84 / 152
歌う竜の町
思えば遠くへ
しおりを挟む
「ほら、口開けて」
「ん」
袋から取り出した塊をひとつ、口の中にぽいと放り込まれて、エルヴィラはカリコリと噛み砕いた。たちまち後を引く香ばしさと甘さが広がって、すぐに次が欲しくなってしまう。
肩の上ではアライトもカリカリ忙しない音を立てて菓子を齧り、「美味いな、これ」と感心している。
「この季節だけに出回る、木の実の蜜掛けだよ。このあたりでたくさん採れる木の実を荒く引いて、香ばしくなるまでカリカリに炒ってから蜂蜜や糖蜜で固めるんだ」
説明しながらミーケルもひとつぽいと口の中に放り入れた。
「つまり定番のお菓子だね。あとは、焼き栗とか、銀杏かな」
「へえ」
エルヴィラが、あちこちから漂う香ばしい匂いに気もそぞろに生返事を返すと、ミーケルはくすりと笑ってぽんぽんと頭を叩く。
「銀杏は食べ過ぎるとお腹を壊すから、気をつけるんだよ」
「際限なく食べる子供みたいに言うのはやめろ」
口を尖らせるエルヴィラに笑ってまた菓子をひとつ差し出すと、「こんなのでごまかされないからな」とぱくりと食いついた。
晩秋に向かう“歌う竜の町”の市場通りは、冬支度をしようという人々でごった返している。この辺りでは雪こそ降らないものの、身を切るように冷たい風で街道が凍るため、隊商の行き来もほとんど無くなってしまうのだ。
最後の隊商が通る前に冬支度を終えないと、冬越しが難しくなってしまう。
秋も終わりのこの時期になると、皆何か買い忘れがないかを確認することに余念がなくなるのだ。
「この町は賑やかなんだな」
「近隣からも人が集まってるからね。この辺では大きな町だし」
「皆、大荷物だな」
「冬越しに必要なものを買ってるんだよ」
店頭を冷やかすようにしながら、ゆっくりと歩く。
都に住んでいる時は、確かに気にしたことなんてなかった。けれど、こういう辺境に近いところではこうもきちんと備えなきゃいけないものなのか。
エルヴィラは感心しながら頷く。
保存に適した食料や、毛のたっぷりした暖かな毛皮に燃料など――冬越しに必要なさまざまな品を荷台に積み込む者や忙しなく外の馬車と行き来する者なども多く、本当に賑やかだ。
都には年を通してものが集まるが、このあたりはそうもいかない。ここまでしっかり備えなければ無事冬を越すことも難しいのだ。
「冬越しって大変なんだな」
「蓄えが尽きたら、値が跳ね上がったものでも買わなきゃ生きていけないしね」
「なるほど」
たしかに、品薄になり始めたものから順に値が上がっているようだ。
もうひとつ菓子を齧って、エルヴィラは感心しつつまた市場通りを見回した。
「さて、ちょっと行こうと思ってる場所があるんだ」
急にぽんと背を叩かれて、エルヴィラはミーケルを見上げる。いつの間にか、もう市場通りの端まで来ていたようだった。
「場所?」
「そう。おいで」
そのまま町の外へと向かうミーケルに、エルヴィラは手を引かれて付いて行く。いったいどこへ向かっているんだろうと考えながら。
「――ここ、墓地か?」
「そう」
連れてこられたのは、この町の墓地だった。
新しいものから古いものまで、飾り文字の刻まれた石が所狭しと並んでいる。
ミーケルはその広い墓地の片隅へまっすぐ向かうと、すっかり角が取れて刻まれた文字も読めないほどに磨り減った小さな石の前に立つ。
とても古そうな墓なのに、その周りには色とりどりの秋の花が咲き、とても大切にされているようだ。
「これは?」
「この町の名前、“歌う竜”の伝説の元になった詩人の墓」
「……なんだと?」
エルヴィラは目を丸くする。伝説の詩人とは、どれくらい昔のひとなんだ。
「この町に長く住んだ老詩人が亡くなった時、町の空を歌う竜が舞ったと伝わっている。だから、この町の名前は“歌う竜の町”というんだ」
ミーケルが空を見上げる。釣られてエルヴィラも空を見上げた。
「亡くなった詩人の魂が歌う竜へと姿を変えて、天上へ還ったんだ、ってね」
「すごいな」
ぽかんと空を眺めるエルヴィラの顔を見て、ミーケルがぷっと笑い出す。
「実際は、その詩人の弟子の仕業だったんだけど」
「え?」
目を丸くして振り返るエルヴィラに、ミーケルはくっくっと笑って続けた。
「彼の死を悼んだ弟子が竜の背に乗って歌った……っていうのがほんとうのところなんだ。彼の魂を送るためにね」
「なに……じゃあ、詩人が竜に変わったわけじゃないのか!?」
く、騙されるところだった……と呟くエルヴィラの頭をぽんぽんと叩いて、ミーケルはやっぱり笑っていた。
「でも、詩人がその身を竜に変えて歌ったっていうほうが楽しいだろう? 伝説ってそういうものなんだよ」
「う……たしかに。でも、ミケはなんでここへ?」
「約束なんだ。この町に来ることがあったら、彼を訪ねてほしいってね。
彼は、年老いて旅ができなくなった後、町を訪れる人からいろいろな話を聞くのを楽しみにしてたんだってさ。彼自身はもうとっくに転生を果たしてるのかもしれない。でも、こうして語れば届くような気もするし、そういうのも乙だろう?」
「ふうん?」
だから今でもここへ語りに来る詩人はいるんだよ、と話しながら、ミーケルは墓前に座った。
リュートを取り出し、音の調子を見るようにぽろぽろと小さく鳴らして――それからおもむろに曲を奏で始める。
そして、おそらくは前回ここへ来た後に出会った諸々の出来事や新しく仕入れた物語を、まるで墓石が聴衆であるかのように歌いだす。
ミーケルの口から自分のことが語られるのはなんだか不思議だなと思いながら、エルヴィラも横にちょこんと座って聞いた。
アライトも、いつもよりずっと殊勝げにじっと聞いていた。
こうして改めて聞くと、都を出てからあっという間だったんだなと、エルヴィラも思わず笑ってしまう。
家を出る時は、まさかこんな風になるなんて考えてもいなかったのに。
「ん」
袋から取り出した塊をひとつ、口の中にぽいと放り込まれて、エルヴィラはカリコリと噛み砕いた。たちまち後を引く香ばしさと甘さが広がって、すぐに次が欲しくなってしまう。
肩の上ではアライトもカリカリ忙しない音を立てて菓子を齧り、「美味いな、これ」と感心している。
「この季節だけに出回る、木の実の蜜掛けだよ。このあたりでたくさん採れる木の実を荒く引いて、香ばしくなるまでカリカリに炒ってから蜂蜜や糖蜜で固めるんだ」
説明しながらミーケルもひとつぽいと口の中に放り入れた。
「つまり定番のお菓子だね。あとは、焼き栗とか、銀杏かな」
「へえ」
エルヴィラが、あちこちから漂う香ばしい匂いに気もそぞろに生返事を返すと、ミーケルはくすりと笑ってぽんぽんと頭を叩く。
「銀杏は食べ過ぎるとお腹を壊すから、気をつけるんだよ」
「際限なく食べる子供みたいに言うのはやめろ」
口を尖らせるエルヴィラに笑ってまた菓子をひとつ差し出すと、「こんなのでごまかされないからな」とぱくりと食いついた。
晩秋に向かう“歌う竜の町”の市場通りは、冬支度をしようという人々でごった返している。この辺りでは雪こそ降らないものの、身を切るように冷たい風で街道が凍るため、隊商の行き来もほとんど無くなってしまうのだ。
最後の隊商が通る前に冬支度を終えないと、冬越しが難しくなってしまう。
秋も終わりのこの時期になると、皆何か買い忘れがないかを確認することに余念がなくなるのだ。
「この町は賑やかなんだな」
「近隣からも人が集まってるからね。この辺では大きな町だし」
「皆、大荷物だな」
「冬越しに必要なものを買ってるんだよ」
店頭を冷やかすようにしながら、ゆっくりと歩く。
都に住んでいる時は、確かに気にしたことなんてなかった。けれど、こういう辺境に近いところではこうもきちんと備えなきゃいけないものなのか。
エルヴィラは感心しながら頷く。
保存に適した食料や、毛のたっぷりした暖かな毛皮に燃料など――冬越しに必要なさまざまな品を荷台に積み込む者や忙しなく外の馬車と行き来する者なども多く、本当に賑やかだ。
都には年を通してものが集まるが、このあたりはそうもいかない。ここまでしっかり備えなければ無事冬を越すことも難しいのだ。
「冬越しって大変なんだな」
「蓄えが尽きたら、値が跳ね上がったものでも買わなきゃ生きていけないしね」
「なるほど」
たしかに、品薄になり始めたものから順に値が上がっているようだ。
もうひとつ菓子を齧って、エルヴィラは感心しつつまた市場通りを見回した。
「さて、ちょっと行こうと思ってる場所があるんだ」
急にぽんと背を叩かれて、エルヴィラはミーケルを見上げる。いつの間にか、もう市場通りの端まで来ていたようだった。
「場所?」
「そう。おいで」
そのまま町の外へと向かうミーケルに、エルヴィラは手を引かれて付いて行く。いったいどこへ向かっているんだろうと考えながら。
「――ここ、墓地か?」
「そう」
連れてこられたのは、この町の墓地だった。
新しいものから古いものまで、飾り文字の刻まれた石が所狭しと並んでいる。
ミーケルはその広い墓地の片隅へまっすぐ向かうと、すっかり角が取れて刻まれた文字も読めないほどに磨り減った小さな石の前に立つ。
とても古そうな墓なのに、その周りには色とりどりの秋の花が咲き、とても大切にされているようだ。
「これは?」
「この町の名前、“歌う竜”の伝説の元になった詩人の墓」
「……なんだと?」
エルヴィラは目を丸くする。伝説の詩人とは、どれくらい昔のひとなんだ。
「この町に長く住んだ老詩人が亡くなった時、町の空を歌う竜が舞ったと伝わっている。だから、この町の名前は“歌う竜の町”というんだ」
ミーケルが空を見上げる。釣られてエルヴィラも空を見上げた。
「亡くなった詩人の魂が歌う竜へと姿を変えて、天上へ還ったんだ、ってね」
「すごいな」
ぽかんと空を眺めるエルヴィラの顔を見て、ミーケルがぷっと笑い出す。
「実際は、その詩人の弟子の仕業だったんだけど」
「え?」
目を丸くして振り返るエルヴィラに、ミーケルはくっくっと笑って続けた。
「彼の死を悼んだ弟子が竜の背に乗って歌った……っていうのがほんとうのところなんだ。彼の魂を送るためにね」
「なに……じゃあ、詩人が竜に変わったわけじゃないのか!?」
く、騙されるところだった……と呟くエルヴィラの頭をぽんぽんと叩いて、ミーケルはやっぱり笑っていた。
「でも、詩人がその身を竜に変えて歌ったっていうほうが楽しいだろう? 伝説ってそういうものなんだよ」
「う……たしかに。でも、ミケはなんでここへ?」
「約束なんだ。この町に来ることがあったら、彼を訪ねてほしいってね。
彼は、年老いて旅ができなくなった後、町を訪れる人からいろいろな話を聞くのを楽しみにしてたんだってさ。彼自身はもうとっくに転生を果たしてるのかもしれない。でも、こうして語れば届くような気もするし、そういうのも乙だろう?」
「ふうん?」
だから今でもここへ語りに来る詩人はいるんだよ、と話しながら、ミーケルは墓前に座った。
リュートを取り出し、音の調子を見るようにぽろぽろと小さく鳴らして――それからおもむろに曲を奏で始める。
そして、おそらくは前回ここへ来た後に出会った諸々の出来事や新しく仕入れた物語を、まるで墓石が聴衆であるかのように歌いだす。
ミーケルの口から自分のことが語られるのはなんだか不思議だなと思いながら、エルヴィラも横にちょこんと座って聞いた。
アライトも、いつもよりずっと殊勝げにじっと聞いていた。
こうして改めて聞くと、都を出てからあっという間だったんだなと、エルヴィラも思わず笑ってしまう。
家を出る時は、まさかこんな風になるなんて考えてもいなかったのに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる