クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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水路の町

何が「ちょっと」だ

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 おそらく、いつものように名乗りを上げているのだろう。
 ミーケルの目に、空中に留まり海上の魚人へ剣を向けるエルヴィラの姿が見えて――と、そこへいきなり海中から伸びた触手に、エルヴィラが海に叩き落された。

「なっ、エルヴィラ――!?」

 騎士らしく名乗りをあげるのは悪いことではない。
 だが、もっと時と場合を選べと言っておくべきだったろうか。

 ミーケルは慌てた。すぐに全速でエルヴィラのところへ向かい始めた途端、また海中から空へと上がるエルヴィラが見えてほっとする。
 しかし、エルヴィラは海中をひと睨みすると、おそらくは触手の主の本体へと突撃してしまった。

「な、何してるんだ……」

 唖然としたミーケルは一瞬止まり、またすぐに我に返って先を急ぐ。

 エルヴィラが突撃したさらに向こうに、先ほど目にした奇妙な筏があった。
 よく見れば、その上にも魚人が幾匹かいる。

「深海と恐怖の神の司祭、か」

 魚の骨や鱗を組み合わせて飾り立てた奇妙な杖を持つ魚人が、筏のひとつ高くなった場所から周囲の魚人たちに指示を飛ばしていた。
 それだけでなく、今度は杖を構えて精神集中を始める。

「まずい」

 ミーケルはリュートを構え、不協和音を掻き鳴らした。
 神経をささくれ立たせるような、集中を乱す音だ。その音に魔法を乗せて魚人の司祭の祈りを乱し、神術の行使を妨げる。

 ――そして、ミーケルひとりではそれだけで手一杯だ。

 戦おうにも、これではリュートから手が離せず、武器を振るうどころではない。
 せめてエルヴィラがいれば魚人にけしかられるのに、戻ってくる気配もない。
 今はまだ空中にいるからいいものの、この魔術が切れる前にエルヴィラが戻ってこないと、どうしようもない。

 よく周りを観察すれば、触手の主、クラーケンは一匹だけではないようだ。他の冒険者たちの相手にしているクラーケンも含めれば、三~四はいるだろう。

 もう誰でもいいから、早くクラーケンにとどめを刺してこっちをなんとかしてほしい。

 じりじりと焦燥感に焼かれながら、それでも司祭の神術を止め続けた。
 司祭が神術を使おうとするたびに、魔法を乗せてリュートを鳴らす。これはこれで結構神経を使うのだ。

 まだエルヴィラは戻らないのか。

 下で、ミーケルが降りてくるのを待ち構える魚人たちにちらりと目をやる。“飛空”の魔法薬の効き目は、あとどれくらい保つのだったか。

「悪かったな、少し手間取ってしまった!」

 そこへ、ようやく海中からエルヴィラが上がってきた。

「遅い。あっちが本命なんだよ」

 てへへと笑うエルヴィラに、ミーケルが顎で司祭を示す。

「む、そうか。じゃあ、あれをやってしまえば終わりだな?」
「たぶんね……あ」

 ミーケルがそれ以上何か言う前に、またエルヴィラは突進してしまう。
 もうちょっと、なんというか、自重とか覚えたほうがいいんじゃないだろうか。
 魚人にあれほど囲まれて、押し負けていないことは賞賛に値するが。

「くはははは! クラーケンを倒したこのエルヴィラ・カーリスに、貴様ら魚人ごときが敵うとでも思っているのか!」

 どうやらまだ絶好調は続いているようだ。
 それなら大丈夫かなと息を吐き、ミーケルもエルヴィラの横へと降り立った。


 * * *


 どうにか戦いが終わった。
 魚人やクラーケンや、その他のもろもろの海の魔物は退却した。
 人魚が来られなかったのは魚人どもに一族の者が人質に取られていたからで、そっちはどうやら冒険者の一団が助け出したらしい。クラーケンも、四匹のうちの半分は倒して半分は逃げたのだそうだ。
 もちろん、倒したうちの一匹はエルヴィラの手柄だ。

「トゥーロの鎧はすごい。クラーケンの触手でも壊れなかったぞ」

 あいたたと身体を抑えながら笑うエルヴィラに、ミーケルは真底呆れたと溜息を漏らす。
 戦い終わってみたら、どう見てもぐちゃぐちゃの痣だらけの傷だらけで、血が滲んでるどころの話ではなかったのだ。

「たぶん肋骨あばらがいくつかいってると思うんだけど、鎧のおかげで完全に折れなかったみたいなんだ。さすがにちょっと痛いけど、動いても内臓に刺さらなかったんだぞ」
「――何がちょっとで刺さらなかっただよ!
 馬鹿なこと言ってないで、早くこれ飲んで」

 笑いながら信じられないことを述べるエルヴィラの手に、青筋を立てたミーケルは傷治しの魔法薬を押し付けた。
 ぐびっと薬を飲み込んで、エルヴィラはなおも喋り続ける。

「だって、凄かったんだ。水の中でクラーケンと竜が取っ組み合って戦ってたんだぞ! 見てたらなんだか私も血がたぎって、負けられないと思ったんだ!」
「君、馬鹿だろう。
 心の底から馬鹿だろう。
 その頭の中、本気で筋肉しか詰まってないだろう!」

 未だ興奮冷めやらぬエルヴィラに、何が「滾る」だと、ミーケルが地の底を這うような声でエルヴィラに募る。

「どこに竜と張り合ってクラーケンと一騎打ちする人間がいるんだよ。馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ! 立ってるのもやっとのくせに、満身創痍どころじゃないだろう! それでどうして平気で動けるんだよ! いい加減にしろよ! 腕とか足とか失くしたらどうするつもりだよ! 君そんなことばっかりしてるとそのうち死ぬよ!?」

 呆れを通り越して怒りすら湧き上がってくる。
 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本気で戦闘馬鹿だった。
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