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歌う竜の町
話してよかっただろ?
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イヴリンは呆然としたまま小さく頷いた。これからいったい何が始まるのか。
「僕が加害者だって言うのか」
「どう聞いてもそうじゃないか」
がっしりとミーケルの肩を掴んで、エルヴィラはまた頷き……いきなり背後からミーケルを羽交い締めにした。
「え、ちょ、エルヴィラ?」
「イヴリン、思いっきり殴るといい。顔でも構わん。むしろ顔を殴ってやったほうが、こいつも反省するだろう」
ミーケルはじたばたと逃れようとするが、完全に関節を固められているのかそれともエルヴィラの馬鹿力のせいなのか、まったく外すことができない。
「え……でも……」
「手を傷めないコツも教えてやるから、思いっきりいけ」
エルヴィラはミーケルを抑え込んだまま、しかつめらしくイヴリンを促す。
「いや、だから、エルヴィラ」
「イヴリンは可愛いんだ。
こんなクソ詩人をいつまでも構ってるくらいなら、さっさと殴り飛ばしてスッキリ気持ちを切り替えたほうがいい。イヴリンに似合う、定職に就いてて甲斐性のあるもっと真面目な男がいるに決まってる」
ぶふ、とアライトが吹き出した。
イヴリンはやっぱり状況が飲み込めず、なぜかおろおろとしてしまう。
「で、でも、どうして、殴るなんて……」
「だって、こいつにやられっぱなしでは収まらないだろう?
女だって泣き寝入りなんかせずに強くなったほうがいいんだ。だから今ここで殴り倒して罵倒してやれ。思いっきりな。
なんなら、私が代わりに殴ってもいい。死なない程度に手加減なしでやるぞ」
「いや、それどうなの。そもそもなんで君がそれを言うんだ!」
にっこりと笑うエルヴィラに、ミーケルは小さく抗議する。
「私はイヴリンより強いから大丈夫だ。いざとなればミケを確実に仕留めて私も死ぬことだってやぶさかではないしな」
「それ、絶対、冗談になってないよね」
「もちろん冗談ではないとも」
めちゃくちゃなことを言い切って胸を張るエルヴィラの姿に、イヴリンはなんだか気が抜けてしまう。
気が抜けて、どうしてこんなクズを信じて待ってたんだろう、なんてことまで考えてしまった。
エルヴィラの言うとおり、こんなのにいつまでも執着していたら、きっとロクなことにならない。
ようやくひとつ息を吐いて、イヴリンは、うん、と頷いた。
「そうね――そうよね。たしかに、そのとおりだわ。ミーケルのことなんて、もうどうでもよくなっちゃった。でもね」
きっ、とミーケルを睨みつけ、テーブルをぐるりと回って正面に立つ。
「あなたの言うとおり、ここは一発殴ってスッキリすることにするわ。だって、やられっ放しじゃ割に合わないもの」
イヴリンはエルヴィラににっこりと微笑んだ。たぶん、本来の彼女は今みたいに屈託無く微笑むことのできる女の子なんだろう。
すう、と大きく息を吸って、右手を高く振り上げ――パァンと景気のいい音を響かせて思い切りミーケルの頬を打ち抜く。
イヴリンの心の中に溜まっていた鬱々とした思いは、きれいにどこかへと吹き飛んだ。
自然にくすりと笑みが漏れる。
エルヴィラの言うとおり、たしかにすごくスッキリした。
「ふん、あんたみたいなタラシ男には、その子みたいな脳筋がお似合いよ! 二度と顔なんか見たくないわ!
──さよならっ!」
びしっと指を差して高らかに宣言すると、靴音高くイヴリンは去った。
アライトが「俺ちょっと送ってくるよ」とすぐにその後を追いかけた。
「見事な手型だな」
憮然とした顔のミーケルの頬に、真っ赤な手型がくっきりと浮かびあがる。
その手型をつついて、エルヴィラがくつくつと笑う。
「治したいんだけど」
「だめだ。だが冷やすくらいはやってやる」
魔法を使おうとするミーケルの手を、エルヴィラは顔を顰めて止める。
「そのまま少し反省しろ」
「君が庇ってくれると思ったのにな」
「盲目的に庇われて、それでいいのか?」
ミーケルは、ぐ、と押し黙る。珍しく言葉にでも詰まったかとエルヴィラが目をやると、ふ、と澄ました顔で頬杖を突いた。
「ま、どっちでもいいよ。けど、こういうの、次はないから」
「何を偉そうに。ミケは少し過去の自分を反省しろ。どうせ他でも似たようなことをしていたんだろう?」
「――だからどうして君がそこを信用しないんだよ」
「信用しているぞ。誓い前のミケならそういうことをやりそうだってほうにな」
ああもう、と不貞腐れた顔で、ミーケルは大きく溜息を吐いた。
* * *
「なあ、お嬢ちゃん」
「わざわざ私のこと笑いにきたの!?」
「送りに来たんだ。いちおう、女は大事にするものだって教えられてるからな」
胡乱な目で自分を見つめるイヴリンの肩を、アライトは「まあまあ」と叩いた。
「何よ、私が失恋で傷心なところ狙って、誑し込もうってわけ?」
「いやいや、そんなんじゃないし。俺はこれでも分別くらい持ち合わせてるんだ」
イヴリンは「どうだか」と顔を顰める。
「分別のある男が、いきなり女の子を押さえ込んだりするわけないじゃないの」
「そりゃ、逃げられたら困ると思ったからな。でも、話をしてよかったろう?」
あくまでもにこにこと笑うアライトに、イヴリンは呆れる。
「――確かに、そうかもしれないわ」
は、と吐息を漏らすイヴリンの肩に、アライトが手をかける。訝しむように見上げるイヴリンを、なぜかそのまま自分の背中のほうへと押しやり――
「それにな、チンピラけしかけたっていいことはないんだよ……ほら」
「え?」
アライトの示すほうへ顔を向けると、物陰から数人の男が現れるところだった。
*****
※エルヴィラさんは徹頭徹尾騎士マインドを叩き込まれているので、女性の味方というより弱いものの味方です。
「僕が加害者だって言うのか」
「どう聞いてもそうじゃないか」
がっしりとミーケルの肩を掴んで、エルヴィラはまた頷き……いきなり背後からミーケルを羽交い締めにした。
「え、ちょ、エルヴィラ?」
「イヴリン、思いっきり殴るといい。顔でも構わん。むしろ顔を殴ってやったほうが、こいつも反省するだろう」
ミーケルはじたばたと逃れようとするが、完全に関節を固められているのかそれともエルヴィラの馬鹿力のせいなのか、まったく外すことができない。
「え……でも……」
「手を傷めないコツも教えてやるから、思いっきりいけ」
エルヴィラはミーケルを抑え込んだまま、しかつめらしくイヴリンを促す。
「いや、だから、エルヴィラ」
「イヴリンは可愛いんだ。
こんなクソ詩人をいつまでも構ってるくらいなら、さっさと殴り飛ばしてスッキリ気持ちを切り替えたほうがいい。イヴリンに似合う、定職に就いてて甲斐性のあるもっと真面目な男がいるに決まってる」
ぶふ、とアライトが吹き出した。
イヴリンはやっぱり状況が飲み込めず、なぜかおろおろとしてしまう。
「で、でも、どうして、殴るなんて……」
「だって、こいつにやられっぱなしでは収まらないだろう?
女だって泣き寝入りなんかせずに強くなったほうがいいんだ。だから今ここで殴り倒して罵倒してやれ。思いっきりな。
なんなら、私が代わりに殴ってもいい。死なない程度に手加減なしでやるぞ」
「いや、それどうなの。そもそもなんで君がそれを言うんだ!」
にっこりと笑うエルヴィラに、ミーケルは小さく抗議する。
「私はイヴリンより強いから大丈夫だ。いざとなればミケを確実に仕留めて私も死ぬことだってやぶさかではないしな」
「それ、絶対、冗談になってないよね」
「もちろん冗談ではないとも」
めちゃくちゃなことを言い切って胸を張るエルヴィラの姿に、イヴリンはなんだか気が抜けてしまう。
気が抜けて、どうしてこんなクズを信じて待ってたんだろう、なんてことまで考えてしまった。
エルヴィラの言うとおり、こんなのにいつまでも執着していたら、きっとロクなことにならない。
ようやくひとつ息を吐いて、イヴリンは、うん、と頷いた。
「そうね――そうよね。たしかに、そのとおりだわ。ミーケルのことなんて、もうどうでもよくなっちゃった。でもね」
きっ、とミーケルを睨みつけ、テーブルをぐるりと回って正面に立つ。
「あなたの言うとおり、ここは一発殴ってスッキリすることにするわ。だって、やられっ放しじゃ割に合わないもの」
イヴリンはエルヴィラににっこりと微笑んだ。たぶん、本来の彼女は今みたいに屈託無く微笑むことのできる女の子なんだろう。
すう、と大きく息を吸って、右手を高く振り上げ――パァンと景気のいい音を響かせて思い切りミーケルの頬を打ち抜く。
イヴリンの心の中に溜まっていた鬱々とした思いは、きれいにどこかへと吹き飛んだ。
自然にくすりと笑みが漏れる。
エルヴィラの言うとおり、たしかにすごくスッキリした。
「ふん、あんたみたいなタラシ男には、その子みたいな脳筋がお似合いよ! 二度と顔なんか見たくないわ!
──さよならっ!」
びしっと指を差して高らかに宣言すると、靴音高くイヴリンは去った。
アライトが「俺ちょっと送ってくるよ」とすぐにその後を追いかけた。
「見事な手型だな」
憮然とした顔のミーケルの頬に、真っ赤な手型がくっきりと浮かびあがる。
その手型をつついて、エルヴィラがくつくつと笑う。
「治したいんだけど」
「だめだ。だが冷やすくらいはやってやる」
魔法を使おうとするミーケルの手を、エルヴィラは顔を顰めて止める。
「そのまま少し反省しろ」
「君が庇ってくれると思ったのにな」
「盲目的に庇われて、それでいいのか?」
ミーケルは、ぐ、と押し黙る。珍しく言葉にでも詰まったかとエルヴィラが目をやると、ふ、と澄ました顔で頬杖を突いた。
「ま、どっちでもいいよ。けど、こういうの、次はないから」
「何を偉そうに。ミケは少し過去の自分を反省しろ。どうせ他でも似たようなことをしていたんだろう?」
「――だからどうして君がそこを信用しないんだよ」
「信用しているぞ。誓い前のミケならそういうことをやりそうだってほうにな」
ああもう、と不貞腐れた顔で、ミーケルは大きく溜息を吐いた。
* * *
「なあ、お嬢ちゃん」
「わざわざ私のこと笑いにきたの!?」
「送りに来たんだ。いちおう、女は大事にするものだって教えられてるからな」
胡乱な目で自分を見つめるイヴリンの肩を、アライトは「まあまあ」と叩いた。
「何よ、私が失恋で傷心なところ狙って、誑し込もうってわけ?」
「いやいや、そんなんじゃないし。俺はこれでも分別くらい持ち合わせてるんだ」
イヴリンは「どうだか」と顔を顰める。
「分別のある男が、いきなり女の子を押さえ込んだりするわけないじゃないの」
「そりゃ、逃げられたら困ると思ったからな。でも、話をしてよかったろう?」
あくまでもにこにこと笑うアライトに、イヴリンは呆れる。
「――確かに、そうかもしれないわ」
は、と吐息を漏らすイヴリンの肩に、アライトが手をかける。訝しむように見上げるイヴリンを、なぜかそのまま自分の背中のほうへと押しやり――
「それにな、チンピラけしかけたっていいことはないんだよ……ほら」
「え?」
アライトの示すほうへ顔を向けると、物陰から数人の男が現れるところだった。
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※エルヴィラさんは徹頭徹尾騎士マインドを叩き込まれているので、女性の味方というより弱いものの味方です。
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