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4.森で出会った彼
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部屋のバルコニーへ出てみると、美しい森がすぐ近くに見えた。
「ちょっと出かけてきます。夕食までには戻るわっ!」
と食堂で支度をするハンナと料理人に声をかけ、私は外へ飛び出した。
歩ける、走れる、なんて軽やかな体っ!
私は楽しくて、るんるんと弾むように、森まで走って行った。
森の中では色々な発見があった。
小鳥がいて、うさぎがいて、泉もあるし、お花畑もある。
何て楽しいんだろう。体が自由に動くって幸せっ!
私は野イチゴを見つけて、それを摘んだ。
ハンナへのお土産にしようと夢中になっていた。
そしてあまりにも夢中で、足元が崖になっていることに気が付かず、そこから転げ落ちてしまった。
「きゃああっ!」
気を失っていたのはどれぐらいの間だったのかわからない。気が付くと辺りは薄暗くなっていた。
さっきまでは明るくて楽しくてきれいな森の中が、急に不気味で恐ろしい場所に感じた。
動物の鳴き声だろうか、遠くで奇妙なうめき声のようなものが聞こえてゾッとした。
どうしよう、早く帰らなきゃっ!
そう思うのに道がわからない。
崖から落ちたときに捻った足首が痛んで、あちこち歩き回ることも難しそうだ。
私は途方に暮れて落ち葉の上へしゃがみ込んだ。その間にもどんどん辺りは暗くなる。
ガサガサと落ち葉を踏んで何かが近づいてきた。
うさぎ? それとも小鹿かしら?
そう思って音のする方を見ていると、茂みの向こうから出てきたのは大きなオオカミだった。
ど、どうしようっ! 食べられちゃうっ!
逃げなきゃと思っているのに、あまりの恐怖で腰が抜けて立ち上がることも出来ない。
牙をむいたオオカミは徐々にこちらに近づいてくる。
「こ、来ないでっ。私なんて食べても美味しくないわ」
近くに落ちていた木の枝を拾ってみるが、そんなもので戦えるようには思えない。
どうしよう。せっかく健康な体を手に入れたのに。これで終わりだなんて、あんまりだわ。
木の枝を握る手は震え、全身に嫌な汗をかいていた。
オオカミが私に飛びかかろうとしたとき、ガサガサと何かが近づいてくる音が聞こえた。
オオカミは慌てて逃げて行った。
はあ、よかった。……でも、今度は何っ!?
さらなる恐怖に私は怯えた。
草の陰からもっと大きな動物がこちらを覗いていた。
それは大きくて立派な黒い馬だった。
よく見ると馬には黒いマント、黒い衣服に身を包んだ男性が乗っていた。黒い面で顔の上半分を覆っている。
一体何者だろうと私は息を呑んだ。
「おい、貴様。こんなところで何をしている?」
凛と澄んだ声で彼は尋ねた。
「えっと、野イチゴを摘んでいたら、崖から落ちて……」
私は緊張して震える声で答えた。
「フン、なんてバカな奴だ」
「……ええ、その通りです」
私は自由に歩いたり走ったりできることに喜びすぎて調子に乗ったのだ。
自分の愚かさを反省してうつむき、痛む足首を擦った。
「ん? 痛むのか? お前は運がいいな。偶然、薬を持っている。塗ってやろう」
馬を降りて彼が近づいてきた。
すらりとした長身をかがめて、私の足を見た。
「えっ……」
彼は私を切り株に座らせると、靴を脱がせて足首に薬を塗ってくれた。
見ず知らずの男性に素足を触られ、その長い指先で薬を塗られて私は少し恥ずかしかった。
「俺がこの森の薬草で作ったものだがよく効くぞ」
面で鼻の先から上を覆われていて表情はあまり確認できないが、サラサラな黒髪、仮面に開けられた穴から覗く黒い瞳、すっきりとしたあごのライン、それに声は若々しかった。
「ほら、もういいぞ」
面から出ている男らしい薄い唇の端をふっと持ち上げて微笑んだ。
「あ、ありがとうございますっ」
丁寧にお礼を言って靴を履いていると、彼はあごで馬を差して、
「乗れ」
と言った。
「……えっ?」
乗れって馬に? どうやって? と私は戸惑った。
「さっさとしろ。それともこの森で一夜を過ごして、オオカミのえさになりたいか?」
フルフル首を振ると、彼は逞しい腕で私を抱き上げて馬の背に横向きに座らせ、自分も馬へ乗った。
馬に乗ったのは生まれて初めてだった。高いし揺れるし少し怖かった。
「落ちるなよ。不器用な奴だな」
と彼は私を抱きしめるように支えてくれた。
ネクタイを締めジャケットを着たきちんとした身なりの彼の胸板に抱きつきながら私の胸はドクンドクンとせわしなく音を立てた。彼や馬が怖いからじゃない。こんなふうに男の人へ体を預けたことは初めてで、心臓が飛び出そうなほどドキドキしていた。
私を包み込む彼の温かなぬくもりや、爽やかな匂い。仮面で顔は見えないけれど凛々しい雰囲気も素敵だった。
「貴様、家はどこだ?」
「えっと森の入口の白い屋敷です」
「なにっ? お前はワイザー公爵の娘か?」
私はにっこり笑って「はい」と頷いた。
「そんなバカな……」
彼は森の入口で私を馬から下ろした。
「もうここから歩いて帰れるか?」
薬が効いて足の痛みはだいぶよくなっていた。
「はい、大丈夫です。本当にありがとうございました」
私の足が大丈夫そうだとわかると、馬の手綱を引いてすぐに森へ引き返していった。
「あの、お名前は……っ」
命の恩人である彼の名前を知りたくて走り去る後ろ姿へ尋ねたが、返事はなかった。
「ちょっと出かけてきます。夕食までには戻るわっ!」
と食堂で支度をするハンナと料理人に声をかけ、私は外へ飛び出した。
歩ける、走れる、なんて軽やかな体っ!
私は楽しくて、るんるんと弾むように、森まで走って行った。
森の中では色々な発見があった。
小鳥がいて、うさぎがいて、泉もあるし、お花畑もある。
何て楽しいんだろう。体が自由に動くって幸せっ!
私は野イチゴを見つけて、それを摘んだ。
ハンナへのお土産にしようと夢中になっていた。
そしてあまりにも夢中で、足元が崖になっていることに気が付かず、そこから転げ落ちてしまった。
「きゃああっ!」
気を失っていたのはどれぐらいの間だったのかわからない。気が付くと辺りは薄暗くなっていた。
さっきまでは明るくて楽しくてきれいな森の中が、急に不気味で恐ろしい場所に感じた。
動物の鳴き声だろうか、遠くで奇妙なうめき声のようなものが聞こえてゾッとした。
どうしよう、早く帰らなきゃっ!
そう思うのに道がわからない。
崖から落ちたときに捻った足首が痛んで、あちこち歩き回ることも難しそうだ。
私は途方に暮れて落ち葉の上へしゃがみ込んだ。その間にもどんどん辺りは暗くなる。
ガサガサと落ち葉を踏んで何かが近づいてきた。
うさぎ? それとも小鹿かしら?
そう思って音のする方を見ていると、茂みの向こうから出てきたのは大きなオオカミだった。
ど、どうしようっ! 食べられちゃうっ!
逃げなきゃと思っているのに、あまりの恐怖で腰が抜けて立ち上がることも出来ない。
牙をむいたオオカミは徐々にこちらに近づいてくる。
「こ、来ないでっ。私なんて食べても美味しくないわ」
近くに落ちていた木の枝を拾ってみるが、そんなもので戦えるようには思えない。
どうしよう。せっかく健康な体を手に入れたのに。これで終わりだなんて、あんまりだわ。
木の枝を握る手は震え、全身に嫌な汗をかいていた。
オオカミが私に飛びかかろうとしたとき、ガサガサと何かが近づいてくる音が聞こえた。
オオカミは慌てて逃げて行った。
はあ、よかった。……でも、今度は何っ!?
さらなる恐怖に私は怯えた。
草の陰からもっと大きな動物がこちらを覗いていた。
それは大きくて立派な黒い馬だった。
よく見ると馬には黒いマント、黒い衣服に身を包んだ男性が乗っていた。黒い面で顔の上半分を覆っている。
一体何者だろうと私は息を呑んだ。
「おい、貴様。こんなところで何をしている?」
凛と澄んだ声で彼は尋ねた。
「えっと、野イチゴを摘んでいたら、崖から落ちて……」
私は緊張して震える声で答えた。
「フン、なんてバカな奴だ」
「……ええ、その通りです」
私は自由に歩いたり走ったりできることに喜びすぎて調子に乗ったのだ。
自分の愚かさを反省してうつむき、痛む足首を擦った。
「ん? 痛むのか? お前は運がいいな。偶然、薬を持っている。塗ってやろう」
馬を降りて彼が近づいてきた。
すらりとした長身をかがめて、私の足を見た。
「えっ……」
彼は私を切り株に座らせると、靴を脱がせて足首に薬を塗ってくれた。
見ず知らずの男性に素足を触られ、その長い指先で薬を塗られて私は少し恥ずかしかった。
「俺がこの森の薬草で作ったものだがよく効くぞ」
面で鼻の先から上を覆われていて表情はあまり確認できないが、サラサラな黒髪、仮面に開けられた穴から覗く黒い瞳、すっきりとしたあごのライン、それに声は若々しかった。
「ほら、もういいぞ」
面から出ている男らしい薄い唇の端をふっと持ち上げて微笑んだ。
「あ、ありがとうございますっ」
丁寧にお礼を言って靴を履いていると、彼はあごで馬を差して、
「乗れ」
と言った。
「……えっ?」
乗れって馬に? どうやって? と私は戸惑った。
「さっさとしろ。それともこの森で一夜を過ごして、オオカミのえさになりたいか?」
フルフル首を振ると、彼は逞しい腕で私を抱き上げて馬の背に横向きに座らせ、自分も馬へ乗った。
馬に乗ったのは生まれて初めてだった。高いし揺れるし少し怖かった。
「落ちるなよ。不器用な奴だな」
と彼は私を抱きしめるように支えてくれた。
ネクタイを締めジャケットを着たきちんとした身なりの彼の胸板に抱きつきながら私の胸はドクンドクンとせわしなく音を立てた。彼や馬が怖いからじゃない。こんなふうに男の人へ体を預けたことは初めてで、心臓が飛び出そうなほどドキドキしていた。
私を包み込む彼の温かなぬくもりや、爽やかな匂い。仮面で顔は見えないけれど凛々しい雰囲気も素敵だった。
「貴様、家はどこだ?」
「えっと森の入口の白い屋敷です」
「なにっ? お前はワイザー公爵の娘か?」
私はにっこり笑って「はい」と頷いた。
「そんなバカな……」
彼は森の入口で私を馬から下ろした。
「もうここから歩いて帰れるか?」
薬が効いて足の痛みはだいぶよくなっていた。
「はい、大丈夫です。本当にありがとうございました」
私の足が大丈夫そうだとわかると、馬の手綱を引いてすぐに森へ引き返していった。
「あの、お名前は……っ」
命の恩人である彼の名前を知りたくて走り去る後ろ姿へ尋ねたが、返事はなかった。
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