6 / 152
地母神の町
今度こそ、責任を……
しおりを挟む
ほかほかと湯気をあげる小さなポットが運ばれてきた。やはりこの町へ来たら、白い濁りビールを飲みつつこれを食べないことには始まらない。
黄色いマスタードを卓上の壺の中からたっぷりと移して皿の端に盛ると、ミーケルはわくわくしながらポットの中を覗き込み、お湯の中に横たわる白い――
「ははは、ようやく見つけたぞ! よくも逃げたな吟遊詩人ミーケル!」
聞き覚えのある笑い声が背後から響いて、がっくりとミーケルは項垂れる。
これからいよいよいいところだったのに。
「――君、帰ったんじゃなかったの」
「なぜ私が帰らねばならないんだ! お前から受けた屈辱は、未だ晴らされてないんだぞ!」
「君、自分の言ってる言葉の意味、わかってる?」
言い掛かりもここに極まれりだな、とミーケルはひとつ溜息を吐いた。それからポットの中の白いソーセージに目を移す。
今、太陽が天中に差し掛かる前のこの時間にしか食べられない、しかも早くに来ないとあっという間に売り切れてしまう逸品なのに――この女騎士に空気を読めというのが間違っているのだろうか。
「ああもういいよ。ちょっとこっちにおいで」
「なんだ?」
目を眇めて訝しむエルヴィラを、ミーケルは手招きで呼ぶ。
「そんなとこに仁王立ちしてたら店の迷惑になるだろう? とにかく、こっちに来て座りなよ」
「あ、ああ」
混雑する店内に気づいて、エルヴィラもさすがにおとなしくミーケルの言葉に従った。
空いた長椅子の隣に腰を下ろし、「それで、何だ」ともう一度ミーケルを睨みつける。
「ほら、冷める前に食べないともったいないよ。せっかくのおいしい、この“地母神の町”いちばんの白ソーセージなんだから」
「え?」
ミーケルの指差すポットの中を覗くと、満たされた湯の中に、ほかほかに茹で上がった白ソーセージが三本浮かんでいた。
この白ソーセージがどうしたのかと戸惑うエルヴィラの目の前で一本をフォークで掬い上げると、ミーケルは器用にナイフで端を切り落とす。それから皮を縦に割くように長い切れ目を入れてフォークに刺すと、エルヴィラの口元にずいっと突き出した。
「さ、こっち側の端を咥えて。これ、皮を残して中身だけ食べるものなんだよ」
「そ、そうなのか」
差し出されたソーセージの端っこにあむっとかぶりつく。
確かに、舌に触れる中身は柔らかくてふわふわなのに外側の皮は固く、中身ごと噛み切って食べるのは難しそうだ。
「ん、む」
「反対側をちゃんと指で押さえて、いっきに吸い込むんだ。白い中身をね」
「ん、んう」
ず、ずっと音が立ち、少々行儀が悪いようにも思えた。
だが、これもこういうものなのだろうとエルヴィラはミーケルに言われるがまま、思い切りソーセージの中身を吸い込む。皮が剥がれ落ち、中身がエルヴィラの口の中へと吸い込まれるが……。
「は、む、ん、んんう」
もごもごとなんとか収めようとするが、やはりまるまる1本は口に余ったようだ。エルヴィラは必死で口を動かして、なんとか全部を飲み込もうとする。
「いっぺんに全部を口の中に入れるのは無理だね。慌てないで少しずつ食べるといいよ。このマスタード付けてもおいしいんだ。しっかり味わって」
ミーケルは、口の端からソーセージをぶら下げたままのエルヴィラに、にこにことマスタードも勧めた。
なんだろう、何かが解せない。
違和感を感じて周りに目をやると、近くに座って同じように白ソーセージを食べている客が何人も、ぎょっとしたようにエルヴィラを見つめていた。中には真っ赤になったまま、目が合った途端に視線を逸らすものもいる。
――よく見てみれば、エルヴィラのような食べ方をしている者などひとりもいないではないか。
「んんん!?」
まさか騙された? この食べ方は作法に外れたはしたない食べ方ではないのか?
「ん、むっ」
ソーセージを噛み切って切れ端を皿に置き、抗議をせねばとミーケルを振り返る。彼はそんなエルヴィラを、いつもの外向きの笑顔でにっこりと微笑みながら眺めていた。
「これで大人の食べ方を覚えたね。さ、口の中のものをちゃんと飲み込んで。そのまま話すのはお行儀が悪いよ?」
そう言って、ミーケルはそのきれいな人差し指でエルヴィラの開こうとした唇を抑え、もう片手に白ビールのマグを持つ。
「飲み込むのを手伝ってあげようね」
マグをあおるようにしてビールを口に含み、そのままエルヴィラの口を塞ぐ。
「ん、ん、んんんんんん!?」
いったい何が大人な食べ方なのか。
訳がわからず混乱している間に、ビールを口から流し込まれてしまう。ごくりと飲み込み、エルヴィラはあまりのことに思わず現実から意識を飛ばしてしまった。
黄色いマスタードを卓上の壺の中からたっぷりと移して皿の端に盛ると、ミーケルはわくわくしながらポットの中を覗き込み、お湯の中に横たわる白い――
「ははは、ようやく見つけたぞ! よくも逃げたな吟遊詩人ミーケル!」
聞き覚えのある笑い声が背後から響いて、がっくりとミーケルは項垂れる。
これからいよいよいいところだったのに。
「――君、帰ったんじゃなかったの」
「なぜ私が帰らねばならないんだ! お前から受けた屈辱は、未だ晴らされてないんだぞ!」
「君、自分の言ってる言葉の意味、わかってる?」
言い掛かりもここに極まれりだな、とミーケルはひとつ溜息を吐いた。それからポットの中の白いソーセージに目を移す。
今、太陽が天中に差し掛かる前のこの時間にしか食べられない、しかも早くに来ないとあっという間に売り切れてしまう逸品なのに――この女騎士に空気を読めというのが間違っているのだろうか。
「ああもういいよ。ちょっとこっちにおいで」
「なんだ?」
目を眇めて訝しむエルヴィラを、ミーケルは手招きで呼ぶ。
「そんなとこに仁王立ちしてたら店の迷惑になるだろう? とにかく、こっちに来て座りなよ」
「あ、ああ」
混雑する店内に気づいて、エルヴィラもさすがにおとなしくミーケルの言葉に従った。
空いた長椅子の隣に腰を下ろし、「それで、何だ」ともう一度ミーケルを睨みつける。
「ほら、冷める前に食べないともったいないよ。せっかくのおいしい、この“地母神の町”いちばんの白ソーセージなんだから」
「え?」
ミーケルの指差すポットの中を覗くと、満たされた湯の中に、ほかほかに茹で上がった白ソーセージが三本浮かんでいた。
この白ソーセージがどうしたのかと戸惑うエルヴィラの目の前で一本をフォークで掬い上げると、ミーケルは器用にナイフで端を切り落とす。それから皮を縦に割くように長い切れ目を入れてフォークに刺すと、エルヴィラの口元にずいっと突き出した。
「さ、こっち側の端を咥えて。これ、皮を残して中身だけ食べるものなんだよ」
「そ、そうなのか」
差し出されたソーセージの端っこにあむっとかぶりつく。
確かに、舌に触れる中身は柔らかくてふわふわなのに外側の皮は固く、中身ごと噛み切って食べるのは難しそうだ。
「ん、む」
「反対側をちゃんと指で押さえて、いっきに吸い込むんだ。白い中身をね」
「ん、んう」
ず、ずっと音が立ち、少々行儀が悪いようにも思えた。
だが、これもこういうものなのだろうとエルヴィラはミーケルに言われるがまま、思い切りソーセージの中身を吸い込む。皮が剥がれ落ち、中身がエルヴィラの口の中へと吸い込まれるが……。
「は、む、ん、んんう」
もごもごとなんとか収めようとするが、やはりまるまる1本は口に余ったようだ。エルヴィラは必死で口を動かして、なんとか全部を飲み込もうとする。
「いっぺんに全部を口の中に入れるのは無理だね。慌てないで少しずつ食べるといいよ。このマスタード付けてもおいしいんだ。しっかり味わって」
ミーケルは、口の端からソーセージをぶら下げたままのエルヴィラに、にこにことマスタードも勧めた。
なんだろう、何かが解せない。
違和感を感じて周りに目をやると、近くに座って同じように白ソーセージを食べている客が何人も、ぎょっとしたようにエルヴィラを見つめていた。中には真っ赤になったまま、目が合った途端に視線を逸らすものもいる。
――よく見てみれば、エルヴィラのような食べ方をしている者などひとりもいないではないか。
「んんん!?」
まさか騙された? この食べ方は作法に外れたはしたない食べ方ではないのか?
「ん、むっ」
ソーセージを噛み切って切れ端を皿に置き、抗議をせねばとミーケルを振り返る。彼はそんなエルヴィラを、いつもの外向きの笑顔でにっこりと微笑みながら眺めていた。
「これで大人の食べ方を覚えたね。さ、口の中のものをちゃんと飲み込んで。そのまま話すのはお行儀が悪いよ?」
そう言って、ミーケルはそのきれいな人差し指でエルヴィラの開こうとした唇を抑え、もう片手に白ビールのマグを持つ。
「飲み込むのを手伝ってあげようね」
マグをあおるようにしてビールを口に含み、そのままエルヴィラの口を塞ぐ。
「ん、ん、んんんんんん!?」
いったい何が大人な食べ方なのか。
訳がわからず混乱している間に、ビールを口から流し込まれてしまう。ごくりと飲み込み、エルヴィラはあまりのことに思わず現実から意識を飛ばしてしまった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる