31 / 152
古城の町
単なる肝試し、なのに
しおりを挟む「なあ、姉ちゃんて、騎士?」
教会で薬を受け取り、外へ出たところで少年に声を掛けられた。
まだ成人には少し早いくらいの年齢だ。この町の子供なのだろう。そばかすの浮いた顔が、少し疲れているように見えることが気になった。
「ああ。私は吟遊詩人ミーケルの護衛騎士だ」
エルヴィラが一体何用かと首を傾げつつ頷くと、少年はおずおずと口を開いた。
「あのさ、姉ちゃん、騎士なら俺と一緒に城に行ってくれないか?」
「ん? どういうことだ?」
「その……俺の友達が城に行ったんだけど、なかなか戻ってこなくて……町の大人に言うと怒られるし、ようすを見に行きたいんだけどひとりじゃちょっとさ」
エルヴィラは目をぱちくりと瞬いた。
この年頃の男の子は、ちょっと冒険をしてみたいと思うものだが――
「城には何かあるのか? 危険なものとか」
「ないはずだよ。だから……その、順番に見に行こうって」
要するに、肝試しのようなことでもしようとしたのだろう。そう考えて、はあ、と溜息を吐く。
男の子のそういう気持ちはわからないでもない。
「荷物を置きに、いちど宿に戻らなくてはならない。念のため、剣も取ってこなくてはな。それから、お前についてってやろう」
少年はほっとしたように笑顔になった。
「姉ちゃん、ありがとう。俺、アリスってんだ」
「アリス……ちょっと待て、お前女の子か」
「そうだよ」
少年じゃなくて少女だった。
それからすぐに、最初に断りを入れたとおり、エルヴィラはいちど宿へと戻った。
テーブルの上に薬を置き、そっと控えの間を覗くと、ミーケルはぐっすりと寝入っているようだ。起こすこともないだろうと、静かに扉を閉める。
戻って来ないという子供は、山道か城のどこかで怪我でもしたのだろうか。
念のためにと傷治しの魔法薬もいくつか懐に入れ、鎖帷子を騎士服の下に着込み、手甲と脛当てだけ付けて剣を持つ。
胴鎧も付けようかと少しだけ悩んだが、あまり大仰にして目立つこともないだろうと考えてやめた。
ミーケルには「城に行くが夕刻には戻る」と置き手紙を残し、宿の女将にも彼のことを頼むと、アリスのところへと戻った。
「うわ、姉ちゃんかっこいいなあ」
現れたエルヴィラを見て、アリスが目を瞠る。このあたりでは、ちゃんとした騎士なんてあまり見かけないのだと言って。
きらきらと憧れのような光を湛えた視線がなんだかこそばゆくて、エルヴィラは照れ隠しのように微笑んだ。
「さて、行こうか。案内を頼むぞ」
「うん、任せて!」
エルヴィラとアリスは城へと向かう山道を歩き始めた。
「ところでさ、吟遊詩人さんて全然姿見ないけど、何してるの?」
「奴は日頃の行いが悪いから、今、熱を出して寝込んでいる」
他愛もない話をしながら、ふたり連れ立って山道を登る。
道はくねくねと曲がりくねっていて、城はすぐそばのように見えるのになかなか近づいてこない。
とは言っても、アリスの話では、往復に一刻もかからない程度の距離らしい。
「へえ……って、姉ちゃん、もしかして司祭様に薬頼んでるの?」
「ああ。そうだ」
アリスのぎょっとした表情に、エルヴィラは何か問題があるのかと首を傾げる。
「だめだよ姉ちゃん。司祭様って、人はすっごく好いけどすっごいヤブなんだ。薬を頼むなら、町はずれの薬師様のほうが確実だよ」
「――なん、だと?」
では今まで自分は、ミーケルに効かない薬をせっせと飲ませていたのか。
エルヴィラはひくりと頬を引き攣らせる.
なんということだ。バレたらどんな罵声を浴びせられるかわかったものではない。このことはアリスにもしっかり口止めし、堅く黙しておかねばなるまい。
エルヴィラの背に冷や汗が一筋、つうと伝う。
「いいことを聞いた。だがアリス、それは今ここだけの話ということにしてくれ。吟遊詩人ミーケルは、奴自身の不摂生のせいで熱が下がらない……いいな?」
「ん? いいけど?」
不思議そうに首を傾げるアリスに、エルヴィラは微笑んで頷いた。
「さて、やっと城の外門か。それで、肝試しの目的地はどこにしたんだ?」
山道を登り終えて、ようやく頑丈そうな城壁とその内へ入る大きな門に辿り着いた。
「ええと、内門の前だよ」
「なら、もう少し先か」
話しながら外門をくぐり、再びふたりで歩き出す。
さすが城砦というべきか。
外門から内門へと続く道も、山の周りをぐるりとまわりつつうねうねと蛇行していて、なかなか到達できないようになっている。
防衛という点からすれば至極当然なのだが、今の状況では面倒なだけだ。
それにしても、外壁は崩れてもいないし、山道にも特に危険はなかったし……では、アリスの友人はなぜ戻ってこないのか。
歩きながらじっと考え込むエルヴィラの上衣の裾を、急にアリスが引っ張った。
「姉ちゃん、なんか聞こえない?」
周りをぐるぐると見回し耳を澄ませるアリスを見て、エルヴィラも一緒に耳を傾ける。
確かに何か……これは、女の、声……?
「──アリス聞くな!」
「えっ?」
慌ててアリスの耳を塞ぐエルヴィラを、アリスは驚いた顔で凝視する。
「“都”でよくこいつの討伐に出てたんだ。海側の城壁からそれほど離れていないところに巣があって、そこの掃除は戦神教会の仕事だったからな。
だから間違いない、こいつはハーピィの声だ」
「ハーピィ?」
「ああ。美しい女の顔に醜い鳥の身体を持ち悪臭を撒き散らす、その歌声を聞くものを惑わし従えるという厄介な魔物だぞ。
女なら多少耐性はあるが、男なら覿面にやられるぞ。都の騎士ですら、うっかりするとやられて操られるくらいだ。
ここからは少し遠いから、歌声の力も弱いんだろう。危ないところだった」
「魔物……」
アリスが息を呑んで城を見上げる。
「じゃ、じゃあバートンは……」
「友達が戻ってこないというのは、ついさっきの話だろう? なら、大丈夫だ。それほど時間は経ってないんだからな」
エルヴィラはアリスに笑ってみせる。
「お前の友達は大丈夫だ」
カタカタ震えだした少女は、どうにか頷いた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる