107 / 152
神竜の加護ある町
また、面倒なことを
しおりを挟む
オーウェンは、本格的な冬の到来前の最後の北行きの船で都へと戻っていった。
エルヴィラが書いた手紙を預かり、これからはなるべく家に連絡を入れるようにと言い含め、それからいくつもの魔法薬と“不浄からの護り”の護符をエルヴィラに渡して、とてもとても名残惜しそうに。
何か困ったことがあったらすぐ知らせるように、困ったことがなくてもいいから手紙を寄越すようにと、しつこいくらい繰り返し言い残して。
別れ際、エルヴィラも「皆に私は大丈夫だって伝えてくれ」とオーウェンをぎゅうっと抱き締めた。
残ると決めてもやっぱりちょっと目は潤んでいた。
「そんな顔をされたら、無理にでも連れ帰りたくなるよ、エルヴィラ」
「だ、だめだ。でも、兄上も身体に気をつけて。ソール兄上や母上たちにもよろしく伝えてくれ。セロンや父上にもだ」
「ああ、わかってるよ。エルヴィラは前以上に可愛かったと伝えるからね」
「う……」
オーウェンはエルヴィラの額にキスをして、船へと乗り込んでいった。
そんな光景を見ながら、エルヴィラがやたらとぺたぺたくっつきたがるのは、きっとこの兄の影響だとミーケルは考えていた。
そこから数日で領主家の仕事も写本も終えて宿へと戻ったものの、ミーケルはそろそろこの町を出たほうがいい頃合だろうと考えていた。
何しろ、オーウェンとの“決闘”で、とてもこの町で落ち着いていられる状況ではなくなってしまったのだ。
自業自得ではあるものの、自ら竜に戻ってみせたアライトも、なんやかやと煩わしいことばかりになったとぶつくさ零していた。
宿に押さえた部屋の外に出るときも、ずっと栗鼠や小鳥の姿で隠れたままだ。イヴリンの機嫌もすこぶる悪い。
外に出ると皆が煩いと、結局ふたりともあまり外に出なくなってしまった。
「この町で冬越ししようと思ってたけど、移動したほうがよさそうだ」
外面のいいミーケルでも面倒になったのかと、エルヴィラは首を傾げる。
吟遊詩人はちやほやされるのが仕事じゃなかったっけ? と。
「歌で知名度が上がるのはいいんだよ。だけど、今回は違うだろう?」
「ん……」
たしかに、ミーケルを訪ねてくるのはむくつけき騎士とか兵士ばかりなのだ。しかも、あのミーケルの戦いぶりを見てちょっと物申す、というほうの。
彼らの言うように、ミーケルの戦い方は騎士や戦士の戦い方ではなかった。だが、それに文句を言っていいのは勝った者だけなのではないだろうか。
敗者が文句を言ってもただの負け惜しみだし、ましてや当事者でないものに何か言う権利などないだろう。
あの戦いについて、何か言えるのは戦う前のオーウェンだけだったはずだ。
いちど受け入れたくせに負けて文句を言うのは言語道断だし、ましてや外野が口を出すなんて見当違いも甚だしい。
――そもそも、オーウェン自身が負けは負けだと潔く受け入れてたではないか。
「もう面倒だから、今のうち、冬が来る前に別なところに行こうと思うんだよ」
この辺りは海のそばで暖かいから冬越しに良かったんだけどね、と欠伸をしながらミーケルは行儀悪く長椅子にごろりと横になってしまう。
「じゃあ、どこで冬を越すんだ?」
ミーケルはちらっと何か考えるように宙を見つめてから、首を傾げるエルヴィラに手招きした。すぐさまいそいそと寄ってきたエルヴィラを長椅子に座るように示して、その膝に頭を乗せた。
あ、これすごくいい、とエルヴィラはミーケルを見下ろしながらドキドキしてしまう。膝の上の頭の重みと手に触れる柔らかい黒髪がすごくいいのだ。
これからはなるべく膝枕をやろうとエルヴィラは心に決める。
「そうだなあ、そろそろ山のものが食べたいな。ちょっと内陸のほうに行こうか……森があるところがいいかな。冬を迎えて獣が肥る季節だしね」
「獣肉か!」
たしかに、今は最後の狩りの季節だ。最初の雪が舞う直前の、冬籠り前の獲物がよく肥えて一番おいしくなる季節なのだ。
「いいな! この季節の兎や鹿はすごくおいしいぞ!」
「だろう?」
たちまち涎を垂らしそうな顔で獣肉料理をあれこれ数え上げ始めるエルヴィラに、くすりと笑う。
ミーケルはゆっくり上半身を起こすとエルヴィラの顎に手を添えて……ぐいと顔を近付けた。
「で、ヴィー、ここ最近また余計なことを考えてただろう?」
「……う」
鼻がぶつかりそうな距離でにっこり微笑まれて、エルヴィラは思わず目を逸らす。
このまま黙ってたら見逃してくれないかなと思ったが、にこにこと微笑みながらじっと見つめ続けるミーケルに、エルヴィラはとうとう観念した。
そもそも、ミーケルを相手にエルヴィラがごまかし通せるわけがない。
「――ミケには、護衛なんていらないんじゃないかって」
きょろきょろと目をあちこちに泳がせるエルヴィラに、ミーケルは顔を顰めた。
思った通り、やっぱり面倒なことを考えていたか。
エルヴィラが書いた手紙を預かり、これからはなるべく家に連絡を入れるようにと言い含め、それからいくつもの魔法薬と“不浄からの護り”の護符をエルヴィラに渡して、とてもとても名残惜しそうに。
何か困ったことがあったらすぐ知らせるように、困ったことがなくてもいいから手紙を寄越すようにと、しつこいくらい繰り返し言い残して。
別れ際、エルヴィラも「皆に私は大丈夫だって伝えてくれ」とオーウェンをぎゅうっと抱き締めた。
残ると決めてもやっぱりちょっと目は潤んでいた。
「そんな顔をされたら、無理にでも連れ帰りたくなるよ、エルヴィラ」
「だ、だめだ。でも、兄上も身体に気をつけて。ソール兄上や母上たちにもよろしく伝えてくれ。セロンや父上にもだ」
「ああ、わかってるよ。エルヴィラは前以上に可愛かったと伝えるからね」
「う……」
オーウェンはエルヴィラの額にキスをして、船へと乗り込んでいった。
そんな光景を見ながら、エルヴィラがやたらとぺたぺたくっつきたがるのは、きっとこの兄の影響だとミーケルは考えていた。
そこから数日で領主家の仕事も写本も終えて宿へと戻ったものの、ミーケルはそろそろこの町を出たほうがいい頃合だろうと考えていた。
何しろ、オーウェンとの“決闘”で、とてもこの町で落ち着いていられる状況ではなくなってしまったのだ。
自業自得ではあるものの、自ら竜に戻ってみせたアライトも、なんやかやと煩わしいことばかりになったとぶつくさ零していた。
宿に押さえた部屋の外に出るときも、ずっと栗鼠や小鳥の姿で隠れたままだ。イヴリンの機嫌もすこぶる悪い。
外に出ると皆が煩いと、結局ふたりともあまり外に出なくなってしまった。
「この町で冬越ししようと思ってたけど、移動したほうがよさそうだ」
外面のいいミーケルでも面倒になったのかと、エルヴィラは首を傾げる。
吟遊詩人はちやほやされるのが仕事じゃなかったっけ? と。
「歌で知名度が上がるのはいいんだよ。だけど、今回は違うだろう?」
「ん……」
たしかに、ミーケルを訪ねてくるのはむくつけき騎士とか兵士ばかりなのだ。しかも、あのミーケルの戦いぶりを見てちょっと物申す、というほうの。
彼らの言うように、ミーケルの戦い方は騎士や戦士の戦い方ではなかった。だが、それに文句を言っていいのは勝った者だけなのではないだろうか。
敗者が文句を言ってもただの負け惜しみだし、ましてや当事者でないものに何か言う権利などないだろう。
あの戦いについて、何か言えるのは戦う前のオーウェンだけだったはずだ。
いちど受け入れたくせに負けて文句を言うのは言語道断だし、ましてや外野が口を出すなんて見当違いも甚だしい。
――そもそも、オーウェン自身が負けは負けだと潔く受け入れてたではないか。
「もう面倒だから、今のうち、冬が来る前に別なところに行こうと思うんだよ」
この辺りは海のそばで暖かいから冬越しに良かったんだけどね、と欠伸をしながらミーケルは行儀悪く長椅子にごろりと横になってしまう。
「じゃあ、どこで冬を越すんだ?」
ミーケルはちらっと何か考えるように宙を見つめてから、首を傾げるエルヴィラに手招きした。すぐさまいそいそと寄ってきたエルヴィラを長椅子に座るように示して、その膝に頭を乗せた。
あ、これすごくいい、とエルヴィラはミーケルを見下ろしながらドキドキしてしまう。膝の上の頭の重みと手に触れる柔らかい黒髪がすごくいいのだ。
これからはなるべく膝枕をやろうとエルヴィラは心に決める。
「そうだなあ、そろそろ山のものが食べたいな。ちょっと内陸のほうに行こうか……森があるところがいいかな。冬を迎えて獣が肥る季節だしね」
「獣肉か!」
たしかに、今は最後の狩りの季節だ。最初の雪が舞う直前の、冬籠り前の獲物がよく肥えて一番おいしくなる季節なのだ。
「いいな! この季節の兎や鹿はすごくおいしいぞ!」
「だろう?」
たちまち涎を垂らしそうな顔で獣肉料理をあれこれ数え上げ始めるエルヴィラに、くすりと笑う。
ミーケルはゆっくり上半身を起こすとエルヴィラの顎に手を添えて……ぐいと顔を近付けた。
「で、ヴィー、ここ最近また余計なことを考えてただろう?」
「……う」
鼻がぶつかりそうな距離でにっこり微笑まれて、エルヴィラは思わず目を逸らす。
このまま黙ってたら見逃してくれないかなと思ったが、にこにこと微笑みながらじっと見つめ続けるミーケルに、エルヴィラはとうとう観念した。
そもそも、ミーケルを相手にエルヴィラがごまかし通せるわけがない。
「――ミケには、護衛なんていらないんじゃないかって」
きょろきょろと目をあちこちに泳がせるエルヴィラに、ミーケルは顔を顰めた。
思った通り、やっぱり面倒なことを考えていたか。
0
あなたにおすすめの小説
猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
ブラック企業で働きに働き、過労による事故で死んだ三十路OLの愛良。もう社畜なんてこりごりだから、来世は金持ちの飼い猫にでも生まれ、ただ可愛がられて食っちゃ寝生活を送りたい……。と、死に際に願ったのもむなしく、異世界のとある王国の王宮メイド・アイラに転生してしまう。
そして、そこでもお局メイドにこき使われて疲れ果てる毎日。現実逃避からなのか、ある夜眠った際、夢の中で一匹の猫に変身し、王宮で人気のイケメン宮廷魔術師・アトスにひたすら可愛がられる夢を見た。
それから時折そうした夢を見るようになるのだが、何度目かでなんとアトスの膝の上で人間に戻ってしまい……!? 「えっ、これって夢じゃないの!?」「あなたはまさに理想の猫……いいえ、理想の女性です。逃がしませんよ」
なにがなんだかわからないうちに、外堀をどんどん埋められて……!?
腹黒エリート魔術師と猫に変身できちゃう転生社畜メイドとの、ドタバタラブストーリー&ファンタジー。
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
肩越しの青空
蒲公英
恋愛
「結婚しない? 絶対気が合うし、楽しいと思うよ」つきあってもいない男に、そんなこと言われましても。
身長差38センチ、体重はほぼ倍。食えない熊との攻防戦、あたしの明日はどっちだ。
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる