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第三章 シエラの能力と呪い
12.食人鬼
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走り疲れてベンチに腰かけると、先ほどの光景が脳裏に蘇った。
魔女のむっちりとした大きな胸、彼女がシエラを見つめるときの媚びるような上目遣いの眼差し、部屋の中のうつむいていたシエラの表情。
でもシエラに彼女がいても、私には関係のないことだ。
最初から私は彼の母代わりだったじゃない、彼に恋人がいようと司祭様から託された私のお役目は変わらないわ、と思い立ち上がった。
「さて、パンを買って帰りましょう」
元気な声で呟いて歩き始めたら、気持ちが晴れてきた。
パンを詰めたカゴを持って森に入る時には日が暮れ始めてしまっていた。
薄暗くて気味が悪い。すぐ脇の茂みから急にカラスが飛び立って、私はビクッと体を震わせた。
そういえばこの森は夜になると食人鬼が出るという噂がある。
早く森を抜けなければ、そう思って足を早めた時、道の脇に人がうずくまっているのに気付いた。
ローブで頭まで覆っていて顔がよく見えないがおばあさんだろうか。
胸に手を当てて「うう、うう」と苦しそうにうめいている。
もしかして修道院へ行く途中なのかもしれない。
こんな場所にいて食人鬼に襲われたら大変だ。
私はおばあさんの背中に触れた。
「あの、どうしましたか?」
こちらをキッと振り返ったおばあさんの瞳が妖しく光った。
よく見るとおばあさんではない。
その不気味な緑の体は、何度も噂に聞いていたこの森の食人鬼に違いなかった。
「うう、腹が減ったんだ。おお、うまそうな娘だ」
「きゃあああっ!」
食人鬼が手にした斧を見て、私は悲鳴を上げパンの入ったカゴを放り出して逃げた。
捕まったら殺されて食べられてしまう。
お腹が空いているならカゴのパンを食べればいいのに、食人鬼はパンには目もくれず斧を振り上げて私を追いかけてくる。
私は必死で逃げるけど、食人鬼はどんどん迫る。
あまり恐怖で足がうまく動かなかったのだ。
私はとうとう木の根に足を引っかけて転んでしまった。
振り返ると食人鬼がべろりと長い舌で唇を舐め、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「さあ、観念しな」
食人鬼はニタァと不気味に笑い、私に切りかかろうと斧を大きく振り上げた。
「いやあああっ!」
殺される。そう思って目を瞑ったのに。
「なんだ、小僧。邪魔をする気か」
食人鬼が妙なことを言ったから目を開けると私をかばうように誰かが前に立っている。
すらりと背が高く少し猫背な後姿の彼が誰であるかすぐにわかった。
「シ、シエラ……、だめよ、逃げてっ!」
この森の食人鬼はとても強くて、これまで何人もの腕自慢の勇者や魔術師が退治しようとしたが、みんなやられて食べられてしまったのだ。
「お願い、私を置いて逃げてっ!」
十六歳のまだ冒険者学校に通っている学生のシエラが敵う相手ではないのだ。このままでは二人とも殺されてしまう。
シエラは果敢にも剣を抜いたが、それは学校の剣術の授業で使う練習用の短剣だった。
「ふん、そんなもので俺様に勝てると思ってるのか、バカな奴だ。お前も一緒に食ってやろう」
食人鬼が笑いながら振りかざした斧をシエラの短剣が運よく受け止めたが、大きくしなり今にも折れてしまいそうだった。
「神様、……お助けください」
私はガタガタ震えながら胸の十字架を握りしめた。
魔女のむっちりとした大きな胸、彼女がシエラを見つめるときの媚びるような上目遣いの眼差し、部屋の中のうつむいていたシエラの表情。
でもシエラに彼女がいても、私には関係のないことだ。
最初から私は彼の母代わりだったじゃない、彼に恋人がいようと司祭様から託された私のお役目は変わらないわ、と思い立ち上がった。
「さて、パンを買って帰りましょう」
元気な声で呟いて歩き始めたら、気持ちが晴れてきた。
パンを詰めたカゴを持って森に入る時には日が暮れ始めてしまっていた。
薄暗くて気味が悪い。すぐ脇の茂みから急にカラスが飛び立って、私はビクッと体を震わせた。
そういえばこの森は夜になると食人鬼が出るという噂がある。
早く森を抜けなければ、そう思って足を早めた時、道の脇に人がうずくまっているのに気付いた。
ローブで頭まで覆っていて顔がよく見えないがおばあさんだろうか。
胸に手を当てて「うう、うう」と苦しそうにうめいている。
もしかして修道院へ行く途中なのかもしれない。
こんな場所にいて食人鬼に襲われたら大変だ。
私はおばあさんの背中に触れた。
「あの、どうしましたか?」
こちらをキッと振り返ったおばあさんの瞳が妖しく光った。
よく見るとおばあさんではない。
その不気味な緑の体は、何度も噂に聞いていたこの森の食人鬼に違いなかった。
「うう、腹が減ったんだ。おお、うまそうな娘だ」
「きゃあああっ!」
食人鬼が手にした斧を見て、私は悲鳴を上げパンの入ったカゴを放り出して逃げた。
捕まったら殺されて食べられてしまう。
お腹が空いているならカゴのパンを食べればいいのに、食人鬼はパンには目もくれず斧を振り上げて私を追いかけてくる。
私は必死で逃げるけど、食人鬼はどんどん迫る。
あまり恐怖で足がうまく動かなかったのだ。
私はとうとう木の根に足を引っかけて転んでしまった。
振り返ると食人鬼がべろりと長い舌で唇を舐め、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「さあ、観念しな」
食人鬼はニタァと不気味に笑い、私に切りかかろうと斧を大きく振り上げた。
「いやあああっ!」
殺される。そう思って目を瞑ったのに。
「なんだ、小僧。邪魔をする気か」
食人鬼が妙なことを言ったから目を開けると私をかばうように誰かが前に立っている。
すらりと背が高く少し猫背な後姿の彼が誰であるかすぐにわかった。
「シ、シエラ……、だめよ、逃げてっ!」
この森の食人鬼はとても強くて、これまで何人もの腕自慢の勇者や魔術師が退治しようとしたが、みんなやられて食べられてしまったのだ。
「お願い、私を置いて逃げてっ!」
十六歳のまだ冒険者学校に通っている学生のシエラが敵う相手ではないのだ。このままでは二人とも殺されてしまう。
シエラは果敢にも剣を抜いたが、それは学校の剣術の授業で使う練習用の短剣だった。
「ふん、そんなもので俺様に勝てると思ってるのか、バカな奴だ。お前も一緒に食ってやろう」
食人鬼が笑いながら振りかざした斧をシエラの短剣が運よく受け止めたが、大きくしなり今にも折れてしまいそうだった。
「神様、……お助けください」
私はガタガタ震えながら胸の十字架を握りしめた。
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