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3.王子様を救い出せ
深く、深く
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「堂々としていれば、意外に咎められないものよ」
ジェルヴェーズの言葉どおり、地下への扉を潜る時も、最下層へ降りる階段でも、呼び止められて誰何されることはなかった。
皆、堂々と先導するネリアーに、許可を得てのことだと考えるらしい。
ルスランとリュドミラは離宮に置いてきた。
ふたりとも同行を申し出てくれたのだが、なにしろジェルヴェーズがいるのだ。見習い魔術師を気にかける余裕はおそらく皆無だと、丁寧に断った。
アンバーは、相変わらず我関せずと姿を消したままだ。
リュドミラの話の後、アンバーからももう少し……と話を聞き出そうとしたものの、結局無駄に終わってしまったこともある。
「さあ? 知らないわ」
と、風の精霊族らしくなんとも手応えのない反応は、話を聞く以前だ。
もしかしたら彼女なりの理由があるのかもしれないとはいえ、あてが外れたという落胆は隠せなかった。
ジェルヴェーズの守護役で満足しろということか。
そのジェルヴェーズは、今、トーヴァに手を引かれて階段を降りている。
少し簡素な乗馬用の服装の上に、護りの魔術がかかった外套を羽織り、その上からさらに何重にも護りの魔術を重ね、念には念をと“吸魔の石”と呼ばれる魔道具まで持たされている。
これだけたくさんの魔術で護られてるのだ。ジェルヴェーズは、だから、何もたいへんなことになどならないと思うのだが、トーヴァの不安はまだまだ拭いきれないらしい。しっかりとジェルヴェーズの手を握り締めて、自分の後に隠すように引いていく。
ネリアーの羨望に満ち満ちた視線がその手に何度も寄越されるくらい、しっかりと握っている。
そして、ジェルヴェーズにまとわりついて足元を照らしているのは、つい先だっての夜に現れた“光霊”だ。
離宮を出てふらふらと漂ってきた光霊を、ジェルヴェーズも気に入ったようだった。天使のなり損ないだというなら魔除けくらいにはなるんじゃないかと、付いてくるに任せることにしたのだ。
「天のものを従えて悪いやつのところへオーリャ様を助けに行くなんて、すごいと思わない?」
そう言ってふふっと笑うジェルヴェーズに、カーティスもトーヴァも、光霊なら悪いことにはならないだろうと折れた形だった。
「わたくし、こんなところに来るのははじめてだわ」
いよいよ地下の再奥の扉の前で、ジェルヴェーズが呟いた。少しだけ緊張しているのか、繋いだ手にほんのりと力がこもる。
「では、ここでお帰りになりますか?」
「まさか!」
ぶんぶんと頭を振って、ジェルヴェーズはキッと扉を睨みつける。
「怖気付いたわけじゃないわよ」
「はい。では姫様、この先のすべての扉はカーティスが開きます。中も、カーティスとネリアーが先に入ってしっかりと確認します。皆が良いと言うまで、姫様は決して中には入らないでください」
「わかったわ」
「周囲のものにも、くれぐれも手を触れないでください」
「ええ」
ジェルヴェーズは神妙に頷く。竜狩り人が竜の餌になるようなことがあってはならないと、さすがのジェルヴェーズにもよくわかっている。
「オーリャ様を助ける前に、わたくしが助けられるようなことになっては本末転倒だものね」
「そのとおりです、姫様」
扉に向かって集中をしていたカーティスが振り向いて頷いた。
さすがにここはまだ安全らしい。
トーヴァはジェルヴェーズを庇うようにして扉から離れた。そして、そのトーヴァをネリアーが庇う。
カーティスはそっと扉を開いて中を伺い、それから開け放つ。
以前と変わらず、中は空だった。
「トーヴァ従姉、隠し扉は、あなたに開けてもらわなければならない」
「ええ」
ジェルヴェーズをカーティスに預けて、トーヴァは隠し扉の仕掛けを探る。日を置かずに来たお陰か、さらに細工をされていることもなさそうだ。
石の隙間に滑り込ませたナイフの先でスイッチを操作すると、扉はすぐに大きく開いた。
以前はこの部屋に“死の魔紋”の罠が仕掛けられていた。今回は大丈夫などという確信はないので、ネリアーが“妖精犬”を召喚し、先導させる。
「罠を見つけるために先を行かせるなんて、なんだかかわいそうね」
ジェルヴェーズの呟きに、ネリアーは小さく笑った。
「姫殿下、こうして召喚された生き物は、ほんとうにこの世界に存在しているわけではないのですよ」
「そうなの?」
「仮初めの身体に、いわば……そう、魂だけを入れて使役しているようなものなのです。ですから、何かあって死んだように見えても、それはほんとうの意味の死ではありません。仮初めの身体の呪縛を離れて、魂が元の世界の元の身体に帰っただけなのです」
「まあ……」
ゆっくりと周囲を確認しながら先へと進む犬を、ジェルヴェーズは感心したように見やる。ちょっと変わったまだら模様の猟犬にしか見えないのに、魔術とはほんとうに不思議だ。
「魔紋は残してないようですね」
「荷物もなくなってるわ」
ジェルヴェーズはそのままカーティスに任せて、ネリアーとトーヴァでざっと部屋の中を確認した。
急いで引き揚げた痕跡があるばかりで、めぼしいものは残されていない。
「この奥にももう一部屋ありますが、そちらにもたいしたものはないでしょうね。何しろゴミ捨て場のようでしたし」
「なら、まだ隠されてる部屋があるのかしら」
さらに奥があるようには思えなかったけれど、まだ隠されているというのか。
「呆れるくらい用心深いのね」
「――魔導師たちは、いつでも他者の足を掬おうと目を光らせているような者ばかりでしたから、ひとつ隠すだけで満足できなかったのでしょうね」
肩を竦めるネリアーに、トーヴァは「よく知っているのね」と感心する。
「そういえば、ネリアーはいつからこの国にいるの?」
念のためにと、部屋中の壁と床を調べながらトーヴァが尋ねると、ネリアーはにっこりと微笑みを返した。
「乙女は、ようやく私のことに関心を持ってくれたのですか?」
「そうじゃなくて……」
「ざっと三百年ほどでしょうか」
「え?」
「私は水妖との混血ですから」
「三百って、それじゃ……」
いろいろあったんじゃないか、と続けようとして、トーヴァは口を噤む。そんなトーヴァのようすに、ネリアーはうっとりと目を細めた。
「私のことが知りたいのでしたら、ふたりきりの時にでもゆっくりと教えて差し上げますよ」
「あ……そうね」
するりと近寄って囁くネリアーに、トーヴァは少し慌てる。今は、そんな話をしている場合ではなかった。
「それより、ここを引き払ってどこへ隠れたのかしら」
少し早口に、話を変えようと気になっていたことを口に出す。
ひと通り確認しても何も有用なものが見つからないというのは、本拠を移してしまったということだろうか。
トーヴァは、何か見落としはないものかともう一度周りを見回す。
「――人探しの呪文も、用意するにはしたのですが」
「まあ! ネリアー、その呪文で逃げた偽物を探せるということね?」
「ひとつ問題があるのですよ、姫殿下」
「あら、どんな問題なの? どうにかする方法はないの?」
トーヴァが何かを思いついたように「あ」と声を上げると、ネリアーが「そのとおりです」と頷いた。
「姫様、偽物の名前がわからないと、魔術では探せないのです」
「“メイガス”ではだめなの?」
「はい。“魔導師”は名前ではありませんから。人探しの呪文には、相手の姿と名前が必要なんです」
ジェルヴェーズがむむむと眉を寄せる。
「魔術って、案外不便なのね」
「ええ、姫殿下。
それに、神々ですら万能から程遠いのですよ? つまり、“万能”というものが神々の手にすら余るものであることの証左です。どれほど欲したところで、我々定命の者の手におさまるはずがありませんね」
やれやれと首を振るネリアーに、ジェルヴェーズは「難しくてよくわからないわ」と首を傾げる。
「でも、それならオーリャ様の場所はわからないかしら。オーリャ様なら、名前も姿もわかるでしょう?」
「アルトゥール殿下ですか。姫殿下はなかなかに」
難題を……と続けようとして、ネリアーははたりと言葉を止める。
「わたくしが、なかなかになあに?」
「いえ……それは、ありかもしれません」
不思議そうに見上げるジェルヴェーズの前で、ネリアーの眉が寄る。
「ネリアー、何か思いついたの?」
「ええ、ええ……たしかに、姫殿下のご提案は理に適っています」
「それは、オーリャ様を見つけられるってこと?」
ジェルヴェーズにややぞんざいな頷きを返して、ネリアーはぶつぶつ呟きながら腰の触媒入れを探り始めた。
トーヴァとカーティスも、ネリアーに何かよい案が浮かんだのかと、邪魔をしないように注意を払いつつ、じっと見守る。
「姫殿下、何か、アルトゥール殿下に繋がるようなものはお持ちではないですか? 殿下から贈られた装身具でも、なんでも……」
「オーリャ様からの?」
ジェルヴェーズは少し考えて、胸元から鎖に繋いだ大振りのペンダントを取り出した。蓋を開いた中には、小さな押し花があった。
「これはどうかしら。オーリャ様がわたくしのために魔術で作ったお花なの」
差し出されたペンダントを、ネリアーは、ふむと覗き込む。
「姫殿下、しばしこちらをお借りして良いですか? アルトゥール殿下が未だこの塔に留まっていれば、どうにか見つけられるかもしれません」
「ええ! もちろんだわ!」
今すぐにでも居場所がわかるのかと、ジェルヴェーズが顔を輝かせる。
トーヴァもなるほど、と頷いた。
「トーヴァ従姉、では、殿下がまだこの塔にいる可能性は高いと?」
「たとえ魔術を使っても、王宮の外に運び出せば気付かれるもの。なら、リュドミラ殿のように、この塔のどこかに隠したと考えるほうが、自然よ」
わくわくと見守るジェルヴェーズの目の前で、ネリアーはさっそく呪文を唱え始めた。ペンダントを捧げ持ち、不思議な響きの言葉を聞き慣れない抑揚で呟きながら、手にした触媒をパラパラと振りまく。
そうして長い集中を終えて、ネリアーが指差したのは足元だった。
「――この方角です」
「さらに地下?」
ジェルヴェーズは驚きにまじまじと足元を見つめる。くるくると踊る光霊に照らされた床のさらに先に、まだ続いているというのか。
この塔の地下はいったいどれだけの深さがあるというのか。
「こんなに未調査の部分が多くて得体が知れない塔を、よくもまあ、そのまま魔術塔として使おうなんて考えたわね」
「乙女、それは私が決めたことではないので」
大きな溜息を吐くトーヴァに、ネリアーは苦笑を返す。
「感じた強さから考えると一階層か、多く見積もってもギリギリ二階層分ほど下といったところでしょうか」
「……西の都の地下にある“狂魔術師の迷宮”のように、際限なく広がっているということはないんですか?」
「私にはなんとも」
カーティスの質問にも、ネリアーは、さあ、と手を挙げてみせるだけだ。
「ネリアーは三百年も前からこの国に住んでいて、魔術師だったのよね?」
「はい、姫殿下」
じっと床を凝視しつつ尋ねるジェルヴェーズに、ネリアーは首を傾げた。
「なら、“暁の国”の頃に、あなたがここに入ったことはないの?」
「さすがに王宮に来たことなどありませんよ。“大魔導師”として君臨できるのは人間のみに定められていましたが、私は人間ではありませんから」
「そう、なら、オーリャ様がここより地下の、どこにどう囚われているかはわからないのね」
「残念ながら」
ジェルヴェーズはきっぱりと顔を上げて、口元を引き締めた。
「では、すぐに地下への入り口を見つけるわよ。オーリャ様を助けだして、あの偽物に天誅を降さないとね!」
ジェルヴェーズの言葉どおり、地下への扉を潜る時も、最下層へ降りる階段でも、呼び止められて誰何されることはなかった。
皆、堂々と先導するネリアーに、許可を得てのことだと考えるらしい。
ルスランとリュドミラは離宮に置いてきた。
ふたりとも同行を申し出てくれたのだが、なにしろジェルヴェーズがいるのだ。見習い魔術師を気にかける余裕はおそらく皆無だと、丁寧に断った。
アンバーは、相変わらず我関せずと姿を消したままだ。
リュドミラの話の後、アンバーからももう少し……と話を聞き出そうとしたものの、結局無駄に終わってしまったこともある。
「さあ? 知らないわ」
と、風の精霊族らしくなんとも手応えのない反応は、話を聞く以前だ。
もしかしたら彼女なりの理由があるのかもしれないとはいえ、あてが外れたという落胆は隠せなかった。
ジェルヴェーズの守護役で満足しろということか。
そのジェルヴェーズは、今、トーヴァに手を引かれて階段を降りている。
少し簡素な乗馬用の服装の上に、護りの魔術がかかった外套を羽織り、その上からさらに何重にも護りの魔術を重ね、念には念をと“吸魔の石”と呼ばれる魔道具まで持たされている。
これだけたくさんの魔術で護られてるのだ。ジェルヴェーズは、だから、何もたいへんなことになどならないと思うのだが、トーヴァの不安はまだまだ拭いきれないらしい。しっかりとジェルヴェーズの手を握り締めて、自分の後に隠すように引いていく。
ネリアーの羨望に満ち満ちた視線がその手に何度も寄越されるくらい、しっかりと握っている。
そして、ジェルヴェーズにまとわりついて足元を照らしているのは、つい先だっての夜に現れた“光霊”だ。
離宮を出てふらふらと漂ってきた光霊を、ジェルヴェーズも気に入ったようだった。天使のなり損ないだというなら魔除けくらいにはなるんじゃないかと、付いてくるに任せることにしたのだ。
「天のものを従えて悪いやつのところへオーリャ様を助けに行くなんて、すごいと思わない?」
そう言ってふふっと笑うジェルヴェーズに、カーティスもトーヴァも、光霊なら悪いことにはならないだろうと折れた形だった。
「わたくし、こんなところに来るのははじめてだわ」
いよいよ地下の再奥の扉の前で、ジェルヴェーズが呟いた。少しだけ緊張しているのか、繋いだ手にほんのりと力がこもる。
「では、ここでお帰りになりますか?」
「まさか!」
ぶんぶんと頭を振って、ジェルヴェーズはキッと扉を睨みつける。
「怖気付いたわけじゃないわよ」
「はい。では姫様、この先のすべての扉はカーティスが開きます。中も、カーティスとネリアーが先に入ってしっかりと確認します。皆が良いと言うまで、姫様は決して中には入らないでください」
「わかったわ」
「周囲のものにも、くれぐれも手を触れないでください」
「ええ」
ジェルヴェーズは神妙に頷く。竜狩り人が竜の餌になるようなことがあってはならないと、さすがのジェルヴェーズにもよくわかっている。
「オーリャ様を助ける前に、わたくしが助けられるようなことになっては本末転倒だものね」
「そのとおりです、姫様」
扉に向かって集中をしていたカーティスが振り向いて頷いた。
さすがにここはまだ安全らしい。
トーヴァはジェルヴェーズを庇うようにして扉から離れた。そして、そのトーヴァをネリアーが庇う。
カーティスはそっと扉を開いて中を伺い、それから開け放つ。
以前と変わらず、中は空だった。
「トーヴァ従姉、隠し扉は、あなたに開けてもらわなければならない」
「ええ」
ジェルヴェーズをカーティスに預けて、トーヴァは隠し扉の仕掛けを探る。日を置かずに来たお陰か、さらに細工をされていることもなさそうだ。
石の隙間に滑り込ませたナイフの先でスイッチを操作すると、扉はすぐに大きく開いた。
以前はこの部屋に“死の魔紋”の罠が仕掛けられていた。今回は大丈夫などという確信はないので、ネリアーが“妖精犬”を召喚し、先導させる。
「罠を見つけるために先を行かせるなんて、なんだかかわいそうね」
ジェルヴェーズの呟きに、ネリアーは小さく笑った。
「姫殿下、こうして召喚された生き物は、ほんとうにこの世界に存在しているわけではないのですよ」
「そうなの?」
「仮初めの身体に、いわば……そう、魂だけを入れて使役しているようなものなのです。ですから、何かあって死んだように見えても、それはほんとうの意味の死ではありません。仮初めの身体の呪縛を離れて、魂が元の世界の元の身体に帰っただけなのです」
「まあ……」
ゆっくりと周囲を確認しながら先へと進む犬を、ジェルヴェーズは感心したように見やる。ちょっと変わったまだら模様の猟犬にしか見えないのに、魔術とはほんとうに不思議だ。
「魔紋は残してないようですね」
「荷物もなくなってるわ」
ジェルヴェーズはそのままカーティスに任せて、ネリアーとトーヴァでざっと部屋の中を確認した。
急いで引き揚げた痕跡があるばかりで、めぼしいものは残されていない。
「この奥にももう一部屋ありますが、そちらにもたいしたものはないでしょうね。何しろゴミ捨て場のようでしたし」
「なら、まだ隠されてる部屋があるのかしら」
さらに奥があるようには思えなかったけれど、まだ隠されているというのか。
「呆れるくらい用心深いのね」
「――魔導師たちは、いつでも他者の足を掬おうと目を光らせているような者ばかりでしたから、ひとつ隠すだけで満足できなかったのでしょうね」
肩を竦めるネリアーに、トーヴァは「よく知っているのね」と感心する。
「そういえば、ネリアーはいつからこの国にいるの?」
念のためにと、部屋中の壁と床を調べながらトーヴァが尋ねると、ネリアーはにっこりと微笑みを返した。
「乙女は、ようやく私のことに関心を持ってくれたのですか?」
「そうじゃなくて……」
「ざっと三百年ほどでしょうか」
「え?」
「私は水妖との混血ですから」
「三百って、それじゃ……」
いろいろあったんじゃないか、と続けようとして、トーヴァは口を噤む。そんなトーヴァのようすに、ネリアーはうっとりと目を細めた。
「私のことが知りたいのでしたら、ふたりきりの時にでもゆっくりと教えて差し上げますよ」
「あ……そうね」
するりと近寄って囁くネリアーに、トーヴァは少し慌てる。今は、そんな話をしている場合ではなかった。
「それより、ここを引き払ってどこへ隠れたのかしら」
少し早口に、話を変えようと気になっていたことを口に出す。
ひと通り確認しても何も有用なものが見つからないというのは、本拠を移してしまったということだろうか。
トーヴァは、何か見落としはないものかともう一度周りを見回す。
「――人探しの呪文も、用意するにはしたのですが」
「まあ! ネリアー、その呪文で逃げた偽物を探せるということね?」
「ひとつ問題があるのですよ、姫殿下」
「あら、どんな問題なの? どうにかする方法はないの?」
トーヴァが何かを思いついたように「あ」と声を上げると、ネリアーが「そのとおりです」と頷いた。
「姫様、偽物の名前がわからないと、魔術では探せないのです」
「“メイガス”ではだめなの?」
「はい。“魔導師”は名前ではありませんから。人探しの呪文には、相手の姿と名前が必要なんです」
ジェルヴェーズがむむむと眉を寄せる。
「魔術って、案外不便なのね」
「ええ、姫殿下。
それに、神々ですら万能から程遠いのですよ? つまり、“万能”というものが神々の手にすら余るものであることの証左です。どれほど欲したところで、我々定命の者の手におさまるはずがありませんね」
やれやれと首を振るネリアーに、ジェルヴェーズは「難しくてよくわからないわ」と首を傾げる。
「でも、それならオーリャ様の場所はわからないかしら。オーリャ様なら、名前も姿もわかるでしょう?」
「アルトゥール殿下ですか。姫殿下はなかなかに」
難題を……と続けようとして、ネリアーははたりと言葉を止める。
「わたくしが、なかなかになあに?」
「いえ……それは、ありかもしれません」
不思議そうに見上げるジェルヴェーズの前で、ネリアーの眉が寄る。
「ネリアー、何か思いついたの?」
「ええ、ええ……たしかに、姫殿下のご提案は理に適っています」
「それは、オーリャ様を見つけられるってこと?」
ジェルヴェーズにややぞんざいな頷きを返して、ネリアーはぶつぶつ呟きながら腰の触媒入れを探り始めた。
トーヴァとカーティスも、ネリアーに何かよい案が浮かんだのかと、邪魔をしないように注意を払いつつ、じっと見守る。
「姫殿下、何か、アルトゥール殿下に繋がるようなものはお持ちではないですか? 殿下から贈られた装身具でも、なんでも……」
「オーリャ様からの?」
ジェルヴェーズは少し考えて、胸元から鎖に繋いだ大振りのペンダントを取り出した。蓋を開いた中には、小さな押し花があった。
「これはどうかしら。オーリャ様がわたくしのために魔術で作ったお花なの」
差し出されたペンダントを、ネリアーは、ふむと覗き込む。
「姫殿下、しばしこちらをお借りして良いですか? アルトゥール殿下が未だこの塔に留まっていれば、どうにか見つけられるかもしれません」
「ええ! もちろんだわ!」
今すぐにでも居場所がわかるのかと、ジェルヴェーズが顔を輝かせる。
トーヴァもなるほど、と頷いた。
「トーヴァ従姉、では、殿下がまだこの塔にいる可能性は高いと?」
「たとえ魔術を使っても、王宮の外に運び出せば気付かれるもの。なら、リュドミラ殿のように、この塔のどこかに隠したと考えるほうが、自然よ」
わくわくと見守るジェルヴェーズの目の前で、ネリアーはさっそく呪文を唱え始めた。ペンダントを捧げ持ち、不思議な響きの言葉を聞き慣れない抑揚で呟きながら、手にした触媒をパラパラと振りまく。
そうして長い集中を終えて、ネリアーが指差したのは足元だった。
「――この方角です」
「さらに地下?」
ジェルヴェーズは驚きにまじまじと足元を見つめる。くるくると踊る光霊に照らされた床のさらに先に、まだ続いているというのか。
この塔の地下はいったいどれだけの深さがあるというのか。
「こんなに未調査の部分が多くて得体が知れない塔を、よくもまあ、そのまま魔術塔として使おうなんて考えたわね」
「乙女、それは私が決めたことではないので」
大きな溜息を吐くトーヴァに、ネリアーは苦笑を返す。
「感じた強さから考えると一階層か、多く見積もってもギリギリ二階層分ほど下といったところでしょうか」
「……西の都の地下にある“狂魔術師の迷宮”のように、際限なく広がっているということはないんですか?」
「私にはなんとも」
カーティスの質問にも、ネリアーは、さあ、と手を挙げてみせるだけだ。
「ネリアーは三百年も前からこの国に住んでいて、魔術師だったのよね?」
「はい、姫殿下」
じっと床を凝視しつつ尋ねるジェルヴェーズに、ネリアーは首を傾げた。
「なら、“暁の国”の頃に、あなたがここに入ったことはないの?」
「さすがに王宮に来たことなどありませんよ。“大魔導師”として君臨できるのは人間のみに定められていましたが、私は人間ではありませんから」
「そう、なら、オーリャ様がここより地下の、どこにどう囚われているかはわからないのね」
「残念ながら」
ジェルヴェーズはきっぱりと顔を上げて、口元を引き締めた。
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