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5.吸血鬼と私
閑話:天使の引越
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「住居を借りるというのは、なかなか大変なんだな」
「そうだねえ。でも、このあたりは広さの割に安いほうなんだって聞いたよ。駅が小さいし、駅前も大きなお店とかがない、住宅地だから」
「そういうものか……いや、たしかに、“都”でも、商業地区に近いほど賃料は跳ね上がるみたいだったな」
「でしょ? 便の良いとこほど高くなるのは、こっちも一緒だって」
結婚してからも両親と同居というのは、こちらの住宅事情を考えると厳しい。だから新居を探そうと言われたのは、結婚式を間近に控えてのことだった。
たびたびカイルが不在にすることを考えれば、両親と同居のほうが望ましい。ルカも安全だし、カイルも安心だ……最初はそう考えていた。
だが、ルカの実家の広さから判断するに、窮屈すぎるというルカの意見はたしかに正しい。それにもちろん、ルカとの子供も欲しいと考えてみると、その過程をルカの実家でというのは……まで至って、カイルもなるほど新居は絶対に探すべきだと頷いた。
とはいえ、実際に探し始められたのは、主にカイルの都合により、本格的な夏が来てからだったが。
「それにしても、木造とか鉄骨鉄筋とかコンクリとか、こちらは住宅にもいろいろと種類があるんだな。おまけに新築とか築浅とか、新しいものほど高いとは思わなかった。あちらでは、新しいとか古いとかはあまり関係ないから」
「こっちは、どうしても設備が古くなったりするからね。給湯とかガスとか」
「おまけに、内装も好きに変えられないなんて」
「賃貸だもん、しょうがないよ」
駅前の不動産屋を巡って集めたチラシを並べて、カイルはううむと唸る。
かといって、いかに成功した冒険者である自分でも、さすがにこちらの都市部でポンと住宅を買えるほどの資金はない。説明を聞いた限りでは、カイルの職業では“ローン”というものを利用することも、難しいだろう。
「あ、ねえ、カイル、これ」
「ん?」
「新築の2LDKなんだけど、場所がね」
「ここは……」
ルカの差し出したチラシと不動産屋が付けてくれた地図を見比べて、カイルは考え込んでしまう。
鉄骨鉄筋造というのは、建物の種類の中では頑丈なほうだったはずだ。だから、そこは問題ない。一階部分というのは気になるが、防犯ならイリヴァーラに頼んで主要な出入り口に“魔術鍵”を掛けてもらえばいい。なんなら、“警報”で対策をしたっていいし、寄進を弾めばヘスカンに結界の構築だって頼めるだろう。
それから、隣だ。
考えようによっては、これ以上安全な場所はない。自分が留守にしたところで、彼が近くにいれば滅多なものは近寄って来ないだろう。
それに、彼女がいる。彼はルカを彼女の大切な友人だと認めているのだし、そうである以上、彼自身も滅多なことはしないと信用できる……はずだ。
じっと考え込むカイルに、ルカはにっこりと笑ってみせた。
「建物は違うけど、お隣に知ってる人がいると安心でしょ? それに、律子さんの話じゃミカさんってものすごい家事の達人だっていうから、いろいろ聞けていいんじゃないかなとも思うんだ」
「義母殿に聞くのでは……」
「お母さんだと、ちょっと余計なことまでうるさいっていうか……ええとほら、賃貸には賃貸のやり方みたいなのあるし? それに、休みの日に律子さん誘ってお茶したりも気軽にできたら楽しいかなって」
「ふむ」
任務によっては数日留守にすることもある以上、ルカの言うとおり、隣に知った者がいたほうが安心だとはもっともで……もちろん、実家に帰してしまうことはできる。しかし、こちらでは、結婚した夫婦は独立してあまり親に頼らないものだと聞いたのに、義父母に負担を掛けてしまうのはよくないかもしれない。
「わかった。では、ここを聞いてみようか。たしか、中を見せてもらうこともできるんだったな。見てやっぱり気に入ったなら、ここに決めよう」
「うん」
幸い、その物件はまだ空いていた。
今すぐ内覧も可能だと言われて見に行けば、南側は駐車場で日当たりも良かった。図面で見たとおり、間取りも使い勝手が良さそうだ。
ここなら実家まで徒歩十分ちょっとだし……何より待たずに即入居可能というのも良かった。
カイルが外国人ということで審査だけは気になった。
けれど、担当者によれば、ちゃんと定職に就いて結婚もしてここに住むのだから、何も心配はいらないという話だった。もっとも、カイルのような人外種族のための互助組合を通して、戸籍やら何やらいろいろと手を回しておいたおかげでもあるのだが。
「ねえカイル、ここにしようよ」
「ルカが気に入ったなら」
すっかり乗り気のルカに、カイルはつい苦笑を浮かべてしまう。
不動産屋の事務所に戻り、さっそく出された書類の必要事項を埋めながら、ルカはその表情にくすくすと笑い出した。
「まだ心配? でも私、ミカさんて悪い人じゃないと思うんだよね」
「ああ、そうかもしれない」
たしかに、今のミカは“悪”というわけではないのだろう。
かといって、決して“善”というわけでもないのだけど……と、心の中で付け足しながら、カイルは頷いた。
* * *
「あー、疲れたねー。ミカちゃんお疲れ様ー!」
ぐうっと思い切り伸びをする私に、荷物を転がしながらミカちゃんがくすりと笑った。いかにビジネスとはいえ、半日座りっぱなしはやっぱり辛かったのだ。
さっそく部屋に入って「ただいまー」と声を掛けると、おかえりなさいとペトラちゃんが出てきて前脚を振った。
さすがにクモむけのお土産は用意できなかったけど、土産話ならたくさんあるのだ。問題ないだろう。
窓を開ける間に、ミカちゃんがさっそくスーツケースを広げて、手早く洗い物を選り分けていって……それから、ふと、顔を上げた。
「どしたの、ミカちゃん」
「いえ……気配が」
「気配?」
「ええ、近くにアレの気配が……まさか」
ミカちゃんがパッと振り向いて、壁を凝視する。
その壁の向こう、つまり隣の畑だった場所には少し前に新しくアパートが建って、そういえば入居も始まっていたようだった。
「隣のアパート、さっそく入居してたみたいだったね。でも、そこがどうかしたの? 気配って、何の?」
ミカちゃんは思い切り顔を顰めている。
何が気になってるんだろう……と首を傾げたところに、ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
「なんだろ。いきなり新聞の勧誘かな」
ちょっと考えたところで、「律子さーん」と聞き覚えのある声に呼ばれた。
慌ててガチャガチャ玄関を開けると、瑠夏さんと天使が、小さな紙袋を手ににこにこ笑いながら立っていた。
「あれ、どうしたの?」
「えへへ、実はお隣のアパートに引っ越して来たんだ」
「え、ええ!?」
「それで、ちょうど帰ってきたみたいだから、挨拶だけでもって思って」
瑠夏さんの差し出す紙袋を受け取りながら、驚きに目が丸くなる。
「わあ、ほんとに!? でも瑠夏さん、実家近くなかったっけ?」
「さすがに狭いし、カイルにマスオさんやらせるわけにもいかないかなって」
「そっか、マスオさんか。たしかに、新婚でそれはきついね」
瑠夏さんの言葉につい笑ってしまった。
天使が婿入りしてマスオ天使にチェンジか、なんて考えてしまったけど、これは口には出さないでおく。
「まさか、お隣になるなどとは思いもよりませんでした」
多少顔を引き攣らせたミカちゃんも、包みを手に玄関へやってきた。
当たり前だけど、ミカちゃんはあまり歓迎してなさそうだ。
「僕が留守にしても、ここならお前が目を光らせている。滅多なものは来ないだろうと判断してのことだ」
「なるほど……では、私のことは警戒しなくてもよろしいのですか?」
ミカちゃんはちょっと意地悪そうな笑顔だった。天使の眉も少し寄っている。
近づきすぎて喧嘩とかになったら、まずいんじゃないだろうか。
「お前がルカを彼女の友人だと捉えている限り、そこについては問題視しないことに決めたんだ」
「なるほど、そうきましたか」
「すごい。天使が学習してる」
だが、天使はこれまでの出来事で学習と成長をしたらしい。
私もミカちゃんも、天使の辞書にもついに妥協という言葉が載るようになったんだ、なんて変な感心までしてしまった。
天使の顔がかあっと赤くなる。
「――これは、絶対に、お前と馴れ合おうという意思表明ではないからな!」
「カイル、カイル、わかってるから、どうどう」
瑠夏さんが笑いながら天使を宥める。
天使っていくつだっけ。瑠夏さんより年下とか言ってた気がするけど。
とはいえ、たしかに天使の言うとおり、ミカちゃんの近くなら変なものは来ないだろう。ついでに考えるなら、天使がいるとなれば、面倒臭そうなギスギス会議の吸血鬼たちもここに来ることがなくなるということだ。
こっちとしてもありがたいんじゃないだろうか。
天使って聞いただけで、すごく騒ついてたみたいだし。
「まー、せっかくお隣さんなんだし、仲良くやろうか。ね、ミカちゃん」
「律子さんがそう言うのでしたら」
ミカちゃんもにっこり頷く。
「ああ、こちらはあなた方へのお土産ですよ。どうぞ」
「わ、なんだろ。ありがとう! また後でゆっくり話聞かせてね」
「うん」
「それじゃ、また後でね」
「うん、今度鍋でもやろう」
さすがにあっちは引っ越したばかり、こっちも帰ってきたばかり。お互いの用件も済んだことだしと、瑠夏さんたちは帰っていった。
「隣に天使が住んでます、なんて、なんか映画の設定みたいだね」
「映画ですか」
部屋に戻ってふたりで広げた荷物を片付けながら、なんかそんな映画かなんかなかったかなと考えて、ふと気がついた。
ミカちゃんて、天使から圧迫感みたいなものを感じてなかったっけ?
「ね、ミカちゃんは天使が気になる? 落ち着かない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
ほんとかな、と伺い見る私の顔を、ミカちゃんがくすりと笑って急に引き寄せて、ちゅっと唇を啄ばんだ。
「あっ、ちょっ、ミカちゃん、もう日本に帰ってきたのに!」
「家の中なのですから、よいではありませんか」
「でっ、でも、習慣ってうっかり出ちゃうものなんだよ!」
「慣れれば大丈夫ですよ」
「それっ、全然大丈夫じゃない! それに、空港でもキスしようとしてたし!」
「よいではありませんか」
くっくっと笑って、ミカちゃんが改めてキスをする。
ミカちゃんは、日本に帰ってきてもキス祭をやめようとしなかった。
付き合いたての高校生とかでもないのに、外で、人目のあるところでキスとか、痛いバカップルじゃないか。
なんて言っても、ミカちゃんは気にしていないようだった。
それに、よくよく考えてみたら、ミカちゃんはやりたい盛りの男子高校生メンタルだとわかってたじゃないか。
ミカちゃんはだんだんタガが緩くなってると思うんだけど、大丈夫なのか。
**********
五章ここまで
六章以降は、不定期のゆっくり更新になります
「そうだねえ。でも、このあたりは広さの割に安いほうなんだって聞いたよ。駅が小さいし、駅前も大きなお店とかがない、住宅地だから」
「そういうものか……いや、たしかに、“都”でも、商業地区に近いほど賃料は跳ね上がるみたいだったな」
「でしょ? 便の良いとこほど高くなるのは、こっちも一緒だって」
結婚してからも両親と同居というのは、こちらの住宅事情を考えると厳しい。だから新居を探そうと言われたのは、結婚式を間近に控えてのことだった。
たびたびカイルが不在にすることを考えれば、両親と同居のほうが望ましい。ルカも安全だし、カイルも安心だ……最初はそう考えていた。
だが、ルカの実家の広さから判断するに、窮屈すぎるというルカの意見はたしかに正しい。それにもちろん、ルカとの子供も欲しいと考えてみると、その過程をルカの実家でというのは……まで至って、カイルもなるほど新居は絶対に探すべきだと頷いた。
とはいえ、実際に探し始められたのは、主にカイルの都合により、本格的な夏が来てからだったが。
「それにしても、木造とか鉄骨鉄筋とかコンクリとか、こちらは住宅にもいろいろと種類があるんだな。おまけに新築とか築浅とか、新しいものほど高いとは思わなかった。あちらでは、新しいとか古いとかはあまり関係ないから」
「こっちは、どうしても設備が古くなったりするからね。給湯とかガスとか」
「おまけに、内装も好きに変えられないなんて」
「賃貸だもん、しょうがないよ」
駅前の不動産屋を巡って集めたチラシを並べて、カイルはううむと唸る。
かといって、いかに成功した冒険者である自分でも、さすがにこちらの都市部でポンと住宅を買えるほどの資金はない。説明を聞いた限りでは、カイルの職業では“ローン”というものを利用することも、難しいだろう。
「あ、ねえ、カイル、これ」
「ん?」
「新築の2LDKなんだけど、場所がね」
「ここは……」
ルカの差し出したチラシと不動産屋が付けてくれた地図を見比べて、カイルは考え込んでしまう。
鉄骨鉄筋造というのは、建物の種類の中では頑丈なほうだったはずだ。だから、そこは問題ない。一階部分というのは気になるが、防犯ならイリヴァーラに頼んで主要な出入り口に“魔術鍵”を掛けてもらえばいい。なんなら、“警報”で対策をしたっていいし、寄進を弾めばヘスカンに結界の構築だって頼めるだろう。
それから、隣だ。
考えようによっては、これ以上安全な場所はない。自分が留守にしたところで、彼が近くにいれば滅多なものは近寄って来ないだろう。
それに、彼女がいる。彼はルカを彼女の大切な友人だと認めているのだし、そうである以上、彼自身も滅多なことはしないと信用できる……はずだ。
じっと考え込むカイルに、ルカはにっこりと笑ってみせた。
「建物は違うけど、お隣に知ってる人がいると安心でしょ? それに、律子さんの話じゃミカさんってものすごい家事の達人だっていうから、いろいろ聞けていいんじゃないかなとも思うんだ」
「義母殿に聞くのでは……」
「お母さんだと、ちょっと余計なことまでうるさいっていうか……ええとほら、賃貸には賃貸のやり方みたいなのあるし? それに、休みの日に律子さん誘ってお茶したりも気軽にできたら楽しいかなって」
「ふむ」
任務によっては数日留守にすることもある以上、ルカの言うとおり、隣に知った者がいたほうが安心だとはもっともで……もちろん、実家に帰してしまうことはできる。しかし、こちらでは、結婚した夫婦は独立してあまり親に頼らないものだと聞いたのに、義父母に負担を掛けてしまうのはよくないかもしれない。
「わかった。では、ここを聞いてみようか。たしか、中を見せてもらうこともできるんだったな。見てやっぱり気に入ったなら、ここに決めよう」
「うん」
幸い、その物件はまだ空いていた。
今すぐ内覧も可能だと言われて見に行けば、南側は駐車場で日当たりも良かった。図面で見たとおり、間取りも使い勝手が良さそうだ。
ここなら実家まで徒歩十分ちょっとだし……何より待たずに即入居可能というのも良かった。
カイルが外国人ということで審査だけは気になった。
けれど、担当者によれば、ちゃんと定職に就いて結婚もしてここに住むのだから、何も心配はいらないという話だった。もっとも、カイルのような人外種族のための互助組合を通して、戸籍やら何やらいろいろと手を回しておいたおかげでもあるのだが。
「ねえカイル、ここにしようよ」
「ルカが気に入ったなら」
すっかり乗り気のルカに、カイルはつい苦笑を浮かべてしまう。
不動産屋の事務所に戻り、さっそく出された書類の必要事項を埋めながら、ルカはその表情にくすくすと笑い出した。
「まだ心配? でも私、ミカさんて悪い人じゃないと思うんだよね」
「ああ、そうかもしれない」
たしかに、今のミカは“悪”というわけではないのだろう。
かといって、決して“善”というわけでもないのだけど……と、心の中で付け足しながら、カイルは頷いた。
* * *
「あー、疲れたねー。ミカちゃんお疲れ様ー!」
ぐうっと思い切り伸びをする私に、荷物を転がしながらミカちゃんがくすりと笑った。いかにビジネスとはいえ、半日座りっぱなしはやっぱり辛かったのだ。
さっそく部屋に入って「ただいまー」と声を掛けると、おかえりなさいとペトラちゃんが出てきて前脚を振った。
さすがにクモむけのお土産は用意できなかったけど、土産話ならたくさんあるのだ。問題ないだろう。
窓を開ける間に、ミカちゃんがさっそくスーツケースを広げて、手早く洗い物を選り分けていって……それから、ふと、顔を上げた。
「どしたの、ミカちゃん」
「いえ……気配が」
「気配?」
「ええ、近くにアレの気配が……まさか」
ミカちゃんがパッと振り向いて、壁を凝視する。
その壁の向こう、つまり隣の畑だった場所には少し前に新しくアパートが建って、そういえば入居も始まっていたようだった。
「隣のアパート、さっそく入居してたみたいだったね。でも、そこがどうかしたの? 気配って、何の?」
ミカちゃんは思い切り顔を顰めている。
何が気になってるんだろう……と首を傾げたところに、ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
「なんだろ。いきなり新聞の勧誘かな」
ちょっと考えたところで、「律子さーん」と聞き覚えのある声に呼ばれた。
慌ててガチャガチャ玄関を開けると、瑠夏さんと天使が、小さな紙袋を手ににこにこ笑いながら立っていた。
「あれ、どうしたの?」
「えへへ、実はお隣のアパートに引っ越して来たんだ」
「え、ええ!?」
「それで、ちょうど帰ってきたみたいだから、挨拶だけでもって思って」
瑠夏さんの差し出す紙袋を受け取りながら、驚きに目が丸くなる。
「わあ、ほんとに!? でも瑠夏さん、実家近くなかったっけ?」
「さすがに狭いし、カイルにマスオさんやらせるわけにもいかないかなって」
「そっか、マスオさんか。たしかに、新婚でそれはきついね」
瑠夏さんの言葉につい笑ってしまった。
天使が婿入りしてマスオ天使にチェンジか、なんて考えてしまったけど、これは口には出さないでおく。
「まさか、お隣になるなどとは思いもよりませんでした」
多少顔を引き攣らせたミカちゃんも、包みを手に玄関へやってきた。
当たり前だけど、ミカちゃんはあまり歓迎してなさそうだ。
「僕が留守にしても、ここならお前が目を光らせている。滅多なものは来ないだろうと判断してのことだ」
「なるほど……では、私のことは警戒しなくてもよろしいのですか?」
ミカちゃんはちょっと意地悪そうな笑顔だった。天使の眉も少し寄っている。
近づきすぎて喧嘩とかになったら、まずいんじゃないだろうか。
「お前がルカを彼女の友人だと捉えている限り、そこについては問題視しないことに決めたんだ」
「なるほど、そうきましたか」
「すごい。天使が学習してる」
だが、天使はこれまでの出来事で学習と成長をしたらしい。
私もミカちゃんも、天使の辞書にもついに妥協という言葉が載るようになったんだ、なんて変な感心までしてしまった。
天使の顔がかあっと赤くなる。
「――これは、絶対に、お前と馴れ合おうという意思表明ではないからな!」
「カイル、カイル、わかってるから、どうどう」
瑠夏さんが笑いながら天使を宥める。
天使っていくつだっけ。瑠夏さんより年下とか言ってた気がするけど。
とはいえ、たしかに天使の言うとおり、ミカちゃんの近くなら変なものは来ないだろう。ついでに考えるなら、天使がいるとなれば、面倒臭そうなギスギス会議の吸血鬼たちもここに来ることがなくなるということだ。
こっちとしてもありがたいんじゃないだろうか。
天使って聞いただけで、すごく騒ついてたみたいだし。
「まー、せっかくお隣さんなんだし、仲良くやろうか。ね、ミカちゃん」
「律子さんがそう言うのでしたら」
ミカちゃんもにっこり頷く。
「ああ、こちらはあなた方へのお土産ですよ。どうぞ」
「わ、なんだろ。ありがとう! また後でゆっくり話聞かせてね」
「うん」
「それじゃ、また後でね」
「うん、今度鍋でもやろう」
さすがにあっちは引っ越したばかり、こっちも帰ってきたばかり。お互いの用件も済んだことだしと、瑠夏さんたちは帰っていった。
「隣に天使が住んでます、なんて、なんか映画の設定みたいだね」
「映画ですか」
部屋に戻ってふたりで広げた荷物を片付けながら、なんかそんな映画かなんかなかったかなと考えて、ふと気がついた。
ミカちゃんて、天使から圧迫感みたいなものを感じてなかったっけ?
「ね、ミカちゃんは天使が気になる? 落ち着かない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
ほんとかな、と伺い見る私の顔を、ミカちゃんがくすりと笑って急に引き寄せて、ちゅっと唇を啄ばんだ。
「あっ、ちょっ、ミカちゃん、もう日本に帰ってきたのに!」
「家の中なのですから、よいではありませんか」
「でっ、でも、習慣ってうっかり出ちゃうものなんだよ!」
「慣れれば大丈夫ですよ」
「それっ、全然大丈夫じゃない! それに、空港でもキスしようとしてたし!」
「よいではありませんか」
くっくっと笑って、ミカちゃんが改めてキスをする。
ミカちゃんは、日本に帰ってきてもキス祭をやめようとしなかった。
付き合いたての高校生とかでもないのに、外で、人目のあるところでキスとか、痛いバカップルじゃないか。
なんて言っても、ミカちゃんは気にしていないようだった。
それに、よくよく考えてみたら、ミカちゃんはやりたい盛りの男子高校生メンタルだとわかってたじゃないか。
ミカちゃんはだんだんタガが緩くなってると思うんだけど、大丈夫なのか。
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