婚約者が別人なので、本物を捜します

ぎんげつ

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5.お姫様 vs. 王子様

お姫様は勉強する

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 王族の男子には、身体機能が成熟する頃を狙って閨の教育が行われる。本人の無知に乗じてむやみやたらと種をばら撒かれては、後々困るからだ。
 アルトゥールも例に漏れず、十年ほど前に一度だけ教えられた。
 男の身体の仕組み、女の身体の仕組み、子供の作り方……などをひと通り。

 だが、アルトゥールはほぼ同時期から魔術師の叔父に弟子入りしていた。魔術師としての教育も受けるためにだ。
 しかし、兄王子や弟王子のようにあれこれと“お楽しみ”を試す暇なんてなかった。機会すら皆無だった。
 この国で魔術や魔術師は忌まれ恐れられるものでもある。見目はそれなりに良くても、“魔術師の第二王子”が避けられるのは当たり前だ。しかも魔術師になると決まった時点で王位継承権は無いも同然で、王族としての旨味も少ない。あえて言えば、この国の“魔術”という力を手にできるかもしれないが……それにしたっていかんせん、魔術師の数が少なすぎる。

 ゆえに、アルトゥールはこの国で“不人気な王子”だった。
 貴族の姫たちはこぞって王太子である兄王子や騎士団の長になる予定の弟王子に群がったが、アルトゥールに粉をかけようというものはいなかった。
 魔術師で臣籍降下が確定している自分であってはそれも当然かと、アルトゥールはほとんど諦めていたのだ。
 きっと、自分も叔父のように一生独身で過ごすのだろう、と。
 後継のない叔父の公爵家を継いで、歳をとったら叔父のように次の魔術師長となる甥か姪を後継として迎えて……。

 だから、隣国の“深森の国”の姫との婚約を打診された時は、ほんとうに驚いた。
 兄はすでに結婚していたし、弟にもすでに婚約者がいた。消去法で余り物の自分に白羽の矢が立ったのだろうが、それにしても、と。

「オーリャ、我が国の外には魔術師を忌避するような文化はない。だから、これはお前にとってもいい話だと思うのだよ」
「けれど父上、相手の姫は八つも離れているというではありませんか。まだ十歳なのでしょう?」
「大丈夫。八歳程度、成人してしまえばたいした問題にはならんさ。とにかく一度顔を合わせてみなさい。それでどうしても無理なら、その時に断ろう」

 結論から言うと、この婚約は成功だと言えた。
 ジェルヴェーズは魔術師であるアルトゥールを歓迎してくれたし、魔術への恐れもないようだったし。
 おまけに、あの亡霊騒動でも臆することなくアルトゥールのために奔走してくれた、とてもとても得難い婚約者だ。
 だから大切に、結婚まではきちんと節度を持って接するつもりなのだ。



「僕は姫の期待に応えられているのだろうか」

 ぽつりとこぼしてアルトゥールが項垂れる。
 この手の悩みは愛の女神か大地の女神の司祭の手に委ねるべきなのに、なぜ一番不向きな神の聖騎士が応じているのか。
 カーティスはやや遠くへと視線を投げて、どうしたものかと考える。

「殿下、気にしすぎですよ。誰が見ても姫殿下は殿下を好いておられます」
「ほんとうにそうだろうか。いい歳をした男のくせに子供っぽいと、姫は呆れているのではないだろうか」

 いったい何があったというのか。

「もしや、この本が原因で姫殿下と喧嘩でもなさいましたか?」

 口を噤むアルトゥールに、カーティスはわずかに顔を顰める。
 喧嘩をしてしまったというなら、トーヴァを通してジェルヴェーズとの話し合いの場を設けてもらうのがよいだろうか。
 あまり口を出して余計に拗らせることにならないよう、注意しなければ。

「――喧嘩では、ないのだ」
「殿下? では、いったい」
「僕が、姫に不埒なことをしてしまったから……」
「え?」

 ふらち? とカーティスは口の中で呟いた。アルトゥールにそんなことができたとは驚きだ――と一瞬浮かび上がった考えを、慌てて打ち消す。
 アルトゥールは項垂れたまま、小さく呟き続けた。

「姫はまだ成人前だというのに、キスで欲情してしまうなんて……」
「はあ」
「姫は気付いておられなかったとはいえ、きっとすぐにわかってしまうだろう。姫に軽蔑されてしまったら、僕はどうすればいい?」
「殿下……」

 ばかなという言葉は呑み込んで、カーティスは何と答えるべきか考える。
 ジェルヴェーズならさほど気にしないようにも思えるが、確証があるわけでもない。トーヴァを挟んで伺うべきだろうか……いや。
 カーティスは小さく息を吐く。

「殿下、やはり姫殿下ときちんと話をすべきではないかと存じますが」
「カーティス、だが、何を話せばいいんだ?」
「殿下がお考えになってるところを、正直にですよ」
「正直に……僕の不埒な思いまで正直に話せと言うのか? それではやはり姫に嫌われてしまう」

 カーティスはまた小さく息を吐いて苦笑を浮かべる。

「何もかも正直にとは申しません。ですが、殿下がどれほど姫殿下を大切にお思いになっているかや、決して無理にことを進めたいと考えているわけでないことなどをお話しになるのですよ」

 それにしても、とカーティスは考える。
 アルトゥールは、たしかカーティスとは同年のはずだ。いかに生真面目な性格とはいえ、まるで思春期の子供のような態度ではないか。

「失礼ですが、殿下」
「何だろうか」
「その……殿下は、色ごとの経験はお有りなのですよね?」
「十年近く前に教えられたきりだが、たぶん、覚えているとは思う」
「では、大丈夫ですね」

 実はよくわからない……などと打ち明けられたらどうしようかと思ったが、教育を受けていると聞いて安心した。
 高貴な身分の男なら、そこでそれなりに正しい知識を得ているだろう。


 * * *


「殿下は、本日は夕刻前に戻られるそうですよ。それまでにひととおりのことを学びましょうか」
「ええ」

 そう言って、トーヴァは卓上に大きな本をいくつか積み上げた。
 ネリアーに言って王宮図書館から借りてきた医学書だ。図版も豊富なこれなら、身体の仕組みも理解しやすいだろう。
 他にも、地母神教会から閨事に関する教本も借りてきた。
 地母神は結婚や豊穣も司る。子作りの相談にのることは地母神の司祭たちの聖なる仕事であるし、そのための教本も豊富に取り揃えてあるのだ。

「まずは、女性の身体の仕組みから説明しましょうね」

 トーヴァは医学書をめくる。
 これまで、先人たちがさまざまな手段で突き止めた、身体の内部のことまでを詳細に描いた図が次々と広げられる。

「姫様、よいですか? まず最初に、女性の身体の構造を説明いたします」

 おもむろに始まったトーヴァの説明に、ジェルヴェーズはぽかんと口を開けて図版を凝視する。
 トーヴァが示すそこは排泄のための場所だったはずで、なぜそんなところに子作りのための機能が備えられているのか。
 呆然とするジェルヴェーズに、トーヴァは次々と図版をめくりながら、医学的な見地からの説明を続けていく。

「つまり、女性のここに男性の子種を受け入れる行為が、つまり子作りなのです」
「まあ……でも、どうやって? 受け入れるって簡単にできることなの?」
「方法については、後ほどきちんとご説明いたします。まずはこちらを」

 思ってもみなかった事実に、ジェルヴェーズはただただ驚くばかりだ。

 きっと母は知っていたのだろう。なら、どうして教えてくれなかったのか。そういえば、アルトゥールも知っていたのだろうか。いや、魔術師になれるほど頭のいいアルトゥールなら、知っていたはずだ。
 では、ジェルヴェーズに教えてくれなかったのは何故だろうか。
 ジェルヴェーズの頭の中で、疑問がどんどん渦巻いていく。

「人間の身体についてだけでしたら、最近、他次元界から得られた知識でいろいろなことがわかってきたのですよ。
 まず、女性の身体にある子宮です。ここである程度まで育ってから子供が産まれてくることは、姫様もご存知ですね?」
「ええ、知ってるわ。種族にもよるけど、だいたい十月ほどの間、お腹の中で大きくなるのを待つのよ」
「その、子供が育つ場である子宮の奥には、目に見えないほどに小さな卵を作る機能があります。その小さな卵が、男性の子種を得ることで子供となるんです」
「まあ!」

 では、子供ができて膨らんだ女の腹が丸いのは、卵が丸く大きくなるからなのか。鳥の卵には殻があるけれど、人間の卵にも殻があるのだろうか。
 でも、人間の赤子は卵で産まれるわけではない。母親の身体の中にいる間に殻を破ってしまうということだろうか。

「それは、わたくしの身体の中にも卵ができるということかしら?」
「はい。月に一度、女性には“血篭り日”がありますよね? あれは、身体が新しい卵を用意することで起こるのだそうです」
「まあ! まあ! では、初潮が来れば子が作れるって、そういうことだったのね!」
「はい、姫様」

 ずっと不思議だと思っていたことが、ようやく明らかになった。
 でも、やっぱり子種を受け入れる方法がわからない。そんな身体の奥まで、どうやれば子供の素を届けられるというのか。

「ねえ、トーヴァ。それじゃ、男の方の身体はどうなってるの?」
 トーヴァは頷いて、別な図版を開いた。
 ページいっぱいに、裸の男性の正面図が描かれている。
 上半身なら、まだ幼い頃に兄の身体を見たことがあった。けれど、下半身は……図を見たジェルヴェーズはぎょっとする。
 女にはないものが、男性のそこにぶら下がっていた。

「トーヴァ、トーヴァ、何か付いてるわ!」
「姫様、男性の身体は概ねこのような形状になっているのです」
「歩くときに邪魔にはならないの? うっかり引っ張っただけで千切れてしまいそうじゃないの。怖いわ!」
「ええと……普段はきちんと下着で押さえて衣服を着ていますから、そうそう困ったことにはならないかと」
「まあ!」

 こんな邪魔そうなものがあるなんて、男性とは不便なのだな――と考えて、いやいやと首を振る。たしかに、兄はもちろん、カーティスもネリアーもアルトゥールも、ジェルヴェーズの知る限り動きづらそうだったことはない。
 なら、少なくとも、生活する分にはさほど邪魔にならないのか。

「ねえトーヴァ、これはオーリャ様にもあるのよね? 後で、見せてってお願いしてもいいかしら」
「姫様……それは婚儀が済むまでお控えください」
「だめなの?」
「たとえ伴侶であっても、そこを見せるのは子作りを行うときだけなんです。それ以外で見せろというのは、大変な失礼や侮辱にあたります」
「まあ、そうなのね。少し残念だわ」

 ジェルヴェーズはほんのり眉尻を下げて図版を見つめる。

 ――が、ふと忘れてはならないことを思い出して顔を上げた。
「ねえ、トーヴァ。そういえば、成人した女性の身体にはお花があって、そこが芽吹いて花を咲かせると、蜜が湧き出るそうね」
「――は?」
「オーリャ様も、そういう場所がひとつあるっておっしゃったの。でも、どこかは教えてくれなかったのよ。いったいどこなの? わたくしのお花はもう咲いてるのかしら。蜂蜜みたいに甘い蜜って、きっとべたべたするのよね。でも、わたくしどこもべたべたしてないわ。まだ咲いてないってことなのかしら」

 何のことかと首を捻って、トーヴァはすぐに「あっ」と小さく声を上げた。
 考えるまでもない。
 花芽だの花園だの蜜だの、それは古今東西でカビが生えるくらいに使い古された、女性の特定部位やら特定条件下での状態やらを指す隠語ではないか。

「姫様……それはどちらでお聞きになったのですか? もしや、殿下が姫様にお教えしたということですか?」

 まさかまさか、あのアルトゥールは、閨教育などかけらも受けていない無知なジェルヴェーズに隠語を教えて喜ぶ変態だったのか。
 だとしたら、どうしてくれよう。

「違うわよ。教本に書いてあったの」
「教本? それは、どのような?」
「ネリアーが持ってきてくれた本よ。ネリアーは恋物語だと言ったけど、あれは間違いなく教本ね。“令嬢の秘密レッスン”ていうタイトルだったし、わたくしの知らないことがたくさん書いてあったもの」

 トーヴァの顔から血の気が引いた。
 そのタイトルには、心当たりがありすぎるくらいにあった。主に、クロゼットの奥に置いてある、本専用の荷箱の中にだ。
 けれど、なぜネリアーがその荷箱のことを知っているのか。
 何より、なぜネリアーは勝手に本を持ち出しているのか。
 もしや、ネリアーはトーヴァの蔵書をこっそり読んでいるのか。

「姫様、その本は、今はどちらに……」
「わたくしには不要だから預かるって、オーリャ様に取り上げられちゃったの。まだ読み終わってなかったのに、だめだって」

 お花が咲いた後、最後にはどうなるのか知りたかったのにと不満げに呟いて、ジェルヴェーズは頬を膨らませる。

「殿下が……預かって……」

 それはつまりアルトゥールにも読まれてしまったということか。
 トーヴァは唸り声をあげ、頭を抱えて突っ伏してしまった。

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