35 / 152
岩小人の町
岩小人の鍛冶職人
しおりを挟む
ジョッキになみなみと注がれた泡立つ琥珀色の液体。
普通、ビールといえば濃い金か黒の液体の上に細かな白い泡の層があるものと決まってるのに、これはそのどちらでもない。
まるでじっくりと焦がした飴のような琥珀色だ。
へえ、と思いながらひと口含んでみると、ほんのりとした香ばしさと甘みが苦味を和らげて、なんとも言えない旨味となっている。
「少し甘いんだな」
「そうかもね」
「口当たりも軽いみたいだ」
「いつも飲んでる金ビールとか黒ビールとはちょっと作り方が違うんだって聞いたよ。この店の何代か前の主人が作り出した秘伝のやり方なんだって」
そこへ大きな皿に乗った黒い貝が運ばれてきた。
様々な野菜と一緒に蒸し煮にされた、“黒貝のビール蒸し”だ。
「やっと来たよ。琥珀ビールを飲むならこれと一緒じゃないとね」
「黒貝って、本当に真っ黒なんだな」
ぱっくりと口を開けた貝の殻は、外側は墨のように真っ黒なのに内側はきれいな真珠色だ。よくもこんな色の貝を食べようなんて考えたものだと、エルヴィラは感心する。
「この辺の川で採れるんだけど、ほかでは泥臭くてとても食べられたものじゃない。でも、この町では採った後数日間、地底湖の湧き水にさらして泥抜きをするから全然臭みがない。おまけに、琥珀ビールを使った蒸し煮だから当然ビールに合う。
こうやって、殻をスプーンに見立ててスープを掬って身と一緒に食べるんだ」
「へえ」
皿の山からひとつとり、ミーケルがやって見せたように殻をスプーンのようにして食べる。スープだけでも十分美味しいが、ぷっくりと膨らんだ身を噛み締めると、貝の旨味が混ざってまた格別だ。
一緒に蒸し煮にされた野菜にもスープが染み込んでいてたまらない。
そこにビールを飲むと、いくらでも飲んで食べてができそうな気がしてくる。
「すごい! 何だこれ!」
とたんにぱくぱくと貝をつまみだすエルヴィラに、ミーケルはにっこり笑って「だろう?」と頷いた。
「でも、この店の名物はこれだけじゃないからね。青野菜のオムレツに、塩漬け肉の煮込みもあるから」
「そんなに?」
「だから、こんなに人がいっぱいなんじゃないか」
山の岩壁をくり抜いたという食堂のホールはたしかにとても広くて、なのに、ほとんどの席は埋まっていた。
幾つもあるベンチと長いテーブルのどこでも、琥珀ビールのジョッキを掲げて料理に舌鼓を打っている。
「名物以外もおいしいからね。人がたくさん来るからってどんどん店を大きくしてったら、こんなになったんだってさ」
「――大きくしすぎだと思わなかったんだろうか」
料理から立ち昇る湯気やら人いきれやらで霞むホールの反対側を見やって、エルヴィラは少しだけ呆れたように呟いた。
「まあ、岩小人の店だし、なんとかなると思ったんじゃないかな」
“岩小人の町”は、名前の通り、岩小人の興した町だ。
良質の鉄と少しの妖精銀が採れる鉱山の、その山の中を掘りまくって張り巡らされた坑道が、居住にも使えるようにと整えられたことが始まりだ。
次に、岩小人と取引をする商人や鍛冶師が集まり山の外側に町を作り、ここのことが知られるにつれ集まるひとびとも増え、町は大きくなり――この町は、岩小人が多く住む山中に掘られた区画と、山の外にあるそれ以外の種族が住む区画がくっついてできた町なのだ。
それに、“岩小人の町”とは、主に岩小人以外の種族による通称で、岩小人の間にはちゃんと彼らの言葉で付けられた名前があるらしい。
「この町にはしばらく留まることになるし、だから毎日ちょっとずつ、ここの料理を食べていくつもりだよ」
「お前、そんなにここの料理が好きなのか」
「種類が多いんだよ。どれも美味しいのに量もあるんだ。いっぺんには食べきれない」
「そうだけど」
あのハーピィとの一戦のせいで、思ったよりも防具や剣が傷んでいた。せっかく岩小人の町に来たのだから、エルヴィラはここで武具を整えておくつもりだった。
騎士服の中に常に着ておくための鎖帷子の背には大きな裂け目が出来てしまったし、剣もハーピィの硬い爪のおかげで幾つか刃こぼれが生じていた。
家から持ち出した武具は、さほど上質だったわけではない。せいぜいが中の上といったものだ。
だが、この町なら岩小人製のよい武具が手に入れられる。運が良ければ魔術のかかったものも見つかるだろう。
手持ちで足りるといいのだがと心配しつつ、エルヴィラはどんなものを揃えようかと今から楽しみにしていた。
「あと、君の武具だけど、どこかあてはあるの?」
「いや。とりあえず、明日、鍛治職人街を見てみようかと」
ぐいとビールを飲むミーケルに尋ねられて、エルヴィラは首を振った。
「なら、トゥーロのところへ行ってみようか」
「お前の知り合いか――いや待て。トゥーロだと? まさかあのトゥーロか?」
岩小人の町の鍛冶師トゥーロといえば、一流の職人として名高い岩小人ではないか。彼の銘が入った武具は、その品質により、とても高額で取引される。
「も、もしあのトゥーロだと……確かに彼の武具が手に入るならとてもうれしいけど、私の手持ちで足りるか――」
「ダメ元で見に行ってみればいいじゃないか」
「そ、そうだけど」
ごくりとビールを飲み込んで、エルヴィラはじっとミーケルを凝視する。
「ちょっとした知り合いなんだよ。せっかくだし聞いてみよう」
「え、そうなのか?」
ミーケルの知り合いとは、本当にあのトゥーロなんだろうか。
ごくごくとビールを飲みながら、エルヴィラは、たとえひと振りの剣だけだとしても彼の作ったものが手に入るのだったら、と考えて頬が緩む。
普通、ビールといえば濃い金か黒の液体の上に細かな白い泡の層があるものと決まってるのに、これはそのどちらでもない。
まるでじっくりと焦がした飴のような琥珀色だ。
へえ、と思いながらひと口含んでみると、ほんのりとした香ばしさと甘みが苦味を和らげて、なんとも言えない旨味となっている。
「少し甘いんだな」
「そうかもね」
「口当たりも軽いみたいだ」
「いつも飲んでる金ビールとか黒ビールとはちょっと作り方が違うんだって聞いたよ。この店の何代か前の主人が作り出した秘伝のやり方なんだって」
そこへ大きな皿に乗った黒い貝が運ばれてきた。
様々な野菜と一緒に蒸し煮にされた、“黒貝のビール蒸し”だ。
「やっと来たよ。琥珀ビールを飲むならこれと一緒じゃないとね」
「黒貝って、本当に真っ黒なんだな」
ぱっくりと口を開けた貝の殻は、外側は墨のように真っ黒なのに内側はきれいな真珠色だ。よくもこんな色の貝を食べようなんて考えたものだと、エルヴィラは感心する。
「この辺の川で採れるんだけど、ほかでは泥臭くてとても食べられたものじゃない。でも、この町では採った後数日間、地底湖の湧き水にさらして泥抜きをするから全然臭みがない。おまけに、琥珀ビールを使った蒸し煮だから当然ビールに合う。
こうやって、殻をスプーンに見立ててスープを掬って身と一緒に食べるんだ」
「へえ」
皿の山からひとつとり、ミーケルがやって見せたように殻をスプーンのようにして食べる。スープだけでも十分美味しいが、ぷっくりと膨らんだ身を噛み締めると、貝の旨味が混ざってまた格別だ。
一緒に蒸し煮にされた野菜にもスープが染み込んでいてたまらない。
そこにビールを飲むと、いくらでも飲んで食べてができそうな気がしてくる。
「すごい! 何だこれ!」
とたんにぱくぱくと貝をつまみだすエルヴィラに、ミーケルはにっこり笑って「だろう?」と頷いた。
「でも、この店の名物はこれだけじゃないからね。青野菜のオムレツに、塩漬け肉の煮込みもあるから」
「そんなに?」
「だから、こんなに人がいっぱいなんじゃないか」
山の岩壁をくり抜いたという食堂のホールはたしかにとても広くて、なのに、ほとんどの席は埋まっていた。
幾つもあるベンチと長いテーブルのどこでも、琥珀ビールのジョッキを掲げて料理に舌鼓を打っている。
「名物以外もおいしいからね。人がたくさん来るからってどんどん店を大きくしてったら、こんなになったんだってさ」
「――大きくしすぎだと思わなかったんだろうか」
料理から立ち昇る湯気やら人いきれやらで霞むホールの反対側を見やって、エルヴィラは少しだけ呆れたように呟いた。
「まあ、岩小人の店だし、なんとかなると思ったんじゃないかな」
“岩小人の町”は、名前の通り、岩小人の興した町だ。
良質の鉄と少しの妖精銀が採れる鉱山の、その山の中を掘りまくって張り巡らされた坑道が、居住にも使えるようにと整えられたことが始まりだ。
次に、岩小人と取引をする商人や鍛冶師が集まり山の外側に町を作り、ここのことが知られるにつれ集まるひとびとも増え、町は大きくなり――この町は、岩小人が多く住む山中に掘られた区画と、山の外にあるそれ以外の種族が住む区画がくっついてできた町なのだ。
それに、“岩小人の町”とは、主に岩小人以外の種族による通称で、岩小人の間にはちゃんと彼らの言葉で付けられた名前があるらしい。
「この町にはしばらく留まることになるし、だから毎日ちょっとずつ、ここの料理を食べていくつもりだよ」
「お前、そんなにここの料理が好きなのか」
「種類が多いんだよ。どれも美味しいのに量もあるんだ。いっぺんには食べきれない」
「そうだけど」
あのハーピィとの一戦のせいで、思ったよりも防具や剣が傷んでいた。せっかく岩小人の町に来たのだから、エルヴィラはここで武具を整えておくつもりだった。
騎士服の中に常に着ておくための鎖帷子の背には大きな裂け目が出来てしまったし、剣もハーピィの硬い爪のおかげで幾つか刃こぼれが生じていた。
家から持ち出した武具は、さほど上質だったわけではない。せいぜいが中の上といったものだ。
だが、この町なら岩小人製のよい武具が手に入れられる。運が良ければ魔術のかかったものも見つかるだろう。
手持ちで足りるといいのだがと心配しつつ、エルヴィラはどんなものを揃えようかと今から楽しみにしていた。
「あと、君の武具だけど、どこかあてはあるの?」
「いや。とりあえず、明日、鍛治職人街を見てみようかと」
ぐいとビールを飲むミーケルに尋ねられて、エルヴィラは首を振った。
「なら、トゥーロのところへ行ってみようか」
「お前の知り合いか――いや待て。トゥーロだと? まさかあのトゥーロか?」
岩小人の町の鍛冶師トゥーロといえば、一流の職人として名高い岩小人ではないか。彼の銘が入った武具は、その品質により、とても高額で取引される。
「も、もしあのトゥーロだと……確かに彼の武具が手に入るならとてもうれしいけど、私の手持ちで足りるか――」
「ダメ元で見に行ってみればいいじゃないか」
「そ、そうだけど」
ごくりとビールを飲み込んで、エルヴィラはじっとミーケルを凝視する。
「ちょっとした知り合いなんだよ。せっかくだし聞いてみよう」
「え、そうなのか?」
ミーケルの知り合いとは、本当にあのトゥーロなんだろうか。
ごくごくとビールを飲みながら、エルヴィラは、たとえひと振りの剣だけだとしても彼の作ったものが手に入るのだったら、と考えて頬が緩む。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる