52 / 152
水路の町
何が「ちょっと」だ
しおりを挟む
おそらく、いつものように名乗りを上げているのだろう。
ミーケルの目に、空中に留まり海上の魚人へ剣を向けるエルヴィラの姿が見えて――と、そこへいきなり海中から伸びた触手に、エルヴィラが海に叩き落された。
「なっ、エルヴィラ――!?」
騎士らしく名乗りをあげるのは悪いことではない。
だが、もっと時と場合を選べと言っておくべきだったろうか。
ミーケルは慌てた。すぐに全速でエルヴィラのところへ向かい始めた途端、また海中から空へと上がるエルヴィラが見えてほっとする。
しかし、エルヴィラは海中をひと睨みすると、おそらくは触手の主の本体へと突撃してしまった。
「な、何してるんだ……」
唖然としたミーケルは一瞬止まり、またすぐに我に返って先を急ぐ。
エルヴィラが突撃したさらに向こうに、先ほど目にした奇妙な筏があった。
よく見れば、その上にも魚人が幾匹かいる。
「深海と恐怖の神の司祭、か」
魚の骨や鱗を組み合わせて飾り立てた奇妙な杖を持つ魚人が、筏のひとつ高くなった場所から周囲の魚人たちに指示を飛ばしていた。
それだけでなく、今度は杖を構えて精神集中を始める。
「まずい」
ミーケルはリュートを構え、不協和音を掻き鳴らした。
神経をささくれ立たせるような、集中を乱す音だ。その音に魔法を乗せて魚人の司祭の祈りを乱し、神術の行使を妨げる。
――そして、ミーケルひとりではそれだけで手一杯だ。
戦おうにも、これではリュートから手が離せず、武器を振るうどころではない。
せめてエルヴィラがいれば魚人にけしかられるのに、戻ってくる気配もない。
今はまだ空中にいるからいいものの、この魔術が切れる前にエルヴィラが戻ってこないと、どうしようもない。
よく周りを観察すれば、触手の主、クラーケンは一匹だけではないようだ。他の冒険者たちの相手にしているクラーケンも含めれば、三~四はいるだろう。
もう誰でもいいから、早くクラーケンにとどめを刺してこっちをなんとかしてほしい。
じりじりと焦燥感に焼かれながら、それでも司祭の神術を止め続けた。
司祭が神術を使おうとするたびに、魔法を乗せてリュートを鳴らす。これはこれで結構神経を使うのだ。
まだエルヴィラは戻らないのか。
下で、ミーケルが降りてくるのを待ち構える魚人たちにちらりと目をやる。“飛空”の魔法薬の効き目は、あとどれくらい保つのだったか。
「悪かったな、少し手間取ってしまった!」
そこへ、ようやく海中からエルヴィラが上がってきた。
「遅い。あっちが本命なんだよ」
てへへと笑うエルヴィラに、ミーケルが顎で司祭を示す。
「む、そうか。じゃあ、あれをやってしまえば終わりだな?」
「たぶんね……あ」
ミーケルがそれ以上何か言う前に、またエルヴィラは突進してしまう。
もうちょっと、なんというか、自重とか覚えたほうがいいんじゃないだろうか。
魚人にあれほど囲まれて、押し負けていないことは賞賛に値するが。
「くはははは! クラーケンを倒したこのエルヴィラ・カーリスに、貴様ら魚人ごときが敵うとでも思っているのか!」
どうやらまだ絶好調は続いているようだ。
それなら大丈夫かなと息を吐き、ミーケルもエルヴィラの横へと降り立った。
* * *
どうにか戦いが終わった。
魚人やクラーケンや、その他のもろもろの海の魔物は退却した。
人魚が来られなかったのは魚人どもに一族の者が人質に取られていたからで、そっちはどうやら冒険者の一団が助け出したらしい。クラーケンも、四匹のうちの半分は倒して半分は逃げたのだそうだ。
もちろん、倒したうちの一匹はエルヴィラの手柄だ。
「トゥーロの鎧はすごい。クラーケンの触手でも壊れなかったぞ」
あいたたと身体を抑えながら笑うエルヴィラに、ミーケルは真底呆れたと溜息を漏らす。
戦い終わってみたら、どう見てもぐちゃぐちゃの痣だらけの傷だらけで、血が滲んでるどころの話ではなかったのだ。
「たぶん肋骨がいくつかいってると思うんだけど、鎧のおかげで完全に折れなかったみたいなんだ。さすがにちょっと痛いけど、動いても内臓に刺さらなかったんだぞ」
「――何がちょっとで刺さらなかっただよ!
馬鹿なこと言ってないで、早くこれ飲んで」
笑いながら信じられないことを述べるエルヴィラの手に、青筋を立てたミーケルは傷治しの魔法薬を押し付けた。
ぐびっと薬を飲み込んで、エルヴィラはなおも喋り続ける。
「だって、凄かったんだ。水の中でクラーケンと竜が取っ組み合って戦ってたんだぞ! 見てたらなんだか私も血が滾って、負けられないと思ったんだ!」
「君、馬鹿だろう。
心の底から馬鹿だろう。
その頭の中、本気で筋肉しか詰まってないだろう!」
未だ興奮冷めやらぬエルヴィラに、何が「滾る」だと、ミーケルが地の底を這うような声でエルヴィラに募る。
「どこに竜と張り合ってクラーケンと一騎打ちする人間がいるんだよ。馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ! 立ってるのもやっとのくせに、満身創痍どころじゃないだろう! それでどうして平気で動けるんだよ! いい加減にしろよ! 腕とか足とか失くしたらどうするつもりだよ! 君そんなことばっかりしてるとそのうち死ぬよ!?」
呆れを通り越して怒りすら湧き上がってくる。
馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本気で戦闘馬鹿だった。
ミーケルの目に、空中に留まり海上の魚人へ剣を向けるエルヴィラの姿が見えて――と、そこへいきなり海中から伸びた触手に、エルヴィラが海に叩き落された。
「なっ、エルヴィラ――!?」
騎士らしく名乗りをあげるのは悪いことではない。
だが、もっと時と場合を選べと言っておくべきだったろうか。
ミーケルは慌てた。すぐに全速でエルヴィラのところへ向かい始めた途端、また海中から空へと上がるエルヴィラが見えてほっとする。
しかし、エルヴィラは海中をひと睨みすると、おそらくは触手の主の本体へと突撃してしまった。
「な、何してるんだ……」
唖然としたミーケルは一瞬止まり、またすぐに我に返って先を急ぐ。
エルヴィラが突撃したさらに向こうに、先ほど目にした奇妙な筏があった。
よく見れば、その上にも魚人が幾匹かいる。
「深海と恐怖の神の司祭、か」
魚の骨や鱗を組み合わせて飾り立てた奇妙な杖を持つ魚人が、筏のひとつ高くなった場所から周囲の魚人たちに指示を飛ばしていた。
それだけでなく、今度は杖を構えて精神集中を始める。
「まずい」
ミーケルはリュートを構え、不協和音を掻き鳴らした。
神経をささくれ立たせるような、集中を乱す音だ。その音に魔法を乗せて魚人の司祭の祈りを乱し、神術の行使を妨げる。
――そして、ミーケルひとりではそれだけで手一杯だ。
戦おうにも、これではリュートから手が離せず、武器を振るうどころではない。
せめてエルヴィラがいれば魚人にけしかられるのに、戻ってくる気配もない。
今はまだ空中にいるからいいものの、この魔術が切れる前にエルヴィラが戻ってこないと、どうしようもない。
よく周りを観察すれば、触手の主、クラーケンは一匹だけではないようだ。他の冒険者たちの相手にしているクラーケンも含めれば、三~四はいるだろう。
もう誰でもいいから、早くクラーケンにとどめを刺してこっちをなんとかしてほしい。
じりじりと焦燥感に焼かれながら、それでも司祭の神術を止め続けた。
司祭が神術を使おうとするたびに、魔法を乗せてリュートを鳴らす。これはこれで結構神経を使うのだ。
まだエルヴィラは戻らないのか。
下で、ミーケルが降りてくるのを待ち構える魚人たちにちらりと目をやる。“飛空”の魔法薬の効き目は、あとどれくらい保つのだったか。
「悪かったな、少し手間取ってしまった!」
そこへ、ようやく海中からエルヴィラが上がってきた。
「遅い。あっちが本命なんだよ」
てへへと笑うエルヴィラに、ミーケルが顎で司祭を示す。
「む、そうか。じゃあ、あれをやってしまえば終わりだな?」
「たぶんね……あ」
ミーケルがそれ以上何か言う前に、またエルヴィラは突進してしまう。
もうちょっと、なんというか、自重とか覚えたほうがいいんじゃないだろうか。
魚人にあれほど囲まれて、押し負けていないことは賞賛に値するが。
「くはははは! クラーケンを倒したこのエルヴィラ・カーリスに、貴様ら魚人ごときが敵うとでも思っているのか!」
どうやらまだ絶好調は続いているようだ。
それなら大丈夫かなと息を吐き、ミーケルもエルヴィラの横へと降り立った。
* * *
どうにか戦いが終わった。
魚人やクラーケンや、その他のもろもろの海の魔物は退却した。
人魚が来られなかったのは魚人どもに一族の者が人質に取られていたからで、そっちはどうやら冒険者の一団が助け出したらしい。クラーケンも、四匹のうちの半分は倒して半分は逃げたのだそうだ。
もちろん、倒したうちの一匹はエルヴィラの手柄だ。
「トゥーロの鎧はすごい。クラーケンの触手でも壊れなかったぞ」
あいたたと身体を抑えながら笑うエルヴィラに、ミーケルは真底呆れたと溜息を漏らす。
戦い終わってみたら、どう見てもぐちゃぐちゃの痣だらけの傷だらけで、血が滲んでるどころの話ではなかったのだ。
「たぶん肋骨がいくつかいってると思うんだけど、鎧のおかげで完全に折れなかったみたいなんだ。さすがにちょっと痛いけど、動いても内臓に刺さらなかったんだぞ」
「――何がちょっとで刺さらなかっただよ!
馬鹿なこと言ってないで、早くこれ飲んで」
笑いながら信じられないことを述べるエルヴィラの手に、青筋を立てたミーケルは傷治しの魔法薬を押し付けた。
ぐびっと薬を飲み込んで、エルヴィラはなおも喋り続ける。
「だって、凄かったんだ。水の中でクラーケンと竜が取っ組み合って戦ってたんだぞ! 見てたらなんだか私も血が滾って、負けられないと思ったんだ!」
「君、馬鹿だろう。
心の底から馬鹿だろう。
その頭の中、本気で筋肉しか詰まってないだろう!」
未だ興奮冷めやらぬエルヴィラに、何が「滾る」だと、ミーケルが地の底を這うような声でエルヴィラに募る。
「どこに竜と張り合ってクラーケンと一騎打ちする人間がいるんだよ。馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ! 立ってるのもやっとのくせに、満身創痍どころじゃないだろう! それでどうして平気で動けるんだよ! いい加減にしろよ! 腕とか足とか失くしたらどうするつもりだよ! 君そんなことばっかりしてるとそのうち死ぬよ!?」
呆れを通り越して怒りすら湧き上がってくる。
馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本気で戦闘馬鹿だった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる