20 / 152
聖女の町
そんなこと、誰が言ったの?
しおりを挟む
エルヴィラは置いて行かれたときのまま、呆然と転がっていた。服も何もかも乱れたまま、どうしてこんなことになってしまったんだろうと考えていた。
泣き過ぎて目の周りがひりひりする。喉も渇いてがらがらだ。脚の間もベトベトして気持ちが悪い。
ゆっくり起き上がって、手近な布を取って身体を拭いた。
水差しの水で少し湿らせて、ぐいぐいと拭いた。
昨日まで、きっといろんなことがうまくいくと思ってたのに、どこを間違えてしまったんだろうか。
わからない。
とりあえず、このまま部屋には居たくなくて、服を整えて外へ出た。ミーケルの姿もなかったから、彼もどこかへ出てしまったのだろう。
顔を合わせずに済んで、なんとなくほっとする。
そのまま町の中へと、エルヴィラはふらふらと歩き出した。
「まあ、お嬢さん、どうしたのかしら?
あら、あなたもしかして、サイラス殿がデートしてたっていうお嬢さん?」
「え?」
広場の片隅にぼんやりと座り込んでいると、不意に声を掛けられた。
顔を上げると、いつの間にか、黄色い神官服の女のひとがにこにこと微笑みながら目の前に立っていた。
黄色は太陽神の色だ。だから、この人は太陽神教会の神官なんだろう。
「あのサイラス殿が、昨日、綺麗なオレンジ色の赤毛の、とっても可愛らしいお嬢さんとデートをしてたって教会で噂だったの。
だからあなたがそうなのかと思って」
「その、ん……」
「何かあったのかしら?
なら、もうすぐ日も暮れるのだし、こんなところに座ってないで私といっしょにいらっしゃいな。一緒にお話ししましょう。気も紛れると思うわよ?
私は太陽神教会の神官で、アンジェというの。
今日は旦那も息子も警備隊の遅番でいないから、ちょうどいいわ」
「あの、エルヴィラ、です」
手を引かれるままに立ち上がり、歩き始める。
歩く間、アンジェは陽気にあれこれと町のことを話したり、教会での出来事を話したりと、ずっとひっきりなしにしゃべり続けた。
「さあ、着いたわ。どうぞ」
招き入れられて、ぺこりとひとつお辞儀をしてアンジェの家へと入る。それほど大きくはないけれど、あちこちに花が飾られてとても居心地がよさそうだ。
「ちょっと埃だらけね。まずはお風呂に入りましょうか。すぐに用意するわ。せっかくの綺麗な髪もぼさぼさじゃもったいないものね」
少しだけ座って待っていてねと言い残し、アンジェはぱたぱたと奥へ消える。エルヴィラは、おずおずとそばにあった長椅子に腰を下ろした。
ふ、と小さく溜息を吐いて、これからどうすればいいんだろうと考えた。
「私ねえ、エルヴィラちゃんみたいな可愛い娘が欲しかったわ」
「そう、ですか?」
「だって、娘がいたらこうやって背中の流しっことか毎日できたのよ。
息子はつまらないわあ。小さい頃は可愛かったのに、今はすっかり生意気なの。一人前の顔してね」
「はあ……」
なぜかアンジェと一緒に風呂に入りながら、そんな話をした。
泣き腫らして真っ赤になった目は、アンジェが「まあ」とひと言だけ呟いて、すぐに神術で癒してしまった。
何があったのかも聞かずに、ただ「一緒にお風呂できれいになりましょうか」と微笑んで、エルヴィラの背を押して風呂場に連れて行っただけだった。
「娘ができたらいっぱい可愛くして、一緒にお料理をしたりしてって、いろいろ夢見てたの。けど、今はもう、息子の嫁に期待するしかないのよねえ」
楽しそうにそんなことを言うアンジェに、自分の母はどうだったかなと考える。
貴族ではないが、戦神教会の騎士と司祭の家系で使用人もいて、母自身が料理のような家事をすることはなかった。こうして一緒に風呂に入るなんてこともなかった。
どちらかといえば、カーリス家の娘らしくあれと、尻を叩くばかりだった。
「私の母がアンジェさんのような母だったら、私も、もう少し女らしくできたんだろうか」
ぽつりと呟くと、アンジェは目を丸くして、「あら」と驚く。
「エルヴィラちゃんは充分女の子らしいわよ。
ほら、見て。赤毛の子は色が白いっていうけど、本当に真っ白できれいな肌じゃない。目も晴れ渡った青空みたいな青で、身体つきもちゃんと女の子らしくて、とっても可愛いわ」
アンジェはエルヴィラの腕を取り、ほらほら、と示す。
「でも、いろいろ雑で、乱暴で、女らしくないって」
「その人は見る目がないわ。そんなの些細なことなのに」
くすくすとアンジェは笑い、エルヴィラの髪をするりと撫でる。
「女の子ってだけで充分なのよ。それだけで、いいの。
でもそうね……ひとつだけ言うことがあるとしたら、エルヴィラちゃんはこんなに可愛いんだからもっときれいにしないといけないってことね」
「そう……かな?」
「もちろんよ。うんときれいにして、そんな失礼で残念な人を見返してやるといいわ」
「……でも、そいつもきれいなんだ。すごく」
「ま、自分がきれいだからって、女の子を貶していいことにはならないわよ? それに、男が見た目きれいで、だからどうしたっていうの」
アンジェにかかると、本当にどうでもいいように思えてくる。
「――エルヴィラちゃん、泣いてたでしょう?
だめよ、女の子を泣かすなんて、それだけで最低なんだから」
「でも……私が馬鹿で悪いから――」
またエルヴィラが俯くと、アンジェはすぐに頰を両手で包んで上を向かせた。にっこり笑って、首を傾げる。
「そんなこと、誰が言ったの?」
「ええと……」
「エルヴィラちゃんさえよかったら、私に話してみない?」
「その、ええと……」
泣き過ぎて目の周りがひりひりする。喉も渇いてがらがらだ。脚の間もベトベトして気持ちが悪い。
ゆっくり起き上がって、手近な布を取って身体を拭いた。
水差しの水で少し湿らせて、ぐいぐいと拭いた。
昨日まで、きっといろんなことがうまくいくと思ってたのに、どこを間違えてしまったんだろうか。
わからない。
とりあえず、このまま部屋には居たくなくて、服を整えて外へ出た。ミーケルの姿もなかったから、彼もどこかへ出てしまったのだろう。
顔を合わせずに済んで、なんとなくほっとする。
そのまま町の中へと、エルヴィラはふらふらと歩き出した。
「まあ、お嬢さん、どうしたのかしら?
あら、あなたもしかして、サイラス殿がデートしてたっていうお嬢さん?」
「え?」
広場の片隅にぼんやりと座り込んでいると、不意に声を掛けられた。
顔を上げると、いつの間にか、黄色い神官服の女のひとがにこにこと微笑みながら目の前に立っていた。
黄色は太陽神の色だ。だから、この人は太陽神教会の神官なんだろう。
「あのサイラス殿が、昨日、綺麗なオレンジ色の赤毛の、とっても可愛らしいお嬢さんとデートをしてたって教会で噂だったの。
だからあなたがそうなのかと思って」
「その、ん……」
「何かあったのかしら?
なら、もうすぐ日も暮れるのだし、こんなところに座ってないで私といっしょにいらっしゃいな。一緒にお話ししましょう。気も紛れると思うわよ?
私は太陽神教会の神官で、アンジェというの。
今日は旦那も息子も警備隊の遅番でいないから、ちょうどいいわ」
「あの、エルヴィラ、です」
手を引かれるままに立ち上がり、歩き始める。
歩く間、アンジェは陽気にあれこれと町のことを話したり、教会での出来事を話したりと、ずっとひっきりなしにしゃべり続けた。
「さあ、着いたわ。どうぞ」
招き入れられて、ぺこりとひとつお辞儀をしてアンジェの家へと入る。それほど大きくはないけれど、あちこちに花が飾られてとても居心地がよさそうだ。
「ちょっと埃だらけね。まずはお風呂に入りましょうか。すぐに用意するわ。せっかくの綺麗な髪もぼさぼさじゃもったいないものね」
少しだけ座って待っていてねと言い残し、アンジェはぱたぱたと奥へ消える。エルヴィラは、おずおずとそばにあった長椅子に腰を下ろした。
ふ、と小さく溜息を吐いて、これからどうすればいいんだろうと考えた。
「私ねえ、エルヴィラちゃんみたいな可愛い娘が欲しかったわ」
「そう、ですか?」
「だって、娘がいたらこうやって背中の流しっことか毎日できたのよ。
息子はつまらないわあ。小さい頃は可愛かったのに、今はすっかり生意気なの。一人前の顔してね」
「はあ……」
なぜかアンジェと一緒に風呂に入りながら、そんな話をした。
泣き腫らして真っ赤になった目は、アンジェが「まあ」とひと言だけ呟いて、すぐに神術で癒してしまった。
何があったのかも聞かずに、ただ「一緒にお風呂できれいになりましょうか」と微笑んで、エルヴィラの背を押して風呂場に連れて行っただけだった。
「娘ができたらいっぱい可愛くして、一緒にお料理をしたりしてって、いろいろ夢見てたの。けど、今はもう、息子の嫁に期待するしかないのよねえ」
楽しそうにそんなことを言うアンジェに、自分の母はどうだったかなと考える。
貴族ではないが、戦神教会の騎士と司祭の家系で使用人もいて、母自身が料理のような家事をすることはなかった。こうして一緒に風呂に入るなんてこともなかった。
どちらかといえば、カーリス家の娘らしくあれと、尻を叩くばかりだった。
「私の母がアンジェさんのような母だったら、私も、もう少し女らしくできたんだろうか」
ぽつりと呟くと、アンジェは目を丸くして、「あら」と驚く。
「エルヴィラちゃんは充分女の子らしいわよ。
ほら、見て。赤毛の子は色が白いっていうけど、本当に真っ白できれいな肌じゃない。目も晴れ渡った青空みたいな青で、身体つきもちゃんと女の子らしくて、とっても可愛いわ」
アンジェはエルヴィラの腕を取り、ほらほら、と示す。
「でも、いろいろ雑で、乱暴で、女らしくないって」
「その人は見る目がないわ。そんなの些細なことなのに」
くすくすとアンジェは笑い、エルヴィラの髪をするりと撫でる。
「女の子ってだけで充分なのよ。それだけで、いいの。
でもそうね……ひとつだけ言うことがあるとしたら、エルヴィラちゃんはこんなに可愛いんだからもっときれいにしないといけないってことね」
「そう……かな?」
「もちろんよ。うんときれいにして、そんな失礼で残念な人を見返してやるといいわ」
「……でも、そいつもきれいなんだ。すごく」
「ま、自分がきれいだからって、女の子を貶していいことにはならないわよ? それに、男が見た目きれいで、だからどうしたっていうの」
アンジェにかかると、本当にどうでもいいように思えてくる。
「――エルヴィラちゃん、泣いてたでしょう?
だめよ、女の子を泣かすなんて、それだけで最低なんだから」
「でも……私が馬鹿で悪いから――」
またエルヴィラが俯くと、アンジェはすぐに頰を両手で包んで上を向かせた。にっこり笑って、首を傾げる。
「そんなこと、誰が言ったの?」
「ええと……」
「エルヴィラちゃんさえよかったら、私に話してみない?」
「その、ええと……」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる