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岩小人の町
些細な問題
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気分がクサクサするときは、美味しいものを食べるに限る。
昨日も来た琥珀ビールの酒場に今日もやってきたふたりは、青野菜のオムレツと塊り肉のローストを食べていた。
エルヴィラはオムレツにかかった緑色のソースに一瞬ぎょっとしたけれど、そのソースに使われた香草の香りとオムレツのほんのりとした塩味の組み合わせが、あり得ないほどよく合うことに気がついた。
おかげで、今日も「すごいな、これ」とひたすら感心しながらぱくついている。
ミーケルは、そんなエルヴィラの切り替えの早さのほうが驚きだと思う。
「この炙った塊り肉もすごいな。外はカリカリなのに、中身は柔らかくて肉汁たっぷりだ。どうやって焼いたらこんな風になるんだ?」
「厨房に専用の焼き場があって、そこでじっくり時間をかけて炭火で焼いてるらしいよ。そのための仕掛けをわざわざ作ったんだってさ」
「へえ?」
専用の焼き場と炭火があればこんなに美味しい肉が焼けるのかと、エルヴィラは手の肉をじっと見つめる。
「さすが岩小人だよ。魔道具とかじゃなくて、機械なんだってさ。肉をいっぺんにいくつも串に刺してハンドルをグルグル回すと、必要な時間だけ炭火の前で肉が回り続けるらしい。仕組みはよくわからないけどね」
「すごいな。機械でこんなにおいしく焼けるものなんだ」
すごいすごいと感心しつつも、エルヴィラはぱくぱくとかぶり付くこともビールを飲むことも止めない。
つい数時前まで、あんな無茶を言ってたとは思えないくらいだ。
どうしたものかと考えながら、ミーケルはビールを飲んだ。
このままうまくはぐらかしつつ、エルヴィラが愛想を尽かすのを待つか、美味しいとこ取りだけして適当にあしらうか。
――それとももう一度手酷く扱って、エルヴィラから離れるように仕向けるか。
どれを取っても後々なんだかんだと面倒くさそうな未来しか想像できない。
いつから詰んでたんだ、と思わず溜息が出る。
「何?」
ふと、エルヴィラが自分をじっと見ていたことに気づいて、ミーケルはつい目を眇めて見返してしまう。
エルヴィラはきょとんとした顔のまま、肉を皿に置いた。
「まだ食べ足りないのかと思って。もうひとつ何か頼むか?」
「君、僕のことなんだと思ってるの」
「だって、ミケは美味いものを食べてる時はいつも機嫌がいいじゃないか」
「あのね……僕がいつもいつもそんな能天気なわけないだろう」
「だって、私が知ってる限りじゃ、ずっとそうだったぞ」
にやっと笑うエルヴィラに、ミーケルは、ぐっと言葉に詰まる。
なんでこんなに調子が狂うんだ、と考えながら。
トゥーロのところへ連れて行かないほうがよかったのか。
だけど、あんな壊れた武具を使い続わせるわけにはいかなかった。
それに、自分の護衛として連れて歩くのだ。その辺の適当な武具で間に合わせるなんてみっともないことはできない。
つまり自分の見栄が招いたことで、やっぱりこれは自業自得なのか。
もういいや、なるようになるだろう。これまでだってそうしてやって来たんだ。
風と旅の神よ、辿るべき道を示したまえ。
ミーケルはぐいっとビールをあおる。
「くくく、このエルヴィラ・カーリス、やる時はやるんだ」
深夜、しんと寝静まった夜。
むくりと起き上がったエルヴィラは、そっとベッドを下りた。
ロマンス小説なら、こういう場合は夜這いと相場は決まってる。男女逆のような気もするけど、この際贅沢を言ってる場合ではない。
だいたい、思い立ったが吉日というではないか。
祖父だって、いつも先手必勝と言ってたではないか。
戦いだって、先に殴ったほうが勝つものなんだ。
そっと控えの間の扉を開けて、主寝室のベッドを透かし見る。盛り上がった布団からすると、ミーケルはちゃんと眠っているようだ。
よし、それなら腕力にも寝技にも自信はある。
コト自体をうまくヤれるかはヤってみなきゃわからないが、きっとなんとかなる。
足音を忍ばせてゆっくりとベッドに近づいたエルヴィラは、ひと息に盛り上がった布団へと飛び掛る。
「――まさか、本当にやらかすとは思わなかった」
「へっ?」
妙にふにゃっとした手応えを疑問に思う間もなく、長椅子から声が聞こえた。
慌てて振り向くと、呆れ顔のミーケルがじっと自分を見つめていた。
「あ、え、なんで……」
「わからないと思ってるほうがありえないよ」
どうやらバレバレだった。そんなに自分はわかりやすいのだろうか。
くっ、とエルヴィラは唇を噛む。
「かくなるうえは――神妙にしろ!」
「“伏せ”」
気を取り直してさらに飛びかかろうとベッドを下りたエルヴィラは、ミーケルの掛け声に合わせていきなりぺたりと床に這いつくばってしまった。
「なっ……魔法とか、ずるい!」
「ずるいじゃないよ。なんなんだ。まるで発情した猫みたいじゃないか。ちょっと前はヤダヤダって散々泣いてたくせに」
「あ、あの時はあの時だろう。今は事情が変わったんだ」
魔法による強制力が消えて立ち上がったエルヴィラは、めげずにもう一度ミーケルへと襲いかかろうと身構える。
「僕を襲って本懐を遂げたらどうするつもりだよ」
「もちろん、既成事実を盾に結婚を迫る。あわよくば子供も作ってしまうつもりだ」
「良くない。だいたい、今さら既成事実なんて関係ないだろう。それに子供なんか作ってどうするつもりだよ!」
ミーケルも隙なく身構えてエルヴィラを牽制する。
エルヴィラ相手なら、“命令”の魔法さえ使えば、たとえ腕力と体術で負けて取り押さえられても、どうにか抜け出せるだろうという計算もある。
「お前と私の子供なんだからふたりで育てようと迫るつもりだ」
「なお悪い!」
反射的に怒鳴り返すミーケルに、エルヴィラは不思議そうな顔をする。
「なんでだ。子供ができるのはめでたいことなんだぞ」
「それは結婚してからの話だろう!?」
「順番なんて些細な問題だ」
「些細じゃないよ!」
昨日も来た琥珀ビールの酒場に今日もやってきたふたりは、青野菜のオムレツと塊り肉のローストを食べていた。
エルヴィラはオムレツにかかった緑色のソースに一瞬ぎょっとしたけれど、そのソースに使われた香草の香りとオムレツのほんのりとした塩味の組み合わせが、あり得ないほどよく合うことに気がついた。
おかげで、今日も「すごいな、これ」とひたすら感心しながらぱくついている。
ミーケルは、そんなエルヴィラの切り替えの早さのほうが驚きだと思う。
「この炙った塊り肉もすごいな。外はカリカリなのに、中身は柔らかくて肉汁たっぷりだ。どうやって焼いたらこんな風になるんだ?」
「厨房に専用の焼き場があって、そこでじっくり時間をかけて炭火で焼いてるらしいよ。そのための仕掛けをわざわざ作ったんだってさ」
「へえ?」
専用の焼き場と炭火があればこんなに美味しい肉が焼けるのかと、エルヴィラは手の肉をじっと見つめる。
「さすが岩小人だよ。魔道具とかじゃなくて、機械なんだってさ。肉をいっぺんにいくつも串に刺してハンドルをグルグル回すと、必要な時間だけ炭火の前で肉が回り続けるらしい。仕組みはよくわからないけどね」
「すごいな。機械でこんなにおいしく焼けるものなんだ」
すごいすごいと感心しつつも、エルヴィラはぱくぱくとかぶり付くこともビールを飲むことも止めない。
つい数時前まで、あんな無茶を言ってたとは思えないくらいだ。
どうしたものかと考えながら、ミーケルはビールを飲んだ。
このままうまくはぐらかしつつ、エルヴィラが愛想を尽かすのを待つか、美味しいとこ取りだけして適当にあしらうか。
――それとももう一度手酷く扱って、エルヴィラから離れるように仕向けるか。
どれを取っても後々なんだかんだと面倒くさそうな未来しか想像できない。
いつから詰んでたんだ、と思わず溜息が出る。
「何?」
ふと、エルヴィラが自分をじっと見ていたことに気づいて、ミーケルはつい目を眇めて見返してしまう。
エルヴィラはきょとんとした顔のまま、肉を皿に置いた。
「まだ食べ足りないのかと思って。もうひとつ何か頼むか?」
「君、僕のことなんだと思ってるの」
「だって、ミケは美味いものを食べてる時はいつも機嫌がいいじゃないか」
「あのね……僕がいつもいつもそんな能天気なわけないだろう」
「だって、私が知ってる限りじゃ、ずっとそうだったぞ」
にやっと笑うエルヴィラに、ミーケルは、ぐっと言葉に詰まる。
なんでこんなに調子が狂うんだ、と考えながら。
トゥーロのところへ連れて行かないほうがよかったのか。
だけど、あんな壊れた武具を使い続わせるわけにはいかなかった。
それに、自分の護衛として連れて歩くのだ。その辺の適当な武具で間に合わせるなんてみっともないことはできない。
つまり自分の見栄が招いたことで、やっぱりこれは自業自得なのか。
もういいや、なるようになるだろう。これまでだってそうしてやって来たんだ。
風と旅の神よ、辿るべき道を示したまえ。
ミーケルはぐいっとビールをあおる。
「くくく、このエルヴィラ・カーリス、やる時はやるんだ」
深夜、しんと寝静まった夜。
むくりと起き上がったエルヴィラは、そっとベッドを下りた。
ロマンス小説なら、こういう場合は夜這いと相場は決まってる。男女逆のような気もするけど、この際贅沢を言ってる場合ではない。
だいたい、思い立ったが吉日というではないか。
祖父だって、いつも先手必勝と言ってたではないか。
戦いだって、先に殴ったほうが勝つものなんだ。
そっと控えの間の扉を開けて、主寝室のベッドを透かし見る。盛り上がった布団からすると、ミーケルはちゃんと眠っているようだ。
よし、それなら腕力にも寝技にも自信はある。
コト自体をうまくヤれるかはヤってみなきゃわからないが、きっとなんとかなる。
足音を忍ばせてゆっくりとベッドに近づいたエルヴィラは、ひと息に盛り上がった布団へと飛び掛る。
「――まさか、本当にやらかすとは思わなかった」
「へっ?」
妙にふにゃっとした手応えを疑問に思う間もなく、長椅子から声が聞こえた。
慌てて振り向くと、呆れ顔のミーケルがじっと自分を見つめていた。
「あ、え、なんで……」
「わからないと思ってるほうがありえないよ」
どうやらバレバレだった。そんなに自分はわかりやすいのだろうか。
くっ、とエルヴィラは唇を噛む。
「かくなるうえは――神妙にしろ!」
「“伏せ”」
気を取り直してさらに飛びかかろうとベッドを下りたエルヴィラは、ミーケルの掛け声に合わせていきなりぺたりと床に這いつくばってしまった。
「なっ……魔法とか、ずるい!」
「ずるいじゃないよ。なんなんだ。まるで発情した猫みたいじゃないか。ちょっと前はヤダヤダって散々泣いてたくせに」
「あ、あの時はあの時だろう。今は事情が変わったんだ」
魔法による強制力が消えて立ち上がったエルヴィラは、めげずにもう一度ミーケルへと襲いかかろうと身構える。
「僕を襲って本懐を遂げたらどうするつもりだよ」
「もちろん、既成事実を盾に結婚を迫る。あわよくば子供も作ってしまうつもりだ」
「良くない。だいたい、今さら既成事実なんて関係ないだろう。それに子供なんか作ってどうするつもりだよ!」
ミーケルも隙なく身構えてエルヴィラを牽制する。
エルヴィラ相手なら、“命令”の魔法さえ使えば、たとえ腕力と体術で負けて取り押さえられても、どうにか抜け出せるだろうという計算もある。
「お前と私の子供なんだからふたりで育てようと迫るつもりだ」
「なお悪い!」
反射的に怒鳴り返すミーケルに、エルヴィラは不思議そうな顔をする。
「なんでだ。子供ができるのはめでたいことなんだぞ」
「それは結婚してからの話だろう!?」
「順番なんて些細な問題だ」
「些細じゃないよ!」
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