婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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3.王子様を救い出せ

解呪

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 王太子の執務室を退出して、ジェルヴェーズは思い切り拳を握り締めた。
「クレール、やれたわ。わたくし、ちゃんとやれたわよ」
「はい、姫様」
 クレールは穏やかに笑って、ジェルヴェーズに歩くよう促す。
「もっとうまくやって、十日くらいもぎ取ればよかったわ」
「まあ、姫様。トーヴァ様がおっしゃっていたでしょう。三日取れれば上出来で、下手をすれば一日しか待ってもらえないだろうと」
「――たしかにそうね。わたくしの要求するとおりに、三日待ってもらえるとは思ってなかったもの」
「とはいえ、姫様。これからですよ。姫様が総大将となられるのですから」
「ええ、もちろんよ」


 * * *


 ジェルヴェーズの指示の後、すぐに教会への言伝をしたためると、カーティスは立ち上がった。
「では、私はすぐにでもルスラン殿を連れて来ようか」
「あ、カーティス、待って」
 部屋を出ようとするカーティスを、トーヴァが呼び止める。
「あなたの剣て、たしか、何の魔法も帯びてなかったわよね?」
「そうだけど、それが?」
「なら、これを持って行って。塔の地下に捨てられていたのを、ネリアーが見つけたの。力は弱いけど、魔剣よ」
「魔剣? 何か変な魔法は……」
 鞘に入ったままの長剣をまじまじと見つめる。
 少し古めかしい、翼を広げた水鳥を模した意匠の柄には、滑り止めにしっかりと焼き入れた細い鎖が巻いてある。銀で象嵌され、淡い水色の石で飾られた水鳥の彫刻は、妖精の作だと言われても納得できるような繊細さだ。
「それは大丈夫よ。ネリアーにしっかり確認してもらったから」
「ええ。ごく一般的な魔力付与された剣です。ほかに特筆すべきものは掛かっていませんよ」
 トーヴァの言葉を受けて、ネリアーも頷く。
 それなら、心配はいらないだろう。
「カーティスなら使えるでしょう? それに、魔剣でしか斬れないもののことを考えると、あったほうがいいと思ったの。例えば、精霊とかね」
 カーティスは差し出された剣を受け取った。鞘からほんの少し出してみるが、たしかに刃には曇りもないようだ。
 思い切って抜いてみれば、やや細身ながらバランスもよく取れていた。刀身からも、魔剣特有のぼんやりと淡い光が放たれている。
「戦神の聖騎士が使うにしては少々優美に過ぎる気がするけど、ありがたくいただいておくよ」
「ええ。どうせ捨てられていたものなら、有効に使わないと」
「トーヴァ従姉ねえは、相変わらずだ」
 くすりと笑って、カーティスは腰に下げた剣を受け取った魔剣に交換した。
「では、私はルスランを連れてこよう。



 カーティスは、本宮にほど近い近衛宿舎に向かった。運良くこれから魔術塔へと向かうルスランを見つけて、常の態度を崩さず、しかし足早に歩み寄る。
「ルスラン殿」
「カーティス殿か」
 呼び止められて、ルスランは不機嫌そうに振り返った。カーティスはあくまでにこやかに、小声でルスランに告げる。
「リュドミラ殿を保護しました」
「――え?」
 ルスランは大きく目を見開いた。カーティスの告げた言葉がにわかには信じられず、もう一度聞き返してしまう。
「ミラーシャ、を?」
「はい。本物のリュドミラ殿は無事です。しかし魔術で眠らされていますから、すぐに離宮へ来てはいただけないでしょうか」
「だが、ミラーシャは……」
 ルスランは困惑したように魔術塔を振り返る。
「殿下に付き従っているリュドミラ殿は偽物なのですよ。何者かが、彼女にすり替わっているのです。
 それに、魔術の眠りはあなたでないと解けない。あなたの力が必要です。どうか今すぐに離宮へ」
 半信半疑ながらカーティスの言葉に従おうとして、ルスランはいきなり胸を押さえて膝をついた。
「う……」
「ルスラン殿!」
 呪いが働いているのだろう。
 つまり、リュドミラを起こされてはまずいということだ。
「――ルスラン殿、失礼します」
 今、彼が身につけているのは近衛の制服と薄い鎖帷子チェインシャツのみだ。それなら、とカーティスは無理やり身体を起こして、当身を食らわせた。
 ぐ、とくぐもった呻きとともに、ルスランが昏倒する。
 離れた場所から警備の兵が走り寄ってくるのに笑顔で礼をして、カーティスは指笛を吹いた。
 カツカツという蹄を鳴らしてどこからともなく相棒が現れて、ぶるると鼻を鳴らす。ずいぶん乱暴な方法をとったな、とでも言いたげに。
「“鋼の蹄スティールフーフ”、仕方ないだろう。あまり手間取ってはいられないんだよ。さあ、彼を離宮へ運ぶぞ」
 やれやれと首を振り、もう一度ぶるると鼻を鳴らして“鋼の蹄”は身体を低くした。その背の上に、カーティスはルスランを押し上げる。

 そこに、駆けつけた警備兵が声を掛けた。
「聖騎士殿、いったい何があったのです?」
「彼を離宮に連れていかねばならないのですが、どうやら身体を悪くされているらしいのです。ついでですし、このまま離宮にお連れして、医者にも診ていただきますよ」
「そうですか……?」
 怪訝そうな表情の警備兵を安心させるように、カーティスは穏やかに微笑んだまま、ゆっくりと頷いた。こういう時ほど自分の“聖騎士”という肩書きへの信頼感が力を持つことは、よく知っている。
「はい。ですから、魔術塔に言伝をお願いします。ルスラン殿はジェルヴェーズ姫殿下に呼ばれて離宮に行ったと」
「――はい」
 ジェルヴェーズの名を出されてはこれ以上文句を言えないのか、警備兵は敬礼をして魔術塔へと向かった。
 カーティスはほっと息を吐くと、手綱を引いて歩き出した。



 離宮に戻ると、今しもジェルヴェーズが馬車へと乗り込むところだった。
「姫殿下、今からですか?」
「ええ。今からいらっしゃいとお召しがあったの。頑張ってくるわね」
「くれぐれもお気をつけて」
「大丈夫よ。今、手を出せば、向こうの準備が整わないのに王太子殿下が出てくることになるのよ。それは避けたいはずだわ。その点だけは、わたくしと向こうの利害が一致してるもの」
「姫殿下はたいへんに頼もしいですね。ですが、危険を感じたならくれぐれも迷わずに王太子殿下に保護を求めてください」
「わかっているわ。カーティスも、あとは任せたわよ」
「はい」

 本宮へと向かう馬車を見送ると、カーティスは“鋼の蹄”からルスランを下ろし、肩に担ぎ上げて離宮へと進んだ。
 そのまま、リュドミラを寝かせた長櫃のある部屋へと運び込む。
 事情を知らない使用人がぎょっとした顔をするが、平然と会釈をするカーティスには何も言えないようだ。

「カーティス、おかえりなさい」
 迎えたトーヴァとネリアーに頷いて、ルスランを下ろした。
「やはり、リュドミラ殿を起こすことも呪いに抵触するらしい」
「どうするの?」
「なるべく早く高司祭を派遣していただけるよう教会に遣いを送ったが、その遣いが戻ってきてからだな。ここが“鹿角の町”なら話が早かったんだが」
 故郷の町なら教会長はカーティスの父だ。融通も利く。けれど、ここではさすがにそうもいかない。
 そう言って残念そうに肩を竦めるカーティスに、トーヴァはしかたないことだと苦笑する。
「魔術で解呪ができればよかったのですが、あいにく専門ではないので」
 ネリアーもやれやれと吐息を漏らす。
「できれば、リュドミラ殿から話を聞いてから塔に行きたいのですが……待って今日いっぱいですね」
「う……」
「ああ、どうやら意識が戻ったようですが」
 カーティスは周囲を見回す。
「トーヴァ従姉、ロープか何かあるか?」
「あ、それならこれを使って」
 渡された縄を受け取ると、カーティスは手早くルスランを縛り上げた。さらには、手際よく剣や短剣などの武器も取り上げていく。
「カーティス殿、これは……」
「あなたに逃げられないよう、しばし監禁しなければなりませんので。剣帯も外して預かっておきます。
 あなたは己の意思に反してここへ連れ込まれたのですよ」
 呪いが発現しないようにと、カーティスは念を押す。ルスランはそれを察してか、うなだれて口を噤んだ。

「――リュドミラ殿に掛けられている魔術は、“時留めの眠り”というものなのだそうですよ」
 窓の外を眺めながら、カーティスが口を開く。その後を引き継いで、トーヴァが歌うような口調で言葉を紡ぐ。
「“かつて茨の蔓に囲まれし古城あり。そこに眠るは魔女に呪われし美しき姫君”――“麗しき茨森の姫君”の伝説を聞いたことはありませんか? あの伝説で魔女が姫君に掛けた“呪い”こそが、“時留めの眠り”という魔術なんです」
「相当な高位の魔術ですよ。そう……正魔術師になって四、五年程度の若い魔術師には、早々使えるはずのない呪文です」
 さらにネリアーが注釈をつけると、ルスランが驚いて顔を上げた。まさかと視線を彷徨わせ、ぐっと眉を寄せる。
「――では、あれは殿下ではない? でも、どうやって……いつ……っ、ぐ」
「ルスラン殿!」
 ぶつぶつと呟くルスランは、また苦痛に襲われて身体を折る。
 慌てて駆け寄ったカーティスが、考えてはいけないと背をさする。
「今は考えないでください。あなたの呪いを消すのが先です」
「ですが、あれは、殿下では……殿下ではないというなら、どうやって……」
 脂汗を流しながら、ルスランは呟き続ける。

 扉をコツコツと叩く音が響いた。
「戦いと勝利の神の教会から、大司教猊下がお越しです」
 ハッとカーティスが立ち上がり、慌てて大股に扉へ向かう。
 一足先にトーヴァが開いた扉の向こう、家令が示す先に、供の司祭をひとりつれた戦神教会の大司教が佇んでいた。

「大司教猊下、あなたにお越しいただけるとは思いませんでした。猛きものとあなたに感謝いたします」
「なに。姫殿下からの言伝を鑑みて、私がふさわしかろうと判断したまでだよ」
 大司教は、この町の教会のトップだ。
 呪いの解除ができる高司祭を大至急寄越してくれ、とジェルヴェーズの名で要請したとはいえ、まさか大司教自らが来るとは思ってもいなかった。
 ゆっくりと歩み出る大司教を、カーティスは膝を折って迎える。
「聖騎士カーティス。さあ、いったい誰が呪いに冒されているのかね?」



 大司教と司祭の儀式により、ルスランの呪いはすぐに解けた。
 このことについて、後日改めて報告に向かうと大司教に約束して、カーティスは後の対応を家令に任せた。



「ではルスラン殿、リュドミラ殿にキスをしてください。私たちは衝立の向こうにおりますから」
 ネリアーの淡々とした指示に、ルスランは戸惑いつつも頷く。まさか、眠りの解除までが伝説のとおりだとは思わなかったという表情だ。

 三人が衝立の向こう側に行くのを見送って、ルスランは改めて長櫃に寝かされたリュドミラの頬をそっと撫でた。
 ずっと、アルトゥールに付き従っているリュドミラが本物なのだと思っていた。心変わりしたかのように冷淡になり、表情もなくなって……何もかもがあの日から変わってしまい、呪いまで掛けられて、どうすべきなのかがわからないまま二年が過ぎていたのだ。

「ミラーシャ……」

 小さく呼びかけて、ルスランは顔を近づける。もう一度、ミラーシャと呼びかけて、しっかりと唇を重ねた。

 ふ、と口が動いた気がして、ルスランはわずかに顔を離す。
「ミラーシャ?」
 ぴくりと瞼が動き、ゆっくりと目が開く。
 ぼんやりとした表情のままきょろりと見回して「ヴィーチャ?」と囁いた。
「ヴィーチャ、あの、殿下は? 何があったの? 私、いったい……」
「大丈夫だ。もう、大丈夫だ」
 安堵に笑みを浮かべて、ルスランはリュドミラを抱き起こした。
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