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神竜の加護ある町
「お前もカーリスの娘であるなら、勝ちとれ」
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鍛錬場の真ん中で聖印を握り締め、項垂れるように小さく戦神への祈りを呟くオーウェンに、エルヴィラはおそるおそる近づいていく。
どう声を掛けたらいいのか。
考えたけれど結局何も浮かばなくて、ただ「兄上」と呼び掛けた。
「おお、エルヴィラ。負けてしまったよ」
困ったように眉尻を下げて、オーウェンは肩を竦める。
「お前のことばかりを言えないな。どうやら私も増長と傲慢に囚われていたようだ――あんな軽装の、戦士でもないものに負けるわけがないと。
だからこれは、戦神からの改めよという戒めなのだな」
「兄上」
それ以上何も言えず、エルヴィラはやっぱりオーウェンをじっと見るだけだった。
「それで、エルヴィラ。何か言いたいことがあるのだろう? 可愛いお前の言葉だ、ちゃんと聞くから言ってごらん。お前は何を望んでるんだい?」
「兄上……」
ん? と、オーウェンはとても優しい顔で首を傾げ、手を伸ばす。
エルヴィラはぐっと拳を握りしめ、少し逡巡するように視線を巡らせてからゆっくりと口を開いた。
「兄上、私は、ミケと一緒にいたいんだ」
「うん?」
「その、都を出たときは、私が父上に勘当されたこととか、他のいろんなことも責任を取らせようと思ってたんだけど、今は、違うんだ」
どう説明したらわかってもらえるだろうか。
エルヴィラは、ひたすらぐるぐると考える。
「あ、あの、兄上。
“三首竜の町”で、私は、こんな風になってしまって、もうどこにも行けなくなってしまったなって思ったんだ。あの町の太陽神の教会に止め置かれそうになって、ミケにも迷惑かけると思ったし、かといってこんな形では都にも帰れないし……だから、逃げ出したんだ」
エルヴィラはきゅっと口元を引き結んだ。
そうだ、あの時自分は戦わずに逃げ出したんだ。どうにも怖くなってしまって。
「で、でも、ミケは追いかけてきてくれた。
それで、私は変わってないって。変わってないんだから誇っていいって。
……あんな怖いものに触られて、姿を変えられても中身は変わらなかったんだから、誇りに思えって言うんだ」
「そうか」
オーウェンはエルヴィラのほうへと一歩出て、優しく抱き締めた。
少なくとも、姿の変わってしまった妹を貶めるような相手でないことに安心して。
「そ、それに、いろんなところに連れてってもらうんだ。歌姫をよく知るひとに会わせてもらう約束だってしたし、その、だから……」
必死で言葉を探すエルヴィラの背を、オーウェンがゆっくりと優しく、まるで子供を落ち着かせるように叩く。
「あ、兄上、私は、ミケが好きで、だからミケと一緒にいたいんだ」
「エルヴィラ、彼はお前に何か将来のことを約束したのか?」
「そ、それは、その……」
「なんと」
とたんに言い淀んで自信などまるでないと目を泳がせるエルヴィラに、オーウェンは軽く瞠目する。
「――エルヴィラ。お前はそれでもカーリス家の娘なのか?」
「あ、兄上?」
少し厳しい口調になったオーウェンに、エルヴィラは思わず顔を上げた。
「祖父はもちろん、母上だって勝ち獲ってきたのだぞ。お前もカーリスを名乗るのであれば、それに続け」
続く言葉にエルヴィラは驚く。
てっきり叱られるとばかり考えていたと、顔に書いてあるかのようだ。
「でも、兄上」
「ただし、もし奴がこんな可愛い妹を弄んで捨てるような男だというなら、私もソール兄上も、それにセロンだって今度こそ許さんぞ?」
顔を顰めたまま、オーウェンはエルヴィラの顔を覗き込んだ。
「その時は、万全の準備を整えて、彼に生きていることを後悔させてやるが?
あれはそんな男なのか?」
「あ、あ、あ、兄上、それは、大丈夫、だと、思うんだ」
少なくとも、ミーケルは自分の最初で最後になってもいいと言ってくれたのだ。エルヴィラが何かやらかして、顔も見たくなくなるほど嫌いになるまでは一緒にいてくれるとも、それまでは誰か別な女の子のところに行ったりしないとも誓ってくれた。
「ならば自信を持て、エルヴィラ。お前のような可愛い娘は他にいないんだ。カーリスの娘ならしっかり勝ち獲っておいで」
「兄上!」
抱きつくエルヴィラの頭に、ぽん、と手を置いて、オーウェンはまた微笑んだ。やはりうちの妹は最高に可愛い。
よしよしと頭を撫でてから、頬に手を添えて顔を上げさせる。
「でも必ずいちど、近いうちに都に帰っておいで。皆お前のことを心配してるんだから」
「う……兄上、大好きだ」
「あたりまえだろう。私もお前のことが大好きだよ。もちろん、兄上たちも皆、お前のことが大好きだ」
オーウェンはエルヴィラの額に優しくキスをする。
「そうだね、今度都に戻る時は、彼も連れてくるといい」
エルヴィラは軽く目を瞠り、それから「わかった」と笑って頷いた。
どう声を掛けたらいいのか。
考えたけれど結局何も浮かばなくて、ただ「兄上」と呼び掛けた。
「おお、エルヴィラ。負けてしまったよ」
困ったように眉尻を下げて、オーウェンは肩を竦める。
「お前のことばかりを言えないな。どうやら私も増長と傲慢に囚われていたようだ――あんな軽装の、戦士でもないものに負けるわけがないと。
だからこれは、戦神からの改めよという戒めなのだな」
「兄上」
それ以上何も言えず、エルヴィラはやっぱりオーウェンをじっと見るだけだった。
「それで、エルヴィラ。何か言いたいことがあるのだろう? 可愛いお前の言葉だ、ちゃんと聞くから言ってごらん。お前は何を望んでるんだい?」
「兄上……」
ん? と、オーウェンはとても優しい顔で首を傾げ、手を伸ばす。
エルヴィラはぐっと拳を握りしめ、少し逡巡するように視線を巡らせてからゆっくりと口を開いた。
「兄上、私は、ミケと一緒にいたいんだ」
「うん?」
「その、都を出たときは、私が父上に勘当されたこととか、他のいろんなことも責任を取らせようと思ってたんだけど、今は、違うんだ」
どう説明したらわかってもらえるだろうか。
エルヴィラは、ひたすらぐるぐると考える。
「あ、あの、兄上。
“三首竜の町”で、私は、こんな風になってしまって、もうどこにも行けなくなってしまったなって思ったんだ。あの町の太陽神の教会に止め置かれそうになって、ミケにも迷惑かけると思ったし、かといってこんな形では都にも帰れないし……だから、逃げ出したんだ」
エルヴィラはきゅっと口元を引き結んだ。
そうだ、あの時自分は戦わずに逃げ出したんだ。どうにも怖くなってしまって。
「で、でも、ミケは追いかけてきてくれた。
それで、私は変わってないって。変わってないんだから誇っていいって。
……あんな怖いものに触られて、姿を変えられても中身は変わらなかったんだから、誇りに思えって言うんだ」
「そうか」
オーウェンはエルヴィラのほうへと一歩出て、優しく抱き締めた。
少なくとも、姿の変わってしまった妹を貶めるような相手でないことに安心して。
「そ、それに、いろんなところに連れてってもらうんだ。歌姫をよく知るひとに会わせてもらう約束だってしたし、その、だから……」
必死で言葉を探すエルヴィラの背を、オーウェンがゆっくりと優しく、まるで子供を落ち着かせるように叩く。
「あ、兄上、私は、ミケが好きで、だからミケと一緒にいたいんだ」
「エルヴィラ、彼はお前に何か将来のことを約束したのか?」
「そ、それは、その……」
「なんと」
とたんに言い淀んで自信などまるでないと目を泳がせるエルヴィラに、オーウェンは軽く瞠目する。
「――エルヴィラ。お前はそれでもカーリス家の娘なのか?」
「あ、兄上?」
少し厳しい口調になったオーウェンに、エルヴィラは思わず顔を上げた。
「祖父はもちろん、母上だって勝ち獲ってきたのだぞ。お前もカーリスを名乗るのであれば、それに続け」
続く言葉にエルヴィラは驚く。
てっきり叱られるとばかり考えていたと、顔に書いてあるかのようだ。
「でも、兄上」
「ただし、もし奴がこんな可愛い妹を弄んで捨てるような男だというなら、私もソール兄上も、それにセロンだって今度こそ許さんぞ?」
顔を顰めたまま、オーウェンはエルヴィラの顔を覗き込んだ。
「その時は、万全の準備を整えて、彼に生きていることを後悔させてやるが?
あれはそんな男なのか?」
「あ、あ、あ、兄上、それは、大丈夫、だと、思うんだ」
少なくとも、ミーケルは自分の最初で最後になってもいいと言ってくれたのだ。エルヴィラが何かやらかして、顔も見たくなくなるほど嫌いになるまでは一緒にいてくれるとも、それまでは誰か別な女の子のところに行ったりしないとも誓ってくれた。
「ならば自信を持て、エルヴィラ。お前のような可愛い娘は他にいないんだ。カーリスの娘ならしっかり勝ち獲っておいで」
「兄上!」
抱きつくエルヴィラの頭に、ぽん、と手を置いて、オーウェンはまた微笑んだ。やはりうちの妹は最高に可愛い。
よしよしと頭を撫でてから、頬に手を添えて顔を上げさせる。
「でも必ずいちど、近いうちに都に帰っておいで。皆お前のことを心配してるんだから」
「う……兄上、大好きだ」
「あたりまえだろう。私もお前のことが大好きだよ。もちろん、兄上たちも皆、お前のことが大好きだ」
オーウェンはエルヴィラの額に優しくキスをする。
「そうだね、今度都に戻る時は、彼も連れてくるといい」
エルヴィラは軽く目を瞠り、それから「わかった」と笑って頷いた。
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