婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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5.お姫様 vs. 王子様

そうだ、勝ち取ればいい

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 ようやく十五を迎えてからのある日。
 ネリアーが魔術塔へ行った隙を狙って、ジェルヴェーズはずっと気になっていた質問をトーヴァに投げかけた。

「トーヴァ。胸を大きくするには、どうしたらよいのかしら」
「はい――え?」

 が、いきなりの質問だったせいか、トーヴァは唖然と見返すばかりだ。

「アンバーはオーリャ様にマッサージをして貰えばいいっていうの。でも、それはちょっと恥ずかしいし、わたくし、こっそり大きくしてオーリャ様を驚かせたいのよ。トーヴァはずっと前から大きかったわよね? どうやって大きくしたの?」
「いや、それは……その、私の母も大きいほうですから、母に似たのかなと」
「そういうものなの?」

 目を白黒させながらやっと答えるトーヴァに、ジェルヴェーズはむむむと眉を寄せて自分の胸に視線を落とす。
 そういえば、母の胸は小さすぎるわけではないが、そこまで大きいわけでもなかった。なら、母の娘である自分はどうなのか。
 身長が伸びて大人びたと言われる割に今ひとつ育たないままのそこをじっと眺めて、ジェルヴェーズは考え込んでしまう。

「あの、姫様。胸の大きさを気にされるなんて、いったい何が……」
「わたくし、早く大人にならなきゃいけないの」
「はい?」
「早く大人にならないと、オーリャ様が何もしてくれないんだもの」

 さらに眉根を寄せたジェルヴェーズに、トーヴァはまたもや目を丸くする。

 何もって、いったい何を指して言っているのか。

 閨教育にはまだ早い。婚姻の儀が近づいてからでも良いだろうとのんびり構えていたのに、いったいどこから知識を得たのか。
 まさか、あの穏やかでおとなしそうなアルトゥールは、未成年かつ未婚の婚約者相手に見境なく盛る節操なしだというのか。

「あの……あの、姫様? その、“何も”というのはいったい何のことで――」
「オーリャ様がキスをしてくれないのよ!」
「え、あ、キス、ですか」
「わたくしのおでこや頬っぺたにはしてくれるのに、唇には絶対キスしてくれないのよ! わたくしがまだ子供だと思ってるからだわ!」

 憤慨するジェルヴェーズをよそに、トーヴァは内心ほっと息を吐く。
 すでに同居と等しい状況とはいえ、ジェルヴェーズは未だ成年前だ。いかに、昨今は、貴族でさえ貞操観念が緩くなったといっても限度がある。
 そういう仲・・・・・になるのは早すぎるだろう。
 アルトゥールが良識ある大人でよかった。

「ねえ、トーヴァ、聞いてる!?」
「はい、聞いてますよ姫様」
「トーヴァはどうやってネリアーにキスをさせた? わたくしも真似してみるから、教えてちょうだい!」

 ジェルヴェーズがぐいぐいと迫ってくる。トーヴァの腰も引けてしまうくらいぐいぐいとだ。

「あの、姫さま……」

 そもそも、トーヴァ自身ですらどうしてネリアーが自分に引っかかったのかがわからないのだ。どうやって、なんて聞かれたところで答えようがない。

「ネリアーとアルトゥール殿下では、男性としても人としても性格や考え方が違いすぎて、参考にならないと思うのですが」
「まあ!」

 確かにそうだわ、とジェルヴェーズは考え込む。なら、何を参考にアルトゥールを攻略すればよいというのか。
 トーヴァも、いったいどう諌めたらいいのかと頭を悩ませる。
 そうだ、クレールたちなら……と視線を投げてみれば、侍女たちは皆揃ってぶんぶんと頭を振っていた。
 すでにジェルヴェーズの洗礼を受けていたらしい。

「なら、トーヴァ。物語ではどう? 素敵な恋物語はたくさんあるでしょう。皆、どうやって殿方にキスをする気にさせてるのかしら」
「それは、そうですね……」

 その気に……とはいっても、子供に向けて語れるようなたいていの物語では、男性が自発的にキスをしているものだ。
 女性がその気にさせるような物語なら、キスなんかでは止まらない、さらにその先、大人向けの展開にまで突入してしまう。

「ええと、その時が来れば自然と、でしょうか」
「まあ! まあ! その時っていつ!? でも、わたくしだってもうその時のはずだわ。なのに、どうしてオーリャ様はキスしてくれないの!?」
「私に言われましても……アルトゥール殿下ご自身が、まだその時ではないとお思いなのではないかと……」

 トーヴァの言葉は非常に歯切れが悪い。どうにも埒があかないと感じてか、ジェルヴェーズの眉間にくっきりと皺が刻まれる。

「――ずるいわ、トーヴァ」
「姫様?」
「トーヴァは最初からネリアーにたくさんキスをされてたじゃない。ほんの少しコツを教えてくれるだけでいいのに、どうして教えてくれないの」
「え、姫様? それは、嫁き遅れの私と成人前のお若い姫様ではいろいろ違いますし、ネリアーがアルトゥール殿下のような良識を持ち合わせていなかっただけと言いますか、その、コツをと言われても……」

 思い切り眉を寄せたまま、ジェルヴェーズはじっと睨むようにトーヴァを見つめ続ける。
 そもそも、ネリアーみたいな者とアルトゥールを比べるなんて不敬に過ぎるし、不敬以前に失礼なのではないか。

「私がどうかしましたか、乙女?」

 そんなことを考えていると、トーヴァの背後にいきなり声がかかった。
 ネリアーだ。
 思わず飛び上がるトーヴァをそのまま背中からきゅっと抱き締めて、ネリアーはその頭に顔をすり寄せる。
 ジェルヴェーズはそれを気にした風もなく、「ネリアーはいつも通りね」と羨ましそうに見ているだけだ。

「姫殿下にはご機嫌麗しゅう」
「なかなかよ、と言いたいところだけど、そうもいかないの」

 ネリアーのぞんざいな挨拶に、ジェルヴェーズはやや口を尖らせた。
 いつものような薄い笑みを浮かべたネリアーは、トーヴァに頬擦りを続けながらジェルヴェーズのようすに目を細める。

「それはそれは、何かご機嫌を損ねるようなことでもありましたか?」
「ネリアーならわかるかしら。オーリャ様が私にキスをしたくなるようにするには、どうしたらいいと思う?」
「キスですか……」

 ふむ、とネリアーが考える。頬擦りは止まったが、今度はその手がトーヴァを撫で回し始めていた。

「ネリアー、そろそろいい加減に……」
「姫殿下にしては、ずいぶんとまどろっこしいのですね。待つよりも攻めたほうが確実ではないかと考えますが?」
「ネリアー!」
「攻める……!」

 ジェルヴェーズは大きく目を見開く。
 攻めるなんて、考えたこともなかった。
 トーヴァは慌てて身を捩り、自分を囲う腕を抜け出そうとするが、ネリアーはびくともしない。

「姫様、ネリアーの戯言など真に受けないでください」
「おや、乙女。あなたもおっしゃっていたではないですか。恋も愛も戦いであり、勝ち取るものなのだと」
「そっ、それはっ」
「まあ……まあ……!」

 トーヴァの顔に血がのぼる。いつだかに結婚を迫られた時、逃れるためにネリアーに言い放った言葉を持ち出されて、トーヴァは思わず目を逸らす。
 一方、ジェルヴェーズは感極まれりと顔を真っ赤にして震えだした。
 こんなふうに感銘を受けたことなんて、アルトゥールとはじめて会った時以来ではないだろうか。

「すごいわ……攻めて戦って勝ち取るものなのね。そうよ、物語のお姫様だって悪者と戦ってるものね。わたくしも戦って、オーリャ様の愛を勝ち取らなきゃ……!」
「姫様は何と戦うおつもりですか! ネリアーも適当なことを言うのはやめて!」
「おや、乙女が常日頃私におっしゃっていることですよ。乙女の愛が欲しければ勝ち取ってみせろと」
「そっ、そうだけど……」

 ジェルヴェーズはキラキラと顔を輝かせて頷いた。

「わたくしもがんばるわ! 絶対に、オーリャ様の愛とキスを勝ち取るわね!」
「姫殿下の勝利をお祈り申し上げます」
「ええ、任せて!」

 ジェルヴェーズはすっくと立ち上がると、満面の笑顔で駆け出した。

「ひ、姫様ぁ!」

 あっという間に部屋を飛び出すジェルヴェーズを追って、侍女達も慌てて走り出す。後に残されたのは、ネリアーに抱き着かれたトーヴァだけ。

「ネリアー、姫様になんてことを……」
「乙女もいい加減に負けを認めて、私と結婚してください」
「それとこれとは、別で……」
「いつまで足掻くつもりですか。私は決して離れませんと言っているでしょう? 勝ちだろうが負けだろうが、私は決して離れません」

 しっかり抱き締めたままキスを始めるネリアーをそのままに、トーヴァは、どうかジェルヴェーズが早まりませんようにと祈る。



「カーティス! カーティス!」
「これは姫殿下。そんなに息を切らせてどうかなさいましたか?」

 相棒である白馬のたてがみを梳きながら、カーティスは首を傾げる。
 “ジェルヴェーズが走って現れる”などという事態に何か不測のことでもと一瞬考えたけれど、ジェルヴェーズの表情から、そんな気配は伺えない。

「あっ、“鋼の蹄スティールフーフ”、今日もきれいね。調子はいかが?」

 まじまじと自分を見つめるカーティスの相棒の視線に気づいて、ジェルヴェーズはドレスを払って微笑んだ。“鋼の蹄”は上々だとでも返しているかのように軽く鼻を鳴らし、尻尾を大きく揺らす。
 お辞儀のように下げられた馬の鼻面をそっと撫でて、それから、ジェルヴェーズは「そうだったわ」とカーティスに向き直った。

「カーティス、教えて欲しいことがあるの」
「どのようなことでしょう? 私がご教授できることであればよいのですが」

 何事かと訝しみつつ、カーティスは目線を合わせるように膝をつく。やや見上げた先にあるジェルヴェーズの顔は、何かの期待に輝くようだ。

「大丈夫よ! だって、猛きものは戦いと勝利を司るお方なんでしょう? その聖騎士であるカーティスなら、絶対わかるはずだわ」

 ジェルヴェーズは満面に自信たっぷりの笑みを浮かべた。
 いったい自分は何を期待されているのかと考えてみるが、カーティスにはさっぱり思いつかない。

「何やら、戦いに関することでしょうか?」

 戦神の聖騎士であるカーティスに助言をというなら、やはり戦いか。けれど、いったい何の戦いなのだろうか。
 やはり首を捻るばかりのカーティスに、ジェルヴェーズはにんまりと笑う。

「そう、とっても大切な戦いで、絶対勝たなきゃいけないの」
「それはまた……いったいどのような戦いなのでしょう」

 カーティスはすばやく頭を巡らせた。
 まさか、アルトゥールに政敵でも現れたというのだろうか。
 ジェルヴェーズのようすではそこまで手強い相手だとは思えないが、しかしまずはトーヴァにも相談して、情報を集めて――。

「オーリャ様との愛の勝者になるにはどうしたらいいかしら?」
「――はい?」

 今、何と? とカーティスは顔を上げる。

「わたくし、何としてもオーリャ様にキスをしてほしいのよ! だって、わたくしはもう立派な大人の淑女レディなんだもの! だから、わたくし、オーリャ様の愛を勝ち取らないといけないの!」

 呆気に取られたカーティスはぽかんと口を開けたまま、思わず“鋼の蹄”と顔を見合わせてしまった。
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