クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます

ぎんげつ

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歌う竜の町

思えば遠くへ

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「ほら、口開けて」
「ん」

 袋から取り出した塊をひとつ、口の中にぽいと放り込まれて、エルヴィラはカリコリと噛み砕いた。たちまち後を引く香ばしさと甘さが広がって、すぐに次が欲しくなってしまう。
 肩の上ではアライトもカリカリ忙しない音を立てて菓子を齧り、「美味いな、これ」と感心している。

「この季節だけに出回る、木の実の蜜掛けだよ。このあたりでたくさん採れる木の実を荒く引いて、香ばしくなるまでカリカリに炒ってから蜂蜜や糖蜜で固めるんだ」

 説明しながらミーケルもひとつぽいと口の中に放り入れた。

「つまり定番のお菓子だね。あとは、焼き栗とか、銀杏かな」
「へえ」

 エルヴィラが、あちこちから漂う香ばしい匂いに気もそぞろに生返事を返すと、ミーケルはくすりと笑ってぽんぽんと頭を叩く。

「銀杏は食べ過ぎるとお腹を壊すから、気をつけるんだよ」
「際限なく食べる子供みたいに言うのはやめろ」

 口を尖らせるエルヴィラに笑ってまた菓子をひとつ差し出すと、「こんなのでごまかされないからな」とぱくりと食いついた。



 晩秋に向かう“歌う竜の町”の市場通りは、冬支度をしようという人々でごった返している。この辺りでは雪こそ降らないものの、身を切るように冷たい風で街道が凍るため、隊商の行き来もほとんど無くなってしまうのだ。
 最後の隊商が通る前に冬支度を終えないと、冬越しが難しくなってしまう。
 秋も終わりのこの時期になると、皆何か買い忘れがないかを確認することに余念がなくなるのだ。



「この町は賑やかなんだな」
「近隣からも人が集まってるからね。この辺では大きな町だし」
「皆、大荷物だな」
「冬越しに必要なものを買ってるんだよ」

 店頭を冷やかすようにしながら、ゆっくりと歩く。
 都に住んでいる時は、確かに気にしたことなんてなかった。けれど、こういう辺境に近いところではこうもきちんと備えなきゃいけないものなのか。
 エルヴィラは感心しながら頷く。

 保存に適した食料や、毛のたっぷりした暖かな毛皮に燃料など――冬越しに必要なさまざまな品を荷台に積み込む者や忙しなく外の馬車と行き来する者なども多く、本当に賑やかだ。

 都には年を通してものが集まるが、このあたりはそうもいかない。ここまでしっかり備えなければ無事冬を越すことも難しいのだ。

「冬越しって大変なんだな」
「蓄えが尽きたら、値が跳ね上がったものでも買わなきゃ生きていけないしね」
「なるほど」

 たしかに、品薄になり始めたものから順に値が上がっているようだ。
 もうひとつ菓子を齧って、エルヴィラは感心しつつまた市場通りを見回した。

「さて、ちょっと行こうと思ってる場所があるんだ」

 急にぽんと背を叩かれて、エルヴィラはミーケルを見上げる。いつの間にか、もう市場通りの端まで来ていたようだった。

「場所?」
「そう。おいで」

 そのまま町の外へと向かうミーケルに、エルヴィラは手を引かれて付いて行く。いったいどこへ向かっているんだろうと考えながら。



「――ここ、墓地か?」
「そう」

 連れてこられたのは、この町の墓地だった。
 新しいものから古いものまで、飾り文字の刻まれた石が所狭しと並んでいる。

 ミーケルはその広い墓地の片隅へまっすぐ向かうと、すっかり角が取れて刻まれた文字も読めないほどに磨り減った小さな石の前に立つ。
 とても古そうな墓なのに、その周りには色とりどりの秋の花が咲き、とても大切にされているようだ。

「これは?」
「この町の名前、“歌う竜”の伝説の元になった詩人の墓」
「……なんだと?」

 エルヴィラは目を丸くする。伝説の詩人とは、どれくらい昔のひとなんだ。

「この町に長く住んだ老詩人が亡くなった時、町の空を歌う竜が舞ったと伝わっている。だから、この町の名前は“歌う竜の町”というんだ」

 ミーケルが空を見上げる。釣られてエルヴィラも空を見上げた。

「亡くなった詩人の魂が歌う竜へと姿を変えて、天上へ還ったんだ、ってね」
「すごいな」

 ぽかんと空を眺めるエルヴィラの顔を見て、ミーケルがぷっと笑い出す。

「実際は、その詩人の弟子の仕業だったんだけど」
「え?」

 目を丸くして振り返るエルヴィラに、ミーケルはくっくっと笑って続けた。

「彼の死を悼んだ弟子が竜の背に乗って歌った……っていうのがほんとうのところなんだ。彼の魂を送るためにね」
「なに……じゃあ、詩人が竜に変わったわけじゃないのか!?」

 く、騙されるところだった……と呟くエルヴィラの頭をぽんぽんと叩いて、ミーケルはやっぱり笑っていた。

「でも、詩人がその身を竜に変えて歌ったっていうほうが楽しいだろう? 伝説ってそういうものなんだよ」
「う……たしかに。でも、ミケはなんでここへ?」
「約束なんだ。この町に来ることがあったら、彼を訪ねてほしいってね。
 彼は、年老いて旅ができなくなった後、町を訪れる人からいろいろな話を聞くのを楽しみにしてたんだってさ。彼自身はもうとっくに転生を果たしてるのかもしれない。でも、こうして語れば届くような気もするし、そういうのも乙だろう?」
「ふうん?」

 だから今でもここへ語りに来る詩人はいるんだよ、と話しながら、ミーケルは墓前に座った。
 リュートを取り出し、音の調子を見るようにぽろぽろと小さく鳴らして――それからおもむろに曲を奏で始める。
 そして、おそらくは前回ここへ来た後に出会った諸々の出来事や新しく仕入れた物語を、まるで墓石が聴衆であるかのように歌いだす。

 ミーケルの口から自分のことが語られるのはなんだか不思議だなと思いながら、エルヴィラも横にちょこんと座って聞いた。
 アライトも、いつもよりずっと殊勝げにじっと聞いていた。

 こうして改めて聞くと、都を出てからあっという間だったんだなと、エルヴィラも思わず笑ってしまう。
 家を出る時は、まさかこんな風になるなんて考えてもいなかったのに。
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