婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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3.王子様を救い出せ

手掛かりは地下に

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 ルスランとトーヴァから説明を受けて、リュドミラはひどく驚いた。ルスランを少しやつれて痩せたようだと感じたことが気のせいでなかったうえに、知らずに二年もの年月が過ぎていただなんて、と。
 おまけに、自分の偽物がアルトゥールの部下として働いているとは。
 何度も確認して、ようやく現状をのみこんで、リュドミラはあの日のことをぽつぽつと話し始めた。

「私が覚えておりますのは、あの日、アルトゥール殿下の“魔導師メイガスの遺産”調査をお手伝いしていたことまでです」
 リュドミラは小さく息を吐いた。
 ルスランは、そんな彼女を安心させるようにそっと肩を抱える。

 木箱に入れられたままの長杖ロッド
 魔術を使ってつぶさに観察し、それが何かを探る……その杖からは、特段、変な魔術の気配も強い魔力も感じないはずだったのに。
「黒檀製の、あまり飾り気のない長杖でした。目立つ装飾は全体に施された魔術紋と赤い石くらいで……」
 リュドミラにとっては眠りに落とされる直前に起きたことだ。思い出す努力はさほど必要ないくらい、鮮明に覚えている。
「杖を観察していた殿下のようすが、急におかしくなったのです。何かを見つけたように杖に見入ったままかと思えば、いきなり従えていた風精を呼び出して……そう、“お願いウィッシュ”を口にしました」
「“お願い”? 風精ジンニーヤにですか?」
「はい」
 ネリアーが片眉を上げた。

 アルトゥールが風精を封じた“精霊縛りの指輪”を持っていることは、魔術師たちの間でも有名な話だった。
 “精霊縛りの指輪”は、指輪に封じられた精霊に持ち主への服従を強いるという魔道具だ。解放にも条件がある。封じたのが風精なら、その“お願い”の力を使い果たすまで風精は指輪から解放されることがない、というように。
 だから、指輪の持ち主は、よほどのことがなければその条件を満たすような行為は避けるものなのだ。

「つまり、殿下に“お願い”を使わねばならないほどの何かが、その時に起こったということですか」
「それが、よくわからないのです」
 ネリアーの質問に、リュドミラは眉尻を下げる。
「急に風精を呼び出して、ニナ姫を守るようにと……それから、今後は自分の命令に従うなとお命じになったんです。その後は、よくわかりません」
「――殿下は、あの時、急に人が変わられたように感じました」
「ヴィーチャ」
 リュドミラの後を引き取るように、ルスランが言葉を続ける。
「風の精霊が去った後、私を……おそらくは魔術で縛り、リュドミラの意識を失わせて、私に呪いを掛けたのです。
 いったいなぜそんなことをしたのかは、さっぱり」
「黒檀の、杖……魔術紋に赤い石の……」
 ぶつぶつとトーヴァが呟きながら考え込む。今まで聞いた物語に、そんな魔道具について語ったものがあっただろうか。
「アルトゥール殿下がおかしくなった時、杖には触れていましたか?」
 ネリアーが、ふと何かを思いついたように尋ねた。
「触れて……? 触れてはいなかったと……魔道具の鑑定は、事故防止のため触れずに行うことが原則ですし」
「では、“悪堕ち”ではなさそうですね」
「ええ」
 ネリアーの言葉に、カーティスも頷く。
 魔道具であれ悪魔デヴィルであれ、対象に触れずして悪に堕とすほどの力を持つものは存在しない。もし存在するとしたら、それは悪神自身だろう。
「ですが、殿下が殿下自身であると判断せざるを得ないような状況ですよ。非常にまずいですね」
 内容ほどまずいと感じてなさそうな口調で、ネリアーが肩を竦める。
 考え込んでいたトーヴァも、深く溜息を吐く。
「だめだわ。特徴がなさすぎて、どんな魔道具なのかそれらしいものが思いつかない。黒い杖に魔術紋に赤い石なんて……」
 “伝承よりの啓示”が使えたら。
 知識神の御許にあるという、この次元世界のありとあらゆる物語が集まる場所から啓示を受けられれば、きっと何かがわかるのに。
 しかし、今のトーヴァはその啓示を求められるほどに熟練した詩人ではない。そもそも、求めることができたとして、今は時間がなさすぎる。
「ここに父さんがいれば、もっと有用なことがわかるはずなのに……」
 何かが引っかかっているのに、その何かがわからなくてもどかしい。
 そこまで考えて、トーヴァはハッと顔を上げた。
「あの目録に、黒い杖は入っていなかったわ」
 その言葉にネリアーが首を傾げて、「ああ」と手を打った。
「そういえば、魔導師が使っていた杖のような外見ですね」
「ネリアー?」
「“大魔導師の円環サークル・オブ・アーチメイガス”に属する魔導師たち……つまり、“暁の国”の支配層である魔導師が、黒い長杖を携帯したんですよ。それに似ているなと。
 どんな能力があるかは知りません。彼らが各々で好きに魔術付与エンチャントしていたものですから」
 カーティスがルスランを振り向いた。
「ルスラン殿、殿下が黒い杖をどうしたか、ご存知ですか?」
「黒い杖は、地下に運んでいたかと」
「地下?」
 ルスランは思い出そうとしてか、ぐっと眉を寄せた。
「どこかまではわかりません。けれど、塔の地下であることは確かです」
 トーヴァはネリアーと顔を見合わせる。
「倉庫や封印倉庫は出入りの記録が取られますから、あの奥でしょう」
 ネリアーも同じことを考えたようだと、トーヴァも頷いた。
「ネリアー、地下はたしか協会員でないと入れないのよね? カーティスを連れて行く方法はある?」
「ないことはないですね」
 ネリアーが肩を竦めた。
「そもそも、呪文室などは協会員でなくとも入れるのですよ。厳密に禁止されているのは、倉庫ですから。外向けに内部の説明をするのは面倒なうえ、あまり詳細を知られたくもないので、地下は禁止だと言っているだけです」
「カーティス、その杖を調べれば殿下に起こったことがわかると思うの」
「ネリアー殿、手を貸していただきたい」
 ネリアーがちらりと目をやると、トーヴァがお願いと囁いた。ネリアーはたちまち蕩けるような笑みを浮かべる。
「乙女の願いであれば、喜んで」

 そこに、コツコツとノックの音が響く。
「ジェルヴェーズ姫殿下がお帰りです」
 クレールの声とともに扉が開き、ひょこりとジェルヴェーズの顔が覗く。
「アンヌに聞いたの。ルスランを連れてこれたそうね。リュドミラはどう?」
 部屋に入るなり、起きていたルスランとリュドミラを見つけて、ジェルヴェーズはにっこりと微笑んだ。
 あの、と戸惑うリュドミラに、ジェルヴェーズが優雅に微笑みを向ける。
「わたくしはジェルヴェーズ・ニナ・フォーレイ。アルトゥール殿下の婚約者よ。あなたとは、はじめましてね」
 リュドミラは大きく目を見開いて、慌てて立ち上がった。それを支えるようにルスランも立ち上がり、ふたりともに最敬礼を返す。
「あの、私はリュドミラ・ルーシャ・トゥロマでございます。ジェルヴェーズ姫殿下には、このような不敬な姿で、申し訳なく……」
「いいの。今は大変な時なのだもの。でも、あなたが目を覚ましてよかったわ。これでルスランもひと安心ね」
 ふふ、と笑うジェルヴェーズに、ルスランは深く頭を下げたままだ。
「姫殿下には、たいへんなご恩を……」
「だからいいのよ。オーリャ様の救出に、あなたたちを助けることが必須だったのだもの。ほんとうは助けられたくなかったなんて言っても聞けないわ」
「そんな……! 私たちにできることであれば、何なりとお申し付けください。何をおいても力を尽くします」
「ありがとう。でも、あなたたちはやっと普通に戻れたのだから、今はしっかり休んでちょうだい」
 ジェルヴェーズはふたりに向かって鷹揚に頷きを返す。

「ところで、トーヴァ。少しだけ聞こえたわ。塔の地下に行くのよね」
「はい、姫様」
「王太子殿下からは、三日だけいただけたの」
「はい。心許ない時間ではありますが、なんとか――」
「ええ。だから、わたくしも行くわよ」
 え、と顔を上げるトーヴァに、ジェルヴェーズはにいっと笑う。
「クレール、わたくしに、ドレス以外の動きやすい服を用意してちょうだい。そうね、トーヴァが普段着ているような、男装みたいなものがいいわ」
 さすがのクレールも戸惑いの表情を浮かべて、トーヴァとジェルヴェーズをおろおろと見比べる。カーティスも目を丸くして驚いているようだ。
 リュドミラやルスランまでもが息を飲む。
「姫様……姫様、それはいけません。万が一のことがあったら……」
「行くわよ。トーヴァだって言ったじゃないの。最近は、助けを待つばかりがお姫様ヒロインじゃないって。王子様ヒーロー危機ピンチに現れて、王子様を助けるのもお姫様の役目だって」
「ですが、それは物語の中のことだけです!」
 トーヴァが悲鳴のような声を上げる。

 きっと、地下の奥では偽物が待ち構えている。
 そんなところにジェルヴェーズを連れて行って、万一のことになってしまったら、絶対に悔やんでも悔やみきれない。

 なのに、ジェルヴェーズは不敵に笑った。
「前にも言ったでしょう? オーリャ様はとっても麗しくて、悪魔に拐われてもおかしくないようなお方なの。だから、お姫様わたくしが、王子オーリャ様を助けなければいけないのよ」
「ですが、姫様」
「それに、これはわたくしの物語だわ。主人公わたくしがそこにいなければ、主人公わたくしの役目が果たせないじゃない」
 きっぱりと言い切って、ジェルヴェーズは顎を反らした。じっと見つめるトーヴァを強く見返して、「トーヴァ」ともう一度笑う。
「姫様……」
「もう決めたの。文句は言わせないわ」
 ジェルヴェーズはもう一度クレールを振り返って、すぐに着替えを用意するようにと言い付ける。
 この状況の主人公はあくまでも自分なのだと、ジェルヴェーズに譲る気はないようだった。
「――そんなの、私にだめだなんて言えないではないですか」
「トーヴァ!」
 がっくり項垂れて大きく溜息を吐くトーヴァの根っこは、やはり吟遊詩人だった。こうも言い張られてしまっては、どうにも拒絶することができない。
 それどころか、ジェルヴェーズの物語を見届けたいとまで考えてしまう。
「そこまでおっしゃるなら、私は全力で姫様をお助けします。
 ですが、どうかご自分の安全を一番に考えることと、私たちの指示に従っていただくことは、お約束ください」
「ええ、もちろんよ!」
 ジェルヴェーズはにんまりと満面に笑みを浮かべた。
 我が意を得たりという笑みだ。
 もしかして、離宮でずっとおとなしくしていたのはこのためだったのか……などと考えながら、トーヴァはジェルヴェーズのために準備を始めた。
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