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5.お姫様 vs. 王子様
尋ねていいのは婚約者だけ
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突っ伏したままなかなか顔を上げないトーヴァに小さく息を吐いて、ジェルヴェーズは本をめくり始めた。
どうやらこれは初歩の医学書のようだ。
トーヴァが開いていたのは、男性の性機能について解説した章で、改めて読んでみるとなかなかおもしろい。
「人の身体って不思議ね――ねえ、トーヴァ。子種と卵で子供ができるのはわかったわ。では、子供の魂はどこから来るの?」
「姫様……?」
自分も考えたことのある疑問に、トーヴァは思わず顔を上げた。
「卵が子種を得たら子供になるのよね。なら、子供になった時に魂も入るのかしら。それとも産まれる時?
それに、入る魂がどうやって選ばれるのかも気になるわ」
「それはよくわかってはいないそうです。でも、神々になら答えられるのかもしれませんね。誕生も魂の選定も、おおいなる次元世界の理に従って、神々の手により行われるのだといいますから」
「まあ! それなら物語みたいに、悲恋に散った運命の恋人が一緒に生まれ変わったりするのかしら?」
「さあ……もしかしたら、哀れに感じた愛の女神が、慈悲をもってそう手配してくださるかもしれません。
何より、そう考えるほうが楽しいですし」
「まあ! まあ! それじゃ、わたくしとオーリャ様も運命の恋人だったりするかしら? 悲劇的な運命に引き裂かれて、輪廻の前に約束を交わすのよ。次の生ではきっと結ばれましょうねって」
声を弾ませ、きらきらと輝くような笑顔を浮かべるジェルヴェーズに、トーヴァはくすくすと笑いだす。
好きになった相手と、前世の約束の末に巡り合って結ばれるという空想は、ジェルヴェーズの年頃には誰もが一度は考えることだ。
「姫様がそう信じるなら、きっとそうなんですよ。でもね、姫様。巡り会いが運命だとしても、気を付けなければなりません」
「あら、何にかしら」
「たとえ運命がふたりを巡り会わせてくれたのだとしても、それに胡座をかいてはいけないんですよ」
「どういうこと?」
「運命を司る女神は傲慢な者を厭います。お相手を思いやる努力を忘れた者に、女神はとても厳しい報復を与えるものなんですよ」
「――まあ! まあ!」
ジェルヴェーズは目をまん丸に見開いた。
もしかして、アルトゥールが鍵を掛けてしまったのは、ジェルヴェーズが調子に乗り過ぎたからなのだろうか……などと思い至り、ジェルヴェーズはたちまちしょんぼりと眉尻を下げる。
「わたくしは、オーリャ様が優しくしてくださるをいいことに、傲慢になってたのかしら」
「それは、何か行き違いがあっただけですよ。ちゃんとお話をすれば、きっと誤解は解けますから。それに……」
急にコツコツとノックの音がして、トーヴァは振り返った。
ジェルヴェーズが「だあれ?」と問うと、クレールが「アルトゥール殿下でございます」と答える。
「オーリャ様が来てくださったのね! すぐ入っていただいて!」
「はい」
大きく開かれた扉から、アルトゥールが一礼して部屋に踏み込んだ。
「ニナ姫」
「オーリャ様! 聞いていたよりもお早いなんて、うれしいわ!」
「王宮で、王太子妃殿下からニナ姫にとこれを預かりまして……その、お邪魔ではありませんでしたか?」
「大丈夫よ。トーヴァと運命のお話をしていたところだったの」
「運命ですか」
どことなくほっとしたように微笑んで、アルトゥールは手の箱をクレールに渡すと、大股にジェルヴェーズの元へとへ歩み寄る。
トーヴァが立ち上がってジェルヴェーズの後ろへと下がり……それから視線を落として「あっ」と小さく声を上げた。
さっきまで広げていた本が、そのままだった。
トーヴァの声に気づいたアルトゥールが、なんの気もなくテーブルに広げられた本を見下ろして、しばし呆然とする。
「これは、医学書ですか?」
「ええ、そうなのよ!」
どう反応したらよいのかと戸惑うアルトゥールに、ジェルヴェーズは屈託無く笑って本を掲げた。
「運命のお話の前に、男性の身体のことを教わっていたの。オーリャ様は男の方だから、もちろんよくご存じなのよね。わたくしの知らないことばかりだったわ。とっても不思議でおもしろいのよ」
「そう、でしたか」
「ねえ、オーリャ様の身体もこんな風になっているのでしょう? 歩いたり座ったりしていて、邪魔にならないものなのかしら?」
「え、いや、その……?」
意味がわからず、アルトゥールは視線をぐるりと回す。期待に瞳を輝かせるジェルヴェーズの指が指し示しているのは、どう見ても男性のプライベートゾーンの図だ。
つまり、これが邪魔ではないかと聞いているのか。
考えたこともなかった。
「ほんとうは見せていただきたいのだけれど、それはとっても失礼なことなのでしょう? 夫婦の子作りの時以外はだめだってトーヴァが言ったの。でも、お話を聞くだけなら構わないわよね?」
「あ……そう、ですね」
見せて? 話を聞く? と呟いて、アルトゥールの顔が心なしか青くなった。自分以外の誰か男に見せろだの何だのとは、とんでもないことだ。
トーヴァはジェルヴェーズの後ろで頭を抱えて蹲っている。
「ニナ姫」
「なあに?」
「それについて尋ねるのは、僕だけでお願いします」
「まあ! それじゃ、カーティスもネリアーもだめなのかしら?」
「はい……まだ夫婦ではありませんが、僕なら婚約者です。こういうことは、婚約者である僕以外に尋ねてはいけません」
「まあ、そうなのね」
これも婚約者や夫婦でなければ話してはいけないことだったのかと、ジェルヴェーズは素直に頷いた。
どうやら納得したらしいことに、アルトゥールも少し安心する。
「――それで、オーリャ様?」
「はい?」
「邪魔になったりしないのかしら」
「え……」
心底不思議だという顔で、ジェルヴェーズがじっと見つめた。
どう答えるのが正しいのか。
アルトゥールはぐるぐると考えるが、正解など何も思いつかない。
結局、小さく息を吐いて、正直なところを白状してしまう。
「正直を申しますと――極たまに、邪魔だなと思うことはあります」
「やっぱり!」
ジェルヴェーズは図版へ目を移し、しみじみと感心したように眺めた。
思ったとおりだ、と。
「どう見ても邪魔だものね。身体の中にしまっておければいいのに、神々はどうしてこんな形に作ったのかしら。
ね、オーリャ様もそう思うでしょう?」
「神々の、お決めになったことですから……」
「姫様」
ようやく気を取り直したらしいトーヴァが、立ち上がる。
「あら、トーヴァも聞いた? やっぱりこれは邪魔なのですって」
けれど、トーヴァはひとまずジェルヴェーズを置いておくと、深く深くアルトゥールに頭を下げた。
「アルトゥール殿下にはたいへん申し訳なく……姫様には、まだ、肝心なところをお教えできておらず……その……」
「い、いや、僕のほうこそ、どうやら中途で邪魔をしてしまったようだ」
トーヴァもアルトゥールも気まずそうにもごもごと言葉を濁すが、ジェルヴェーズはそれを不思議そうに見上げるだけだ。
「あら、肝心なところって?」
はあ、と大きく息を吐いたトーヴァは、ぐっと眉根を寄せて顔を上げた。
このまま半端で終わらせてしまってはいけない。また、アルトゥールを煩わせてしまう。
「斯くなる上は、アルトゥール殿下もご一緒にお聞きください。姫様には、このまま、“子種を受け入れる方法”をご説明します」
「えっ」
「まあ!」
ジェルヴェーズが喜びに声を上げる。
「オーリャ様と一緒にお勉強ね! うれしいわ!」
「トーヴァ、それは、ふつう、女性のみで行うものでは?」
「構いません。アルトゥール殿下には、姫様の今の知識がいかほどのものであるかを把握していただきたく存じます。
姫様が成人するまではまだまだ間があるからと、これらの教育を後回しにしてしまったことを、殿下には深くお詫び申し上げます」
「いや、それはいいんだが……」
ジェルヴェーズの横に座らされて、アルトゥールは小さく溜息を吐く。
が、片側にぺたりとくっつくジェルヴェーズの体温を感じて、ふと、昨夜のことを思い出してしまった。
――ふふっと笑う声が聞こえて、アルトゥールはハッと我に返る。
「オーリャ様とお勉強できて、わたくしとってもうれしいの。わたくしにわからないことは、オーリャ様にも教えていただきたいわ」
ジェルヴェーズににこにこと笑顔で答えられて、アルトゥールは頷いた。そうだ、ここは学びの場だ。変な想像をしている場合ではない。
「では、姫様。先ほどの続きをお話ししましょう。こちらをご覧ください」
トーヴァが医学書の図版をめくる。
数枚めくって差し出されたのは……。
「トーヴァ、これはもしかして、女性かしら?」
「はい、そのとおりです」
「変な形よ」
アルトゥールは思わず口元を押さえて目を逸らしてしまう。
昨夜のことや今朝のこともあって早めに戻ったのが裏目に出てしまった。予定通りの時間に戻っていれば、こんな羞恥やいたたまれなさとは無縁でいられたのに。
その間も、トーヴァの説明は淡々と進む。至って真面目に、あくまでも学術的な見地からの説明でしかないのに、こうもいたたまれないなんて。
時折見上げてくるジェルヴェーズの眼差しもまともに見返せず、アルトゥールは手で口を覆ったまま、視線だけを泳がせる。
それにしても――と、トーヴァは耳まで赤くなって俯くアルトゥールをちらりと見やった。
――実のところ、人の身体の構造を知る機会なんて、太陽神の神殿で医学を学ぶのでもなければほぼ皆無だと言っていい。
アルトゥールは魔術を学ぶ上で必要に迫られてひと通り学んだようだが、それだけだ。医師になれるレベルで習得したわけではない。
トーヴァだって、義姉が太陽神の神官でもなければ学ぼうなんて考えなかっただろう。学んでおいてよかった、知識にはやはり無駄などなかったと、今、しみじみ感じている。
あくまでも冷静に説明を続けつつ、トーヴァはさらに考える。
アルトゥールはかなりの奥手のようだが、ほんとうに大丈夫なのだろうか。ここに父がいれば、アルトゥールがどの程度の手腕を持っているのか、推し量ってくれと頼むところなのだが。
それから、感心した面持ちでじっくりと図版に見入るジェルヴェーズに視線を移す。何もかもが初めて知ることばかりだと、ジェルヴェーズは図版にも説明にも興味津々だ。
ネリアーの余計な入れ知恵の前に正確なところをきちんと説明できて良かった。疑問に思ったことはなんでも、屈託なく、率直に尋ねてくるジェルヴェーズだからこそ、放って置いたら大変なことになっていただろう。
夫婦の睦みごとの説明に目を丸くして聞き入っているジェルヴェーズを見ながら、トーヴァは間に合って良かったと心底安堵した。
「オーリャ様!」
「は、はい、ニナ姫」
「オーリャ様はご存じだった? わたくし、子作りがこんな風にするものだなんて全然知らなかったわ!」
驚きの表情のまま尋ねるジェルヴェーズに、アルトゥールはおずおずと頷き返した。
「ええ……はい、一応、存じておりました」
「まあ!」
図版とアルトゥールを交互に見つめて、それからジェルヴェーズはもう一度、「まあ!」と声を漏らした。
どうやらこれは初歩の医学書のようだ。
トーヴァが開いていたのは、男性の性機能について解説した章で、改めて読んでみるとなかなかおもしろい。
「人の身体って不思議ね――ねえ、トーヴァ。子種と卵で子供ができるのはわかったわ。では、子供の魂はどこから来るの?」
「姫様……?」
自分も考えたことのある疑問に、トーヴァは思わず顔を上げた。
「卵が子種を得たら子供になるのよね。なら、子供になった時に魂も入るのかしら。それとも産まれる時?
それに、入る魂がどうやって選ばれるのかも気になるわ」
「それはよくわかってはいないそうです。でも、神々になら答えられるのかもしれませんね。誕生も魂の選定も、おおいなる次元世界の理に従って、神々の手により行われるのだといいますから」
「まあ! それなら物語みたいに、悲恋に散った運命の恋人が一緒に生まれ変わったりするのかしら?」
「さあ……もしかしたら、哀れに感じた愛の女神が、慈悲をもってそう手配してくださるかもしれません。
何より、そう考えるほうが楽しいですし」
「まあ! まあ! それじゃ、わたくしとオーリャ様も運命の恋人だったりするかしら? 悲劇的な運命に引き裂かれて、輪廻の前に約束を交わすのよ。次の生ではきっと結ばれましょうねって」
声を弾ませ、きらきらと輝くような笑顔を浮かべるジェルヴェーズに、トーヴァはくすくすと笑いだす。
好きになった相手と、前世の約束の末に巡り合って結ばれるという空想は、ジェルヴェーズの年頃には誰もが一度は考えることだ。
「姫様がそう信じるなら、きっとそうなんですよ。でもね、姫様。巡り会いが運命だとしても、気を付けなければなりません」
「あら、何にかしら」
「たとえ運命がふたりを巡り会わせてくれたのだとしても、それに胡座をかいてはいけないんですよ」
「どういうこと?」
「運命を司る女神は傲慢な者を厭います。お相手を思いやる努力を忘れた者に、女神はとても厳しい報復を与えるものなんですよ」
「――まあ! まあ!」
ジェルヴェーズは目をまん丸に見開いた。
もしかして、アルトゥールが鍵を掛けてしまったのは、ジェルヴェーズが調子に乗り過ぎたからなのだろうか……などと思い至り、ジェルヴェーズはたちまちしょんぼりと眉尻を下げる。
「わたくしは、オーリャ様が優しくしてくださるをいいことに、傲慢になってたのかしら」
「それは、何か行き違いがあっただけですよ。ちゃんとお話をすれば、きっと誤解は解けますから。それに……」
急にコツコツとノックの音がして、トーヴァは振り返った。
ジェルヴェーズが「だあれ?」と問うと、クレールが「アルトゥール殿下でございます」と答える。
「オーリャ様が来てくださったのね! すぐ入っていただいて!」
「はい」
大きく開かれた扉から、アルトゥールが一礼して部屋に踏み込んだ。
「ニナ姫」
「オーリャ様! 聞いていたよりもお早いなんて、うれしいわ!」
「王宮で、王太子妃殿下からニナ姫にとこれを預かりまして……その、お邪魔ではありませんでしたか?」
「大丈夫よ。トーヴァと運命のお話をしていたところだったの」
「運命ですか」
どことなくほっとしたように微笑んで、アルトゥールは手の箱をクレールに渡すと、大股にジェルヴェーズの元へとへ歩み寄る。
トーヴァが立ち上がってジェルヴェーズの後ろへと下がり……それから視線を落として「あっ」と小さく声を上げた。
さっきまで広げていた本が、そのままだった。
トーヴァの声に気づいたアルトゥールが、なんの気もなくテーブルに広げられた本を見下ろして、しばし呆然とする。
「これは、医学書ですか?」
「ええ、そうなのよ!」
どう反応したらよいのかと戸惑うアルトゥールに、ジェルヴェーズは屈託無く笑って本を掲げた。
「運命のお話の前に、男性の身体のことを教わっていたの。オーリャ様は男の方だから、もちろんよくご存じなのよね。わたくしの知らないことばかりだったわ。とっても不思議でおもしろいのよ」
「そう、でしたか」
「ねえ、オーリャ様の身体もこんな風になっているのでしょう? 歩いたり座ったりしていて、邪魔にならないものなのかしら?」
「え、いや、その……?」
意味がわからず、アルトゥールは視線をぐるりと回す。期待に瞳を輝かせるジェルヴェーズの指が指し示しているのは、どう見ても男性のプライベートゾーンの図だ。
つまり、これが邪魔ではないかと聞いているのか。
考えたこともなかった。
「ほんとうは見せていただきたいのだけれど、それはとっても失礼なことなのでしょう? 夫婦の子作りの時以外はだめだってトーヴァが言ったの。でも、お話を聞くだけなら構わないわよね?」
「あ……そう、ですね」
見せて? 話を聞く? と呟いて、アルトゥールの顔が心なしか青くなった。自分以外の誰か男に見せろだの何だのとは、とんでもないことだ。
トーヴァはジェルヴェーズの後ろで頭を抱えて蹲っている。
「ニナ姫」
「なあに?」
「それについて尋ねるのは、僕だけでお願いします」
「まあ! それじゃ、カーティスもネリアーもだめなのかしら?」
「はい……まだ夫婦ではありませんが、僕なら婚約者です。こういうことは、婚約者である僕以外に尋ねてはいけません」
「まあ、そうなのね」
これも婚約者や夫婦でなければ話してはいけないことだったのかと、ジェルヴェーズは素直に頷いた。
どうやら納得したらしいことに、アルトゥールも少し安心する。
「――それで、オーリャ様?」
「はい?」
「邪魔になったりしないのかしら」
「え……」
心底不思議だという顔で、ジェルヴェーズがじっと見つめた。
どう答えるのが正しいのか。
アルトゥールはぐるぐると考えるが、正解など何も思いつかない。
結局、小さく息を吐いて、正直なところを白状してしまう。
「正直を申しますと――極たまに、邪魔だなと思うことはあります」
「やっぱり!」
ジェルヴェーズは図版へ目を移し、しみじみと感心したように眺めた。
思ったとおりだ、と。
「どう見ても邪魔だものね。身体の中にしまっておければいいのに、神々はどうしてこんな形に作ったのかしら。
ね、オーリャ様もそう思うでしょう?」
「神々の、お決めになったことですから……」
「姫様」
ようやく気を取り直したらしいトーヴァが、立ち上がる。
「あら、トーヴァも聞いた? やっぱりこれは邪魔なのですって」
けれど、トーヴァはひとまずジェルヴェーズを置いておくと、深く深くアルトゥールに頭を下げた。
「アルトゥール殿下にはたいへん申し訳なく……姫様には、まだ、肝心なところをお教えできておらず……その……」
「い、いや、僕のほうこそ、どうやら中途で邪魔をしてしまったようだ」
トーヴァもアルトゥールも気まずそうにもごもごと言葉を濁すが、ジェルヴェーズはそれを不思議そうに見上げるだけだ。
「あら、肝心なところって?」
はあ、と大きく息を吐いたトーヴァは、ぐっと眉根を寄せて顔を上げた。
このまま半端で終わらせてしまってはいけない。また、アルトゥールを煩わせてしまう。
「斯くなる上は、アルトゥール殿下もご一緒にお聞きください。姫様には、このまま、“子種を受け入れる方法”をご説明します」
「えっ」
「まあ!」
ジェルヴェーズが喜びに声を上げる。
「オーリャ様と一緒にお勉強ね! うれしいわ!」
「トーヴァ、それは、ふつう、女性のみで行うものでは?」
「構いません。アルトゥール殿下には、姫様の今の知識がいかほどのものであるかを把握していただきたく存じます。
姫様が成人するまではまだまだ間があるからと、これらの教育を後回しにしてしまったことを、殿下には深くお詫び申し上げます」
「いや、それはいいんだが……」
ジェルヴェーズの横に座らされて、アルトゥールは小さく溜息を吐く。
が、片側にぺたりとくっつくジェルヴェーズの体温を感じて、ふと、昨夜のことを思い出してしまった。
――ふふっと笑う声が聞こえて、アルトゥールはハッと我に返る。
「オーリャ様とお勉強できて、わたくしとってもうれしいの。わたくしにわからないことは、オーリャ様にも教えていただきたいわ」
ジェルヴェーズににこにこと笑顔で答えられて、アルトゥールは頷いた。そうだ、ここは学びの場だ。変な想像をしている場合ではない。
「では、姫様。先ほどの続きをお話ししましょう。こちらをご覧ください」
トーヴァが医学書の図版をめくる。
数枚めくって差し出されたのは……。
「トーヴァ、これはもしかして、女性かしら?」
「はい、そのとおりです」
「変な形よ」
アルトゥールは思わず口元を押さえて目を逸らしてしまう。
昨夜のことや今朝のこともあって早めに戻ったのが裏目に出てしまった。予定通りの時間に戻っていれば、こんな羞恥やいたたまれなさとは無縁でいられたのに。
その間も、トーヴァの説明は淡々と進む。至って真面目に、あくまでも学術的な見地からの説明でしかないのに、こうもいたたまれないなんて。
時折見上げてくるジェルヴェーズの眼差しもまともに見返せず、アルトゥールは手で口を覆ったまま、視線だけを泳がせる。
それにしても――と、トーヴァは耳まで赤くなって俯くアルトゥールをちらりと見やった。
――実のところ、人の身体の構造を知る機会なんて、太陽神の神殿で医学を学ぶのでもなければほぼ皆無だと言っていい。
アルトゥールは魔術を学ぶ上で必要に迫られてひと通り学んだようだが、それだけだ。医師になれるレベルで習得したわけではない。
トーヴァだって、義姉が太陽神の神官でもなければ学ぼうなんて考えなかっただろう。学んでおいてよかった、知識にはやはり無駄などなかったと、今、しみじみ感じている。
あくまでも冷静に説明を続けつつ、トーヴァはさらに考える。
アルトゥールはかなりの奥手のようだが、ほんとうに大丈夫なのだろうか。ここに父がいれば、アルトゥールがどの程度の手腕を持っているのか、推し量ってくれと頼むところなのだが。
それから、感心した面持ちでじっくりと図版に見入るジェルヴェーズに視線を移す。何もかもが初めて知ることばかりだと、ジェルヴェーズは図版にも説明にも興味津々だ。
ネリアーの余計な入れ知恵の前に正確なところをきちんと説明できて良かった。疑問に思ったことはなんでも、屈託なく、率直に尋ねてくるジェルヴェーズだからこそ、放って置いたら大変なことになっていただろう。
夫婦の睦みごとの説明に目を丸くして聞き入っているジェルヴェーズを見ながら、トーヴァは間に合って良かったと心底安堵した。
「オーリャ様!」
「は、はい、ニナ姫」
「オーリャ様はご存じだった? わたくし、子作りがこんな風にするものだなんて全然知らなかったわ!」
驚きの表情のまま尋ねるジェルヴェーズに、アルトゥールはおずおずと頷き返した。
「ええ……はい、一応、存じておりました」
「まあ!」
図版とアルトゥールを交互に見つめて、それからジェルヴェーズはもう一度、「まあ!」と声を漏らした。
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