婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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2.お姫様はあきらめない

魔術塔の、奥の奥

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 塔の地下は、意外に掃除が行き届いていた。
 いったい誰が掃除なんかしているのかと思わず見回すトーヴァに、ネリアーが「どうしましたか?」と尋ねる。
「ずいぶんきれいに片付いてると思って」
「ああ、“掃除屋”を飼っているのですよ」
 ネリアーの返答に、なるほどと思う。

 “掃除屋”は、粘体スライムを四角く固めたような人造の魔物で、石と魔法を帯びた金属以外、およそなんでも溶かして吸収してしまう。
 大陸西方の、“深淵の都”の下水道に飼われているものが有名だが、ここも飼っていたのか。

「時々削って小さくするのは手間ですが、おかげで害獣の被害は少ないのですよ。ネズミ程度ならゴミと一緒に食べてしまいますから」
「そうなのね」
「人は襲わないように条件付けはされていますから、それなりに安全です」
「それなり……」
 知性なんてほとんどない魔物を完全に制御するのは難しいということか。
 トーヴァはもう一度ぐるりと周囲を見回した。
「ネリアー、そういえば、隠し部屋があったというのはどこなの?」
「地下第四層です。封印倉庫がある階層ですね」
「そこ、見られるかしら」
「はい。けれど、今は空になっているはずですよ」
 ネリアーの返答に頷きながら、トーヴァは考える。
 どうにも気になっているのだ。アルトゥールを攫ったとして、どこに隠しているのだろうかと。

 この魔術塔は外宮と呼ばれるエリアに建っているし、見張り塔からも近い。曲がりなりにもそれなりの体格の成人男性であるアルトゥールを首尾よく捕まえて、見つからずにここから運び出すのは至難の技だろう。
 何しろ、ここはもともと魔術大国である“暁の国”の王宮だ。ありとあらゆる転移魔術を封じる処置が施されている。
 もちろん、あらゆる魔術の対策は万全……というわけではないが、人ひとり運び出して誰にも見咎められないなんて、あり得るだろうか。

 考えたことを整理するように、トーヴァはとつとつとネリアーに話す。
 ネリアーはトーヴァの言葉をしっかりと聞き届けて、なるほどと頷いた。
「では、乙女はその用済みとなって閉鎖された場所に、なんらかの方法で殿下を隠しているのではないかと疑っているのですね」
「――ただ、少し気になるだけなの」
 トーヴァはどうにも歯切れ悪く返す。
 何か確証があるわけでもなく、単なる勘に過ぎないのだ。
「乙女。勘というものは、それまでの思考と経験の積み重ねから生まれるものです。あなたがそう感じるなら、目には見えずとも根拠はあるのでしょう」
 楽しげに笑って、ネリアーはトーヴァの額にキスを落とす。
「それに、可能性を潰すことだって悪いことではありませんよ」
「そうだといいんだけれど」



 角灯ランタンをひとつぶら下げて、ネリアーの先導で地下へと降りた。
 倉庫へ入るのでなければ、地下との行き来は自由らしい。
 もっとも、倉庫と封印倉庫の入り口は魔術錠で閉鎖されていて、入ろうと思っても勝手には入れないのだが
「第一階層は呪文室、第二階層は図書室、第三階層は一般の魔道具や高価な触媒の倉庫になっているんです」

 呪文室は、新しい呪文の開発や魔道具への魔術付与、それから魔術の訓練に利用される部屋だ。壁、床、天井の全面に対魔力処置がされていて、多少の魔力暴発程度ではびくともしない。
 地下の図書室は、いつも行く塔の上のものとは違って魔道書を中心に納めてある。ここも協会の正魔術師以外は入室禁止なのだという。

「先に閉鎖エリアを見に行きましょうか」
 ネリアーの言葉に頷いて、第三層の倉庫を通り過ぎて第四層へと降りる。封印倉庫の入り口を無視して通路の先へ向かうと、そこにも扉があった。
「壁に塗り込められていたのだそうですよ。ここは魔術師の塔で、魔術を使わない単純な隠し方だからこそ、今まで見過ごされていたのでしょうね」
「そうね」
 トーヴァはそっと手を伸ばし、金属で補強された分厚い木の扉に触れる。取手に触れると、さほど抵抗を感じることもなく、扉が開いた。
 角灯を掲げて隙間から中を覗き込むと、中はがらんとしているようだ。
「本当に何もないのね」
 ネリアーを振り返りながら、中へと踏み込んだ。
「ここには魔道具を納めた箱が乱雑に積まれていただけでしたよ」
 床も壁も天井も石でできている。部屋にこもっていたはずのひんやりと冷たい空気からは、あまり黴や埃の臭いを感じない。
「ここもきれいなのね。“掃除屋”は見当たらないけど」
「何もないですから、汚れようがないのでしょう」
「それにしても、埃もほとんどないのね」
 ぐるりと見回して……ふと違和感を感じる。
 何かが気になって、トーヴァはすぐそばの壁に近寄った。
「乙女?」
「ネリアー、この部屋、きれいすぎると思わない?」
「そうですか? こういうものだと思っていましたが」
 ネリアーはあまりピンと来てはいないようだ。地下に隠された廃墟ほどではなくても……例えば一日締め切ったくらいの部屋でも、独特の臭いがするものなのに、ここはほとんど臭わない。
「あまり臭いがこもってないの。どこかに風が逃げてるか、それとも誰かが頻繁に出入りしてるかじゃないかしら」
 言われて、ネリアーもあたりの臭いを嗅いでみる。

 トーヴァは壁のあちこちを撫でたり叩いたりしながら、ゆっくりと歩き始めた。時折、靴の踵で床を蹴ってみたりもしている。
「ここ……?」
「何かあったんですか?」
 すぐにネリアーが寄って来た。
 しきりに壁を撫で回すトーヴァの手元を覗き込むが、ネリアーには何か変わったものがあるようには思えない。
「乙女、何かお手伝いはできますか?」
「大丈夫よ……たぶん、見つけたから」
「見つけた?」
 石と石の隙間を見つけて、トーヴァは足首につけていたナイフを取り出す。
 ネリアーの目の前で、ゆっくり、慎重に刃先を滑り込ませて探るように動かすと、すぐにカチリと音がした。
「まさか、隠し扉ですか?」
 ネリアーが目を丸くする。
 隠し部屋のさらに奥に隠し扉があるなんて、想像もしなかったらしい。
「ネリアー、ちょっと下がってて」
「けれど、乙女」
「大丈夫だから」
 ネリアーが小さく溜息を吐いて、トーヴァに防護の魔術を掛ける。身体の抵抗を上げて、怪我を受けにくくするものだ。
 それからネリアーが数歩下がるのを確認して、トーヴァは扉と思しき場所を思い切り力を込めて押した。
 壁の石組みがぎしぎしと音を立てて動く。
 角灯を掲げて隙間から奥を窺い見ると、そこも大きな部屋のようだった。
「部屋みたいね」
 奥まで灯りが届かないせいか、何かがあるのはわかるけれど何があるのかまではわからない。
 動くものはないようだ。トーヴァはほっと息を吐くと大きく扉を開け放ち、宙を舞う魔術の光を呼び出して、奥へと向かわせる。

「――え?」
「乙女?」

 部屋を見回したトーヴァが、驚きのあまりか声を漏らした。
 ネリアーは、トーヴァが呆然と見つめる先を確認する。そこにあるのは……。
「ひと……ですか?」
「リュドミラ殿!」
 無造作に床に転がされた人影に、トーヴァは思わず走り出す。
 慌てて後を追うネリアーの視線の先で、空中……トーヴァの向かう先に、ぼんやりと輝く大きな紋様が浮かび上がった。

「乙女! 待ってください!」
「え――あっ」

 ネリアーが悲鳴をあげてトーヴァの腕を掴んだ。
 そのまま力任せに引き寄せ、無理やりトーヴァを抱え込んで、けれど勢いを殺すこともできずに紋様に突っ込んでしまう。
 ネリアーの脚からかくんと力が抜ける。
 そのままバランスを崩し、ふたりまとめて倒れて転がった。
 ネリアーに抱えられていたおかげで、トーヴァは少々ぶつけたり擦りむいたりした程度だったが、ネリアーは……。
「ネリアー、だいじょ……ネリアー!?」
 血を吐いて、ぐったりと倒れたままぴくりとも動かないネリアーの姿に、トーヴァの顔から血の気が下がる。振り向いた空中には、輝きをなくした、けれどまだ完全な形の紋様が浮かんでいた。
「まさか……まさか、まさかまさか」

 “死の魔紋 デス・シンボル”と呼ばれる恐ろしい魔法罠のことは知っていた。
 実際に見たことはないけれど、魔術師の関わる廃墟にはよく仕掛けられているのだと、かつて“冒険者”をしていた頃に仲間だった斥候から聞いていた。

 もし、宙に浮かぶ光る紋様を見つけたら直視してはいけないし、触れることはもちろん、近づいてもいけない。
 うかつに近づけば、そこで誰かが死ぬことになる。

「こ……“混沌の海より生まれし力よ、ここに刻まれし文字を消し去れ”」
 トーヴァの魔術の光で、紋様の文字のひとつだけが消えた。同時に、宙に浮かんだ紋様が音もなく崩れ去る。
 こんな簡単な魔術で、たった一文字消すだけでたちまち力を失って消えるのに、その紋様が現れた時には大抵手遅れなのだ。

「ネリアー……?」
 自分の服も、ネリアーの長衣ローブも、真っ赤に染まっていた。
「ネリアー、起きて?」
 トーヴァは震える手でぐったりと力を無くした身体を揺する。
 なのに、ネリアーはピクリとも動かない。



「遅いわね」
 そろそろ空も暗くなってきたというのに、トーヴァとネリアーが戻ってこない。遅くても日暮れまでには戻ると言ってたはずなのに。
「たしかに、何の連絡もないのは妙ですね」
 カーティスも、心なしか落ち着きをなくしているようだ。
「ねえ、クレール。魔術塔に遣いを出してちょうだい。ふたりのようすを確認してくれるかしら?」
「はい、姫様」
 クレールはすぐに使用人を呼ぶと、魔術塔への言伝を言いつけた。
 離宮から魔術塔までは城壁をぐるりと迂回しなければならないため、徒歩では半刻一時間ほどかかってしまう。
 今から往復すれば、夜中になってしまうだろう。

 けれど、使用人の持ち帰った魔術塔からの伝言は、「ふたりはすでに塔を出たはずだ」というものだった。

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