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歌う竜の町
たしかにコレね
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「あ、あんたたち……」
「おい、聞いてたのとずいぶん違ったじゃねえか」
あちこちに手当の跡を残したまま、男たちはふたりを囲もうとする。おそらく、動けるものだけで待ち伏せていたのだろう。
「な、そんなの、知らないわよ」
「知らないで済む限度は超えてたよな?」
じり、とアライトの背に隠れるようにイヴリンは後退る。
昼間のことがうまくいかなかったから、腹いせにイヴリンを襲いに来たということなのか――そんなことになるなんて、イヴリンは考えもしていなかった。
カタカタと震えだした手で、思わず縋るようにアライトの上着を掴む。
男は、ふん、と鼻を鳴らして凄むように笑ってみせた。
「兄さんは関係ねえよな? 痛い目見たくなければ失せろよ」
しっしっとアライトを追い払うように乱暴に手を振られ、イヴリンは青くなった。
あんなことをしでかしておいて、ミーケルやエルヴィラと親しいアライトが助けてくれるわけない。
どうすればいいのだろう。
「そうもいかないんだ」
「ああ?」
「一度手を出したら最後まで面倒見ろっていうのも俺の一族の教えっていうか」
ぎゅっと上着を握るイヴリンの手が、上から包むように握られる。思わず顔を上げると、よしよしと子供のように頭を撫でられた。
「だから、あんたたちこそおとなしく帰ってくれないかな。俺、あんまり無駄に生き物をいじめるなとも言われてるんだよ」
アライトが底光のする翠玉の目を細め、口の端を笑むように持ち上げる。
なぜか湧き上がった、舌舐めずりをする猛獣を前にしたような恐怖が男たちの心臓をぎゅうと掴んだ。
足までが言うことを聞かず、前どころか勝手に後ろへじりじり下がってしまう。
冷たい汗が背中を滴り落ちる。
「……き、今日は、勘弁してやる」
「へえ? 今日だけ?」
まるで蛇に睨まれた蛙のような恐怖に怯えた男たちは必死で平然を装いつつ、けれど瞬く間にちりぢりに去っていった。
男たちが完全に見えなくなったとたん腰が抜けたのか、イヴリンはその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
「大丈夫に見える!?」
泣き出しそうな顔で睨みつけるイヴリンに、アライトはつい吹き出してしまった。
どうやら、イヴリンの負けん気はなかなかに強いらしい。
「仕方ないお嬢ちゃんだな」
アライトはくくくと肩を震わせて笑いながら、「家までこのまま運んでやるよ」とひょいとイヴリンを抱き上げた。
* * *
翌朝、朝食を食べているエルヴィラとミーケルの前に、またイヴリンが現れた。
二度と顔も見たくないって言ってたんじゃなかったかとエルヴィラが考えていると、バン、とテーブルを叩くように手を付いて、ぐいっと顔を寄せてくる。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうした? 殴り足りなかったか?」
「あんたと一緒にしないでよ! そうじゃなくて……アライトってどこにいるの?」
エルヴィラは卓上で齧っていたパンをブフォと吹き出した栗鼠に目をやった。
むせったのか、げほげほと咳き込んでいる。
「念のために聞くが、奴があなたに何かしたのか」
「――何もしなかったのよ! 何もしなかったから来たんじゃないの!」
喚くイヴリンの言葉の意味がわからず眉根を寄せ首を傾げ、けれどエルヴィラはげほげほと咳き込み続ける栗鼠を鷲掴んだ。
「こいつがアライトだ」
「おいエルヴィラ! 俺を売る気か!」
「どういうこと?」
じたばたと暴れるアライトをまったく意に介さず、エルヴィラは怪訝そうな顔をするイヴリンに突き出す。
「昨日はたまたま人型になっていたが、普段のこいつはおとなしそうな栗鼠を装う変態竜だ。大丈夫か?」
「え?」
「あなたに何かしでかしたのなら、これを持っていけ。絞め殺す気でしっかり握っておけばでかくなれんから、その隙に報復するといい」
ぽいと投げられた栗鼠を受け取り、イヴリンはぽかんと見つめて――
「――よう、一晩ぶりだな」
笑むように目を細めて手を挙げる栗鼠は、その口調や振る舞いからするとたしかにアライトなんだろう。
「ねえ、たしかにこれアライトね。もらって行くわ」
「ああ」
イヴリンは栗鼠をしっかりと握りこむと、顔の高さに掲げてにっこり微笑んだ。
*****
歌う竜の町
「姫と竜」一章の舞台である町。老詩人はもちろんヨエルのことで、弟子はエイシャである。
辺境ではあるけれど、東西を結ぶ街道と荒地を縦断して南北を結ぶ街道の交わる場所にあるため、交易が盛んな町で、交易により成り立っている町でもある。
名物は焼き鳥。この付近には鳥が多く生息していて、何種か、育てやすいものを捕まえて家畜化していたりもする。
というか、農耕にあまり向いてない土地なので、交易を除いたら鳥の飼育と遊牧がこの辺の主要な産業だし、食料調達手段でもある。
たぶんね、丸鳥の焼き物とか美味いと思うんだ。
「おい、聞いてたのとずいぶん違ったじゃねえか」
あちこちに手当の跡を残したまま、男たちはふたりを囲もうとする。おそらく、動けるものだけで待ち伏せていたのだろう。
「な、そんなの、知らないわよ」
「知らないで済む限度は超えてたよな?」
じり、とアライトの背に隠れるようにイヴリンは後退る。
昼間のことがうまくいかなかったから、腹いせにイヴリンを襲いに来たということなのか――そんなことになるなんて、イヴリンは考えもしていなかった。
カタカタと震えだした手で、思わず縋るようにアライトの上着を掴む。
男は、ふん、と鼻を鳴らして凄むように笑ってみせた。
「兄さんは関係ねえよな? 痛い目見たくなければ失せろよ」
しっしっとアライトを追い払うように乱暴に手を振られ、イヴリンは青くなった。
あんなことをしでかしておいて、ミーケルやエルヴィラと親しいアライトが助けてくれるわけない。
どうすればいいのだろう。
「そうもいかないんだ」
「ああ?」
「一度手を出したら最後まで面倒見ろっていうのも俺の一族の教えっていうか」
ぎゅっと上着を握るイヴリンの手が、上から包むように握られる。思わず顔を上げると、よしよしと子供のように頭を撫でられた。
「だから、あんたたちこそおとなしく帰ってくれないかな。俺、あんまり無駄に生き物をいじめるなとも言われてるんだよ」
アライトが底光のする翠玉の目を細め、口の端を笑むように持ち上げる。
なぜか湧き上がった、舌舐めずりをする猛獣を前にしたような恐怖が男たちの心臓をぎゅうと掴んだ。
足までが言うことを聞かず、前どころか勝手に後ろへじりじり下がってしまう。
冷たい汗が背中を滴り落ちる。
「……き、今日は、勘弁してやる」
「へえ? 今日だけ?」
まるで蛇に睨まれた蛙のような恐怖に怯えた男たちは必死で平然を装いつつ、けれど瞬く間にちりぢりに去っていった。
男たちが完全に見えなくなったとたん腰が抜けたのか、イヴリンはその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
「大丈夫に見える!?」
泣き出しそうな顔で睨みつけるイヴリンに、アライトはつい吹き出してしまった。
どうやら、イヴリンの負けん気はなかなかに強いらしい。
「仕方ないお嬢ちゃんだな」
アライトはくくくと肩を震わせて笑いながら、「家までこのまま運んでやるよ」とひょいとイヴリンを抱き上げた。
* * *
翌朝、朝食を食べているエルヴィラとミーケルの前に、またイヴリンが現れた。
二度と顔も見たくないって言ってたんじゃなかったかとエルヴィラが考えていると、バン、とテーブルを叩くように手を付いて、ぐいっと顔を寄せてくる。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうした? 殴り足りなかったか?」
「あんたと一緒にしないでよ! そうじゃなくて……アライトってどこにいるの?」
エルヴィラは卓上で齧っていたパンをブフォと吹き出した栗鼠に目をやった。
むせったのか、げほげほと咳き込んでいる。
「念のために聞くが、奴があなたに何かしたのか」
「――何もしなかったのよ! 何もしなかったから来たんじゃないの!」
喚くイヴリンの言葉の意味がわからず眉根を寄せ首を傾げ、けれどエルヴィラはげほげほと咳き込み続ける栗鼠を鷲掴んだ。
「こいつがアライトだ」
「おいエルヴィラ! 俺を売る気か!」
「どういうこと?」
じたばたと暴れるアライトをまったく意に介さず、エルヴィラは怪訝そうな顔をするイヴリンに突き出す。
「昨日はたまたま人型になっていたが、普段のこいつはおとなしそうな栗鼠を装う変態竜だ。大丈夫か?」
「え?」
「あなたに何かしでかしたのなら、これを持っていけ。絞め殺す気でしっかり握っておけばでかくなれんから、その隙に報復するといい」
ぽいと投げられた栗鼠を受け取り、イヴリンはぽかんと見つめて――
「――よう、一晩ぶりだな」
笑むように目を細めて手を挙げる栗鼠は、その口調や振る舞いからするとたしかにアライトなんだろう。
「ねえ、たしかにこれアライトね。もらって行くわ」
「ああ」
イヴリンは栗鼠をしっかりと握りこむと、顔の高さに掲げてにっこり微笑んだ。
*****
歌う竜の町
「姫と竜」一章の舞台である町。老詩人はもちろんヨエルのことで、弟子はエイシャである。
辺境ではあるけれど、東西を結ぶ街道と荒地を縦断して南北を結ぶ街道の交わる場所にあるため、交易が盛んな町で、交易により成り立っている町でもある。
名物は焼き鳥。この付近には鳥が多く生息していて、何種か、育てやすいものを捕まえて家畜化していたりもする。
というか、農耕にあまり向いてない土地なので、交易を除いたら鳥の飼育と遊牧がこの辺の主要な産業だし、食料調達手段でもある。
たぶんね、丸鳥の焼き物とか美味いと思うんだ。
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