蛮族嫁婚姻譚その4:氷原の狩人と戦士になりたい娘

ぎんげつ

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取り替えられ子と谷の娘

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 その日のうちに、エリサはヴァロの家へと連れて来られていた。

「今後の説明と、あと、私の相棒を紹介するよ。ニクラスに君のことを聞いていたから、今日は家にいるんだ」
「相棒?」
「そう。氷原では心強い相棒だよ」

 ガチャリと扉を開けて、ヴァロが「フロスティ」と声を掛けた。
 相棒とは、いったいどんな人物だろうと考えていたエリサの視界にのっそりと現れたのは、エリサと同じくらい大きな……。

「雪、豹」

 ひゅっと喉を鳴らして息を呑んで、エリサはそれきり硬直してしまう。

 谷に住んでいた頃、音もなく現れて羊を攫って行く雪豹は、恐ろしい猛獣だった。幸い、一度に狩られてしまう羊はせいぜい一頭か二頭だから、翌日から腕の立つ男が何人か張り込んで狩り返していたけれど……それでも、何人かがかりでないと狩れないような強い猛獣だったのだ。
 それが、どうしてこんなところにいるのだろう。

 フロスティと呼ばれた雪豹はじろりとエリサを見上げて、もこもこの太く長い尾をぶんぶんと数度振った。

「フロスティ、今日から私の弟子になるエリサだ。彼女のこと、よく覚えて」

 フロスティはヴァロを一瞥した後、固まったまま動けないエリサの手を嗅いで、それから自分の頭を押し付けた。まるで、撫でろと押しつける猫のように。

「エリサ、フロスティが撫でてくれと言ってる」
 
 エリサは慌てて頷いて、押し付けられた頭をそっと撫でてみる。

 雪豹の肉は臭くていまいちで、下処理は結構大変だ。けれど、毛皮には毛足の長い柔らかな毛が密に生えていて、族長や神子の着る上等な上衣やマントにばかり使われるほど、温かくて手触りもいい。
 実際に触ったことはないけれど、そう、エリサも聞いていた、

 たしかに、フロスティの頭はふかふかで柔らかくて滑らかな手触りだ。
 押し付けてくる身体も、見た目の割に細くて軽くて……毛が長くてもこもこだからずんぐりして見えるのか、とエリサはようやく納得した。

「フロスティは普段町の外にいて、気が向いた時や用事があるときだけこの家に来るんだ。一応、外でも町でも私のところのフロスティだとわかるように、首と尻尾にリボンを付けている。間違えて矢でも射掛けられたりしたら、困るしね」

 言われてよく見ると、首と尾の先のほうに青いリボンが付いていた。フロスティは似合うだろうとでも言いたげにエリサを見返して、くるりと尻尾を振る。

「それじゃエリサ、こっちに」

 呼ばれてそちらを見ると、背の低いテーブルの横に、毛皮とクッションを敷いてヴァロが座っていた。
 促されるままにエリサも座ると、その横にフロスティがごろりと横になった。

「まず、明日は君の装備を整えよう。
 冬までにはもうあまり間がないけど、まあ……たぶん、なんとかなるだろう」

 装備、とエリサは首を傾げる。
 まさか、いきなり実戦にでも連れて行かれるのだろうか。たった半年しか戦いの訓練を受けていないけれど、大丈夫なのか。

「あの……」
「ん?」
「装備って、武器とか?」

 不安そうに尋ねるエリサに、ヴァロは「ああ」と申し訳なさそうな顔になる。

「外歩きの装備だよ。マントも何もないだろう? 天幕用の布とか、野営用の荷物も整えなきゃならないし。
 おまけに冬用の装備もしっかり揃えておかないといけないから、今から手配するんだ。なるべく、雪が降る前に間に合わせるためにね」
「外……?」

 エリサはぱちくりと目を瞬かせる。
 外というのは町の外で、まさか日が暮れても町には帰らないということなのか。

「一度巡回に出たら、数日戻らないのはザラだ。だから、君には早いところ外での過ごし方を覚えてもらわなきゃならない。できれば、本格的な冬が来る前に、基本的なところは全部教えてしまいたいんだ」
「わ、私、外に行ったことなんて、ほとんど無くて……」
「大丈夫だよ。君は健康で体力もあるとニクラスから聞いてる。だから、慣れてしまえばどうってことはない」
「でも、全然、外のことなんて知らなくて……」
「だから私が教えるんだよ。最初は町の近郊から始めるから、難しいことはない」
「で、でも」

 いかにニクラスが「腕がいい」と称える野伏ヴァロが一緒だからって、そんなに軽々しく外に出ても大丈夫なのだろうか。
 外には猛獣だっているし、夜になれば寒くて病気になりそうなほど冷える。それに、長い距離を歩いたことだって、数えるくらいしかない。

「――ヴァロさん」
「ん?」
「私、本当に、戦士はだめでも野伏レンジャーにならなれるの?」

 ヴァロは軽く眉を上げて肩を竦めた。

「それは、やってみなきゃわからない」
「そんな!」
「でも、ニクラスもブレンダも向いてるって言うんだ。だから、向いてはいるんじゃないか?」

 エリサはくしゃりと顔を顰める。
 ここから半年、やってみてやっぱりだめだと言われたら、もう立ち直れない。
 落ち込むエリサに、ヴァロはまた肩を竦める。

「そもそも、適材適所とは言っても、本人にやる気がなければ訓練については来れないし、覚えも悪くなるだろう?
 君にどれほどの適正とやる気があるかわからない以上、何とも言えないよ」
「だって、ニクラス様とブレンダさんが、私ならって……」
「そうだね。君はまだ、人に言われたから不本意だけどやってみよう、と考えてる程度だ。私も、ニクラスに頼まれたから面倒をみようと考えてる程度だ。
 ここから、私と君がどう変わるかで、君が将来的にどうなるかが変わるだろう」
「……難しくて、よくわからない」

 しょんぼり項垂れるエリサの頭を、ぽん、とヴァロの手が叩く。

「君はどうして戦士になりたいと思ったの?」
「それは……強い男と結婚するより自分が強くなったほうがいいと思ったからで……町は女が剣を持っても怒られないし、領主様にも怒られなかったし」

 ヴァロは、ん? と首を傾げる。
 どうも想像とは違った理由に、自然とヴァロの眉が寄る。

「強い男と結婚するより、って」
「だって、結婚しても旦那様が強いままとは限らないし、万一息子が産めなかったら大切にだってされないもの。町の男は妻はひとりが普通だって聞いたけど、そんなの建前で、妻に息子が産まれなかったらこっそり第二夫人を娶って息子を産ませるんだって知ってる。
 なら、町は女が戦っても狩りをしても怒られないんだし、自分が強くなれば旦那様をあてにしなくてもよくなるでしょう?
 それに、嫌なら結婚しなくたっていいって、誰かが話してるのも聞いたわ」
「え――」

 実感のこもった話しぶりに、ヴァロは思わず溜息を吐く。
 氷原の民は何人も妻を抱えて、何人も息子を産ませることが、ある意味ステータスなのだと耳にしたことはあるけれど。
 それにしたって、まだ成人もしてない女の子がこうも思い詰めるなんて、何があったのか想像に難くないところが……。

「ええと……君の結婚のことは、置いておこう。なら、君は今のところ自活できるようになりたいと考えているってことでいいかな?」
「じかつ?」
「自分の力で稼いで、ひとりで暮らしを立てていくことだよ」

 こくんと頷くエリサに、ヴァロはまたぽんぽんと頭を叩く。

「自活したいって望みは、別に男だからとか女だからとかは関係ないからね。そういう、ちゃんと自分の足で立って生活したいって考える者は、町にも多い」

 エリサはホッとしたように表情を緩める。
 小娘のくせに生意気なことを考えるな――谷なら、そう一喝されて終わっただろう。でも、この半妖精は、エリサを叱りも笑いもしなかった。

「そうだなあ……なら、野伏はとてもいい職だと思うよ。何しろ、自給自足のエキスパートだ。町に居ようが外に出ようが、ひとりで生きていくための技術を覚えられる。
 それに、ニクラスやブレンダが考えたように、私は君の良い師匠になれる。
 考えてごらん? 私は半妖精でこんな体格だ。北方の戦士たちのようには戦えない。けれど、力に寄らない戦いができるし、君にそれを教えられる。
 つまり、適材適所だ」
「てきざいてきしょ……」
「そう――例えば、君の同郷の娘が、大角鹿ムースをひとりで獲れる男なら強いと言っていたけれど、熟練の野伏になれば大角鹿をひとりで獲れるようにもなるんだよ。
 雪狼のようにどこまでも獲物を追って、雪豹のように仕留めることだってできる」
「じゃあ、ヴァロさんは狩れる?」
「ああ、狩れるよ。その狩り方を、君に教えることもできる」

 エリサは驚きに目を見開いた。
 大角鹿なんて、谷の男だって、本当に強くなければひとりで狩れないのに。

「私が? 本当に、大角鹿を狩れるようになるの?」
「なるよ」
「それなら、私、野伏をがんばってみる」
「君ががんばると言うなら、私もがんばろう」

 ヴァロの柔らかい笑みに誘われるように、エリサはもう一度頷いた。

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