真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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3.ミカちゃんと私

5.あれ、なんかヤバくない?

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 ミカちゃんが、私の首に牙を滑らせた。
 それから、ちりりというむず痒さが走ったその場所を丁寧にぺろりと舐めて……その瞬間、私の背をぞくぞくする何かが走り抜けた。

「時間ならたっぷりとあります」

 ミカちゃんに低くしっとりと囁かれて、私の身体がぶるりと震える。

「急いで飲んでしまっては、もったいないですからね」
「ね、ミカちゃん、何を」
「いつものように、飲むだけですよ」

 けれど、ミカちゃんはいつもとどこか違う。
 少し不安な私に、ミカちゃんはふんわりと微笑んだ。



「――ん、あっ」

 しっかりと私を抱き締めたまま、ミカちゃんが何度も何度も私の首に軽く牙をかすらせて、滲んだ血を舐めとっていく。
 その度に身体は小さく反応するけれど、抱き締めるというよりも拘束されているみたいな現状では、ほんの少し身じろぎするだけがやっとだった。
 ちりっとする痛みのようなむず痒さと一緒に、身体中がぞわぞわして落ち着かない。だんだんと息も荒くなってしまう。

「ミカちゃん、血、飲むだけって……」
「ええ、ですから、少しずつ味わっております」

 ミカちゃんがくすくすと笑う。
 笑いながらまた牙をかすらせて、滲み出る血を舐める。

「律子さん、顔が赤いですよ。どうかしましたか?」

 からかうような言葉に、つい顔を伏せてしまった。
 こんなはずじゃなかったのに。
 いつもみたいにさっと飲んでもらって、終わるはずだったのに。

「どこか辛いところがありますか? あるなら遠慮なく仰ってくださいね」
「そんな、つらいところ、なんて……」
「ないのであれば、よろしいですが」

 ミカちゃんの笑いを含んだ囁きが耳を擽る。
 背中がぞくぞくして、止まらない。
 ミカちゃんの牙がちくりと耳たぶを刺す。
 じわりと滲んだ赤い雫をそっと舐め取られて、つい、吐息を漏らしてしまう。

「ね……からかうの、やめてよ、ミカちゃん」
「からかってなどいませんよ」

 ほんの少しだけ息を荒げている私に、ミカちゃんはやっぱりからかってるとしか思えないような調子で返す。

「どうしましたか? 息が上がっておられるようですが」

 ミカちゃんがまた、私の首元にちくりと牙をかすらせた。こんな風に、焦らすようにかするだけじゃなくて、もっと思い切り突き刺して――。
 と、そこまで考えて、どきっとした。

「何を考えているんですか?」

 私の内心を見透かしたかのように、ミカちゃんが低く低く囁いた。ついでに軽く耳を食んで、するりと背中を撫で上げる。

「ひゃ」

 思わず仰け反った私の喉に、ミカちゃんが噛み付くようにキスをする。そっと牙を当てて、ぺろりと舐める。

「律子さんの、この奥深くにある太い血管から、鼓動を感じます……心臓と同じリズムの鼓動ですよ」

 唇を動脈に沿って滑らせながら、ミカちゃんが私の心臓の上に右手を置く。

「脈が速くなりましたね」
「あの、ミカちゃん……?」

 ミカちゃんがうれしそうに微笑んで、赤い目を細めた。
 くすくす笑いながら、またちくりと刺す。

「まだまだ宵の口ですよ、律子さん。夜が終わるまでに、その身体に抗い難いほどの感覚を植え付けてあげますから、ね」
「……ミカちゃん?」

 ミカちゃんの言葉にどきりとする。
 抗い難いほどの、感覚?
 それは、どんな?
 心臓の鼓動が勝手にばくばくと激しくなる。

「また脈が早くなりましたね。律子さんは期待なさっているのですか?」

 ミカちゃんの目がきらりと赤く輝いた。
 吸い込まれるような、血のように赤い、ミカちゃんの目が。



 ふ、と目が覚めた。

「え、あれ」

 目を開けて呆然とする。
 あれからいったいどうなったのか。起き上がろうとして身体が動かなくて……後ろからひんやりとした腕が回されて抱き締められたままだったことに気がついた。

「律子さん、目が覚めましたか?」

 急に耳元で囁かれて、またびくっと身体が跳ねてしまう。
 まさか夢……だったわけじゃ、ないよね、と混乱する私の首に、ちゅっと柔らかいものが触れた。

「あ……ミカ、ちゃん?」
「昨晩はお疲れだったようですね。いつの間にか眠っていましたよ」

 慌てる私に、ミカちゃんが笑いながら腕の力を込める。

「よくお休みになれましたか?」
「え、ミカちゃん、私……?」
「けれど、まだ約束の半分もいただいていません」

 ミカちゃんは私の首に顔を埋めながら告げた。

「半分も、って」
「まだ、約束の半分にも程遠い量しかいただいておりませんという意味です。もちろん、続きもくださいますよね……ね、律子さん?」

 くるりと身体ごと私を振り向かせて、ミカちゃんは、にい、と笑う。その目はやっぱり赤かった。
 ミカちゃんは、それから私の顎に手を添えてクイと上向けた。ちくりという刺激に、喉に牙を当てられたとわかった。

「あ、ミカちゃ……ん」

 ちりちりする痛みのすぐ後に、ふわふわするような感覚も湧き上がる。
 どうしてだろう。
 はあ、と勝手に吐息が漏れる。
 なんで――なんで、気持ちいいと思ってしまうのだろう。

「律子さん、ご気分は?」
「え?」

 ミカちゃんの問う声には、笑みが含まれていた。きっと、ミカちゃんは全部わかったうえで訊いているのだ。
 今度は首筋にキスをされる。
 またちりっという刺激がして、今度はそのすぐ後にぺろりと大きく舐められた。その、舐められた感覚が消えてしまうのが惜しくて、「あ」と声を出してしまう。

「どうしましたか?」

 思わず声が出た私の首にキスをしながら、ミカちゃんは笑う。

「え、あっ……」

 口を開いた瞬間を狙ってか、また、ちりりと刺激が来る。言葉が続かない。

「ああ、動悸が激しくなっているようですね」

 心臓のある場所を自分に押し付けるように、ミカちゃんに抱き寄せられる。離れたほうがいいのに、身体に力が入らない。
 どうしよう、どうしようと必死に考えている間に、ミカちゃんは身体を起こしてのし掛かるように私を覗き込んだ。
 微笑んで、目を細めて。

「律子さん、体調は問題ありませんね?」

 私の頬を撫でて、唇を重ねる。そのままキスは深く深くなって、差し入れられた舌に、私の舌が絡め取られる。
 くちゃ、という音に混じって舌がちりっとした。
 鉄錆の味がほんのりと口の中に広がって……ミカちゃんの目は、その間もずっと笑みの形に細められたままだった。口の中の鉄錆の味を追うミカちゃんの舌に、私の口内はじっくりと嬲られている。
 私はずっと混乱したまま、ミカちゃんのなすがままになっていた。

 やっと口を離されて、私ははぁはぁと荒く息を吐く。なんで、本当になんでこんなことになっているんだろう。
 いつもの月いちのじゃないのだろうか。

「ミカちゃん……私、どうなっちゃうの」
「どうもなりませんよ。律子さんからは血を飲ませていただくだけですしね」
「あ」

 ミカちゃんはそう言って私の顔を上向かせた。頬に添えられた手は優しいのに、いつもと違う。

「こうして血を飲まれるのは、嫌ですか?」

 また私の首をぺろりと舐めて、軽く牙を立てた。

「え……あ……」

 牙が少し食い込んだ場所から疼くような熱が生まれた。熱はだんだん身体中に広がって、何かがたまらなくなってしまう。

「嫌じゃ、ない……」

 嫌どころか、むしろ。
 首を刺す牙が気持ちよくて、朦朧としつつ小さく呟く。ミカちゃんは、私の返答がお気に召したのか、とてもうれしそうに笑った。

「良かったです。無理に襲うわけにもいきませんし、血を飲まれることが嫌だと思われてしまっては、これから先、私も困ってしまいますからね」
「あっ」

 牙を離されて、思わず声をあげてしまう。

「身体にお辛いところでも、ありますか?」

 喉元に顔を埋めたまま、ミカちゃんは傷跡に滲む血を舌先で掬い取る。
 わかっているくせに、と考える私に、ミカちゃんはまた笑った。

「ずいぶん汗ばんできましたね。エアコンを強めましょうか」

 ミカちゃんは枕元に手を伸ばし、エアコンの温度を下げた。すぐに涼しい風が吹き出したけれど、私の身体はやっぱり熱いままだ。
 ミカちゃんはじっくりと私を眺めると、今度は鎖骨の上を滑らせるように、牙で傷を付けた。

「ふ、あ……」
「律子さんの血は私の甘露にも等しいのです……この血を得るためなら、何でもしたいと思ってしまう」

 小さくうっとりと呟いて、ミカちゃんはじっくりと滲んだ血を舐め取っていく。その舌の動きに合わせて、身体の熱がどんどん増していく。

「う……ミカ、ちゃん……」
「はい?」

 ミカちゃんが笑いながら、首を傾げる。私はただ、そのミカちゃんの笑い顔をじっと見つめるだけで……。

「何か?」

 笑みを湛えた赤い目でじっと私を見つめ返すと、ミカちゃんはまた、傷に滲み出た赤い血をぺろりと舐めた。

 もっと、もっと吸って欲しい。
 思わずそう考えて、頭を振る。
 もっとなんて、そんなのだめだ。
 でも、もっと吸って貰えたら、もっと――。

 はあ、と息を吐く私に、ミカちゃんは低く囁いた。

「今日は、約束どおり、決めてある量の血を飲むだけですよ」
「――あっ」
「こんなに汗ばんで、脈拍まで速くなってしまいましたね。体調はどうですか?」
「だ、大丈夫、だから」
「そうですか。無理をなさってはいけませんよ?」

 ミカちゃんは、笑うことも牙をかすらせることも、決して止めない。
 頭が、ぼうっとする。
 ミカちゃんが血を舐めたところがカッと熱くなって、そこからどんどん熱が湧き出して止まらなくなっていく。

「ん……っ」
「ずいぶん、汗をかいてしまいましたね」

 耳のすぐ横で聞こえるミカちゃんの声に、こくりと頷いた。

「喉が渇いているのでは、ありませんか?」
「おみず、ほしい」
「お腹も空いてはいませんか?」
「あ……すこ、し」

 はあ、と溜息と一緒にそう答えると、ぼうっとする私を残してミカちゃんがベッドを降りる。

「このまま待っていてくださいね」

 楽しそうに台所へと向かうミカちゃんの背中を、私はぼんやりと見つめた。
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