クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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古城の町

単なる肝試し、なのに

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「なあ、姉ちゃんて、騎士?」

 教会で薬を受け取り、外へ出たところで少年に声を掛けられた。
 まだ成人には少し早いくらいの年齢だ。この町の子供なのだろう。そばかすの浮いた顔が、少し疲れているように見えることが気になった。

「ああ。私は吟遊詩人ミーケルの護衛騎士だ」

 エルヴィラが一体何用かと首を傾げつつ頷くと、少年はおずおずと口を開いた。

「あのさ、姉ちゃん、騎士なら俺と一緒に城に行ってくれないか?」
「ん? どういうことだ?」
「その……俺の友達が城に行ったんだけど、なかなか戻ってこなくて……町の大人に言うと怒られるし、ようすを見に行きたいんだけどひとりじゃちょっとさ」

 エルヴィラは目をぱちくりと瞬いた。
 この年頃の男の子は、ちょっと冒険をしてみたいと思うものだが――

「城には何かあるのか? 危険なものとか」
「ないはずだよ。だから……その、順番に見に行こうって」

 要するに、肝試しのようなことでもしようとしたのだろう。そう考えて、はあ、と溜息を吐く。
 男の子のそういう気持ちはわからないでもない。

「荷物を置きに、いちど宿に戻らなくてはならない。念のため、剣も取ってこなくてはな。それから、お前についてってやろう」

 少年はほっとしたように笑顔になった。

「姉ちゃん、ありがとう。俺、アリスってんだ」
「アリス……ちょっと待て、お前女の子か」
「そうだよ」

 少年じゃなくて少女だった。

 それからすぐに、最初に断りを入れたとおり、エルヴィラはいちど宿へと戻った。
 テーブルの上に薬を置き、そっと控えの間を覗くと、ミーケルはぐっすりと寝入っているようだ。起こすこともないだろうと、静かに扉を閉める。

 戻って来ないという子供は、山道か城のどこかで怪我でもしたのだろうか。
 念のためにと傷治しの魔法薬もいくつか懐に入れ、鎖帷子チェインシャツを騎士服の下に着込み、手甲と脛当てだけ付けて剣を持つ。
 胴鎧ブレストプレートも付けようかと少しだけ悩んだが、あまり大仰にして目立つこともないだろうと考えてやめた。

 ミーケルには「城に行くが夕刻には戻る」と置き手紙を残し、宿の女将にも彼のことを頼むと、アリスのところへと戻った。

「うわ、姉ちゃんかっこいいなあ」

 現れたエルヴィラを見て、アリスが目を瞠る。このあたりでは、ちゃんとした騎士なんてあまり見かけないのだと言って。
 きらきらと憧れのような光を湛えた視線がなんだかこそばゆくて、エルヴィラは照れ隠しのように微笑んだ。

「さて、行こうか。案内を頼むぞ」
「うん、任せて!」

 エルヴィラとアリスは城へと向かう山道を歩き始めた。



「ところでさ、吟遊詩人さんて全然姿見ないけど、何してるの?」
「奴は日頃の行いが悪いから、今、熱を出して寝込んでいる」

 他愛もない話をしながら、ふたり連れ立って山道を登る。
 道はくねくねと曲がりくねっていて、城はすぐそばのように見えるのになかなか近づいてこない。
 とは言っても、アリスの話では、往復に一刻二時間もかからない程度の距離らしい。

「へえ……って、姉ちゃん、もしかして司祭様に薬頼んでるの?」
「ああ。そうだ」

 アリスのぎょっとした表情に、エルヴィラは何か問題があるのかと首を傾げる。

「だめだよ姉ちゃん。司祭様って、人はすっごく好いけどすっごいヤブなんだ。薬を頼むなら、町はずれの薬師様のほうが確実だよ」
「――なん、だと?」

 では今まで自分は、ミーケルに効かない薬をせっせと飲ませていたのか。

 エルヴィラはひくりと頬を引き攣らせる.
 なんということだ。バレたらどんな罵声を浴びせられるかわかったものではない。このことはアリスにもしっかり口止めし、堅く黙しておかねばなるまい。
 エルヴィラの背に冷や汗が一筋、つうと伝う。

「いいことを聞いた。だがアリス、それは今ここだけの話ということにしてくれ。吟遊詩人ミーケルは、奴自身の不摂生のせいで熱が下がらない……いいな?」
「ん? いいけど?」

 不思議そうに首を傾げるアリスに、エルヴィラは微笑んで頷いた。

「さて、やっと城の外門か。それで、肝試しの目的地はどこにしたんだ?」

 山道を登り終えて、ようやく頑丈そうな城壁とその内へ入る大きな門に辿り着いた。

「ええと、内門の前だよ」
「なら、もう少し先か」

 話しながら外門をくぐり、再びふたりで歩き出す。

 さすが城砦というべきか。
 外門から内門へと続く道も、山の周りをぐるりとまわりつつうねうねと蛇行していて、なかなか到達できないようになっている。
 防衛という点からすれば至極当然なのだが、今の状況では面倒なだけだ。

 それにしても、外壁は崩れてもいないし、山道にも特に危険はなかったし……では、アリスの友人はなぜ戻ってこないのか。

 歩きながらじっと考え込むエルヴィラの上衣の裾を、急にアリスが引っ張った。

「姉ちゃん、なんか聞こえない?」

 周りをぐるぐると見回し耳を澄ませるアリスを見て、エルヴィラも一緒に耳を傾ける。
 確かに何か……これは、女の、声……?

「──アリス聞くな!」
「えっ?」

 慌ててアリスの耳を塞ぐエルヴィラを、アリスは驚いた顔で凝視する。

「“都”でよくこいつの討伐に出てたんだ。海側の城壁からそれほど離れていないところに巣があって、そこの掃除は戦神教会の仕事だったからな。
 だから間違いない、こいつはハーピィの声だ」
「ハーピィ?」
「ああ。美しい女の顔に醜い鳥の身体を持ち悪臭を撒き散らす、その歌声を聞くものを惑わし従えるという厄介な魔物だぞ。
 女なら多少耐性はあるが、男なら覿面てきめんにやられるぞ。都の騎士ですら、うっかりするとやられて操られるくらいだ。
 ここからは少し遠いから、歌声の力も弱いんだろう。危ないところだった」
「魔物……」

 アリスが息を呑んで城を見上げる。

「じゃ、じゃあバートンは……」
「友達が戻ってこないというのは、ついさっきの話だろう? なら、大丈夫だ。それほど時間は経ってないんだからな」

 エルヴィラはアリスに笑ってみせる。

「お前の友達は大丈夫だ」

 カタカタ震えだした少女は、どうにか頷いた。


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