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5.自覚の輪郭
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定時を過ぎても直は席を立てずにいた。
画面の資料は何度も見直した。誤字も数字のズレもない。それでもマウスから手を離せずにいる。
理由は分かっている。
恒一のことが頭から離れないからだ。
仕事もないのに席に居残り、机で書類を確認している恒一の方をちらちらと見てしまう自分に気づく。
直は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
――おかしい。
これまでこんなふうに誰かを意識したことはなかった。
仕事は仕事。上司は上司。
感情を持ち込むものじゃない。
それなのに。
自分でも、混乱しているのが分かる。
恒一が近くにいるだけで、心拍が早くなる理由を説明できない。
声をかけられただけで嬉しくなり、必要以上に意識してしまう。
これは違う。
そういう意味じゃない。
尊敬だ。
仕事ができる上司として、憧れという意味で意識しているだけだ。
そういうことにしておかなければいけない。
そう言い聞かせながら、直はマウスを握る指に力が入っていることに気づいた。
自分でも本当はわかっていた。
普通は上司相手に、こんなふうに落ち着かなくなるはずがないことぐらい。
「……帰ろ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、直はパソコンをシャットダウンした。
エレベーター前で偶然、恒一と鉢合わせた。
「お疲れ」
「あ、お疲れさまです」
それだけのやり取りなのに心臓が跳ねる。
距離は一メートルもない。
スーツの袖口、低い声、視線。彼の些細な部分にまで意識が集中する。
恒一は一瞬だけ直を見て、すぐ前を向いた。
「あまり根詰めて連日遅くまで残るな。体壊すぞ」
それは上司として当然の言葉だったはずだ。
なのに。
「……はい」
返事をする声がわずかに掠れた。
エレベーターが到着し、二人で乗り込む。
沈黙がやけに重い。
直は足元を見つめたまま思った。
――期待するな。
自分だけが特別だなんて考えるな。
恒一は誰にでも同じように接する人だ。
分かっている。
分かっているはずなのに。
胸の奥に残った熱だけが、どうしても消えてくれなかった。
画面の資料は何度も見直した。誤字も数字のズレもない。それでもマウスから手を離せずにいる。
理由は分かっている。
恒一のことが頭から離れないからだ。
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直は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
――おかしい。
これまでこんなふうに誰かを意識したことはなかった。
仕事は仕事。上司は上司。
感情を持ち込むものじゃない。
それなのに。
自分でも、混乱しているのが分かる。
恒一が近くにいるだけで、心拍が早くなる理由を説明できない。
声をかけられただけで嬉しくなり、必要以上に意識してしまう。
これは違う。
そういう意味じゃない。
尊敬だ。
仕事ができる上司として、憧れという意味で意識しているだけだ。
そういうことにしておかなければいけない。
そう言い聞かせながら、直はマウスを握る指に力が入っていることに気づいた。
自分でも本当はわかっていた。
普通は上司相手に、こんなふうに落ち着かなくなるはずがないことぐらい。
「……帰ろ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、直はパソコンをシャットダウンした。
エレベーター前で偶然、恒一と鉢合わせた。
「お疲れ」
「あ、お疲れさまです」
それだけのやり取りなのに心臓が跳ねる。
距離は一メートルもない。
スーツの袖口、低い声、視線。彼の些細な部分にまで意識が集中する。
恒一は一瞬だけ直を見て、すぐ前を向いた。
「あまり根詰めて連日遅くまで残るな。体壊すぞ」
それは上司として当然の言葉だったはずだ。
なのに。
「……はい」
返事をする声がわずかに掠れた。
エレベーターが到着し、二人で乗り込む。
沈黙がやけに重い。
直は足元を見つめたまま思った。
――期待するな。
自分だけが特別だなんて考えるな。
恒一は誰にでも同じように接する人だ。
分かっている。
分かっているはずなのに。
胸の奥に残った熱だけが、どうしても消えてくれなかった。
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