婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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1.変わってしまった王子様

どうにか、見極める

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「カーティス、待っていたわ!」

 翌朝、ジェルヴェーズは登城したカーティスをさっそく離宮へと迎えた。
「ジェルヴェーズ姫殿下、ご機嫌麗しく」
 跪いて騎士の礼を取るカーティスに手を差し出すと、カーティスはその甲に軽く口付ける。流れるような一連の所作に、ジェルヴェーズは満足そうに頷いた。
「わたくしの護衛を引き受けてくれてありがとう。この分なら、あなたの作法も問題ないみたいね」
「叔父であるトーヴァの父君から、“礼儀作法も身を守る鎧なのだ”と厳しく躾けられましたので」
 立ち上がり、にっこりと微笑むカーティスは、後ろに並ぶ侍女たちをちらりと見やってわずかに首を傾げた。
「時に、姫殿下。我が従姉殿は? 姿が見えないようですが」
「ああ、トーヴァはね……なんて言えばいいのかしら。結婚が決まったようなものだと思うの」
「――はい?」
 結婚? と首を捻るカーティスに、ジェルヴェーズはふふっと笑う。
「昨日、別れる時にそんなことは言ってなかったように思うのですが……」
「それはそうね。昨日、カーティスが帰った後にそうなったんだもの。
 気が合ってたようだし、それに、トーヴァは、嫌なら何を置いても絶対承諾しないはずよね。なのに、昨夜はネリアーと一緒に部屋に入ったまま、とうとう出てこなかったというの。わたくしも、さすがに臣下の恋路を邪魔しようなんて思わないし、だから今日はゆっくりさせてあげているのよ。ね、クレール」
「はい、姫様」
「そうでしたか……」 
 カーティスはやや呆れた表情になる。いくらなんでも昨日の今日でその有様とは、いささか軽率にすぎないか。大丈夫なのか。
「それで、相手の方は、どのような?」
「ネリアーっていう魔術師よ。水の精霊の血を引いてるのですって」
 にこにこと楽しそうにジェルヴェーズが話す。
 塔から戻った時からずっと、片時も離れたくないとついて歩いて何かと構う姿は、トーヴァのことが愛しくてしかたないと溢れ出るようだった、と。

「水の……ですか」

 カーティスはなるほどと頷いた。
 水の精霊にまつわる逸話なんて、幼少の頃から叔父に聴かされた物語に、たくさん語られていた。
 あれらを話半分としても、水の精の血筋にに魅入られたトーヴァがなぜそんなことになったのか……想像に難くはない。

「ねえ、ねえ、ところでカーティス。わたくし考えたのよ」
「はい、姫殿下」
「このままアルトゥール殿下を待つだけでは、埒があかないでしょう?」
 ふん、と気合十分に鼻を鳴らして、ジェルヴェーズはにっこりと笑む。
 婚約者の思わぬ豹変ぶりを泣き寝入りするだけの、か弱い女なんかではないと思い知らせてやるのだ。
「だからわたくし、今日はアルトゥール殿下のところに行って、カーティスとネリアーを紹介しようと思うの」
「はい、よろしいと思います。直に会えばわかることも多いでしょう。殿下が真実本物なのか偽物なのかも含めて」
「ええ! そうよね!」

 そこへ、コツコツとノックの音がした。
 クレールが扉を開けると、トーヴァとネリアーだった。げんなりとした顔でネリアーに腰を抱かれたまま、トーヴァは最敬礼をする。
「姫様、たいへん遅くなりまして、申し訳ありません」
「あら、いいのよ」
 ジェルヴェーズは楽しそうに笑っている。
 トーヴァよりネリアーより、ジェルヴェーズのほうがふたりのようすをずっと楽しんでいるようだ。
「だって、わたくしが起こさないようにクレールに言い付けたのだもの」
「姫様……」
「姫殿下のご配慮、ありがたく存じます」
 ネリアーの機嫌はこれ以上ないほどだが、トーヴァの眉間はわずかに寄っていた。まるで、配慮なんていらないのにとでも言いたげだ。

 それから、トーヴァは部屋をぐるりと見回した。ジェルヴェーズのすぐ前に佇むカーティスに、視線が止まる。
「カーティス、来ていたのね」
 笑顔になるトーヴァに反してカーティスを見たネリアーの目は鋭かった。まるで、お前は何者だとカーティスを値踏みしているようだ。
「ネリアー、彼はカーティス。戦神に使える聖騎士よ。カーティス、彼は姫様付の魔術師、ネリアー」
「ネリアー殿、お初にお目にかかります。トーヴァの従弟であり、猛きものの剣たるを己が使命とする、聖騎士カーティス・カーリスです」
「ネリアーです、聖騎士殿」

 差し出された手とカーティス本人をじろじろと眺め、ひとしきり観察してようやく満足したのか、ネリアーは口角だけをにいっと持ち上げた。どうにも義理でしかない笑みで、その手を取る。
 どう見ても、トーヴァに近づく男はたとえ血縁でも気に入らないというネリアーの意志を表す表情に、カーティスは苦笑しか出てこない。
 ずいぶん厄介なものに惚れられてしまったものだ。

 ひとつ歳上の従姉が、婚期を過ぎたと気にしつつも自分の血筋のことで踏ん切れずにいたことは知っていたけれど、よりによってか。
 ある意味、彼くらいでないとトーヴァを押し切れないのかもしれないが、本当に、それにしても……。

「トーヴァ従姉ねえ……たしかにイヴリンさんは、男に求めるなら一途さと甲斐性に限るといつも言ってたけれど、これはまたずいぶんだね」
 ふたりの第二の母と言っても過分でないイヴリンの名を出して、つい、そんなことを言ってしまうカーティスに、トーヴァも溜息を返す。
「そうね。私も、こんなことになるなんて思ってなかったわ」
「乙女、まだそのような戯言を言ってるんですか?」
 背中からぎゅうっと抱き締めて、ネリアーがトーヴァの頭にキスを落とした。
 これは必然なのだと囁きながら。
「叔父上に知られたら、大笑いしながら歌に仕立て上げそうだ」
「父さんには言わないで……」
 トーヴァは、はああ、ともう一度大きな溜息を吐いた。そこに、どうやら嫌悪と拒絶は見られない。なら、このまま静観しても構わないだろう。
「ネリアー殿、従姉をよろしくお願いします」
「あなたに言われるまでもありません」

「トーヴァ」
 そこへ、侍女たちと何かを話していたジェルヴェーズが声をかける。
「はい、姫様」
「クレールとも話したのだけど、今日、アルトゥール殿下にネリアーとカーティスを紹介に行くの。お前もついてきてね」
「はい、もちろんです、姫様」
「それから、わたくし、そこで殿下をお茶会に誘うつもりなの」
 ジェルヴェーズが不敵に微笑んだ。
「アルトゥール殿下がわたくしを避けるというなら、しつこく纏わり付いて差し上げるの。絶対に証拠を掴んで、尻尾を出させてやるわ」
 満面に、父王によく似た気の強そうな笑みを浮かべて、ジェルヴェーズは力強く宣言する。
「絶対に絶対に偽物の尻尾を掴んで、本物のオーリャ様を助け出すわ!」



 昼食の少し前、ジェルヴェーズはさっそく行動を起こした。
 側付の三人に侍女のクレールを従えて魔術省兼魔術師協会の塔へと乗り込み、あれこれと言い包めてアルトゥールの執務室まで乗り込んだのだ。

 最初はあれこれ言い訳と共に追い返そうと画策していたが、ジェルヴェーズはそれをことごとく封殺していく。
 とうとう観念したのか、助手のリュドミラと護衛の近衛騎士ルスランを同席させたまま、アルトゥールはしぶしぶとジェルヴェーズを迎え入れた。

「ジェルヴェーズ姫、用件は手短に頼む」
 伺うようなアルトゥールににっこりと笑顔を返し、ジェルヴェーズは「お知らせしたふたりですわ」とネリアーとカーティスを示した。
「今日は、わたくしからふたりをきちんと紹介しなくてはと思ったの。
 まずはネリアーですけど……ネリアーのことはご存知ですわね。魔術師協会の魔術師ですもの」
「ああ」
 一礼するネリアーをちらりと見て、アルトゥールは興味なさそうに頷く。
「こちらのカーティスはトーヴァの従弟で、戦いの神の聖騎士でもあるの。
 今は遍歴の旅の途上だからと、殿下と結婚するまでわたくしの側付の騎士として仕えても良いと承諾してくれたのですわ」
「はじめまして、アルトゥール殿下。猛きものの剣たるを使命とするカーティス・カーリスです。無事、ジェルヴェーズ姫殿下がお輿入れを済ませるまで、誠心誠意姫殿下をお守りいたします」
「そうか。では、よろしく」
 カーティスはにこやかに騎士の礼を取る。だが、アルトゥールはやはりどうでもよさそうに、鷹揚に頷いた。

「アルトゥール殿下、わたくしも自分の側付の騎士と魔術師が欲しかったの。お願いを聞いてくださって、とてもうれしかったわ」
 あいさつが済むと、ジェルヴェーズはさっそくにこにこと弾む声でアルトゥールへとあれこれと礼の言葉を述べる。
 さらには、顔を見せてくれないから寂しかった、会えてうれしいともはしゃいで見せるジェルヴェーズは、どこからどう見ても年齢相応に無邪気で世間知らずな深窓の姫君だ。先刻、「どうしてもアルトゥール殿下に会いたい」とごねて押し通してきたことも、育ち故のわがままか、と誰もが納得してしまうような姫君ぶりだ。

「それでね、アルトゥール殿下。わたくし、殿下をお茶会にお招きしたいの。だって、まだ一度もゆっくりお話できていないのだもの。それに、たまには殿下にだってお休みは必要だと思うの」
「だが、ジェルヴェーズ姫。見てのとおり、私は本当に忙しいのですよ」
「でも、わたくしは殿下の婚約者ですのよ。成人後には晴れて妻となるわたくしのために、ほんの数刻だけでも時間を作ってはいただけないの?」
 大きく眉尻を下げて、きゅっと唇を噛みしめる。やや上目遣いの表情は、ジェルヴェーズが得意な、父王や兄王子におねだりをする時の顔だった。

 “深森の国”第二妃の娘とはいえ、王家の末姫としてジェルヴェーズはかわいがられてきた。だから、こうして他愛ないおねだりをするのは得意なのだ。
 だから、今回だって……。

「しかたありませんね」
 しばし考えて、それからアルトゥールは大きく息を吐きながら頷いた。
 不本意だが承諾してやろう……という態度には目を瞑り、ジェルヴェーズは喜びに顔を輝かせる。
「うれしい! では、三日後はいかが? 殿下がわたくしの母国にいらっしゃった時、おいしいとおっしゃったお菓子を用意しますわ。それにお茶も、あちらで殿下にお出ししたものと同じものがありますの! 楽しみにしていらしてね!」
「――わかりました、では三日後の午後に」
「はい!」

 おねだりが通ったジェルヴェーズは、にこにこと機嫌よく執務室を退出した。うきうき弾む声で賑やかに、クレールやトーヴァと「お茶会には何を用意するべきか」の話をしながら塔を出て……。

「それで、クレール、トーヴァ、何か気がついたことはあって?」
 その言葉に。まずクレールが「姫様」と口を開く。
「これは私個人の見立てにしか過ぎないのですが……」
「いいわ」
「リュドミラ様との口さがない噂は、やはり噂にしか過ぎませんね」
「どうしてそう思うの?」
 言葉を探すように、クレールはぐるりと視線を回す。
「何か根拠があるわけでもないのですが……殿下とリュドミラ様の態度、距離ともに関係があるようには感じられませんでした。
 それに、リュドミラ様の、姫様に対する態度も……臣下らしく後ろに控えていたと申せば聞こえがよいかもしれませんが、男女の関係にあるものが、正妻の立場となる姫様を前にしてああも平然と、表情にすら何のボロも出さずにいられるだろうかと」
「そういうものなの?」
「はい、姫様」
 しばし考えて、ジェルヴェーズは「他には?」と尋ねた。
「恐れながら、姫殿下」
「カーティス、何かしら?」
「ルスラン殿に、何か秘めていることがあるように感じました」
「殿下の近衛ね?」
「はい」
 皆、あの短い時間でよくもあれこれを探ってくれたと、ジェルヴェーズは感心する。やはり、行動を起こして良かったと。
「はっきりと何であるかは申し上げられないのですが……姫殿下からアルトゥール殿下に私をご紹介いただいた時に、ルスラン殿がこちらを見たのです」
「まあ。でも、見ただけならあまりおかしいことなどないのではなくて?」
「そうなのですが……姫殿下の紹介、それも私の“聖騎士”という肩書きを聞いて、反射的に私を見たようでした。それも、表情を変えて、何かを言いたげに」
「――たしかに、それは妙ね」
「単に目が合った程度であれば気にならないのですが……私自身に何かを訴えたい、そんな印象を持ちましたことが気になっております」
 ジェルヴェーズはじっと考える。考えて、考えて……。
「まずは、殿下の側にいるふたりのことを調べろ、ということかしら?」
「ああ、姫殿下」
「ネリアー、なあに?」
「“魔術看破”には、何ら気になることはありませんでした」
「どういうことかしら?」
「つまり、殿下は現在魔術、あるいは魔法に準ずるものの影響下にあるわけではない、ということです」
 ジェルヴェーズが訝しげに首を傾げる。
「あそこにいらっしゃる殿下は、ご本人か、もしくはよく似た姿の別人がフリをしているか……そういったところではないかと」
「そう……なの?」
「魔術で姿を変えた何者かではなく、魔術で心を支配されたご本人でもない……少なくとも、このふたつは確実ということです」
「――なら、よく似た他人が、オーリャ様のフリをしているの?」
「そこまでは、わかりません」

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