クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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葡萄の町

仕事をするぞ

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「さて、ここでの仕事だけど」

 カフェを飲み終わり、ひと息吐いたところでミーケルが切り出した。

「この町でもいちばんの高級なワイン酒場での演奏だよ。
 この町のワイン酒場はどこも割合に気軽でオープンな店ばかりだけど、そこは貴族たちも訪れるんだ。だから、ちょっと町の奥まった場所にある。おまけに限られた者じゃないと入れないことにもなってる」

 この町にあるのは、どれもこれも外に開けた場所で音楽の演奏やダンスなどを楽しみながらワインを味わうような店ばかりだ。
 もちろん近隣の住民やこれが目当ての旅行者が来るのだが、その多くは少し裕福な平民といったところである。
 貴族が訪れるには、少々庶民的に過ぎる店ばかりだ。

 だが、貴族用の店もあったのかと、少し驚いた顔になったエルヴィラに、ミーケルは笑いながら続けた。

「君は護衛騎士として、演奏中は僕の側に控えることになるね。
 だから、まあ……貴族が来るって言っても、あまり期待しないほうがいい。誰が来るのかまではわからないし、君に、誰かと話をしたりする暇ができるとも思えない。
 もしかしたら貴族の側付や護衛と近づける機会はあるかもしれないけど、運次第かな」
「わかった」

 そんな状況なら、確かに誰かと話ができるとも思えない。
 来ている客によっては、誰とも近づけない可能性のほうが高いだろう。
 見初められることはないとも言い切れないけれど、別にここで見初められなくたって全然構わない。

 アンジェの言う「条件が合えば誰でもいいのか、それとも誰かを好きになって添い遂げたいのか」の違いは未だによくわからない。
 けれど、これがわかるようになるまで、夫探しに焦らなくてもいいんじゃないだろうか。
 このことをミーケルに話せば、たぶん「さっさと決めてどこかに行ってしまえ」と罵倒されるのかもしれない。
 だから、ミーケルにはアンジェとの話は秘密にしたままだ。

 とはいえ、貴族が来るというなら、仕事中はあまり大仰にはしないまでも、少しかっちりした格好が良さそうだ。
 エルヴィラは残っていたカフェをぐいっと飲み干した。



 日暮れ前に軽く食事を済ませてから、雇われた酒場へと赴いた。
 店を開くまでまだ少しの時間がある。それまでに酒場の支配人と演奏予定の曲を軽く打ち合わせ、注意点などを聞いておく。

「本日、“都”より伯爵家のご嫡男が幾人かのお供と一緒にいらっしゃいます。
 お忍びですので大仰には致しませんが、くれぐれも粗相のないよう注意してください。護衛の方も、周囲の者には特に注意を払うようお願いします」
「わかりました」

 ミーケルとエルヴィラはしっかりと頷いた。
 “都”の伯爵家というとどれだろうか。ここへ来るような年齢の長男がいるなら、“都”でも二、三家に絞られるだろう。
 わざわざ周囲の警戒までを促されるのであれば、そんな危険があるということか。何事もなく済めば楽なんだけどな、とエルヴィラは軽く天井を仰ぐ。

 今日の演奏は、もちろんミーケルだけではない。ここ専属の楽団もいるし、ほかにも数人、芸人が呼ばれているようだ。

 控え室でミーケルの出番を待ちながら、彼らはどのくらいの腕なのだろうとエルヴィラは考える。もっとも、音楽の良し悪しなどエルヴィラにはさっぱりなのだけど。
 ミーケルは少し念入りにリュートの調律をしながら楽しそうだった。やはり自分の腕が買われて声がかかることはうれしいのだろうか。

「ねえ、気が付いた?」
「え?」

 くすっと笑って、ミーケルがちらりとエルヴィラの顔を見る。
 これは腕が買われてうれしいという顔じゃない。

「ちょっと不穏な雰囲気の奴がいたんだよね」
「不穏……」

 この部屋へ入る時、ちらりと見えた酒場の中の様子を思い出す。
 身なりの良い紳士淑女がそれぞれの侍従を連れて穏やかに談笑しつつ、この土地の上質なワインを嗜んでいたけれど?

「中に入ったらどいつかは教えるよ。ちょっと後押ししてみるから、君は気をつけてて」
「後押し?」
「僕は詩人だよ? 君、腕はいいんだからきれいに場を治めてよね」
「え? あ、ああ……何かあるなら、最善を尽くすが」
「頼んだよ」

 くっくっと笑うミーケルこそ不穏なやつじゃないかと、エルヴィラは顔を顰めた。

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