婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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4.お姫様は間違えない

御伽噺なら大団円

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 奥に隠されていたのは、“暁の国”時代のおおいなる遺産……と言えば聞こえはいいが、魔術機関用の魔力変換器だった。
 相当な、大規模の。

「あの火蜥蜴サラマンダーが姿を見せないと思ったら、これの燃料にされてたっていうわけね。いやだわあ」
 アンバーが、心底うんざりだという顔になってふわりと浮き上がる。トーヴァもやれやれと大きな溜息を吐いた。
 ここが見つかって本物のリュドミラを取り返されて、時間がないと焦ったのだろうか。だとしたら間抜けな話だ。魔術師以外を下に見過ぎるからだ。魔導師メイガスは“大災害ディザスター”後のこの国を見たはずなのに、何も学べず変わらなかったのだ。

 それにしても、偽のリュドミラもどこへ消えたのか。
 そう首をかしげるトーヴァに、この燃料にされたのではないかとネリアーが小さく返す。それならそれで面倒が減ったと言わんばかりの口調で。
 それからしばし考えて。
「変換器があるなら、どこかに魔術機関も残っているということですね」
「そういうことになる」
 至極冷静なネリアーの言葉に、アルトゥールも頷く。ジェルヴェーズだけが、どういうことなのかわからずにきょろきょろと皆の顔を見回した。
「オーリャ様、これがあるのはよくないことなのかしら?」
「ニナ姫、変換器は魔導機関があってこそのものです。これだけでは役に立ちませんし、魔導師が役に立たないものに固執するとは思えません」
「まあ……魔導、機関」
 魔導機関は、大規模魔術のための大掛かりな魔法装置だったはず。
 必要な魔力も呪文も膨大で、通常なら何十人規模の魔術師団による長い儀式をしてもどうかというほど大きな魔術を発現させるためのものなのだ。
 それにしても、あの未曾有の“大災害”で、“暁の国”の魔導機関のすべては使い物にならないほど壊れてしまったはずではなかったか。
 こんなところに、まだ残っていたなんて。
「そうは言っても殿下。調査は今後、日を改めて行うしかないでしょうね」
 ネリアーの言葉には、アルトゥールも溜息混じりに同意する。
「でも、オーリャ様のふりをしていた亡霊は、もう消えたのでしょう? なら、安心なのよね?」
「はい、ニナ姫。もう安心ですよ」
 心配そうに顔を曇らせるジェルヴェーズに、アルトゥールは安心させるような微笑みを返す。
「こういう魔道具を壊す場合、然るべき手順を踏む必要があるのですぐに壊してしまわけにもいきません。ですが、もう、安心です」
「それに、大魔導師はもういませんしね。これらの装置の原理や使用方法を知る魔術師もいませんから、使うにも壊すにも、一からすべて調べ直しです」
 ネリアーの言う通りだと、アルトゥールは、だからしばらくは忙しくなってしまうだろうと続けた。
 ジェルヴェーズは残念だと眉尻を下げる。
「せっかくオーリャ様が戻ったのに、またこちらに泊まり込んでしまうの?」
「ニナ姫」
「やっと終わって、これからはオーリャ様とゆっくりお話できると思ったの」
 ジェルヴェーズは小さな溜息を吐いた。アルトゥールは少し驚いたように目をまたたかせ……つい、笑ってしまった。
 ジェルヴェーズは不満を笑われたと頬を膨らませるが、アルトゥールはその手を取って軽く口付ける。

「ニナ姫。では、どんなに遅くなっても、離宮には必ず帰ると約束します。夕餉は確約できませんが、毎朝の食事は必ず共に取ることにもしましょう」
「まあ……オーリャ様、大好きよ!」

 アルトゥールが口にした約束に、ジェルヴェーズはたちまち輝くような笑顔に変わるり、思い切り抱き着いた。
 やっぱり本物のアルトゥールが一番素敵だ!


 * * *


 それからの展開は、ジェルヴェーズも驚くほどに早かった。

 アルトゥールはさっそく兄でもある王太子に面会を申し入れた。
 ジェルヴェーズから王と王太子には今回の件が伝わっていると聞いて、ジェルヴェーズと共に説明をするためだ。

「――まさか、お前が取り憑かれたとはな」
 呆れる王太子に、アルトゥールは申し開きようがないと言わんばかりに恐縮してみせる。
「でも、王太子殿下だって、オーリャ様がいつもと違うって、お気づきになれませんでしたわ」
「そこを突かれると弱いのだが」
 だが。ジェルヴェーズがツンと顎を反らして憤慨したとポーズを取ると、王太子も肩を竦めて苦笑を漏らす。
「同腹のご兄弟でいらっしゃるのに、わたくしが申し上げるまで二年も気付かないなんてありえませんもの!」
「そうは言っても、オーリャはなかなか王宮まで来てくれなくてなあ……変わる前も変わった後もろくに王宮へ顔を出さぬのでは、気づきようもなかったのだと弁解させてくれ、ジェルヴェーズ姫」
「まあ!」
 ジェルヴェーズは驚いた顔で見上げる。
 まさか、アルトゥールは虐げられた王子だったのか。それなら、なんとしても自分がアルトゥールの地位を回復しなければならない。
「いや、姫、それは違うぞ! 断じてそうではない!」
 そんなジェルヴェーズの表情から何を考えたのか察して、王太子は慌てて否定する。
「そうだ、オーリャ。これからはこうして五日に一度……いや、三日に一度は私のところへ来い。名目は、うん、遺産調査の報告とでもするか」
「ですが、ドゥーシャ兄上……」
 困ったように眉尻を下げるアルトゥールに、王太子はやれやれと笑う。
「お前が何を気にしているかくらいは察しているつもりだ。だが、それでも言うぞ。あれこれいらぬ危惧をしては面倒を言うだけのやからなど気にするな。
 それに、お前がこちらへ来るようになれば、父上も母上も喜ぶだろう」
「――はい」
 兄弟ふたりの間で通じ合ったと見て、ジェルヴェーズはやや慌てる。もしかして、このまま自分はのけもので終わってしまうのか。
「ジェルヴェーズ姫は得難い方だな、オーリャ」
「はい」
 急に呼ばれて、ジェルヴェーズはやっぱり戸惑うばかりだ。なのに、兄弟だけで話は完結してしまったらしい。
「この話は私からも申し上げるつもりだが、父上は、お前自身からも直接聞きたいとおっしゃっていた。後日改めて呼ばれるだろう。姫の側付き共々な」
「わかりました」



「ねえ、オーリャ様。わたくしが得難いって、どういうことなの?」
 王太子の執務室を辞して馬車に乗り込む。
 離宮へ戻りながら、ジェルヴェーズは思い切って尋ねてみた。あれこれと考えてはみたものの、自分に得難いと思えるほどの何かがあるなんて思えなかったのだ。
 アルトゥールは心底不思議そうなジェルヴェーズにくすりと笑う。
「ニナ姫だけが、僕が僕でないと気付いてくださったでしょう?」
「それは、だって……オーリャ様がわたくしとの約束を何も覚えていなかったんだもの。オーリャ様は約束を反故にするような方じゃないわ。おまけに、はじめて見せてくれた魔術のことも全然覚えてなかったのよ。絶対おかしかったの」
「それに、ニナ姫は逃げずに僕を助けてくれましたから」
「当たり前だわ! だって、オーリャ様はわたくしの王子様だもの! わたくしだってトーヴァからちゃんと聞いていたのよ。最近の物語はお姫様が王子様を助けるものだって。なら、わたくしがオーリャ様を助けるのは当然よね?」
 アルトゥールはくすくすと笑いながらジェルヴェーズの手を取り、口付けを落とす。指先に柔らかい唇を感じて、ジェルヴェーズの頬がほんのりと染まる。
「僕の婚約者が、ニナ姫でよかった」
「まあ!」
 目を細めたアルトゥールがどことなくうっとりと見つめるのに気付いて、ジェルヴェーズの心臓がどきりと跳ねた。
 以前とはどこか違うアルトゥールの印象に、顔が熱くなる。
 アルトゥールの空いた手が、そっとジェルヴェーズの頬に添えられた。ジェルヴェーズの動悸が止まらない。今までにないくらい大きくうるさい心臓の鼓動しか、聞こえない。もしかしてこれは……。
 ゆっくりと近づくアルトゥールの顔に、ジェルヴェーズは慌てて目を瞑る。
 こういう時はそうするものだといろいろな物語に語られていたし、そもそもこんな間近でアルトゥールを直視なんて無理だし。
 ドキドキ、ドキドキ。
 きっと、二年ぶりに見たジェルヴェーズが立派な大人の淑女レディになっていたから、アルトゥールもちゃんと大人の婚約者として扱うことにしたんだろう。
 今みたいに。

 ひたすらにじっと待つジェルヴェーズの額に、何かが触れた。その柔らかくてしっとりしたものの感触は、ちゅ、と小さく音を立ててすぐに消えてしまった。
 え? と目を開けると、アルトゥールの顔が離れていくところだった。



 魔術塔の再調査を行なう手はずも、順調に整った。“深森の国”の魔術師長の協力を得る手続きも粛々と進めていて、ジェルヴェーズが、自分が手伝う余地もないなんて、と不満を漏らすくらいには順調だ。

「空白の二年を取り戻さなければなりませんから」

 二年間、“大魔導師アーチメイガス”の亡霊がアルトゥールに成り代わっていたことは、国王夫妻と王太子、そのほか極少数の者だけの極秘事項とされた。
 リュドミラとの噂は、「“遺産”調査により発見されたものを極秘裏に調査していただけ」で押し切るつもりだ。とはいえ、噂が消えるまでしばらくかかるだろうし、その間はあれこれと揶揄もされるだろう。
 けれど、ジェルヴェーズはふふんと笑う。
「わたくし、こういうのは言ったもの勝ちだって知ってるもの。しょせん噂は噂よ。誰も確証があって言ってるわけじゃないの。わたくしとオーリャ様が堂々と仲良くしてれば、すぐに翻る程度のものだわ」
 もしかしたら、どこからか本当のことが知られるかもしれない。
 だが、その時は「胸を張ってしらばっくれればいいのよ」と笑うジェルヴェーズは、とても強い。
 アルトゥールは、八つも歳下の女の子に助けられてばかりだ。
「噂なんて、私に任せてくださればどうとでもなりますよ」
 と、相変わらずネリアーを纏わり付かせたトーヴァも笑う。
 何しろ、そこそこ腕のある詩人にとって噂を使った情報操作は得意分野だ。ひとりで手に余るようなら、ベテラン詩人の応援トーヴァの父だって呼べる。
「姫様のためですから、いくらでもこちらに都合のいい話をばらまいてごらんにいれますとも。心配無用です」

 カーティスは、まだしばらくジェルヴェーズの専属騎士として離宮に留まることになっている。アルトゥールとジェルヴェーズの婚儀を待って教会に戻る予定だ。
 王太子より大魔導師の亡霊を退じた褒賞も与えられたが、それはすべて戦神教会への寄進としてしまった。
 小さいとはいえ村なんて貰ってしまっても、持ち歩きようがないからだ。

 ルスランとリュドミラは、それから半年後に婚姻の儀を行った。
 アルトゥールの“遺産調査”がひと段落ついたからというのが公の理由だ。
 しかし、実のところを言えば、ようやくリュドミラを取り戻せたルスランがこれ以上は待ちたくないと、それはそれは熱心に説得したからだった。
 ルスランは今後もアルトゥールの近衛を続けるが、リュドミラはルスランが継いだ子爵家に入ることになる。これまでのように魔術師としての仕事に時間を割くことは難しくなるが、魔術師を引退はしないらしい。

 本物のアルトゥールが戻ってから、ようやくすべてが順調に流れ始めた。
 ジェルヴェーズもやっと落ち着いて婚姻の準備を進められるようになったと、トーヴァも安堵に胸を撫で下ろす。

 が。

「トーヴァ、トーヴァ、聞いて! オーリャ様が全然キスをしてくれないのよ、どうしてなの!?」

 ジェルヴェーズの戦いは、もうちょっとだけ続くのだった。
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