100 / 152
神竜の加護ある町
さらなる訪問者
しおりを挟む
「いや、巣穴探しでこのあたり結構見てみたんだけどさ、あの亀裂はあまり良くないんで、知らせておいたほうがいいかと思ったんだ」
「良くないって?」
「ああ。あれ、どうも深過ぎるんだよ。聞いたことないか? 深く掘り過ぎて穴の底が“混沌の海”に繋がった、岩小人の鉱山の話」
「同じように、“混沌の海”に繋がってるんじゃないかってことか?」
卓上に用意された菓子を齧りながら、アライトは頷く。
「俺だけならともかく、イヴリンがいるのにあの亀裂を無視してこのあたりに巣穴を構えるのは、ちょっとどうかなって思うくらい深いんだよ」
呟きながら、 アライトは次の菓子に手を伸ばす。
「今繋がってるかって訊かれると微妙だけど、俺が少し潜ってみた限りじゃ、いつ繋がってもおかしくないくらいには深かったぞ。
それに、あの深さは“深淵と恐怖の神”の領域にも通じるから、今すぐどうこうはなくても、備えておいて損はない。何が来てもおかしくないな」
「なるほど……領主の耳には入れといたほうがよさそうだね」
神妙な顔で考え込むミーケルを、エルヴィラもじっと見つめる。
三度目の災いは深海の底、亀裂の底を通して“混沌の海”からやってくるのだろうか。
けれど、今回は警告を受けられるんだ。きっと十分に備えて、やっぱりこの町は守られるのではないか。
エルヴィラは小さく拳を握ってそんなことを考える。
「あ、あと、エルヴィラ」
「ん?」
毛皮についた食べカスを払いながら、アライトは思い出したように付け加える。
「町に、あんたを訪ねてきてるやつがいるぞ。前のお前みたいな赤毛の男で、戦神の司祭だったな」
「……なん、だと?」
「あんたのこと、兄さんとセットであちこち聞きまわってたからな。そのうちここに辿り着くんじゃないか?」
ぐぐっと寄ったエルヴィラの眉間に、くっきりと皺が刻まれる。自分を探し回る赤毛の男で戦神の司祭といったら、ひとりしか思いつかない。
ならば、対処は早いほうがいいのではないか。
「不意を打ち、厳重に縛り上げ、目を覚まさないうちに船に乗せて送り返すか」
「何、いきなり物騒なこと呟いてるんだよ。心当たりあるんだね?」
眉を寄せたまま、エルヴィラはこくりと頷く。
「下の兄だと思う。何をしに来たかもだいたいわかる」
上の兄が長く家を空けることはさすがに無理だ。だが、下の兄なら融通は利く。
――都を出る時、兄たちにはかなり止められたのだ。ミーケルをひとりで追いかけるなんて、無謀だと。
けれど父は怒ってたし、母にもカタをつけるまで帰ってくるなと言われたし、自分なりに考えた結果ここにいるのだ。
兄が来たということは、父と母の説得が終わったということかもしれない。
何と言っても、家を出てからもう一年近く経つのだから、可能性は高い。出てくる時は黙っていた祖母も、口を出す頃合いだろう。
エルヴィラはさらに眉を顰める。
「やはり不意打ちで沈めて船に乗せるのが、いちばん面倒が少ない気がする」
「だから、どうしてヴィーはそうやって短絡的なほうに行くのさ」
むう、と口をへの字に曲げて、エルヴィラは顔を上げる。
「だって、兄上はたぶん私を連れ戻しに来たんだ。そのついでにミケも倒しておこうとか考えてるに決まってる」
「なら、帰るかい?」
「やだ。歌姫を知ってるひとのところに連れてってくれるんだろう?」
絶対に離れないぞとばかりに、エルヴィラはがっしりと抱き付いた。
「だから帰らなくていい……それに、見目が変わっちゃったのに、帰ってどうするんだ。うちは司祭の家なんだぞ」
「馬鹿だなあ。見目が変わったってヴィーはヴィーなのに、そんなことを気にしてるのか。むしろ、この見目になっても変わってないことを誇るべきだよ」
まったくもう、と言いながらミーケルはエルヴィラの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。ミーケルに抱き付いたまま、エルヴィラもこくこくと頷く。
身綺麗にし終わったアライトが小さく息を吐く。このままここにいてもあてられ続けるだけだし、もう用件は済んだ。
「まー、それはともかく、俺とイヴリンがその司祭になんか言うつもりはないけど、知らせておいたほうがいいとは思ったんだよ。
そういうことだから、じゃ、あとはふたりで話し合っとけな」
アライトはそれだけを言い残し、栗鼠のまま窓に駆け寄ると、さっさと外へと出て行ってしまった。
「で、どうして私に張り付いてるの?」
イヴリンは目の前の男に顔を顰めてみせる。
今朝になってアライトを見送った後、何故だかこの戦神の司祭が自分の目の前の席に座って朝食を食べ始めたのだ。
そのままやたらと話しかけてきては、イヴリンをここに留めようとするのは、どういうことか。
「我が神に妹の行方の手掛かりを求めたところ、あなたに付いていれば難なく会えるとお応えくださったのですよ、お嬢さん」
オーウェン・カーリスと名乗った男は、イヴリンが聞いてもいないのに、席に座るなりエルヴィラという名の妹を探しているのだと語った。
顎のあたりで短く切り揃えたオレンジに近い赤毛に夏空を思わせる真っ青な目は、アライトの言葉によれば、確かに色が変わる前のエルヴィラによく似ているという。
「そんなこと私に言われたって、困るわよ」
早くアライトが帰って来ないだろうかと考えながら、イヴリンはますます顔を顰めた。朝方、司祭には関わらないことにしようと話したばかりだったのに、どうしてこんなことになってるんだろう。
「良くないって?」
「ああ。あれ、どうも深過ぎるんだよ。聞いたことないか? 深く掘り過ぎて穴の底が“混沌の海”に繋がった、岩小人の鉱山の話」
「同じように、“混沌の海”に繋がってるんじゃないかってことか?」
卓上に用意された菓子を齧りながら、アライトは頷く。
「俺だけならともかく、イヴリンがいるのにあの亀裂を無視してこのあたりに巣穴を構えるのは、ちょっとどうかなって思うくらい深いんだよ」
呟きながら、 アライトは次の菓子に手を伸ばす。
「今繋がってるかって訊かれると微妙だけど、俺が少し潜ってみた限りじゃ、いつ繋がってもおかしくないくらいには深かったぞ。
それに、あの深さは“深淵と恐怖の神”の領域にも通じるから、今すぐどうこうはなくても、備えておいて損はない。何が来てもおかしくないな」
「なるほど……領主の耳には入れといたほうがよさそうだね」
神妙な顔で考え込むミーケルを、エルヴィラもじっと見つめる。
三度目の災いは深海の底、亀裂の底を通して“混沌の海”からやってくるのだろうか。
けれど、今回は警告を受けられるんだ。きっと十分に備えて、やっぱりこの町は守られるのではないか。
エルヴィラは小さく拳を握ってそんなことを考える。
「あ、あと、エルヴィラ」
「ん?」
毛皮についた食べカスを払いながら、アライトは思い出したように付け加える。
「町に、あんたを訪ねてきてるやつがいるぞ。前のお前みたいな赤毛の男で、戦神の司祭だったな」
「……なん、だと?」
「あんたのこと、兄さんとセットであちこち聞きまわってたからな。そのうちここに辿り着くんじゃないか?」
ぐぐっと寄ったエルヴィラの眉間に、くっきりと皺が刻まれる。自分を探し回る赤毛の男で戦神の司祭といったら、ひとりしか思いつかない。
ならば、対処は早いほうがいいのではないか。
「不意を打ち、厳重に縛り上げ、目を覚まさないうちに船に乗せて送り返すか」
「何、いきなり物騒なこと呟いてるんだよ。心当たりあるんだね?」
眉を寄せたまま、エルヴィラはこくりと頷く。
「下の兄だと思う。何をしに来たかもだいたいわかる」
上の兄が長く家を空けることはさすがに無理だ。だが、下の兄なら融通は利く。
――都を出る時、兄たちにはかなり止められたのだ。ミーケルをひとりで追いかけるなんて、無謀だと。
けれど父は怒ってたし、母にもカタをつけるまで帰ってくるなと言われたし、自分なりに考えた結果ここにいるのだ。
兄が来たということは、父と母の説得が終わったということかもしれない。
何と言っても、家を出てからもう一年近く経つのだから、可能性は高い。出てくる時は黙っていた祖母も、口を出す頃合いだろう。
エルヴィラはさらに眉を顰める。
「やはり不意打ちで沈めて船に乗せるのが、いちばん面倒が少ない気がする」
「だから、どうしてヴィーはそうやって短絡的なほうに行くのさ」
むう、と口をへの字に曲げて、エルヴィラは顔を上げる。
「だって、兄上はたぶん私を連れ戻しに来たんだ。そのついでにミケも倒しておこうとか考えてるに決まってる」
「なら、帰るかい?」
「やだ。歌姫を知ってるひとのところに連れてってくれるんだろう?」
絶対に離れないぞとばかりに、エルヴィラはがっしりと抱き付いた。
「だから帰らなくていい……それに、見目が変わっちゃったのに、帰ってどうするんだ。うちは司祭の家なんだぞ」
「馬鹿だなあ。見目が変わったってヴィーはヴィーなのに、そんなことを気にしてるのか。むしろ、この見目になっても変わってないことを誇るべきだよ」
まったくもう、と言いながらミーケルはエルヴィラの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。ミーケルに抱き付いたまま、エルヴィラもこくこくと頷く。
身綺麗にし終わったアライトが小さく息を吐く。このままここにいてもあてられ続けるだけだし、もう用件は済んだ。
「まー、それはともかく、俺とイヴリンがその司祭になんか言うつもりはないけど、知らせておいたほうがいいとは思ったんだよ。
そういうことだから、じゃ、あとはふたりで話し合っとけな」
アライトはそれだけを言い残し、栗鼠のまま窓に駆け寄ると、さっさと外へと出て行ってしまった。
「で、どうして私に張り付いてるの?」
イヴリンは目の前の男に顔を顰めてみせる。
今朝になってアライトを見送った後、何故だかこの戦神の司祭が自分の目の前の席に座って朝食を食べ始めたのだ。
そのままやたらと話しかけてきては、イヴリンをここに留めようとするのは、どういうことか。
「我が神に妹の行方の手掛かりを求めたところ、あなたに付いていれば難なく会えるとお応えくださったのですよ、お嬢さん」
オーウェン・カーリスと名乗った男は、イヴリンが聞いてもいないのに、席に座るなりエルヴィラという名の妹を探しているのだと語った。
顎のあたりで短く切り揃えたオレンジに近い赤毛に夏空を思わせる真っ青な目は、アライトの言葉によれば、確かに色が変わる前のエルヴィラによく似ているという。
「そんなこと私に言われたって、困るわよ」
早くアライトが帰って来ないだろうかと考えながら、イヴリンはますます顔を顰めた。朝方、司祭には関わらないことにしようと話したばかりだったのに、どうしてこんなことになってるんだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる