51 / 152
水路の町
魚人、許すまじ
しおりを挟む
簡単に身体を清めて、エルヴィラは外へ出る準備を始める。
「魚人め。このエルヴィラ・カーリスの邪魔をするとは、戦神の猛き御名と輝ける太陽にかけて、生かしては返さん」
身体の奥で燻るやり場のない興奮をいったいどうぶつけてくれようかと考えながら、エルヴィラは次々鎧をつけていく。
早く始末してミーケルと続きをしたい。
本音を言えば、外の騒ぎなんて放っておきたい。せっかく、ミーケルから誘われたのだ。心ゆくまでじっくりと、ミーケルとのいちゃいちゃを堪能したい。
けれど、騎士としての矜持がそれを許さない。
魚人が暴れているなら、前線でそれに立ち向かい、戦えない者を助けるのが騎士の役目なのだから。
それでも、中断してしまったミーケルとの“暇つぶし”をエルヴィラは思い返し――目を潤ませつつ、ミーケルとの約束に思いを馳せる。
「魚人なんかさっさとやって、またミケといちゃいちゃするんだ。絶対するんだ」
エルヴィラは、決意も新たにぎゅっと拳を握りしめた。
“飛空”の魔法薬をひと息に飲んだエルヴィラは、さっそく窓から空へと浮かび上がった。
そのまま高みからぐるりと見回して、いちばんの騒ぎになっている場所を探す。
そのすぐ後には、ミーケルも上がってきた。
「ああ、やっぱり海側が大変みたいだね」
ミーケルが指差した方向に目を凝らすと、確かに多くの武装船が出て戦いが始まっているようだ。
「よし、あっちだな」
「たぶん、今回も率いてるやつがいると思うよ。そいつを叩けば、すぐ引いていくんじゃないかな」
「そうなのか?」
振り返るエルヴィラに、「そうだよ」とミーケルは頷いた。
「でも、率いてるのが魚人とは限らないこともあるから、気をつけて」
「わかった」
一直線に飛んで行くエルヴィラの後を追いながら、ミーケルは慌てて付け足す。
「いくら魔道具があるからって、うかつに水に入るんじゃないよ」
「わかった」
脇目も振らず突進していくエルヴィラの姿に、ほんとうにわかっているのかと、ミーケルは少し心配になった。
水中を自在に泳ぎ回る魚人を相手に水上で戦うのはとんでもなく不利だ。
水の中から船に穴を開けさえすれば簡単に船は沈むし、人間は水の中では身動きどころか呼吸さえままならない。
ちょっと引きずり込んでしばらく押さえていれば、それだけで死んでしまう。
河口から海にかけて、そんな船や人間がたくさん浮かんでいた。町の魔術師や居合わせた冒険者が善戦しているようだが、魚人の数もまだまだ多い。
「ずいぶんいるね」
「そうなのか?」
「大潮に乗って、大軍で略奪に来たのかもしれない」
「そんなことするのか……」
船に取り付き、三又槍を振りかざす魚人が見える。町のものたちがそれに応戦しているが、魚人は次々と船へと取り付いていく。
「でも、おかしいな」
「何がだ?」
「この町は人魚たちと協定を結んでいるはずなのに、人魚が来ていない」
戦場を見回したミーケルが呟く。つられてエルヴィラも見回すが、確かに水中にも水上にもそれらしき姿はまったく見えない。
「たしかに、全然いないぞ」
ミーケルは「嫌な感じだな」と顔を顰める。その間にも魚人たちが傍若無人に暴れ回り、また船がひとつ沈む。
エルヴィラは、く、と唇を噛んだ。
「とにかく助太刀してくる。
ミケは人魚が来ない原因とか親玉とかがわかったら教えてくれ」
原因がわかったらどうするのかという質問も聞かず、エルヴィラはあっという間に戦場へと突っ込んでいった。
猪突猛進というのはああいうのを言うんだなと、ミーケルは実感する。
「なんとなく考えてることはわかるけど、そこまでする義理があるのかな」
ミーケルは小さく肩を竦めて、空中にとどまったままリュートを構えた。
「“これなるは深淵なる海の底より浮かび上がりし魔のものを退じた、かの英雄パシアスの勲なり”」
リュートを爪弾き、すう、と大きく息を吸って朗々とした声を張り上げる。
英雄を讃える歌に詩人の魔法を乗せる。
ミーケルの声は風に乗り、人々の耳へと届く。
まるで歌に勇気付けられたように、戦うものたちの腕に力がこもる。
詩人の魔法は、基本的に聞く人々の力を底上げするようなものばかりだ。
詩人ひとりでは、もちろんたいした働きはできない。力を尽くすひとがたくさんいてこそ、詩人の力も大きく発揮できるというものだ。
上空で歌いながら、ミーケルは視線を巡らせて周囲を観察する。
人魚が現れないのには、何か理由があるはずだし、どこかにこいつらの指揮を取るものがいるはずだ。
――ふと、さらに遠方の、海の上に浮き上がった妙な船か筏のようなものに目が行った。すでに幾人かがそこへと向かっているようだ。
ミーケルはリュートを爪弾く手は止めず、船乗りたちに混ざって戦うエルヴィラのそばへと降りる。
「エルヴィラ、海のほうだ。そっちに何かあった」
「何?」
「誰かか向かってるようだけど、どうにも旗色が悪そうだった」
向かってくる魚人を切り捨てて、エルヴィラはふわりと宙に浮き上がる。
「よし、なら、そっちへ行ってくる!」
ミーケルがそれ以上何か言う間もなく、エルヴィラは矢のように飛び去ってしまう。
「――ああもう」
ミーケルはひとつ溜息を吐いて、エルヴィラの後を追った。
*****
魚人
魚の胴体に人間のような手足の半魚人みたいな種族。
たいてい、もっと悪くて強い海棲生物の手下をやっている。
人魚
上半身が人間、下半身が魚。男ならマーマンだし女ならマーメイドと呼ばれるお馴染みの種族。
「魚人め。このエルヴィラ・カーリスの邪魔をするとは、戦神の猛き御名と輝ける太陽にかけて、生かしては返さん」
身体の奥で燻るやり場のない興奮をいったいどうぶつけてくれようかと考えながら、エルヴィラは次々鎧をつけていく。
早く始末してミーケルと続きをしたい。
本音を言えば、外の騒ぎなんて放っておきたい。せっかく、ミーケルから誘われたのだ。心ゆくまでじっくりと、ミーケルとのいちゃいちゃを堪能したい。
けれど、騎士としての矜持がそれを許さない。
魚人が暴れているなら、前線でそれに立ち向かい、戦えない者を助けるのが騎士の役目なのだから。
それでも、中断してしまったミーケルとの“暇つぶし”をエルヴィラは思い返し――目を潤ませつつ、ミーケルとの約束に思いを馳せる。
「魚人なんかさっさとやって、またミケといちゃいちゃするんだ。絶対するんだ」
エルヴィラは、決意も新たにぎゅっと拳を握りしめた。
“飛空”の魔法薬をひと息に飲んだエルヴィラは、さっそく窓から空へと浮かび上がった。
そのまま高みからぐるりと見回して、いちばんの騒ぎになっている場所を探す。
そのすぐ後には、ミーケルも上がってきた。
「ああ、やっぱり海側が大変みたいだね」
ミーケルが指差した方向に目を凝らすと、確かに多くの武装船が出て戦いが始まっているようだ。
「よし、あっちだな」
「たぶん、今回も率いてるやつがいると思うよ。そいつを叩けば、すぐ引いていくんじゃないかな」
「そうなのか?」
振り返るエルヴィラに、「そうだよ」とミーケルは頷いた。
「でも、率いてるのが魚人とは限らないこともあるから、気をつけて」
「わかった」
一直線に飛んで行くエルヴィラの後を追いながら、ミーケルは慌てて付け足す。
「いくら魔道具があるからって、うかつに水に入るんじゃないよ」
「わかった」
脇目も振らず突進していくエルヴィラの姿に、ほんとうにわかっているのかと、ミーケルは少し心配になった。
水中を自在に泳ぎ回る魚人を相手に水上で戦うのはとんでもなく不利だ。
水の中から船に穴を開けさえすれば簡単に船は沈むし、人間は水の中では身動きどころか呼吸さえままならない。
ちょっと引きずり込んでしばらく押さえていれば、それだけで死んでしまう。
河口から海にかけて、そんな船や人間がたくさん浮かんでいた。町の魔術師や居合わせた冒険者が善戦しているようだが、魚人の数もまだまだ多い。
「ずいぶんいるね」
「そうなのか?」
「大潮に乗って、大軍で略奪に来たのかもしれない」
「そんなことするのか……」
船に取り付き、三又槍を振りかざす魚人が見える。町のものたちがそれに応戦しているが、魚人は次々と船へと取り付いていく。
「でも、おかしいな」
「何がだ?」
「この町は人魚たちと協定を結んでいるはずなのに、人魚が来ていない」
戦場を見回したミーケルが呟く。つられてエルヴィラも見回すが、確かに水中にも水上にもそれらしき姿はまったく見えない。
「たしかに、全然いないぞ」
ミーケルは「嫌な感じだな」と顔を顰める。その間にも魚人たちが傍若無人に暴れ回り、また船がひとつ沈む。
エルヴィラは、く、と唇を噛んだ。
「とにかく助太刀してくる。
ミケは人魚が来ない原因とか親玉とかがわかったら教えてくれ」
原因がわかったらどうするのかという質問も聞かず、エルヴィラはあっという間に戦場へと突っ込んでいった。
猪突猛進というのはああいうのを言うんだなと、ミーケルは実感する。
「なんとなく考えてることはわかるけど、そこまでする義理があるのかな」
ミーケルは小さく肩を竦めて、空中にとどまったままリュートを構えた。
「“これなるは深淵なる海の底より浮かび上がりし魔のものを退じた、かの英雄パシアスの勲なり”」
リュートを爪弾き、すう、と大きく息を吸って朗々とした声を張り上げる。
英雄を讃える歌に詩人の魔法を乗せる。
ミーケルの声は風に乗り、人々の耳へと届く。
まるで歌に勇気付けられたように、戦うものたちの腕に力がこもる。
詩人の魔法は、基本的に聞く人々の力を底上げするようなものばかりだ。
詩人ひとりでは、もちろんたいした働きはできない。力を尽くすひとがたくさんいてこそ、詩人の力も大きく発揮できるというものだ。
上空で歌いながら、ミーケルは視線を巡らせて周囲を観察する。
人魚が現れないのには、何か理由があるはずだし、どこかにこいつらの指揮を取るものがいるはずだ。
――ふと、さらに遠方の、海の上に浮き上がった妙な船か筏のようなものに目が行った。すでに幾人かがそこへと向かっているようだ。
ミーケルはリュートを爪弾く手は止めず、船乗りたちに混ざって戦うエルヴィラのそばへと降りる。
「エルヴィラ、海のほうだ。そっちに何かあった」
「何?」
「誰かか向かってるようだけど、どうにも旗色が悪そうだった」
向かってくる魚人を切り捨てて、エルヴィラはふわりと宙に浮き上がる。
「よし、なら、そっちへ行ってくる!」
ミーケルがそれ以上何か言う間もなく、エルヴィラは矢のように飛び去ってしまう。
「――ああもう」
ミーケルはひとつ溜息を吐いて、エルヴィラの後を追った。
*****
魚人
魚の胴体に人間のような手足の半魚人みたいな種族。
たいてい、もっと悪くて強い海棲生物の手下をやっている。
人魚
上半身が人間、下半身が魚。男ならマーマンだし女ならマーメイドと呼ばれるお馴染みの種族。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる