真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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5.吸血鬼と私

10.さらに野獣モードがあった

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 北欧の街並というものを歩き回って、たぶん中学の社会で習ったフィヨルドという地形を堪能して、叫ぶ絵で有名な画家の美術館もうろうろして、名物だというトナカイ料理もたんまり食べて……。

「三日間だけだったのに、すっごく堪能した!」
「それはよかったです」

 ミカちゃんのお陰で言葉に困ることもなかった。それに、そもそもからしてマメなミカちゃんは、私が何気なく口に出したことまでを律子リクエストとしてきっちり拾い上げてるのだ。卒の無さがさすがすぎる。

「ミカちゃんは律子のスパダリだよね。ちょっと中身おっさんで男子高校生だけど、概ねスパダリでいいと思うんだ」
「概ねですか?」

 くすくすと笑いながら、ミカちゃんが私を引き寄せた。あ、これまずいやつだと思う間も無くちゅうっとキスをして、すかさず自撮りする。
 スキも何もあったもんじゃない。

「もう、いくつ撮れば気がすむの!」
「律子さんも、だいぶ慣れて来たようですね」
「うっ!」

 そうなのだ。恥ずかしいとか思いつつ、ついついカメラ目線をしてしまうのだ。ミカちゃんが喜んでるし。
 自分のサービス精神が憎い。

「たっ、旅の恥はかき捨てっていうし、旅行中だけの律子スペシャルサービスなんだからね!」
「はいはい」

 くっくっと笑いながらミカちゃんはまたキスをする。

 海外効果なのかなんなのか、それともここは日本じゃないからキスなんて挨拶なんですよなのか、ミカちゃんは大っぴらにキス魔になっていた。
 もしかして、仲間内にお披露目も済んで晴れて公認だからと、ミカちゃん好き放題強化期間にでもシフトしたのだろうか。
 ホテルに戻るとすぐに何かと触りたがるし、やたら抱きたがるし、このままミカちゃんのタガ外れモードが固定されてしまったらどうしよう。
 私の社会生活がヤバいんじゃないだろうか。

 なんとか止めなければ。

 だが、無駄だった。
 私が大変に絆されやすくチョロいということを、ミカちゃんはよく知っている。抵抗するだけ無駄というやつだ。

 そんなこんなであっという間に予定は過ぎて、今日はもう最終日だ。明日の朝には空港に向かわなきゃならない。
 今日は一日かけて実家と友達と会社にお土産を買わなければならないのだ。

「ミカちゃん、スーパー行きたい!」
「スーパーですか?」
「そ、スーパー。会社の先輩が、海外行ったらお土産はスーパーで探したほうがおもしろいもの見つかるよって言ってたんだ。現地の駄菓子的なやつとか」
「駄菓子ですか」

 ミカちゃんが不思議そうに首を傾げる。
 ミカちゃんのようなブルジョワ育ちは、そもそも駄菓子なんてものの存在すら知らないんじゃないか。

「子供向けの、やすーいお菓子。これがなかなかおもしろくってさ」
「はあ」

 ミカちゃんはあまりピンと来ていないようだ。
 考えてみれば、人間のように食べなくても平気なのだし、わざわざ駄菓子を試してみるなんてことはしないんだろう。

「あっ、そうだ! あれ、あの、めちゃくちゃ臭いっていう、シューなんとかっていう缶詰はあるかな!」

 ふと、ネットか何かで見たものを思い出して言ってみると、すうっとミカちゃんの顔色が変わった。

「律子さん。律子さんの希望はすべて叶えようと常々考えてはいますが、シュールストレミングは無理です」
「え、そうなの?」
「あれは、機内持込も預け荷物に入れることも不可ですから」
「えー、そうなんだ」

 残念だなあという顔をする私に、ミカちゃんが思い切り顔を顰める。

「あれは発酵食品なので、爆発するんですよ」
「――へ?」
「発酵するとガスが発生しますよね? そのガスで缶の内圧が非常に高まっていて、機内の気圧変化に耐えられないのだそうです。
 それに、たとえ持ち帰れても、アパートのあるあたりは住宅地です。迂闊に開ければあたり一帯に臭いが拡散の上、異臭騒ぎで警察が来ますよ」
「そんな危ない缶詰なんだ……」
「率直に言って、紛うことなき危険物ですね」

 真剣に押し留めようとするミカちゃんに、さすがの私も考え直す。
 何より、機内に持ち込めないんじゃしかたない。

「そっかあ。じゃあ、今回はいいってことにしよう。
 なら、アルミ……アルミなんだっけ。世界一まずい飴ってやつ。ジンギスカンキャラメルとどっちがすごいかな」
「――サルミアッキのことですか? 律子さんはゲテモノ好きなんですね」
「え? そういうわけじゃないけど、お土産ってそういうものじゃない?」

 ミカちゃんが呆れたように小さく溜息を吐く。
 でも、職場で配られるお土産って、だいたいどこに行ったかすぐわかってしかもネタ寄り……っていうものばかりだったし。

「せめて、気持ちよく食べられるものと抱き合わせにすべきではないかと」
「んー……」
「ゲテモノは面白いかもしれませんが、まだ最初なのですから、今回は普通のお土産にしませんか」
「ミカちゃんがそこまで言うならそうしようかなあ」

 とうとう観念する私に、ミカちゃんは「そうしましょうね」とキスをする。まるで子供をあやしているようだ。

 結局、お土産として買い込んだのは、グミをはじめとする普通のお菓子に、種々雑多なインスタントスープの素だった。



 食べ納めだといって、今日の夕食もトナカイ料理を選び、もうけっこう遅いはずの街中を歩く。
 北欧という高緯度帯で、今の季節の日没は、夜中の十時頃だ。
 サマータイムのお陰で日の出は五時頃だけど、太陽の高さで時間を測ろうとするとたちまち感覚が狂う。
 まだ夕方五時くらいに思えるんだけどなあ、と。

「そろそろ冷えてくる時間ですよ」
「ん、そうだね」
 ミカちゃんが上着を肩に掛けてくれた。
 昼間はそれなりに暑いのに、日が傾き始めると一気に寒くなる。昼間は一応夏なのに、夜は晩秋だ。

「次は、ギスギス吸血鬼会議は無しにして、観光だけで来たいなあ」
「そうですね」

 上着の袖を通してそのまま大きく伸びをする私に、ミカちゃんはまたキスをした。何かと言うといちいちキスをするのも、今日で最後か。

「夏休みも終わりかあ……仕事したくないでござる」
「辞めてもいいんですよ?」

 休みが終わるたびに使う慣用句を今日も口に出すと、ミカちゃんはにっこり笑ってすかさず私の顔を覗き込んだ。

「んもー、辞めないってば。律子さんは、結婚後もしっかりと自立した人生を歩くって決めているのです。
 だから今のは、ただ過ぎ行く休暇を儚んでるだけなの」
「そうですか」

 ミカちゃんはやっぱり笑って受け流す。
 そりゃ、ミカちゃんに囲われてニート暮らしは楽かもしれないが、暇を持て余す日々などいいとこ三日で飽きるものなのだ。



「律子さん」
「んっ、ちょ、ミカちゃん……」

 ホテルに帰るなり、ミカちゃんに背後から抱き竦められた。かぷりと首筋を甘噛みされて、ぴくんと身体が跳ねてしまう。

「律子さん」
「ん……っ」

 ゆっくりと舌を這わせるミカちゃんは、既に臨戦態勢らしい。お尻には、間違えようのないミカちゃんのミカちゃんが主張する気配を感じる。
 最終日ならこれもあり得ると、たしかに予想してはいたけど……ミカちゃんはどれだけ男子高校生なのだ。

「ね、お風呂……お風呂済ませてから……あっ」
「嫌です。待てません」

 あっという間にシャツの裾をたくし上げて、するんと手を入れた。このあたりの手際には、さすがだといつも感心する。
 さすが百戦錬磨だ。
 私の顎を掴んで後ろを振り向かせ、唇を塞ぐまでも滞りない。
 もっとも、差し入れられた舌を絡めながら胸を弄られて、私もすぐにでろんでろんに蕩けてしまうのだけど。

「ん……ミカちゃ……あっ」

 立ったまま膝から力が抜けそうで、ミカちゃんに背中を預けてしまう。
 そのまま片手で私を支えながら、もう片手であちこち弄り倒すとか、ミカちゃんはほんとうに器用だ。

「律子さんのここは、もうどろどろですね」
「そういうの、いいか……ああっ」

 ミカちゃんの目はいつの間にか真っ赤に変わってた。脚の間をぬるぬる擦りながら耳を食まれて、びくびく震えてしまう。

 急にくるりと前後をひっくり返されて、ミカちゃんに抱え上げられた。慌てて首に縋りつく私に、ミカちゃんはにこにことキスをしながら歩き出す。
 だが、抱えつつも手はしっかりとシャツとスカートの下に入り込んだままなんだから、ほんとうにさすがだ。



 リビングを抜けてまっすぐベッドルームに入ると、ミカちゃんは私を下ろしてそのまま上からのし掛かった。
 覗き込むミカちゃんの目が、さっきよりさらに赤い。“爛々と光る”という形容は、こういうことを言うんだろうか。もしかして、これはやりたい放題を超えて野獣モードになってやしないか。

「明日は移動だけですから」
「えっ、ちょっ、それどういう意味」
「そういう意味ですよ」

 慌てる私をあっという間に丸裸にして、ミカちゃんも一緒に丸裸になって、手品かと突っ込む間もなくぐだぐたにされる。

「帰ってしまえば、こんなふうにゆっくりできませんからね」
「ん、あっ、ゆっくり、って……あああっ」

 何ができないと言うのか。
 首をぺろりと舐めて、ミカちゃんが指をぬるりと潜り込ませる。中をぐちゅぐちゅと掻き回して、いいところをピンポイントに狙ってくる。

「あっあっ、待って、ミカちゃん、あっ」

 いじられて、ほとんど条件反射で気持ちよくなってしまって、私はミカちゃんに、ついしがみついてしまう。

「あ、んっ……もしかして、今日、寝かせてくれないとか……あっ」
「大丈夫です。機内で存分に寝られますよ」
「やっぱり……あああっ」

 身体をもたげてちゅうっと音を立てて肌を吸う。

 と、今度は指より太いミカちゃんが入ってきた。ゆっくりがっつり擦られて瞬く間に押し上げられて、もう、抗議するどころじゃない。
 ミカちゃんは本気だ。本気で野獣モードになってる。

「あっ、ミっ、ミカちゃ、イっちゃ……っ」

 あっという間に昇り詰めて、頭の中が沸騰する。
 いくつもの花火が破裂したみたいだ。目の中でハレーションが起きて、真っ白になってしまう。

「今日の律子さんは、とても敏感でかわいいですね。どうぞ好きなだけイってください。たくさんイかせてあげますから」
「だめ、あっ、それ、だめ、だめ……っ」

 快感でひくひく引き攣る中を、休むことなくさらに攻め立てられる。
 途切れ途切れに声を上げて喘ぐ私を、ミカちゃんがじっと見下ろしていた。
 口元に、ちらりと尖った白い牙が見える。

 欲しい。
 もっと、欲しい。

 欲望が尽きることなく湧き上がる。
 ミカちゃんの白い牙を、早く突き立てて欲しい。

 過ぎた快楽は毒になる……って、エロマンガか何かで見た気がするけど、あれはほんとうのことだったんだ。
 気持ち良さが限界突破で、私の頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。

「あ……ミカちゃ、ミカちゃん……」

 必死にしがみついて身体を摺り寄せる私を、ミカちゃんが優しく抱きしめる。激しさが幾分か引いて、でも、その分物足りなさが増してしまう。

「律子さん」
「ん、ミカちゃん、お願い――あ、あんっ」

 強く奥を抉られるのに、やっぱり足りない。

「ね、お願い、噛んで」
「ええ。でも、まだあとでですよ」
「あっあっ、今、今欲しいの」
「律子さんはほんとうに堪え性がありませんね」
 ぐちゅっ、ぐちゅっと音を立てて、ゆっくり、だけど強く突き上げられる。

 ミカちゃんが気持ちよくするからだ。
 私が堪え性がないのは、ミカちゃんのせいなのだ。

「だって……あっ、気持ち、いいから……っ」

 全身に汗を浮かべ、私ははあはあと息を荒げる。ミカちゃんは、そんな私に優しくキスを落とす。

「では、私と、こうかん・・・・しますか?」
「こう……?」

 ミカちゃんがにっこりと笑っていた。
 何を交換するんだろう、とだけ考える。
 けれど、爛れた頭じゃ何も思いつくわけがなかった。

 ――でも、もう、なんでもいい。

 だって、何を交換するにしても、相手はミカちゃんなのだ。
 きっと問題ない。

「律子さん?」
「ん……っ、する……する、から」

 また、ぺろりと大きく首を舐められた。
 今度はぴりっと牙が掠めて、背をぞくぞくとする何かが駆け上がる。

「律子さんは、ほんとうにかわいいですね」
 蕩けるように微笑むミカちゃんが、私にキスをして思い切り奥を穿つ。
「ん……あっ! ああああっ!」
 同時に思い切り牙を突き立てられて、頭の中が真っ白に爆発した。


 * * *


「んもー、朝までとか、一晩中とか、ほんとにすると思わなかった」
「律子さんがあまりにかわいいので」

 ぐったりとシートに座って剥れる私を、ミカちゃんがよしよしと撫でる。

 ラストナイトフィーバーだったのかスペシャルエキサイトだったのか知らないけれど、野獣モードのミカちゃんが、本気で朝まで寝かせてくれなかったのだ。

「もー、ほんと眠い。眠いだけじゃなくてなんか身体中痛いし、ミカちゃんはもっと年齢を考えてください。無限の体力が湧き上がる鋼の十代はとうの昔に過ぎてるんだからね。これからもっと壊れやすくなるのに、無茶されたら困るんだから」
「はいはい。律子さん、ほら、りんごジュースをいただきましたよ」

 こんなに気持ちの入ってない“はい”とか初めて聞いた!
 と憤慨する私をよそに、ミカちゃんは乗務員のおねえさんからカップを受け取って差し出した。ご機嫌取りのつもりなのか。

「ミカちゃんは、もっと私の体力を考えるべきだと思います!」
「はい」
「ミカちゃんみたいな永遠の男子高校生はいいけど、私はもうすぐアラサーだし、そうもいかないんだからね!」
「はい」

 何を言っても笑顔で“はい”しか帰ってこない。
 これはやはり舐められてるのか。
 ――舐められてもしかたないか。結局ミカちゃんの狙い通り、喜んでやりまくってたわけだし、流されるにもほどがある。

 暖簾に腕押しなミカちゃんの態度と、やっぱりチョロい自分に、私はなんだか諦めの境地に至ってしまったのだった。
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