いつか夜明けをあなたと

ぎんげつ

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“娘”の物語

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 次にラーベが目を覚ましたのは、何もかも全部が終わった後だった。

 傷の手当は完全に終わっていたし、ベッドにも寝かされていた。
 枕元に座るイグナーツが、目を覚ましたラーベに柔らかく微笑んで、ほっとしたようにキスを落とした。

「父さま、は……」
「もう、いない。どこにもいないよ」

 だから何も心配はいらないと、起き上がろうとするラーべを押し留める。

「父さまも、カルミナもいない――なら、私にはもう何もないんだな」

 ラーべはぽつりと呟いた。
 “父”が倒れたなんて未だに信じがたいけれど、ラーべはたしかに“父”が絶命するところを見た。いかに魔法でも、あれで助かることはあり得ない。
 それなら、カルミナもいない今、もう、自分はひとりなのだ。

「お前には、俺がいるだろう?」

 イグナーツは呆れた顔でことも無げに言ってのける。
 だが、ラーベはそんな簡単に済まないことを理解していた。自分は“父”の“娘”として、後ろ暗い仕事を数え切れないほどこなして来たのだから。

「イグナーツ、私はたくさん――」
「それは無しだ」
「でも」
「いいんだよ」

 くしゃりとラーべの顔が歪んだ。それでも言葉を続けようとするラーべの口を自分の唇で塞いで、イグナーツは、ふっと優しく笑う。

「“ラーべ”は死んだ――で、いいだろ」
「そんなの、詭弁だ。欺瞞だ。私はここに生きてるのに」
「心配するなよ。カルミナだって、きっとそうしろって言うさ。俺も賛成だ」

 吐息のかかる距離で、イグナーツが笑う。
 笑いながら何度も何度もキスをする。

「それで、お前、これからはなんて呼ばれたい?」
「え?」
「さすがに名前は変えたほうがいいだろう? お前の呼ばれたい名前で呼ぶから」

 何を言い出すのかと呆れた表情を浮かべたラーべは、一拍置いてその顔を真っ赤に染めた。イグナーツと目を合わせていることもできず、ぷいと顔を背けてしまう。

「――お前が決めろ」
「ん?」
「お前が決めた名前で、呼んでくれ」
「いいのか?」
「私はお前のものなんだろう? 責任を取ってくれ」

 イグナーツは軽く瞠目して、しばし考えた。
 ガリガリと頭を掻いて、ううむと唸って……「“モルガ”はどうだ?」と笑った。

「お前の髪の色は朝焼けモルゲンロートだなと思ってたんだ。それに、朝は新しい日のはじまりだろう?」

 やや照れながら笑うイグナーツに、ラーべは小さく吐息を漏らす。
 また、呆れたような表情に戻って。

「イグナーツ、お前、意外にロマンチストなんだな」
「悪いか」
「そのくせセンスも微妙だ」
「俺に何を求めてるんだよ」

 思いっきり渋面を作るイグナーツに、ラーベ……モルガはぷっと吹き出した。

「いいよ。私は今から“モルガ”だ。お前が決めた“モルガ”が私の名だ」

 イグナーツに貰った名。
 それが今日から“ラーべ”に代わって自分を表すものになる。
 イグナーツの表情が、顰めているのかにやけているのかよくわからない中途半端なものに変わった。何かを言おうとしてしばし視線を泳がせて……結局何も言わず、モルガの頭をくしゃくしゃに掻き混ぜて笑った。

「――それにしても、モルガ、お前のその喋り方は地だったんだな」
 
 イグナーツは笑いながらモルガの髪を掻き混ぜている。

「どういう意味だ」
「それだ、それ。もっとあれだ、女らしい喋り方ってあるだろう? ナントカだわ、とか、ナントカね、とか。この前、魔の森で会った女魔法使いみたいな話し方が」
「そういうのがいいなら、他を当たれ」

 思ってもみなかった言葉に今度はモルガの顔が渋面に変わった。
 イグナーツはひたすら笑いながら、モルガの頭を掻き混ぜ続ける。

「これは、俺のセンスがどうこう言ったお返しだ」

 いきなり覆いかぶさるようにして、イグナーツはモルガの唇を塞ぎ――「これからは、俺とずっと一緒だからな」と囁いた。

「それから、お前は俺のものだが、俺もお前のものだよ」

 今度は、モルガが瞠目する。
 驚きの表情はすぐに蕩けて崩れて……「ああ、お前も私のものだ」と笑って、モルガもキスを返した。
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