募ろうとして、はじめてエルストに会った時、いきなり何かを飲まされたことを思い出した。

 あの時無理やり飲まされた得体の知れないものが……あれが、機械?
 ナディアルは思わず自分の身体へと視線を移す。

「免疫機能の強化に遺伝子損傷の予防、それからホルモンのバランスまで整えてくれるわ。ほかにも細胞を強化したり……少しくらいの傷なら修復もサポートできる、いちばん優秀なものをナディアルに呑ませたの」

 あれが、と呟くナディアルに、レギナはにっこりと頷く。
 その、説明らしき言葉もさっぱり理解できない。
 理解できたのは、自分の身体の中に得体の知れない機械ものが入れられたことと、だから、あんな無茶な行程にもかかわらず、体調をひとつも崩さずにここまで来られたということくらいだ。

「もう、全身に十分な数が回っているはずよ。人間なら誰でも大なり小なり使用しているものだし、副作用もないわ。
 この先の処置を進めるために、必要なものなのよ」

 永続的な魔術……いや、神の加護でもなければ、そんなことは不可能なはずだ。人を健やかに保てるのは、神の奇跡だけのはずだ。
 ナディアルは呆然としたまま、またレギナへと視線を戻す。

「――レギナは、機械の女神マルキナの眷属なのか」
「違うわ。わたしは誰の眷属でもない。わたしはわたしよ」
「なら……そんなの、聞いたことがない。人間の身体に、気付かずに呑ませられるような、そんな小さな“機械”なんて……しかも、それで身体の調子を保てるなんて、機械の女神マルキナの眷属にだって……」
「“機械の女神”を名乗っているだけの、あんな歯車と蒸気のおもちゃしか作れない木偶の坊と一緒にしないで」

 嘲るように吐き捨てて、レギナはまたくすくすと笑いだす。

「ねえ、ナディアル。心配しないで。あなたはもっと良いものに生まれ変わるんだと思ってくれればいいの。
 わたしと永遠に一緒になるんだから」

 ぎゅうぎゅうと抱き付くレギナをただ見下ろして、ナディアルはぽつりと呟いた。

「王子は姫と結婚し、王となって幸せに暮らしました……か」
「そうよ」

 満面の笑顔で、レギナが頷く。

「レギナの言う、“王”というのは何だ」

 レギナの目的がわからない。
 ナディアルを王にすると言うが、王にしてどうするというのか。

「この“デーヴァローカ”の王よ」
「デーヴァローカ? だけど、作り主やら、“オリジン”やらが……」
「作り主なんて、とうに死んでるわ。人間は百年も生きられないものだもの。“オリジン”だって、行方をくらましてから、もう、何百年も経ってるのよ。きっと、とっくの昔にどこかで破壊されてるわ。
 だから、今、この“デーヴァローカ”のすべてはわたしが掌握しているの」
「それなら、どうして僕が“王”なんだ。なぜレギナが女王じゃない? レギナの欠けたものって何だ。なぜそれが僕で埋まるんだよ」
「そんなもの……」

 レギナが笑みを消してじっとナディアルを見上げる。

「わからないわ」
「わからない?」
「ええ、わからないの。
 ただ、わたしは“お姫様”だけど、何かが欠けているから完全になれないことだけはずっとわかっていた。その欠けている何かを埋めるのが“王子様”だけだってことも、ずっとわかっていたわ。
 数多の御伽噺みたいに、ナディアルと、“王子様ナディアル”を得たわたしが“王”と“王妃”になれば、末長く幸せに暮らせるの。
 “王子様ナディアル”だけがわたしを完全なものにしてくれるのよ。
 だから、ナディアル」

 再び、レギナが笑みを浮かべる。

「この“世界オル”にばら撒いた“眷属”たちから送られた情報の中に“王子様ナディアル”を見つけて、とてもうれしかった。
 あなたをひと目見てすぐ、“王子様”だって確信したの。だって、あなたはわたしが繰り返し見てきた“王子様”の姿、そのものだったんだもの」
「見てきた?」
「そうよ。わたしの中には、ずっと“王子様”がいたの。わたしを待っているよって微笑んで、愛を囁いてくれる“王子様”が」

 どう考えても妄想としか思えない。
 ナディアルの眉がわずかに寄る。
 化け物でも、こんな妄想に囚われるものなのか。

「姿が一緒だからって、僕が、どうしてその“王子様”だと……」
「わからないわ。でも、たしかにナディアルはわたしの“王子様”だもの」

 ねえ、とねだるようにレギナが身体をくねらせ、擦り寄せる。
 ナディアルは呆然としたまま、ああ、と頷いた。

「この髪、この顔、この色……たしかにナディアルはわたしの“王子様”。
 だからナディアル、わたしを抱いて。ナディアルに抱かれると、たしかにわたしが完全なものになれたって感じるのよ。
 だから、毎日、たくさん、わたしを抱いて」

 自分の頰をうっとりと撫でるレギナは、とても正気には思えない。
 けれど、人間に作られたと自称する化け物に、正気なんてあるのか?

「レギナ、身体が冷える」

 引き攣りかけた顔を強引に笑みに変えて、ナディアルはキスを落とした。
 どうにかレギナを抱え上げ、風呂場を後にする。用意されていたタオルで簡単に水分を拭き取って、ベッドの上にレギナを下ろす。

 「ナディアル……、っ」

 うつ伏せにされたうなじに舌が這うのを感じて、レギナは小さく吐息を漏らした。ふるりと震え、「ナディアルが見えないわ」と不満そうに呟く。

「見えないから、いいんだ」
「そうなの?」
「そういうものなんだよ。見えないほうが、ドキドキするだろう?」
「ん……っ、そうかも、しれないわね」

 エルストは、レギナと“声”のやり取りができるのだと言った。レギナは、自分が形のないものに変わって宙を飛び、新たな身体に移れるのだと言った。
 なら、レギナはそうやって手の届かないところまで手を伸ばし、今まで自分を監視してきたのか。

 まるで魔術としか思えない、いや、魔術以上かもしれない“科学”を使った方法で、今もナディアルを監視し、どこにでも現れることができるのか。
 この化け物を捕らえて封じ込めることなんて、本当にできるのか。
 レギナはここを掌握していると言ったが、この“デーヴァローカ”はどんな場所で、どんなことが可能だというのか。

 レギナの背に舌を這わせながら考える。
 ナディアルにとって未知なことだらけのここで、何ができるのか。

「レギナ、ここに来て、ますます君のことを知りたいと思った」
「ナディアル?」
 背中から抱き竦めるようにキスをされて、レギナは喜びに目を細める。は、と熱のこもった吐息を漏らして「もちろんよ」とキスを返す。
「ナディアルはこの“デーヴァローカ”の“王”になるんだもの」
「教えてくれるね……愛してるよ、レギナ」
「わたしも、愛してるわ、ナディアル」


 * * *


「エルスト、今、ここはレギナが見ているのか」
「おそらくは」
「そうか」

 ごろりとベッドに転がったまま、ナディアルは小さく溜息を吐く。
 エルストはベッドの端に腰を下ろしたまま、身じろぎもしない。

 ここに来てまだほんの数日だ。
 なのに、四六時中、レギナの目と耳を気にして行動しなければならないなんて息が詰まる。たとえ、今、この場にはレギナが居なくても、ナディアルには見えない何かを通して、必ずどこかで監視している。

「――結果はどうだった」
「可能」

 小さく、ほとんど吐息のみのような声で、ナディアルは尋ねた。エルストは顔の向きも変えず、やっとナディアルが聞き取れるくらいの声で答える。

「必要な条件を備えた場所は」
「外、もしくは試験区画ならば」
「試験? とにかく、あるんだな」
「ある」
「そうか」

 この“デーヴァローカ”へ到着する前、ナディアルはエルストに、レギナを消すか封じるかの手段の有無を確認していた。

 エルストは、“レギナ”という存在がただひとつなら、“声”を届けられない場所へ連れ出し、身体を破壊してしまえば消滅するだろうと告げた。そして、たとえ破壊はできなくても、その場所に閉じ込めれば封じたことになる、とも付け加えた。
 だから、ここに着いてすぐ、エルストにその手段が本当に可能なのかどうかを調べさせたのだ。

 可能だというなら、レギナをそこへ誘い出して破壊すればいい。

「エルスト」

 ナディアルは、壁をじっと見つめたまま、小さく尋ねる。

あれ・・は、僕の力でも壊せるのか」

 エルストは少しの間だけ考える。

「理論的には可能」

 エルストの言葉に顔を顰めて、今度はほっとしたように吐息を漏らした。

「そうか」

 しっしっと手を振って、「もういい……お前はお前の仕事をしていろ」とエルストを追い払う。
 部屋を出るエルストと入れ違うように、すぐにレギナが入ってきた。

「ナディアル、どうしたの? 機嫌が悪いみたい」
「あいつと話しても、つまらないと思っただけだ」
「そう?」

 ナディアルの言葉に、レギナが笑う。
 やはり、エルストよりも自分のほうがいいのかという優越感を滲ませて。

 ごろりと寝返りを打って、ナディアルは手を伸ばした。
 応えるように、レギナがベッドに上がる。くすくすと楽しげに笑いながらナディアルに抱き付き、キスをねだる。

「――レギナ。誰にものぞかれない部屋が欲しい」
「ナディアル? どういう意味かしら?」

 キスをしながら呟くナディアルに、レギナは胡乱な目を向けた。
 宥めるようにもう一度キスをして、ナディアルは眉尻を下げる。

「僕を見ていたんだろう? ずっと追いかけて、いっときも目を離さずに」
「そうよ」
「でも、君は今、僕の目の前だ」
「ええ」
「あの、わけのわからない“本体(デーヴァ)”とやらにも見られない、聞かれない、絶対に覗かれない、そんな部屋はないのか?」

 意味がわからないわと首を傾げるレギナに、ナディアルは顔を寄せ、耳元で囁く。ゆっくりと髪を撫で、抱き締めながら。

「レギナ……つまり僕は、君とのあれこれを誰かに覗かれるかもしれないなんて、我慢がならないって言ってるんだよ。
 君のかわいい姿は、僕だけが知っていればいいとは思わないか?」
「ナディアル……」

 ほんのりと頰を赤らめて、レギナはうっとりと目を細める。

「ねえ、レギナ。僕のお姫様。君を独占したいなんて、馬鹿げた考えかな」

 甘く、蕩かすように、ナディアルはゆっくりと低く囁く。

「僕らが本当にふたりきりになれる部屋に行きたいんだよ」
「ナディアル……ええ、ええ、あるわ。ちゃんと。でも、少し待って。とても殺風景なの。だから、用意させる間、少しだけ待って」
「わかった。でも、最低限の……僕らが愛し合うのに最低限のものがあればいいんだ、レギナ」

 耳朶を這う舌と柔らかく食む唇の感触に、レギナは恍惚と微笑んだ。

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