37 / 49
決戦前夜。
しおりを挟む
私の名前は腹中黒黄衛門(60)だ。
定年間近のしがない高校教師だ。しがないし、毛もないし、生徒からの人気もない。あるのは下腹部についた贅肉だけだ。
明日は待ちに待った日曜日。帰りに行きつけに寄って安酒を呑み、梅水晶をつまもう。
今日は深酒をしない事にして「ムポポペサ2」を最後まで攻略しなければならない。
噂に違わぬクソゲー、なんて素晴らしいんだ。私の人生で唯一の楽しみ。それはクソゲー攻略。
おっと。「ムポ2」に想いを馳せていると長居し過ぎてしまったようだ。
梅水晶は2回もおかわりした。高血圧で医者から散々注意を受けている私にとって、梅水晶のおかわりはトリカブトを摂取する事と何ら変わりはないだろう。
血圧の上昇をほろ酔いの頭で感じながら、家に向かう途中でハイボールの缶をコンビニで買う。尿酸値の上昇はハイボールで防ぐ。
俺が編み出した苦肉の策。
フラフラの体でたどり着いた六畳一間のボロアパートは手すりが錆びついてグラグラだ。
私の目の前もアルコールでクラクラだ。
気がつくと私は全身の痛みを感じながら仰向けに倒れていた。
どうやら錆びた柵が外れてしまい、地面に叩きつけられたようだ。
薄れゆく意識の中で女性の声が聞こえてくる。まるで女神の様な声。女性に話しかけられるなんて何年ぶりだろう。
死の際にこんなご褒美があるなんて。しがない人生の最後に、神様は少しだけサービスをしてくれたらしい。
「生まれ変わったら何がしたい?」
「生まれ変わりがあるのならば、次こそは人並みの人生を」
そう女神に願いながら私の人生は幕を閉じた。
—————————
「おめでとう。ねえ、一回でいいの。一回でいいからハグさせてぇ! ねえ、お願ーい!」
(怖っ。まるで変態だよ。話し方がネットリしてるし、朱里ちゃん興奮し過ぎ!……でも)
「でも今日だけは、えい! 朱里ちゃん、やったよー!」
私はここで意識を失いかけた。まさかリルちゃんから抱きついてくるなんて。
もう、私の人生に悔いはない。
ありがとう、ムポポペサ。そしてさようなら。
「おめでとう。まさかこんな所で会うなんてね」
なんだ?この色っぺえ河童は!?
あ、お銀さんか!!
「お銀さん! ごめんなさい。ルシアの事、強引に故郷に帰しちゃった。まさかお銀さんがモルティプにいるなんて」
「ふふ、相変わらずタイミングが悪い男ね。それなら大丈夫よ。ちゃんと置き手紙して来たから」
お銀さんは相変わらず色っぺえ素敵な女性だ。とっても綺麗。なんだかキラキラしてるよ。
恋をするって事は河童も人間もきっとなにも違わないんだ。
私も将来はこうなりたいものだ。
河童にはなりたくないけど。
「おーい。こんな所でなにやってるだい? てっきりホテルに向かってると思ってたよ。あ、お銀さんお疲れ様」
「折角だからお銀さんも一緒行こうよ。今から祝勝会なんだ!」
「あら、嬉しい。ご一緒させてもらおうかしら」
「リルちゃんが無事に側近になれてホッとしたのかな? お腹が空いてきたよ! 朱里も馬鹿みたいにイカ食べてたけど、どうせまた馬鹿みたいに食べれるでしょ?」
「すごいお腹すいてるよ。あんなにイカ食べたのに。イカ食べたいね」
「朱里ちゃんイカ好きすぎだよ」
馬鹿と言ってきたクリスを一度ひっぱたいた後、私達はホテルに戻った。
調子に乗ってすいませんでした。とクリスはすごい豪華な夕食を注文してくれた。
「美味しい! リルちゃんおめでと! イカ美味しいね!」
「ありがとう。ねえ、絶対に魔王になってね。朱里ちゃんが魔王にならないなら側近なんてやらないから」
「なんだって? それは契約違反だよ、リルちゃん! 下手したら捕まるよ!」
「大丈夫だよ。だって朱里ちゃんは魔王になるもん。もしダメでも一緒に逃げるからいいよ。そうでしょ?」
(この覚悟! 貫禄が出てきたな。コレがムポポペサの猛者どもを退けて側近の資格を得た者の覚悟か)
「任せて。私は誰にも負けないから」
(そして朱里のこの自信。もらった、もらったよ!魔王の座は頂きだ!ははははははは)
「朱里ちゃん、決して無理はしちゃダメよ。何があるか分からないんだから。下克上制度だってあるんだから。もしも危険な目にあったら次を狙うのも手よ」
心配してるお銀さんも色っぽいな。しかしそんな制度まであるんだ。でもその間リルちゃんと離れ離れになるんだよね?
それだけはダメ!寂しいもん!
ご飯を食べてお風呂に入ると、リルちゃんは直ぐにウトウトし始めた。
お疲れ様でした。ゆっくり休んでね。
いよいよ明日は私の出番だ。リルちゃん、お銀さん見ててね。ついでにクリスも。
「よし、行くぞー!」
「僕は解説席に向かうよ。ところでリルちゃんはどこで観戦するんだい?」
「実はね、さっき本部の人からゲスト参加を打診されたの。ちょっと迷ったんだけど、クリスちゃんの横で観れるし引き受けちゃったんだ」
「本当かい? じゃあ一緒に行こう」
「うん! 朱里ちゃん、勝ってね!」
「任せて!」
ムポポペサに来てから私は未だ全力を出していない。
スキルによって飛躍的に向上した能力を私自身まだ把握出来てはいないんだ。
だけど、ついにお披露目出来そうね。
私の全ての力を。
定年間近のしがない高校教師だ。しがないし、毛もないし、生徒からの人気もない。あるのは下腹部についた贅肉だけだ。
明日は待ちに待った日曜日。帰りに行きつけに寄って安酒を呑み、梅水晶をつまもう。
今日は深酒をしない事にして「ムポポペサ2」を最後まで攻略しなければならない。
噂に違わぬクソゲー、なんて素晴らしいんだ。私の人生で唯一の楽しみ。それはクソゲー攻略。
おっと。「ムポ2」に想いを馳せていると長居し過ぎてしまったようだ。
梅水晶は2回もおかわりした。高血圧で医者から散々注意を受けている私にとって、梅水晶のおかわりはトリカブトを摂取する事と何ら変わりはないだろう。
血圧の上昇をほろ酔いの頭で感じながら、家に向かう途中でハイボールの缶をコンビニで買う。尿酸値の上昇はハイボールで防ぐ。
俺が編み出した苦肉の策。
フラフラの体でたどり着いた六畳一間のボロアパートは手すりが錆びついてグラグラだ。
私の目の前もアルコールでクラクラだ。
気がつくと私は全身の痛みを感じながら仰向けに倒れていた。
どうやら錆びた柵が外れてしまい、地面に叩きつけられたようだ。
薄れゆく意識の中で女性の声が聞こえてくる。まるで女神の様な声。女性に話しかけられるなんて何年ぶりだろう。
死の際にこんなご褒美があるなんて。しがない人生の最後に、神様は少しだけサービスをしてくれたらしい。
「生まれ変わったら何がしたい?」
「生まれ変わりがあるのならば、次こそは人並みの人生を」
そう女神に願いながら私の人生は幕を閉じた。
—————————
「おめでとう。ねえ、一回でいいの。一回でいいからハグさせてぇ! ねえ、お願ーい!」
(怖っ。まるで変態だよ。話し方がネットリしてるし、朱里ちゃん興奮し過ぎ!……でも)
「でも今日だけは、えい! 朱里ちゃん、やったよー!」
私はここで意識を失いかけた。まさかリルちゃんから抱きついてくるなんて。
もう、私の人生に悔いはない。
ありがとう、ムポポペサ。そしてさようなら。
「おめでとう。まさかこんな所で会うなんてね」
なんだ?この色っぺえ河童は!?
あ、お銀さんか!!
「お銀さん! ごめんなさい。ルシアの事、強引に故郷に帰しちゃった。まさかお銀さんがモルティプにいるなんて」
「ふふ、相変わらずタイミングが悪い男ね。それなら大丈夫よ。ちゃんと置き手紙して来たから」
お銀さんは相変わらず色っぺえ素敵な女性だ。とっても綺麗。なんだかキラキラしてるよ。
恋をするって事は河童も人間もきっとなにも違わないんだ。
私も将来はこうなりたいものだ。
河童にはなりたくないけど。
「おーい。こんな所でなにやってるだい? てっきりホテルに向かってると思ってたよ。あ、お銀さんお疲れ様」
「折角だからお銀さんも一緒行こうよ。今から祝勝会なんだ!」
「あら、嬉しい。ご一緒させてもらおうかしら」
「リルちゃんが無事に側近になれてホッとしたのかな? お腹が空いてきたよ! 朱里も馬鹿みたいにイカ食べてたけど、どうせまた馬鹿みたいに食べれるでしょ?」
「すごいお腹すいてるよ。あんなにイカ食べたのに。イカ食べたいね」
「朱里ちゃんイカ好きすぎだよ」
馬鹿と言ってきたクリスを一度ひっぱたいた後、私達はホテルに戻った。
調子に乗ってすいませんでした。とクリスはすごい豪華な夕食を注文してくれた。
「美味しい! リルちゃんおめでと! イカ美味しいね!」
「ありがとう。ねえ、絶対に魔王になってね。朱里ちゃんが魔王にならないなら側近なんてやらないから」
「なんだって? それは契約違反だよ、リルちゃん! 下手したら捕まるよ!」
「大丈夫だよ。だって朱里ちゃんは魔王になるもん。もしダメでも一緒に逃げるからいいよ。そうでしょ?」
(この覚悟! 貫禄が出てきたな。コレがムポポペサの猛者どもを退けて側近の資格を得た者の覚悟か)
「任せて。私は誰にも負けないから」
(そして朱里のこの自信。もらった、もらったよ!魔王の座は頂きだ!ははははははは)
「朱里ちゃん、決して無理はしちゃダメよ。何があるか分からないんだから。下克上制度だってあるんだから。もしも危険な目にあったら次を狙うのも手よ」
心配してるお銀さんも色っぽいな。しかしそんな制度まであるんだ。でもその間リルちゃんと離れ離れになるんだよね?
それだけはダメ!寂しいもん!
ご飯を食べてお風呂に入ると、リルちゃんは直ぐにウトウトし始めた。
お疲れ様でした。ゆっくり休んでね。
いよいよ明日は私の出番だ。リルちゃん、お銀さん見ててね。ついでにクリスも。
「よし、行くぞー!」
「僕は解説席に向かうよ。ところでリルちゃんはどこで観戦するんだい?」
「実はね、さっき本部の人からゲスト参加を打診されたの。ちょっと迷ったんだけど、クリスちゃんの横で観れるし引き受けちゃったんだ」
「本当かい? じゃあ一緒に行こう」
「うん! 朱里ちゃん、勝ってね!」
「任せて!」
ムポポペサに来てから私は未だ全力を出していない。
スキルによって飛躍的に向上した能力を私自身まだ把握出来てはいないんだ。
だけど、ついにお披露目出来そうね。
私の全ての力を。
0
あなたにおすすめの小説
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる