灰色の世界の天上の青

ぎんげつ

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天上の青持つ最愛の君

02.彼女が思い描くような

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 オーウェン司祭は、二つ返事でぼくのことを引き受けてくれた。

 十の誕生日を迎える頃、父さんに連れられて訪れた戦神教会でオーウェン司祭と会った。もっといかつい人かと思っていたけれど、どちらかといえば柔和な印象で、マデラインのような鮮やかな青い目と夕焼けのような赤い髪の人間だった。

「お前がエインウェルか。私はオーウェン・カーリスだ」

 そう、手を差し出され、しっかりと握手を交わす。大きくて固くて強い手のひらは、父の手とは全然違っていた。
 にっこりと笑うと、司祭の目尻には少し皺がよる。よく見れば、髪にもちらほらと白いものが混じっている。

 年齢だけで言えば父さんや母さんよりもずっと下だけれど、人間は長くても百年に満たないほどの寿命で、オーウェン司祭はそろそろその半ばに差し掛かるころだ。
 人間はぼくたちよりも寿命が短い分、驚くくらいに早く成長するし、変化もする。

 オーウェン司祭によろしくとぼくを預けた父は、「辛くなったらいつでも帰っておいで」と笑って、塔へと戻っていった。

「さて」

 父を見送った後、オーウェン司祭が改めてぼくへと向きなおる。

「お前の歳で教会の大人に混じって鍛錬を行うのは酷だろう。だから、この後しばらく、体ができるまでは私の家に滞在するといい」
「司祭の家ですか?」

 オーウェン司祭が頷く。たしかに、この教会にいるのは、もう成人を迎えた年齢の人間ばかりのようだった。

「私の娘も剣を学び始めたところだ。お前も、最初は体力づくりから始めなくてはならないだろう。ちょうどいいから、ふたり、共に鍛えよう」

 娘と聞いて、どきんと心臓がなる。それじゃマデラインと一緒に、と考えて、心臓の鼓動がばくばくと激しくなる。

「年齢はお前のふたつ下になる。仲良くしてくれると嬉しい」
「も、もちろん、です」



 それからすぐに、オーウェン司祭に連れられて司祭の家を訪れた。町で“竜屋敷”と呼ばれている大きな家だ。

 もともとはほんとうに竜が住んでいたけれど、彼が森へ移る時に譲られたという。
 冬には司祭の妹夫婦や森の竜夫婦が冬越しに来てとても賑やかだけど、夏は司祭一家だけで、少々広すぎるくらいなのだそうだ。

「だから、お前も気兼ねなく過ごしてくれ」
「はい」

 少し緊張しているぼくに気づいてか、司祭がくすりと笑う。

「上の娘のほかに、下には息子もふたりいるんだ。少し歳は離れてしまうが、息子たちとも仲良くしてほしい。
 冬になれば甥と姪も来るし、竜殿の娘も来るだろう。こちらはお前よりもふたつ……いや、みっつだったか、歳上になる」

 そんなにたくさんの子供が一緒なのかと驚いてしまう。想像もできない。

「ぼく、いつも父さんと母さんと3人だったから――」
「では、急に騒がしくなるな。びっくりしてしまったか?」
「大丈夫、だと思います」

 司祭は「何か困ったことがあったら、遠慮せず言ってくれ」と笑って、ぼくの頭をぽんぽん叩いた。



 オーウェン司祭の奥さんであるヴィエナさんとは、町で何度か顔を合わせていた。マデラインともだ。だから、ヴィエナさんともマデラインとも特別なあいさつはなく、「よろしくね」と言われただけだった。
 ヴィエナさんの後ろにいるふたりの男の子は、マデラインの弟たちだろう。興味津々という表情で、ぼくをじっと見ている。

「兄のほうがカーティスで、弟のほうがヴィンスだ」

 ふたりとも司祭そっくりの見事な赤毛で、兄のほうが青、弟は紫の目だった。たぶん、姉弟のなかで、マデラインの目がいちばん鮮やかに青い。

 オーウェン司祭はぼくの紹介もそこそこに、ヴィエナさんを抱き締めてしっかりとキスをした。それから、順番にマデラインとその弟たちを抱き締めて頰や頭にキスを降らせる。ヴィエナさんはともかくとして、マデラインやふたりの弟は少し困ったような表情で、ぼくをちらりと見た。

 司祭が皆にひとしきり帰宅のあいさつをしてからようやく、居間へと移動した。マデラインは、そんなオーウェン司祭に「今日くらいやめておけばいいのに」と剥れている。ぼくにも、「エインもそう思うでしょ?」と同意を求めてくるくらいに。
 ヴィエナさんは苦笑まじりに肩を竦めて、マデラインに「エインを用意した部屋に案内してあげてね」と言った。



「やめたほうがいいって、どうして?」
「だって、はずかしいじゃない! 大人なのに!」

 ぼくを部屋へ案内した後も、マデラインはぷりぷりと怒ったままだった。けれど、やっぱりその理由がわからない。何か恥ずかしいことはあっただろうか。

「そうかな? ぼくの父さんと母さんは、暇さえあればいつも抱き合ったりキスをしたりしているよ?」

 首を傾げるぼくを、マデラインは心底驚いたという顔で見つめる。

「え!? だって、ほかの大人は人前でそんなことしないわよ!」
「けど、ここは家の中だし、悪いことをしてるわけでもないよ。あなたが大好きだっていうことをちゃんと言葉と態度で示すのは、とても大切なことなんだ。父さんと母さんがいつもそう言ってる」

 マデラインはぽかんと口を開けてぼくを見る。どうしてそんなに驚くのかが、やっぱりわからない。
 どう説明すればいいかなと、ぼくは父さんの言葉を思い出す。

「心の中を覗くことなんてできないのに、きちんと好きだということを表さないのは怠慢で、表さないくせに相手にわかってくれっていうのは、とんでもない傲慢なんだって。愛は、きちんと相手に示して伝えてはじめて意味を持つものだって、父さんと母さんは言うんだ」
「……たいまんと、ごうまん?」
「ええと、怠けてるってことと……なんだっけ。とにかく、ちゃんとわかるように示さないのは良くないってことだよ」
「じゃあ、おとうさんは正しいことをしてるの?」
「うん。そうじゃないかな」

 さっきのオーウェン司祭のことを思い出す。
 オーウェン司祭はヴィエナさんや家族のことが大好きで、ちゃんとそれを表してるんだから、いいことをしているのだ。

 ――それに、ぼくだって……。

「マデライン」
「なあに?」
「ぼくは、マデライン……ディーのことが好きだよ」
「そうなの?」

 きょとんとぼくを見返すマデラインの瞳は、いつもと同じ鮮やかな青だ。ぼくを魅了してやまない、天上の青ゼニスブルー

「だから、その――」

 どう言ったらいいだろうかと、ぼくはしばし考える。

「唇へのキスは、恋人や夫婦だけの特別なキスなんだって。それ以外の家族やきょうだいには、頬っぺたやおでこへのキスで大好きだって伝えるものなんだって、父さんが言ってたんだ」
「ふうん?」
「……だから、マデラインの頬っぺたに、キスをしていい?」
「うん、いいわ」
「ほんとう?」
「ほんとうよ。だって、私とエインは仲良しだし、これからいっしょにおとうさんから剣を教わって、きょうだいみたいに暮らすんだもの」

 ぼくは思わずへらりと笑ってしまう。
 このままもっともっと仲良くなって――

「いつか、ぼくをディーの恋人にしてほしいな」
「恋人?」
「うん。ぼくは、ディーがとっても好きなんだ。だから、ディーにもぼくをうんと好きになってほしい」

 もっともっと好きになって、いつか、マデラインのただひとりの相手として、ぼくを選んでほしい。

 マデラインがくすりと笑う。くすくすと笑いながら、ぼくに頰を向ける。

「そうね、エインが強くてかっこいい男の子になったら考えてあげる」
「ほんとう? ぼく、がんばるよ」

 マデラインの頰を軽く啄むようにキスをして、ぼくは、マデラインが思い描くような“強くてかっこいい男の子”を目指そうと誓った。


 * * *


「エイン」
「母さん。それに父さんも」

 父と母も、ときおりぼくを訪ねてきた。
 父は、町へ来た時には必ずぼくの顔を見に立ち寄ったし、あれほど外へ出るのを面倒がった母も、月にいちどは“竜屋敷”まで来るようになっていた。

「調子はどう?」
「まあまあだと思う」

 十四になったあたりからぐんぐんと背が伸び始めたぼくの目線は、そろそろ母を超える。ぼくを見上げた母は、うれしそうに目を細めた。

「すっかりたくましくなっちゃって。ねえ、ダーリン、エインはこのまま専業の戦士にでもなっちゃうのかしら?」
「それはどうだろうね、ハニー? 専業で戦士をするには、少々線が細すぎるように思うのだけど。何より、ハニーが教えた魔術が無駄になるようなことを、私たちの息子がするとも思えないな」

 母さんの頭にキスを落としながら、父さんが笑う。ぼくもつられて苦笑を浮かべ、肩を竦めた。

「ぼくはたぶん、剣も使える魔術師になるんだと思う。それに習ってわかったけど、ぼくの場合、剣は“そこそこ使える”程度がせいぜいじゃないかな」
「あら、そうなの?」

 少し残念そうな顔で、母が首を傾げた。
 専業の戦士になる“悪魔混じり”だってそれなりにいるのだから、単に、ぼくがあまり戦士向きではなかっただけの話だ。

「さて、それはともかく、私の息子の首尾はどうなのかな?」

 父はぼくも抱き寄せて、額にキスを落とす。

「あら、私たちの息子が、ただぼんやり成り行き任せにするわけないじゃないの」

 母も、するりと頰を撫でてそこにキスをする。

「父さんも母さんも……」

 ふたりの言葉に、ぼくは苦笑する。

「ディーはぼくを好きだって言ってくれるけど、たぶんそれはぼくの好きとは違ってて、だからまだまだだよ」
「ま」

 くすくすと母が笑う。

「つまりまだお子様なのね。でも、油断してたら女の子はあっという間よ。ついでに言えば、単に、エインが男として見られてないだけかもね」
「それはちょっと情けないな。君は今まで何をして来たのかと、訊きたくなってしまうじゃないか」

 父もくすくす笑いながら、ぼくの背をとんとんと叩く。

「父さんと母さんはおもしろがってるだけだろう?」
「おや、わかったのか」
「あら、意外だわ。あなたも成長してるのね」
「あたりまえだよ」

 ぼくは軽く眉を寄せ、憤慨してみせる。

「エイン!」

 呼ぶ声に振り返ると、マデラインだった。スカートを翻し、マデラインはとても軽快に走り寄って来る。

「ディー」
「トーレさんとイレイェンさんも、こんにちは」

 そばまで来て立ち止まり、マデラインはにっこりと微笑んだ。スカートを摘んで少し気取った淑女の礼のようなあいさつもする。
 父も母も、笑顔と一緒に礼を返す。

「こんにちは、マデライン。すっかり素敵なレディになったね」
「あら、ダーリン。女の子はなるべくしてレディになるのよ」
「ああ、そうだったね、ハニー」

 また軽いキスを交わす両親に、マデラインは相変わらずなのねと、少し呆れた表情でぼくを見た。ぼくもマデラインの視線に応え、笑って肩を竦める。

「お母さんが、おふたりに中へ入ってもらいなさいって」
「では、少しお邪魔していこうか」
「そうね、ひさしぶりに、小さな魔女さんと話でもしようかしらね」

 さっそく案内をと前に立つマデラインの横に並び、ぼくも歩き出す。
 そのうしろに、父と母がくすくすと笑い合いながらついてくる。


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