私が月になる

琴音

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29. 外からの景色

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「今度、ゆりっちのとこにも挨拶に行かなくちゃね」
「うちはいいよ、放任主義だし、何年も連絡してないし、カイを紹介したら卒倒しちゃうよ」
「卒倒ってなんだよ。俺はバケモノか」

寡黙だけど仕事一筋で家族を大切にする父親。
家事のすべてを完璧にこなす、良妻賢母の美人妻。
その母親の遺伝子を見事に受け継いだ妹。
”あら、可愛いわねぇ””また、綺麗になって””○○大学ですって、すごいわねぇ”
妹の評価は止まることを知らない。
それに比べて、私の評価は言葉や文字にしづらい。
”あら、元気そうね”の一言で まとめられてしまう。

『人間は泣きながらこの世に生まれてくる。阿呆ばかりの世に生まれたことを悲しんでな』

 シェイクスピアがリア王の中で言ってるんだよ
 だったらさぁ、究極の阿呆になって笑いながら一生暮らしたいよな
 いつだったか、コウがそんな風に語っていた。

私は笑うことを選ばなかった。
生きることの、あらゆる所作に無表情で応えた。
もっと愛想良く振る舞うことが出来たなら、きっと周りの景色も違ってただろう。
そして、私は他の人とは違った景色を見ていた。

父は長年、会社に不倫関係の愛人がいる。
母も知っていて、父に顔がそっくりな私を毛嫌いしている。
なぜ自分が訳もなく嫌われているのか、その理由がわかったら妙に納得が出来た。
廊下ですれ違い、ちょっと手が触れただけで鋭い目つきで睨まれた。
それは父に向けたくても、向けることのできない制裁なのだ。
私は理解する。
先に済ました夕食後に、妹のおかずが一品多いことも、誕生日プレゼントであげたハンカチがゴミ箱に捨てられていても。
なんてことないと、すべてうまくやり過ごした。
一家団欒、絵にかいたような幸せ、外からの景色が円満で彩られていること。
母にとって、それが一番大切なことなのだ。
守ろうとしているものが、脆くて一瞬で崩れてしまう砂上の城でも、母を責めることはできない。
それが彼女にとってかけがえのない居場所に違いないのだから。

カイ、私ね、そんな自分に疲れちゃったの。
愛されることばかりを渇望して、愛することを忘れてた。
人を好きになるだけで、ちゃんと幸せなんだと気が付いたよ。
カイのホンキに苦しくて、見えないフリをしていたの。
ゆりっちが俺の年に23を足して、想像してため息ついて、その方程式いつまで続くのかって不安になった。
そんなふうに必死に埋まらない数字と戦って、カイは私以上に苦しんだと思う。
もう変わらない数字を数えるのはやめたよ。
カイ、この愛はちゃんと届いていますか。
あなたが思ってる以上に、私はあなたを愛しています。
愛を知った女は強い<レベル100>

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