婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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2.お姫様はあきらめない

ささやかな嫌がらせ

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 ジェルヴェーズは今日もアルトゥールを訪ねていた。
 曰く「お茶会が待ち遠しいの」と。

「婚約者なんですもの、やはり親睦を深めたほうがよいと思ったの。わたくし、お仕事の邪魔はしないから、ここにいてもよろしいかしら?」
 アルトゥールは一瞬だけ忌々しそうに目を眇めたが、ジェルヴェーズはそれに気づかないふりをする。
 鈍感でおしゃべり好きで、魔術のことなんかこれっぽちもよくわかっていない無邪気な箱入りお姫様……それが、ジェルヴェーズの役作りだ。
 偽物のアルトゥールの都合なんて知ったことではない。これから毎日、トーヴァとネリアーがこの魔術塔を調べる間はアルトゥールが邪魔をしないよう、ジェルヴェーズがここで見張ってやるのだ。もちろんひとりではない。侍女のクレールと護衛のカーティスを連れて。

「ねえ、アルトゥール殿下。殿下はどんな魔術が得意なの? 魔術師には専門があるって聞いて、とっても気になったの」
「……専門は、決めていない」
「まあ、では、殿下はどんな魔術でも使いこなせるのね! 専門を決めてしまうと不得意な分野が出てしまうものだって、ネリアーが言ってたの。でも、殿下は不得意がないってことよね」
 とまらないジェルヴェーズの口に、アルトゥールの眉がピクリと動いた。
 ふふ、せいぜいイラついてればいいのよ。
 にこにこと笑顔を振りまきながら、ジェルヴェーズは少し意地悪な気持ちでさらにおしゃべりを繰り出していく。
「あのね、アルトゥール殿下。“深森の国”で師長様がおっしゃってたの。魔術を使いこなすには想像力が大切なんですって。でも、わたくしあまりピンとこなくて。想像力ってどんなものなのかしら」
「ジェルヴェーズ姫……」
「リヴィエール公爵夫人も同じことを言ってたことがあるのよ。あ、公爵夫人はトーヴァの伯母上で、お子様が生まれる前は王宮魔術師として国に仕えていてくれたの。わたくしが生まれる前の話だけど。
 とってもきれいな方で、腕のいい魔術師なのですって。師長様が、公爵がお許しくださればまた王宮魔術師として迎えたいのにって言ってたくらいなのよ」
「ジェルヴェーズ姫」
「わたくしも、もっとお勉強を頑張ってれば、魔術師になれたかしら。そうしたら、アルトゥール殿下のお手伝いをもっとしっかりできたのに。
 でも、今からじゃやっぱり遅いのよね?」
「姫!」
「なあに、アルトゥール殿下?」
 こてんと首を傾げて、ジェルヴェーズは何か変なことでも言ってしまっただろうか? という表情になる。
「少し、静かにしていただきたいのですが」
 アルトゥールはまだにこやかな仮面を被ったままのようだ。
「あっ、ごめんなさい」
 ジェルヴェーズは、恐縮するように頬を赤らめ、目を潤ませる。
「わたくし、殿下にお会いできるのがうれしくて、つい……お仕事を邪魔する気はなかったの。ただ、うれしくて……だって、やっとこちらに来られたんですもの。とっても楽しみだったの。ずっと、殿下とたくさんお話がしたくて……」
「姫様……おそれながら、アルトゥール殿下。姫様は殿下を本当にお慕いしていらっしゃるのです。
 こちらへ来られるのを、とても、心待ちにしていらっしゃったのですわ」
 侍女のクレールまでがそんなことを言い出してハンカチを目に当てた。
 カーティスはふたりの堂に入ったふるまいに内心呆れつつも感心する。だが、アルトゥールのイライラはだいぶ増しているようだ。頃合いだろう。
「姫殿下もクレール殿も、あまりおしゃべりが過ぎてはアルトゥール殿下の集中を邪魔してしまいますよ」
 ハッとジェルヴェーズは顔を上げて、「そうね」と頷いた。
「わたくし、少しはしゃぎ過ぎちゃったみたい。でも、殿下のおそばに居られるのがうれしかったからなの。ごめんなさい。ちゃんとおとなしくしているから、怒らないでいただけるとうれしいわ」
 アルトゥールに怒る隙を与えず、ジェルヴェーズはしゅんとした素振りで黙り込んでしまう。
 けれど、時折アルトゥールを伺ってはにっこり微笑むことも忘れない。
 さすが、幼い頃から王族としての振る舞い外面を叩き込まれてきただけある。見事な猫かぶりだと、カーティスは内心で舌を巻いた。

 それからも、少しはしゃいでは注意を受けておとなしくして……を昼まで繰り返し、ねだり倒して昼食を同席するところまでを完遂して、ジェルヴェーズは離宮へと戻った。アルトゥールの機嫌は下がり切るところまで下がっていたようだが、ジェルヴェーズの機嫌はこれ以上ないほどに舞い上がっている。
 アルトゥールが“本物のアルトゥール”のふりを続けるなら、決してジェルヴェーズを邪険には扱えない。
 今はまだ、己が偽物だとばれたくないはずなのだから。

「さあ、明日はどんな理由をこじ付けて会いに行こうかしら」
 ふふっと笑いながらジェルヴェーズはあれこれと考える。本来なら重苦しく沈み込みそうなものだが、ジェルヴェーズは至って元気だ。
 いや、偽物なのをいいことに、これ幸いと鬱憤晴らしに走るつもりらしい。
「理由はともかく、煽るのはほどほどに願いますよ」
「あら、大丈夫よ。あのようすならまだまだ堪えてくれそうだもの」
「姫殿下……」
「それに、もう二年以上もオーリャ様のふりをしてあそこにいるのよ。この程度で音を上げられたら、わたくしの気がおさまらないわ」
 ふん、と鼻息荒く吐き捨てるジェルヴェーズに、カーティスが困ったようにクレールを見た。クレールも、やれやれと首を振るばかりだ。
「姫殿下の勇ましさは喜ばしく思います。ですが、あまりむやみに挑発しては危険なのですよ。何しろ、相手は魔術師ですから」
 ジェルヴェーズは、「わかっているわ」と軽く頬を膨らませた。



 トーヴァとネリアーは、再び塔の図書室を訪れ、目録の洗い出しをやり直していた。リュドミラの持つ魔力隠蔽の魔道具は“魔導師メイガスの遺産”のひとつだったのではないかと疑ったからだ。
「ネリアー、やはり地下の倉庫に納められたものを確認する必要があるんじゃないかと思うのだけど」
「そうですね。目録の記載がどれだけ信用できるのか、どうも疑問です」
 魔術師長の印が押されているから、これが正式に認められた遺産の一覧のはずだ。だが、この中にそんなメダリオンがあったとは伺えない。
「それに、殿下には倉庫へ入る権限もあるのよね」
「ええ。そのとおりです」
「倉庫の魔道具リストと実際に納められたものの確認もしたほうがいいのかも」
 考えたくはないが、倉庫に封じられているという危険な魔道具まで持ち出されているかもしれない。偽物の目的はどうにもはっきりしないが、それでもろくでもないことなのは間違いないのだから。
「乙女」
 くすりと笑ってネリアーが抱き締める。
「乙女、何があろうとあなただけはきっと私が守りましょう。ねえ、乙女?」
「あ、あの、ネリアー。昼間はそういうのやめてって、約束したわよね?」
「ここに他人の目はないのですから、これくらいいいではないですか」
「そっ、それでも、節度というものが……」
「大丈夫ですよ」
 ネリアーはトーヴァの唇を塞ぐ。
 ジェルヴェーズのために働くなら同室同衾も受け入れよう。そのかわり、昼間、人目のあるところではついて歩くのみ、引っ付くのみに留めてくれと約束したのに、もう嫌になったのだろうか。
 音を立てて口内を弄られながら、トーヴァの背をたらりと冷や汗が伝う。
 けれど、ひとしきり堪能できて満足したのか、ネリアーはうっとり微笑みながらトーヴァから離れてくれた。
 最後に、襟元から覗く鎖骨に印をつけることは忘れなかったが。
「ネリアー、こういうのは困りますと、何度も言ってるのに」
 トーヴァはそう言ってすぐに初歩の癒しの術で痕を消してしまう。
 名残惜しそうにそれを見つめながら、ネリアーは「痕をつけさせてもくれないなんて」と溜息を吐いた。
「そうじゃなくて」
「冗談ですよ」
 眉を吊り上げたトーヴァは、しかし、ネリアーに微笑み返されて肩透かしを食らったように黙り込んだ。
「地下も確認するとなれば時間も惜しいですし、すぐに申請を出しましょうか。名目は私の研究で」
「あなたの研究?」
 はい、とネリアーはトーヴァの唇を啄む。
「乙女にはもっと私のことに興味を持っていただきたいものですね。私は、魔術師は魔術師でも“専門魔術師スペシャリスト”です。“召喚術師サモナー”と呼ばれる、ね」
「召喚術師……」
 驚くトーヴァに、ネリアーはにっこり笑ってもう一度その唇を啄ばんだ。
「乙女は、驚く表情も愛らしい。ええ、召喚術サモニングが私の専門です。正直言いますと、他の系統……特に死霊術ネクロマンシーはあまり趣味でありませんから中位に届くかどうか程度ですが、召喚術なら任せてください。あなたが望むなら悪魔大公デヴィルプリンスすら呼んでみせましょう」
「いえ、それは遠慮するわ」
 そういえば、ネリアーがどんな魔術師かなんて気にしたことがなかった。
 ただ、ネリアー自身の言葉どおり、水妖ネレイドは愛を告げた相手を裏切らないからと信用していただけだ。
 トーヴァは小さく「ごめんなさい」と呟く。
「乙女? 何を詫びているのです?」
「その……」
「まさか、他の男に目を奪われた、などということでは……」
「え? いや、そんなことじゃなくて! ただ、私は不誠実だから……」
「どこの男ですか。あの従弟だという聖騎士ではありませんよね?」
 たちまち剣呑な顔になったネリアーが、トーヴァの顔を覗き込む。
「違うから!
 その、あなたを利用してばかりであまりきちんと向き合ってなかったと思って……もう、その場凌ぎでいいかなんて、軽い気持ちで寝ちゃったし」
 ネリアーは一瞬驚いて、それからまたくすくす笑い出した。笑いながらまた抱き締めて、顔中にキスを降らせ始める。
「ああ、あなたは本当に愛らしい。
 いいのですよ。あなたに利用されるなど、私の喜びでしかないのですから。どうかもっと私を利用してください」
「ちょっと、ネリアー!」
 今度こそタガの外れそうなネリアーを、どうにか腕を突っ張って引き剥がし、トーヴァは引きずるようにして図書室を出た。
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