87 / 152
歌う竜の町
詩人のご機嫌取り
しおりを挟む
「それにしても、君はもっと怒ってよかったと思うんだけど」
「怒る?」
麦酒を飲みながら言うミーケルを、エルヴィラはきょとんと見つめ返した。
「あんな風に言われて平気なのか? 相当理不尽な言い掛かりだったじゃないか」
「ああ、目とか声のことか」
どうやらミーケルはそのことを気にしていたらしい。エルヴィラは麦酒をひと口飲んで、うん、と頷く。
「自分でも目はちょっと気持ち悪いなって思うし、声も酷いんだからしょうがない。それに、私のほうが明らかに強いから。強いほうが弱いほうに譲ってやらないと」
「――ここ、戦場じゃないんだからさ。そんな風に武勲か何かみたいに考えるの、やめないか?」
「だって、たぶん、あの女の子は私の拳一発で死ぬぞ」
「そうじゃなくて」
はあ、とミーケルは思わず嘆息を漏らす。
「君の目は気持ち悪くないし、声だって問題ない。あれはどう考えても、君を貶めようとした言葉だったことくらい、わかるだろう?」
わからない振りはするなと言外に言われて、エルヴィラは目を伏せる。
「……だって、私の場合、最初からじゃなかったし、ミケからしてみたら詐欺みたいなものじゃないのか」
上目遣いにそんなことを呟いて、「だから、無理に来なくたって」などとも言い出す。ミーケルはまた盛大に呆れたという溜息を吐いた。
「あのね。僕がそんなに殊勝で我慢強い奴に見える? 嫌だったら、君が逃げた時にこれ幸いと放置して追いかけてなんかこなかったに決まってるだろう」
「う」
「う、じゃないよ。何度言えばわかるのさ、鳥頭」
「だって……」
まったく、とエルヴィラの肩を抱き寄せる。
「確かに元の青い色も良かったよ。真夏の空みたいで。でも、今の赤だって、君らしくていいじゃないか」
エルヴィラはぱちぱちと瞬きをする。
私らしいって?
「赤は君の色だって言ったろう?
声も、たしかに綺麗だとは言わない。だけど迫力は増したし、名乗りを挙げるのにはいいんじゃない? 少なくとも、僕は嫌いじゃない。味もあるしね」
「……迫力と、味」
いいのか悪いのか、どうにも微妙な気はするけれど、ミーケルが嫌いじゃないというならいいか。
そう考えて、エルヴィラは納得する。
「それよりも」
ぐ、とミーケルが顔を近付ける。
「君はどうなの」
「私?」
「そう」
少し真面目な顔で、やや目を眇めてじっと見つめるミーケルに、つい視線を彷徨わせてしまう。どうって、何がどうなのか。
困った顔で黙ってしまうエルヴィラに、ミーケルはしょうがないなと笑う。
「君は変なところで引っ込むよね。普段はあんなに押してくるくせに」
「変なところって」
「だって、そうじゃないか。僕に夜這いを掛けようとしたり、どこまでもくっついてくる宣言をしたりするくせに、なんで今度は思い込みで離れるのさ」
俯いてもじもじと指を合わせて、やっぱり視線を彷徨わせたままエルヴィラは小さく小さく「だって」と呟く。
「ん?」
「だって……怖いじゃないか」
「怖い?」
思いもよらない単語に、ミーケルは眉を顰める。
怖い? いったい何が?
「だって、まんいちミケがもう顔も見たくないって言ったら、他の女の子のところに行っちゃうってことになるじゃないか。
ミケが決めることだとわかってるんだ。でも、もし言われたら離れなきゃいけないし、だから怖いんだ」
ミーケルはぽかんとエルヴィラを見る。何を言い出すのかと思えば――
「だから、言われる前に離れておけば、後でこっそり戻ってもいいかなって」
「……君って時々かわいいこと言うね」
「な、なんだと」
カッと顔に血を昇らせて、エルヴィラは、むう、と顰め面を作る。
「そんなに僕についてきたいんだ?」
顰め面のまま、だけどおずおずと頷くエルヴィラの頭を、ぽんぽんと叩く。
「なら、もう早とちりしないで、勝手にどこかに行ったりするんじゃないよ。前に約束しただろう?」
「う……」
「う、じゃなくて。前にも言ったように、僕は、君の最後でもいいんじゃないかってくらいには君を気に入ってるんだから。わかった?」
「うぅ……」
わかったと頷くエルヴィラの顔を、ミーケルは「ほんとうに?」と覗き込む。
「君、たまにわからないで返事してる時があるからね」
「ちゃんと、わかってる」
少しふてくされたような顔で、またエルヴィラは頷く。どうして自分が叱られてるような気持ちになるんだろう、と考えながら。
そんなエルヴィラに、「ほんとうに、君は考えてることがだだ漏れになるね」とミーケルは笑ってキスをした。
「じゃ、昼間言ってたとおり、宿に戻ったらいちゃいちゃするかい?」
「う……する」
「怒る?」
麦酒を飲みながら言うミーケルを、エルヴィラはきょとんと見つめ返した。
「あんな風に言われて平気なのか? 相当理不尽な言い掛かりだったじゃないか」
「ああ、目とか声のことか」
どうやらミーケルはそのことを気にしていたらしい。エルヴィラは麦酒をひと口飲んで、うん、と頷く。
「自分でも目はちょっと気持ち悪いなって思うし、声も酷いんだからしょうがない。それに、私のほうが明らかに強いから。強いほうが弱いほうに譲ってやらないと」
「――ここ、戦場じゃないんだからさ。そんな風に武勲か何かみたいに考えるの、やめないか?」
「だって、たぶん、あの女の子は私の拳一発で死ぬぞ」
「そうじゃなくて」
はあ、とミーケルは思わず嘆息を漏らす。
「君の目は気持ち悪くないし、声だって問題ない。あれはどう考えても、君を貶めようとした言葉だったことくらい、わかるだろう?」
わからない振りはするなと言外に言われて、エルヴィラは目を伏せる。
「……だって、私の場合、最初からじゃなかったし、ミケからしてみたら詐欺みたいなものじゃないのか」
上目遣いにそんなことを呟いて、「だから、無理に来なくたって」などとも言い出す。ミーケルはまた盛大に呆れたという溜息を吐いた。
「あのね。僕がそんなに殊勝で我慢強い奴に見える? 嫌だったら、君が逃げた時にこれ幸いと放置して追いかけてなんかこなかったに決まってるだろう」
「う」
「う、じゃないよ。何度言えばわかるのさ、鳥頭」
「だって……」
まったく、とエルヴィラの肩を抱き寄せる。
「確かに元の青い色も良かったよ。真夏の空みたいで。でも、今の赤だって、君らしくていいじゃないか」
エルヴィラはぱちぱちと瞬きをする。
私らしいって?
「赤は君の色だって言ったろう?
声も、たしかに綺麗だとは言わない。だけど迫力は増したし、名乗りを挙げるのにはいいんじゃない? 少なくとも、僕は嫌いじゃない。味もあるしね」
「……迫力と、味」
いいのか悪いのか、どうにも微妙な気はするけれど、ミーケルが嫌いじゃないというならいいか。
そう考えて、エルヴィラは納得する。
「それよりも」
ぐ、とミーケルが顔を近付ける。
「君はどうなの」
「私?」
「そう」
少し真面目な顔で、やや目を眇めてじっと見つめるミーケルに、つい視線を彷徨わせてしまう。どうって、何がどうなのか。
困った顔で黙ってしまうエルヴィラに、ミーケルはしょうがないなと笑う。
「君は変なところで引っ込むよね。普段はあんなに押してくるくせに」
「変なところって」
「だって、そうじゃないか。僕に夜這いを掛けようとしたり、どこまでもくっついてくる宣言をしたりするくせに、なんで今度は思い込みで離れるのさ」
俯いてもじもじと指を合わせて、やっぱり視線を彷徨わせたままエルヴィラは小さく小さく「だって」と呟く。
「ん?」
「だって……怖いじゃないか」
「怖い?」
思いもよらない単語に、ミーケルは眉を顰める。
怖い? いったい何が?
「だって、まんいちミケがもう顔も見たくないって言ったら、他の女の子のところに行っちゃうってことになるじゃないか。
ミケが決めることだとわかってるんだ。でも、もし言われたら離れなきゃいけないし、だから怖いんだ」
ミーケルはぽかんとエルヴィラを見る。何を言い出すのかと思えば――
「だから、言われる前に離れておけば、後でこっそり戻ってもいいかなって」
「……君って時々かわいいこと言うね」
「な、なんだと」
カッと顔に血を昇らせて、エルヴィラは、むう、と顰め面を作る。
「そんなに僕についてきたいんだ?」
顰め面のまま、だけどおずおずと頷くエルヴィラの頭を、ぽんぽんと叩く。
「なら、もう早とちりしないで、勝手にどこかに行ったりするんじゃないよ。前に約束しただろう?」
「う……」
「う、じゃなくて。前にも言ったように、僕は、君の最後でもいいんじゃないかってくらいには君を気に入ってるんだから。わかった?」
「うぅ……」
わかったと頷くエルヴィラの顔を、ミーケルは「ほんとうに?」と覗き込む。
「君、たまにわからないで返事してる時があるからね」
「ちゃんと、わかってる」
少しふてくされたような顔で、またエルヴィラは頷く。どうして自分が叱られてるような気持ちになるんだろう、と考えながら。
そんなエルヴィラに、「ほんとうに、君は考えてることがだだ漏れになるね」とミーケルは笑ってキスをした。
「じゃ、昼間言ってたとおり、宿に戻ったらいちゃいちゃするかい?」
「う……する」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる