4 / 56
1.おいしい餌とオカン吸血鬼
3.乙女でシャイなハンター
しおりを挟む
ついに!
たまった代休が消化できるぞ!
……1日だけで残りは消えるけどね!
というわけで週末三連休となったのだが、初日は安定の睡眠補給だ。昼まではゆっくり寝かせてもらおうと、ミカちゃんに起こさないよう頼んだら、私もそうしますと返ってきた。ミカちゃんも一緒に昼まで寝るらしい。
「でっ! なにこいつ!?」
それなのに、明け方ふらふらとトイレに行きたくなって、ベッドから降りたところでそれに気づいてしまった。
壁に張り付いた、手のひらサイズのどでかいクモだった。
田舎出身で昆虫類全般には強いほうだと思うけど、さすがになんの前触れもなく出現されるのは怖い。あ、いや、クモは昆虫じゃなかったっけ。
「律子さん、どうしましたか?」
私の声に反応して、すぐにミカちゃんがむくりと起き上がった。私は壁の一点を指さして、「ミカちゃん!」と返す。
「でっ、でっかいクモがいる! どうしよう!」
だが、慌てる私にミカちゃんは「ああ」とにっこり笑った。
「彼女は最近、ハンターとしてこちらに雇い入れたアシダカグモのお嬢さんです。どうかお見知り置きを」
「――ハンターのお嬢さん?」
「はい」
思わぬ返答に、私は呆然と壁のクモをガン見する。
「このアパートは少々害虫が多いようでしたから、彼女に来ていただきました」
「来ていただいた」
クモって来ていただくものなのか。
そういや田舎の婆ちゃんも、クモは殺したらいかんと言ってたような。
でも、わざわざ雇ってまで来ていただくものなのか。
「薬剤を使うより、彼女にお願いしたほうがエコですし確実ですよ。アシダカグモはとても優秀なハンターですし。
律子さんも、最近はあの黒い虫を見ないでしょう?」
「黒い虫」
うん、このアパート、古いだけあって実は多い。
おかげで私もずいぶん耐性がついて、ひとりでも泡ハイター片手に戦えるようになったくらいにはよく見かけた。
けれど、最近はたしかにあまり見かけないような?
「はい。彼女はちょっとシャイですし、姿に似合わず臆病なところがありますから、優しく接してあげてください。噛み付いたりもしませんから、大丈夫ですよ」
「シャイ」
その言葉に反応してか、クモが「きゃっ」とでも言うように片足をあげた。
まるで恥じらう妙齢のお嬢さんらしく、頭の、たぶん頬のあたりに押し当てる姿は乙女か。乙女のクモなのか。
「はい。ペトラ嬢とお呼びしてあげてください」
ミカちゃんはなぜかにこにことアシダカグモのペトラ嬢を紹介した。やっぱり呆然としたままの私の前で、そのペトラ嬢は軽く会釈をするかのように頭を上下に振る。
「ええと、ペトラさん、よろしくお願いします」
ペトラ嬢は何やら恥ずかしげなようすで、さっさと棚の裏へと隠れてしまった。
たしかに乙女らしい。
そして、そんなクモ乙女を見送りつつ、私は、ミカちゃんにこれだけは言っておかねばなるまいと口を開いた。
「ミカちゃん」
「はい?」
「次から、クモその他を雇い入れる時は、あらかじめ、ひとこと欲しいです」
「はい、わかりました」
ミカちゃんがクモ雇用の判断を下したなら、それは必要なことだったんだろう。
だが、さすがに、家主の私が知らずにいれば、スリッパでパーン! だの、殺虫剤を振りまいたりだのという事故や悲劇を起こさない自信がない。
双方の望まぬ意識のすれ違いを回避するためにも、“ほうれんそう”の徹底は必須なのだ。
「あと、ペトラ嬢って名前は、もともとなの?」
「いえ、お呼びするのに不便でしたので、私がこれでどうですかと提示しました。どうやら気に入っていただけたようですね」
「はあ」
でっかいアシダカクモのお嬢さんを雇い入れ、可愛い名前をつけるイケメンの図。
それはいったいどういうプレイなんだろうか。
ミカちゃんも乙女趣味なのか。
……いや、それより吸血鬼の眷属って、コウモリではなかったか。
「ミカちゃんて、クモと話せるの?」
「なんとなくですが、簡単な意思疎通程度でしたらどうにかわかります」
「意思疎通」
「はい。彼女に発声器官がないので会話はさすがに無理ですが、なんとなく、感情のようなものといいますか、言わんとしていることは伝わってきますので」
やっぱりにこにこと解説されて、そういうものなのか、と納得することにした。たぶんここは考えちゃいけないところだ。
クモに可愛い名前をつけてにこにこと話をするイケメンと、それに恥じらいつつ応じるクモのお嬢さん。
――などというカップリングに、どんなニッチな需要があるのだろうか。しかも別に擬人化された美少女グモというわけでもなく、まんまでっかいクモなのだ。
いや、それよりクモに感情みたいなものがあるって初めて知った。
生き物って奥が深い。
「あ、雇い入れたなら報酬が発生するんだよね。何が報酬なの?」
そういえば、と私が確認すると、ミカちゃんも頷いた。
クモへの給料とかまったく想像がつかない。なんなんだろう。
「ペトラ嬢はそろそろ繁殖を控えておられるとのことでしたので、豊富な餌場と卵を孵すための安全で快適な環境を提供するということで同意をいただきました」
「繁殖」
「はい、ちょうどそういった場所をお探しとのことでしたので。この条件であれば双方いわゆるWIN=WINの関係でいられますよね」
「なるほど」
WIN=WIN……そうか、ミカちゃんは意識高い系か。
意識高い系吸血鬼ってなんなんだ。血液グルメなのは知ってるけど。
ああそうだ、あとで、ウィキペディアあたりでアシダカグモのことも調べておこう。同居する生き物の生態は正しく知っておくべきだろう。
「あー、ミカちゃん。この先、子グモが生まれたら、なるべくいきなりわらわらと集団で出てこないようにしてほしいと、ペトラちゃんに伝えておいてください」
「はい、承知しました。ですが、彼女もそのあたりはわきまえておられると思いますので、ご安心ください」
「――さいですか」
繁殖を控えたわきまえてるクモの乙女。
世界って広いんだな。
「うん、じゃちょっと二度寝するね」
「はい」
ミカちゃんがぺろんと掛け布団をめくって潜りやすくしてくれたところに、するんと身体を横たえる。
ミカちゃんの冷んやりボディは相変わらずで、この季節にはとても気持ちいい。
うん、まあ、今日から乙女なクモのペトラちゃんと同居、ということだけ覚えておけばいいか。
ペトラちゃんが優秀なハンターだというのは本当らしく、その日以降、あの黒いアレを見かけることはぱたりとなくなった。
ペトラちゃん自身も「シャイ」の言葉通り、さっぱり見かけないのだが。
しかし、それでもごく稀に見かけるペトラちゃんは相変わらず乙女であり、目が合うと「きゃっ」とばかりにやたらと可愛らしい仕草で恥じらう様子を見せてすぐに隠れてしまう。
最近、そんなペトラちゃんは、かなり可愛い乙女なんじゃないかとも思うようになった。私の脳内でペトラちゃんは妙齢のシャイな美少女クモさんなのだ。
擬人化しなくても、イケメン吸血鬼と乙女でシャイなクモのカップリング……ありかもしれない。
うん。
たまった代休が消化できるぞ!
……1日だけで残りは消えるけどね!
というわけで週末三連休となったのだが、初日は安定の睡眠補給だ。昼まではゆっくり寝かせてもらおうと、ミカちゃんに起こさないよう頼んだら、私もそうしますと返ってきた。ミカちゃんも一緒に昼まで寝るらしい。
「でっ! なにこいつ!?」
それなのに、明け方ふらふらとトイレに行きたくなって、ベッドから降りたところでそれに気づいてしまった。
壁に張り付いた、手のひらサイズのどでかいクモだった。
田舎出身で昆虫類全般には強いほうだと思うけど、さすがになんの前触れもなく出現されるのは怖い。あ、いや、クモは昆虫じゃなかったっけ。
「律子さん、どうしましたか?」
私の声に反応して、すぐにミカちゃんがむくりと起き上がった。私は壁の一点を指さして、「ミカちゃん!」と返す。
「でっ、でっかいクモがいる! どうしよう!」
だが、慌てる私にミカちゃんは「ああ」とにっこり笑った。
「彼女は最近、ハンターとしてこちらに雇い入れたアシダカグモのお嬢さんです。どうかお見知り置きを」
「――ハンターのお嬢さん?」
「はい」
思わぬ返答に、私は呆然と壁のクモをガン見する。
「このアパートは少々害虫が多いようでしたから、彼女に来ていただきました」
「来ていただいた」
クモって来ていただくものなのか。
そういや田舎の婆ちゃんも、クモは殺したらいかんと言ってたような。
でも、わざわざ雇ってまで来ていただくものなのか。
「薬剤を使うより、彼女にお願いしたほうがエコですし確実ですよ。アシダカグモはとても優秀なハンターですし。
律子さんも、最近はあの黒い虫を見ないでしょう?」
「黒い虫」
うん、このアパート、古いだけあって実は多い。
おかげで私もずいぶん耐性がついて、ひとりでも泡ハイター片手に戦えるようになったくらいにはよく見かけた。
けれど、最近はたしかにあまり見かけないような?
「はい。彼女はちょっとシャイですし、姿に似合わず臆病なところがありますから、優しく接してあげてください。噛み付いたりもしませんから、大丈夫ですよ」
「シャイ」
その言葉に反応してか、クモが「きゃっ」とでも言うように片足をあげた。
まるで恥じらう妙齢のお嬢さんらしく、頭の、たぶん頬のあたりに押し当てる姿は乙女か。乙女のクモなのか。
「はい。ペトラ嬢とお呼びしてあげてください」
ミカちゃんはなぜかにこにことアシダカグモのペトラ嬢を紹介した。やっぱり呆然としたままの私の前で、そのペトラ嬢は軽く会釈をするかのように頭を上下に振る。
「ええと、ペトラさん、よろしくお願いします」
ペトラ嬢は何やら恥ずかしげなようすで、さっさと棚の裏へと隠れてしまった。
たしかに乙女らしい。
そして、そんなクモ乙女を見送りつつ、私は、ミカちゃんにこれだけは言っておかねばなるまいと口を開いた。
「ミカちゃん」
「はい?」
「次から、クモその他を雇い入れる時は、あらかじめ、ひとこと欲しいです」
「はい、わかりました」
ミカちゃんがクモ雇用の判断を下したなら、それは必要なことだったんだろう。
だが、さすがに、家主の私が知らずにいれば、スリッパでパーン! だの、殺虫剤を振りまいたりだのという事故や悲劇を起こさない自信がない。
双方の望まぬ意識のすれ違いを回避するためにも、“ほうれんそう”の徹底は必須なのだ。
「あと、ペトラ嬢って名前は、もともとなの?」
「いえ、お呼びするのに不便でしたので、私がこれでどうですかと提示しました。どうやら気に入っていただけたようですね」
「はあ」
でっかいアシダカクモのお嬢さんを雇い入れ、可愛い名前をつけるイケメンの図。
それはいったいどういうプレイなんだろうか。
ミカちゃんも乙女趣味なのか。
……いや、それより吸血鬼の眷属って、コウモリではなかったか。
「ミカちゃんて、クモと話せるの?」
「なんとなくですが、簡単な意思疎通程度でしたらどうにかわかります」
「意思疎通」
「はい。彼女に発声器官がないので会話はさすがに無理ですが、なんとなく、感情のようなものといいますか、言わんとしていることは伝わってきますので」
やっぱりにこにこと解説されて、そういうものなのか、と納得することにした。たぶんここは考えちゃいけないところだ。
クモに可愛い名前をつけてにこにこと話をするイケメンと、それに恥じらいつつ応じるクモのお嬢さん。
――などというカップリングに、どんなニッチな需要があるのだろうか。しかも別に擬人化された美少女グモというわけでもなく、まんまでっかいクモなのだ。
いや、それよりクモに感情みたいなものがあるって初めて知った。
生き物って奥が深い。
「あ、雇い入れたなら報酬が発生するんだよね。何が報酬なの?」
そういえば、と私が確認すると、ミカちゃんも頷いた。
クモへの給料とかまったく想像がつかない。なんなんだろう。
「ペトラ嬢はそろそろ繁殖を控えておられるとのことでしたので、豊富な餌場と卵を孵すための安全で快適な環境を提供するということで同意をいただきました」
「繁殖」
「はい、ちょうどそういった場所をお探しとのことでしたので。この条件であれば双方いわゆるWIN=WINの関係でいられますよね」
「なるほど」
WIN=WIN……そうか、ミカちゃんは意識高い系か。
意識高い系吸血鬼ってなんなんだ。血液グルメなのは知ってるけど。
ああそうだ、あとで、ウィキペディアあたりでアシダカグモのことも調べておこう。同居する生き物の生態は正しく知っておくべきだろう。
「あー、ミカちゃん。この先、子グモが生まれたら、なるべくいきなりわらわらと集団で出てこないようにしてほしいと、ペトラちゃんに伝えておいてください」
「はい、承知しました。ですが、彼女もそのあたりはわきまえておられると思いますので、ご安心ください」
「――さいですか」
繁殖を控えたわきまえてるクモの乙女。
世界って広いんだな。
「うん、じゃちょっと二度寝するね」
「はい」
ミカちゃんがぺろんと掛け布団をめくって潜りやすくしてくれたところに、するんと身体を横たえる。
ミカちゃんの冷んやりボディは相変わらずで、この季節にはとても気持ちいい。
うん、まあ、今日から乙女なクモのペトラちゃんと同居、ということだけ覚えておけばいいか。
ペトラちゃんが優秀なハンターだというのは本当らしく、その日以降、あの黒いアレを見かけることはぱたりとなくなった。
ペトラちゃん自身も「シャイ」の言葉通り、さっぱり見かけないのだが。
しかし、それでもごく稀に見かけるペトラちゃんは相変わらず乙女であり、目が合うと「きゃっ」とばかりにやたらと可愛らしい仕草で恥じらう様子を見せてすぐに隠れてしまう。
最近、そんなペトラちゃんは、かなり可愛い乙女なんじゃないかとも思うようになった。私の脳内でペトラちゃんは妙齢のシャイな美少女クモさんなのだ。
擬人化しなくても、イケメン吸血鬼と乙女でシャイなクモのカップリング……ありかもしれない。
うん。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる