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水路の町
ちょっとずるい
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町中に張り巡らされた水路には大小様々な大きさの船が忙しなく行き来している。
隙間なく舟が浮かんでとても混雑しているようだ。
そのうち舳先か舟体が、他の舟か水路の壁にでもぶつかって大変なことになるんじゃないかと思うのに、皆、巧みに櫂を操ってするりとかわしていく。
ぽかんと眺めるエルヴィラの目の前でも、そんな小舟二艘がぎりぎりの幅しかない水路をきれいにすれ違って抜けていった。
船体すらも掠らないことに、もう、感心することしかできない。
「ついた、ここだ」
「あ、ああ……ここは?」
ミーケルが案内してきたのは、この“水路の町”の移民が多く住む一角だ。この大陸西部ではあまり見慣れない食材を使い、変わった料理を作る。
「大陸の東から来た移民が出してる店だよ。
移民って言っても、“大災害”で故郷に住めなくなったひとたちがはるばるここまで来て住み着いたのが最初なんだ。
だからもう、百年くらいここに住み続けてるんだけどね」
「へえ」
店は小さく古びていて世辞にもきれいだとは言えないが、街路の方まではみ出るように並べられたテーブルはいっぱいで、たくさんの客でごった返していた。
少し待たされた後、小さなテーブルに案内される。
ゆっくり周りを見渡せば、客層もそこまで良いとは言えないだろう。ミーケルとエルヴィラの身なりでは少し浮いてるかもしれない。
すぐにまた店員が現れた。
ミーケルがいくつか料理を注文すると、それほど待たずに皿が運ばれてくる。
代金と引き換えに大皿がいくつかとスープの入った小振りな器、小さな取り分け用の皿が少々乱暴に置かれた。
「見た目とか雑だけど、味は保証するよ」
塊の肉を甘辛く煮込んでスライスしたものに、この辺りで採れる魚介と野菜を一緒にとろみのついたソースで炒めた料理だ。米に味を付けて炒めてパラパラにしたものもある。
ここの料理はどうやら炒め物が中心らしい。
スープの器を覗いてみると、透明な褐色のスープの中に、小麦粉で練った皮で具材を包んだ大きな団子のようなものが浮かんでいた。
「これは?」
「中身はこの近海で取れた海老だよ。すり身にして、野菜を細かく刻んだものと混ぜてあるんだってさ。スープと一緒に食べるのがいいけど、熱いから火傷しないようにね」
「ああ」
ミーケルはそう言いながら米を皿に取り、上から炒め物を、そのとろりとしたソースごと乗せている。
「こうやって食べると美味しいんだよ。前に同席したひとが教えてくれたんだ」
見た目は確かにあまり良くないし、上品な食べ方ではないと思えるが、そのほうがいいというならそうなんだろう。
エルヴィラも真似をして料理を取り分ける。米の上に炒め物を乗せたままおそるおそるひと口食べてみると……。
「ん、確かに美味しい! こんな食べ方があるなんて知らなかった!」
ぱらぱらの米についた味と、とろみのあるソースの味がこんなに合うものだとは予想外だ。ソースのおかげで米も纏まって食べやすい。炒め物に入った魚介と野菜の旨味と食感も格別だ。
「米というのは、サラダに入れたりするだけじゃなかったんだな」
「スープもあまり置いとくと冷めちゃうから、そろそろ食べてみなよ」
「あ、そうか」
言われた通り、少し大振りのスプーンにスープと具を一緒に取ってぱくりと食べる。
「……!」
海老のすり身のぷりっとした食感と中から滲み出てくる旨味とスープが混ざってこれもたまらない。すり身に混ざったこりこりとした小さい粒はなんだろうか。とにかく美味しい。美味しいという言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
「――ミケ、世界って広いんだな」
スープの器をじっと見つめながらしみじみとそんなことを呟くエルヴィラに、ミーケルはぷっと噴き出した。
「食べ物からそんなことを考えるひとはあまりいないんじゃない?」
「だって、私の知らない美味しいものばっかりなんだ。ミケはどうやってこんなにいろいろ探してくるんだ?」
「それは秘密」
にっと笑うミーケルに、エルヴィラはずるい、と頬を膨らます。
「だったら、やっぱりミケにしっかりくっついていないといけないな」
「ふうん?」
「美味しいものを逃したら、ものすごく損した気分になってしまうから」
くつくつと笑うミーケルに、エルヴィラは決意を新たにする。
このまま、身体が動かなくなるまで、ミーケルと一緒に世界中の美味しいものを食べ歩くのもいいかもしれない。
店を出て、町の細い路地を歩きながら、エルヴィラはまた水路を行く船をじっと見つめていた。
「すごいな。どうしてあんな細い水路をぶつからずにすいすい進めるんだろう」
この“水路の町”は、もともと大きな川の中州を埋め立てて作られた町なのだという。
両岸からは小さな船でしか行き来できず、そのうち建物の入り口まで船がつけられたほうが都合がいいからと水路が整備されたことが始まりだ。
今では、町の中全体に縦横無尽の水路が張り巡らされ、船を使わず歩いているのはこの町の外から来たものばかりとなっている。
もちろん、馬車が通れるような道などない。
町中で見かける馬も、ほぼすべてが旅人の連れ込んだものばかりだ。
馬車のような大きな乗り物は、川の対岸にある預かり所に預けなければならないことにもなっている。
「この町の者は、物心つくとすぐ、船の操り方を教わるっていうからね」
「見ているとすごく簡単そうなんだけどな」
「そりゃ、小さな頃から何年も何十年もやってれば、あんな風にひょいひょいと簡単に操れるようにはなるだろうね」
滑るように水路を進む小舟を眺めながら、エルヴィラはなるほど、と呟いた。
隙間なく舟が浮かんでとても混雑しているようだ。
そのうち舳先か舟体が、他の舟か水路の壁にでもぶつかって大変なことになるんじゃないかと思うのに、皆、巧みに櫂を操ってするりとかわしていく。
ぽかんと眺めるエルヴィラの目の前でも、そんな小舟二艘がぎりぎりの幅しかない水路をきれいにすれ違って抜けていった。
船体すらも掠らないことに、もう、感心することしかできない。
「ついた、ここだ」
「あ、ああ……ここは?」
ミーケルが案内してきたのは、この“水路の町”の移民が多く住む一角だ。この大陸西部ではあまり見慣れない食材を使い、変わった料理を作る。
「大陸の東から来た移民が出してる店だよ。
移民って言っても、“大災害”で故郷に住めなくなったひとたちがはるばるここまで来て住み着いたのが最初なんだ。
だからもう、百年くらいここに住み続けてるんだけどね」
「へえ」
店は小さく古びていて世辞にもきれいだとは言えないが、街路の方まではみ出るように並べられたテーブルはいっぱいで、たくさんの客でごった返していた。
少し待たされた後、小さなテーブルに案内される。
ゆっくり周りを見渡せば、客層もそこまで良いとは言えないだろう。ミーケルとエルヴィラの身なりでは少し浮いてるかもしれない。
すぐにまた店員が現れた。
ミーケルがいくつか料理を注文すると、それほど待たずに皿が運ばれてくる。
代金と引き換えに大皿がいくつかとスープの入った小振りな器、小さな取り分け用の皿が少々乱暴に置かれた。
「見た目とか雑だけど、味は保証するよ」
塊の肉を甘辛く煮込んでスライスしたものに、この辺りで採れる魚介と野菜を一緒にとろみのついたソースで炒めた料理だ。米に味を付けて炒めてパラパラにしたものもある。
ここの料理はどうやら炒め物が中心らしい。
スープの器を覗いてみると、透明な褐色のスープの中に、小麦粉で練った皮で具材を包んだ大きな団子のようなものが浮かんでいた。
「これは?」
「中身はこの近海で取れた海老だよ。すり身にして、野菜を細かく刻んだものと混ぜてあるんだってさ。スープと一緒に食べるのがいいけど、熱いから火傷しないようにね」
「ああ」
ミーケルはそう言いながら米を皿に取り、上から炒め物を、そのとろりとしたソースごと乗せている。
「こうやって食べると美味しいんだよ。前に同席したひとが教えてくれたんだ」
見た目は確かにあまり良くないし、上品な食べ方ではないと思えるが、そのほうがいいというならそうなんだろう。
エルヴィラも真似をして料理を取り分ける。米の上に炒め物を乗せたままおそるおそるひと口食べてみると……。
「ん、確かに美味しい! こんな食べ方があるなんて知らなかった!」
ぱらぱらの米についた味と、とろみのあるソースの味がこんなに合うものだとは予想外だ。ソースのおかげで米も纏まって食べやすい。炒め物に入った魚介と野菜の旨味と食感も格別だ。
「米というのは、サラダに入れたりするだけじゃなかったんだな」
「スープもあまり置いとくと冷めちゃうから、そろそろ食べてみなよ」
「あ、そうか」
言われた通り、少し大振りのスプーンにスープと具を一緒に取ってぱくりと食べる。
「……!」
海老のすり身のぷりっとした食感と中から滲み出てくる旨味とスープが混ざってこれもたまらない。すり身に混ざったこりこりとした小さい粒はなんだろうか。とにかく美味しい。美味しいという言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
「――ミケ、世界って広いんだな」
スープの器をじっと見つめながらしみじみとそんなことを呟くエルヴィラに、ミーケルはぷっと噴き出した。
「食べ物からそんなことを考えるひとはあまりいないんじゃない?」
「だって、私の知らない美味しいものばっかりなんだ。ミケはどうやってこんなにいろいろ探してくるんだ?」
「それは秘密」
にっと笑うミーケルに、エルヴィラはずるい、と頬を膨らます。
「だったら、やっぱりミケにしっかりくっついていないといけないな」
「ふうん?」
「美味しいものを逃したら、ものすごく損した気分になってしまうから」
くつくつと笑うミーケルに、エルヴィラは決意を新たにする。
このまま、身体が動かなくなるまで、ミーケルと一緒に世界中の美味しいものを食べ歩くのもいいかもしれない。
店を出て、町の細い路地を歩きながら、エルヴィラはまた水路を行く船をじっと見つめていた。
「すごいな。どうしてあんな細い水路をぶつからずにすいすい進めるんだろう」
この“水路の町”は、もともと大きな川の中州を埋め立てて作られた町なのだという。
両岸からは小さな船でしか行き来できず、そのうち建物の入り口まで船がつけられたほうが都合がいいからと水路が整備されたことが始まりだ。
今では、町の中全体に縦横無尽の水路が張り巡らされ、船を使わず歩いているのはこの町の外から来たものばかりとなっている。
もちろん、馬車が通れるような道などない。
町中で見かける馬も、ほぼすべてが旅人の連れ込んだものばかりだ。
馬車のような大きな乗り物は、川の対岸にある預かり所に預けなければならないことにもなっている。
「この町の者は、物心つくとすぐ、船の操り方を教わるっていうからね」
「見ているとすごく簡単そうなんだけどな」
「そりゃ、小さな頃から何年も何十年もやってれば、あんな風にひょいひょいと簡単に操れるようにはなるだろうね」
滑るように水路を進む小舟を眺めながら、エルヴィラはなるほど、と呟いた。
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